「連れてきたぞ」
「……今更言うのもなんだけどよく(扉渡り)を易々と破ってこれるわね……」
「運はかなりいいほうだからな。で?こいつをここに連れて来いって言った目的は何なんだ?」
状況がまだ分からない、という顔をしているスバルをベアトリスの目の前に突き出す。
「なぁ。何の用なんだよ?」
「いいから。とっとと手、出すのよ」
有無を言わさないベアトリスの態度に渋々手を出す。
「気持ち悪い。自傷癖まであるなんて、救いようのない変態かしら」
「その言葉はロズワールのアイデンティティーだろ。……俺なんぞ、ちょっと青春が過剰に漏れ出ただけの厨二病患者だ」
「ますます救いようがないという事だけは分かったわ」
おそらくあの傷は時間が戻ったかどうか分かるようにするための目印だろう。
そんなことを知らないベアトリスは、気持ち悪いと思ったのか右手の傷口を隠すように掌を上に向けさせ、その掌に自身の小さな掌を重ね合わせる。
「――汝の願いを聞き届ける。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」
厳かに、そう告げるベアトリスの姿にスバルは言葉を失った。
そして、絡み合った掌から伝わってくる圧倒的な熱量。それは掌を伝ってスバルの全身へ行き渡り、活力の失われていた体にふいに檄を叩き込む。
ふいに熱くなる体の反応に戸惑いながら前を見ると、ベアトリスは心底不本意だとでも言いたげな目で士を睨みつけ、
「たとえ仮でも契約事は契約事。儀式に則った上で結ばれたそれは絶対なのよ。お前のわけのわからない頼み、聞いてやるかしら」
「全く。面倒くさいロリだな。いちいち上から目線だし」
「願いを聞いてやったのに何かしらその態度!!」
「えーっとこれってどういう状況なの?」
無視を決め込まれ若干顔に不安がにじみ出ているスバルが質問をしてくる。
「このロリが明日の夜明けまで守ってくれるんだとよ」
「こいつが!?……借りを作るのか……こいつに……」
「何でそんなに不満そうなのかしら!!」
「ぶほお!」「うおっ……!」
もはや持ちネタのレベルになりつつある衝撃波を喰らい、スバルは吹き飛び、士は学習したのかその場にギリギリ踏みとどまっていた。
「残念だったな。お前の行動パターンはもう大体分かっ」
セリフを言い終わる前に衝撃波を飛ばし、得意げな顔をしていた士と俺をまとめて部屋の外へ吹き飛ばした。
「痛ってぇ……。くっそ、話してる途中で吹き飛ばしやがって……。覚えとけよ」
「つ、士ぁ。下、下。踏まないでくれー!」
その声で下を向いてみると、見るからにへばっているスバルを俺が踏んでいた。
数十時間後。
「で。この文字が日本語で言う、(ら)で……。これが(き)。これが(を)だ」
「ふむふむ。じゃあこれは?」
「これはだな……」
今俺はスバルにこの世界の文字を教えている。
というのもスバルの第一印象を悪くしないようにするためだ。
今回はエミリアという屋敷の奴らに信頼されている人がいたからこそ、ここに住まわせてもらっているのだ。
だが俺たちと全くの初対面で屋敷の奴らとも面識のない奴なら、この世界の文字を読めないスバルは100%怪しまれるのはだろう。
それを防ぐための勉強なのだ。
「ふー。疲れたー」
「これでイ文字は終了だ。キリがいいし終わりにするか」
「待ってました!」
「ロ文字とハ文字があるのを忘れるなよ」
「その言葉は闇に葬り去ってくれ。……ふぁーあ!今日はもう寝るわ」
「ああ。見張りは俺とロリでやっておくから寝てろ。だけど起こされたらすぐ起きろよ?大事なのは今日なんだからな」
「……分かってるよ」
そう今日。いよいよ三周目の運命が決まる。
しかし今回俺たちは食客として来ているので、イレギュラーが起こる可能性も十分ある。
だからこそ少しも気を抜けないのが現状だ。
スバルが部屋に戻りデカいいびきが聞こえてきた後そんな緊張した気持ちで時間を潰していると、
「――いつまでもグースカと寝てるんじゃないかしら」
「ぶんですりぃがっ」
スバルの部屋からそんな声が聞こえてきた。
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寝台から乱暴に蹴り落とされて、強制的に目覚めさせられたスバルの苦鳴。
床の固い感触に揺り起こされ、ベッドを掴んで体を持ち上げるスバルの眼前、寝台を挟んで反対側にベアトリスが立っていた。 彼女は不機嫌を一切隠さない態度で腕を組み、尊大に鼻を鳴らすと、
「約束の時間になったから、嫌々ながらもきてやったのよ」
「叩かなくてもいい憎まれ口ってあるよな。今まさにそんな感じ」
寝台の上に上半身を投げ出し、スバルは疲れた口調でそう告げる。
「じゃあ士も呼んでこないとな」
「後にするかしら。ベティーは一刻も早く部屋に戻りたいのよ」
スバルに呆れの吐息を残し、ベアトリスが扉を抜ける。慌ててあちこち身だしなみを直し、スバルもまた扉を渡って禁書庫へ。
「やっぱこれ便利だよなぁ。俺みたいな元ニートには便利すぎて一生更生できない気がする」
「やっぱりろくでなしかしら」
「ようお前ら。遅いぞ」
「何で居るのかしら!」
ベアトリスに導かれて数歩歩くとそこには椅子に座って悠然と本を読んでいる士が居た。
「お前らの声が聞こえた時にテキトーにドアを開けたらここにつながってたんだ」
「全く。どんな運してるのかしら」
怒りを通り越して呆れてしまったようだ。首を軽く振り、自分の定位置と思われる椅子に座り本を読み始める。
「適当に時間を潰しているといいのよ。ここでならなにが起きても……なにも起きないと思うけど、契約は守ってやるのよ」
「時間潰しって言われてもな……」
緊張とそれに伴う不安。さっきからどうにか調子を立て直そうとしているが、それでも問題の時間が迫ってくれば平常心ではいられない。
スバルはざっと部屋を見回し、書架に並ぶいくつもの本を見比べながら、
「そうだ。『イ文字』だけで書かれてる本とか、あるか?」
「……あるにはあるのよ。まさかお前、他の字が読めないのかしら?」
「恥ずかしながら、な。でもこれでも努力したんだぜ」
「メイザース家の禁書庫に足を踏み入れて、それは宝の持ち腐れなのよ。ベティーが誰かをここに招くなんて、数年に一度あるかないかかしら。特にお前らみたいなニンゲンが入ってくるのは初めてだわ」
「そう言われても、読めない本は紙の束だし、禁書庫に入れるチャンスが貴重って言われても……」
残念ながら士とスバルにとって、この部屋は珍しくもなんともない。
そのことを今のベアトリスに言ってもこじれるだけだろうし、別段誇れることでもないと判断しているスバルは口をつぐんだが。
「ほら」
立ち上がったベアトリスが書架から本を抜き出し、次々とスバルに向かって放り投げる。
「うお!危ねえな!本は大事に扱えよ」
それら全てを華麗に回避し、その本を一冊一冊拾い上げていくと、それらは全てイ文字で書いてある本だった。
顔を上げ、スバルはベアトリスの方に目を向ける。
意図に遅れて気付いたスバルを嘲るように、彼女は手をひらひらと振り、
「それでいいでちゅかちらー。ちょっと難しすぎまちゅなのよ?」
「ちょっちゅねー。ちょっちょボクにはむじゅかししゅぎて、わかんにゃいかもしれないでちゅー」
「うわ。気持ち悪」
その言葉の先に視線を向けると、数歩引いたような目でこちらを見ている士と目が合った。
「うっさいわね!こいつに程度を合わせてあげただけなのよ!」
「おいおいお前から言い始めたんだろ!つまりすべてお前が悪い!」
「お前ら書庫では静かにしろよ」
「何でそんな偉そうなのよ!!」
「俺はチーフ兼大首領兼ある世界の王だからな。偉そうじゃなくて偉いんだ」
「意味不明かしら!!」
その士の姿勢に今度こそ両肩をすくめて、ベアトリスは完全に会話を諦めたように本を開き始める。
「はぁー……。何か疲れた」
すげない彼女の態度を見届け、スバルもまた手近な椅子に座ると、ベアトリスが投げ選んでくれた本の一冊を手に取った。
照れ臭くてそんなことを言う雰囲気でもないので感謝の言葉など出るはずもないが、その気遣いは正しく嬉しかったのだから。
かなーり説明回に時間を割いたため、王選候補者一人ずつの自己紹介はダイジェストみたいな感じでよろしいでしょうか?
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