スバルと士がロズワール邸で雇われ早五日。
「そぉれで、その後の二人の様子はどんなもんだい?」
時刻は夜――すでに太陽は西の空の彼方へ沈み、空にはやや上弦の欠けた月がかかる頃、その密やかな報告は行われていた。
広い部屋だ。中央には来客を出迎える応接用の長椅子とテーブルが置かれ、奥には部屋の主専用の黒檀の机と革張りの椅子が配置されている。
黒檀の机には書類と羽ペンが散らばり、すぐ傍らにはまだ湯気の立つカップがほんのりと柔らかな香りを漂わせていた。
その問いかけは囁くような声量だったが、相手には過不足なく確かに届く。それもそのはず、密談を彼と行う相手は彼のすぐ近くのラムにしっかりと届いていた。
「そうですね。ツサカにおいては何も言うことはありません。レムと同じほどに料理、掃除、木々の手入れなど、全て完璧です」
「それはすばらしい。してスバル君の方は?」
「そうですね。全然だめです」
話の始まり方は同じだったが内容は簡素かつそれでも分かる明確なダメ出し。
その内容にロズワールは思わず吹き出してしまう。
「あはぁ、そうかい、全然ダメかい」
「はい。バルスは物覚えに関してはそこまで問題はありません。しかし物を知らなさすぎます。よほど裕福な家庭に育っていればそこまで違和感はないのですが……それにしてはバカですし……」
最後の言葉で気持ち悪い笑みをもう一度ロズワールは浮かべ、少しせき込んだところで話を元に戻す。
「まぁまぁ。スバル君はまだ成長段階ということで、少し様子を見よぉじゃないか」
その甘い決断に多少呆れた表情を見せるラム。主従といえど彼らが一定の信頼関係にあるのは間違いない。
少しの間訳もない会話を続けていると、不意にロズワールの気持ち悪い笑みが消え、空気が一瞬で変わったのが肌で感じられる。
「して──間者の可能性は?」
「可能性は──薄いと考えます」
「ふむ、なぁぜだい?」
「まずバルスに関しては屋敷の中で目立ちすぎています。いい意味でも、悪い意味でも」
それに関してはロズワールも思い当たる節がいくつもある。
それを思い出し苦笑すると、
「なるほどねぇ。では……ツカサ君の方はどうだい?」
「ツサカは……少しだけ違和感を覚えたんです。それも本当に些細なところなのですが……」
「というと?」
「ツサカは始まる前には仕事を嫌がっていたのです。本当に。しかしいざ働くと先ほど言ったようにすべての仕事が一流並みにできます。それなのに何故あんなに渋っていたのか……。ですが違和感というのはそこだけで間者の可能性は低いと思われます」
「ふうむなぁるほど。確かにそこは多少違和感を覚えるが……まぁ多分杞憂だろぉね。ということは彼らは本当に善意の第三者かぁ……」
言いながら椅子を軋ませ、ロズワールが体の向きを変える。これまで机と正面から相対していた体を正反対――ちょうど、月明かりが煌々ときらめいている大窓の方へ。
「しぃかし彼もめげないねぇ」
細めた目が捉えているのは、その月明かりを盛大に受ける庭園の端、そこに銀髪の少女と黒髪の少年が談笑している姿。
「おそらくエミリア様が引っ張りだされるような形でだと思うけれど……いいねぇ、若さというのは。あれほどの情熱は今の私には持てないなぁ」
「女はあれくらい追ってくれた方が嬉しいものですよ」
「ふっふっ、女心は我々には一生分からないものだぁよ?──分からないからこそ、魅力的に見えるわけさ」
かすかな笑声が執務室で重なり、少年と少女の逢瀬を見下ろしていた窓の幕が引かれる。
――その後の執務室の様子は、月すら見ることは叶わなかった。
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月が空の中央に我がもの顔で居座る時刻、スバルは気合いを入れていた。
袖を通した執事服の皺を伸ばし、己の身だしなみを窓に映して再確認。そろそろ着用四日目に突入し、この衣服にも着慣れてきた頃合いだと自分で思う。
「悪くない、悪くないぞ、俺。大丈夫、やれる。風呂上りの自分って鏡で見ると五割増しイケメンに見える。その現象が今、きてる気がする」
本当に五割増しかは分からないが自己暗示も十分。
気合を入れ軽く深呼吸してから庭へ足を踏み出す。
月明かりに美しく照らし出されている少女、エミリアの下へ。
思わず足を止め、息を呑む。その気配に気付いたのか、ふと目を閉じて囁いていた少女の双眸が開かれた。
二つのアメジストが正面、歩み寄るスバルを視界に捉える。
声をかけるより先に発見され、スバルの動悸がわずかに逸った。そんな動揺を表に出すまいとするようにスバルは手を挙げ、
「よ、よおエミリアたん。お邪魔しても……いいか?」
「邪魔されるなら嫌だわ。……ふふっ。冗談よ。そんな泣きそうな顔しないの」
一瞬青春が終わったと思ったが、冗談で本当に良かった。いやマジで。
少しだけ流れた涙を拭い、エミリアの隣に座り込む。
「で?何してたの?」
「ちょっと一人になりたくて……」
「正確には僕がいるけどね」
「うお!ビックリした」
突如としてエミリアの髪の中から銀色の子猫のパックが現れる。
「お前最近全く見てなかったから忘れてたわ」
「僕を忘れるなんて……今後うちの娘には近づかないでもらえるかな。お父さんに挨拶のできない子に娘を任せるわけには「すいませんでしたお父さん!!」
それだけは許してくださいと言わんばかりに土下座を最短ルートで実行する。
「あはは。冗談だよ冗談」
「……この父にして娘あり……」
どちらも笑えない冗談をかます父と娘だ。遺伝て怖い。いや本当の親子というわけではないのだが……。
「もう!二人して私をからかわないで!」
「いやーごめんごめん。エミリアたんが膨れてる姿が見たくてつい」
「僕もそれに同意」
イェーイ、とハイタッチするとエミリアたんは代わりに膨れていた。可愛い。
「それにほら。今まで話す機会あんまなかったじゃん?」
「そう、そうよね。スバルはお屋敷の仕事を覚えるのに大変だっただろうし。うん、一生懸命やって……うん、一生懸命……だったもんね」
「フォローの気持ちが嬉しくて情けなくて泣きそうなう」
己の情けなさに地面に「の」の字を書き始めるスバルを、エミリアは気まずそうな顔でどう慰めるか悩みながら手をさまよわせる。
「毎日大変じゃないの?仕事」
スバルを憐れんでの行動なのかエミリアたんが話題を曲げてくれた。
乗るしかないこのビッグウェーブに!!
「大変大変チョー大変。というわけで疲れを取りたいので添い寝させ「それ以上言うならき・ざ・む・よ?」すいませんお父さん!!」
「そうやって茶化せる間は大丈夫そうね」
「おや……?何やら希望がありそうな発言!これは期待していいんですか?」
「「ダメです」」
「ぎゃふん!!」
二人の声が完璧にハモり全面否定。
「「……っぷ。アハハハハ!!」」
「二人して俺を笑わないでぇぇぇぇ!!」
闇夜に情けない男の声がこだました。
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「毎日毎日俺を付け回していたがそれって楽しいのか?」
同時刻。士が仕事を終わらせ部屋で寝ようとしていた時。
「……驚いたわ。魔法で完璧に姿も気配も消していたはずなのだけれど……」
「あいにく俺はそういうのに敏感でな」
憎らしさをたっぷりと込め俺を
「で?俺の評価はどんなもんだロリ?」
「……何かしらそのワード。すごい不愉快だわ。……正直言ってあなたが間者なら言動の全てに無駄が多すぎるわ」
「結論は?」
「……悔しいけれど敵とは判断してないわ」
「そりゃどーも。じゃ、俺寝るから。夜這いすんなよ?」
「誰がお前なんかに!!」
冗談だったのだがかなりガチ目の返答が返ってきた。
何だかこいつからかいがいがあるんだよな。
「いい夢見ろよ?」
「……ふん」
その二言で二人の短い会合は終わった。
オデノカラダハボドボドダ!
かなーり説明回に時間を割いたため、王選候補者一人ずつの自己紹介はダイジェストみたいな感じでよろしいでしょうか?
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