「どうなってんだ。一体」
「……全く分かんねぇ」
路上に設置されていたベンチに腰掛けている士とスバル。
その顔には明らかな困惑が見て取れた。
あの後、店主に話を聞いて信じられない答えが返ってきた。
『こんなに目つきの悪くて、偽金を渡してくる奴なんて俺は知らねえ。知ってたとしたら忘れるわけがねぇ』
と言ったのだ。
その通りスバルの外見は、ハッキリ言って(異様)だ。
この世界にはないジャージや、黒髪黒目。この世界の住人が見たら、店主のように皆口をそろえ、『忘れるわけがない』と言うだろう。
それだけで今の状況が異常だと分かる。
つまり――
「時間が巻き戻って尚且つ俺たち以外の人間の記憶も戻っている。ってところだな」
こんな仮説を建てたが傍から見たらバカげてるだろう。
だが現状はこんな事しか思いつかないのが現状だ。
「……第一、何で時間が戻ったんだ……?発生するトリガーは何なんだ……?どこまで時間が戻る……?」
「……それを考えたってどうにもならないだろ。それよりも今は、あの場所に戻る方が先だ」
「盗品蔵、か……」
体感にして数分前のあの出来事は、当然二人の記憶にも真新しい。
スバルは腹が横一線に裂かれる感覚。
士は目の前で人が死んでいく光景。
そして、誰かの腕。
あのような地獄はもう行きたくもないし見たくもない。
しかし、事の真相を確かめるには、あの場へ行くしか方法がない。
ベンチから立ち上がり重い足取りで、二人は盗品蔵へと歩き出した。
「いいか?いつ殺されるか分からない。絶対油断するなよ」
「ああ……分かってる」
士が盗品蔵のドアを開けると同時にスバルが石を投げ、すぐにドアを閉める。
前はサテラが居たためあのような突入方法ができたが、今は士とスバルのみの為このような手段しか取れないのだ。
すると中から何かに石がぶつかった音がし、その直後「痛っ!」という女の声が聞こえてきた。
今度はこちらにその声の主が近づいてくる音がした。
二人の間に緊張が走る。
「おい!何しやが」
「動くな」
声の主が出てくると同時に背後に回り込み、ライドブッカーを首筋に近づける。
「手を挙げて、頭の上で手を合わせろ」
その指示に少女は簡単に従った。見たところ14か15くらい。
恐らくこいつがフェルトだろう。
「……何の真似だ?」
「ちょっと聞きたいことがあってな。銀髪の女から何かものを盗ったりしてないか?」
「……知らねえな」
「とぼけるな。もう分かってるんだよ。お前が犯人ってことは」
「……なるほど。それを取り返しに来たって訳か」
「そうだ。ならとっととそれを出」
「ロム爺ー!」
そこまで言ったところで言葉を遮り、突然少女が叫びだした。
推測だがこの中に居る仲間を呼んでいるのだろう。
「……お前じゃないのか」
誰にも聞こえないような小さい声で士がつぶやいた後にフェルトを拘束していた手を放す。
「……何で手を離したんだ?」
ゴホゴホとせき込みながら、困惑したような表情でこちらを見ているフェルト。
「ちょっと人を探しててな。お前じゃないことが分かったから手を緩めた」
スバルを殺したのはこいつではない。
あの時スバルの腹を一閃に切り裂いた太刀筋。そしてスピード。
あれほどの能力があればあの程度の拘束軽々と抜け出し、二人を殺せるからだ。
それに何より――
あの盗品蔵の地面に落ちていた腕。あれがフェルトの腕と同じ見た目だったからだ。
「お、おい士!やり過ぎだろ!フェルト、で合ってんのか?とにかく大丈夫か!?」
フェルトの肩を掴み、ケガなどをしていないか心配するスバル。
フェルトはそれの行動に対して不審そうな視線をスバルに向けている。
「……あんたらグルじゃねーのか?」
「いや、グルっちゃグルだけど……こんな事するって知らなかったし……」
「誰だお主たち!」
突然スバルたちのやり取りに割って入ってきた声。
そちらに目を向けると、棍棒を手に持った巨大な爺さんがいた。
「おせーぞロム爺!速くこいつらブッ飛ばしてくれ!」
「ちょちょちょ、ちょい待って!ほら、これやるから!話をしよう!」
そういってスバルは、ビニール袋の中からコンポタのお菓子を取り出した。
「うぉ!何だこれ!メッチャうめーぞ!」「これは手が止まらんな!」
スバルが渡したコンポタのお菓子はフェルトとロム爺に食いつくされ、即座になくなっていた。
「ケホンッ!まぁうまいもん食わせて貰ったし。話くらいは聞いてやるよ」
「お、マジか!じゃあ……俺の用件はひとつ。――お前が盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい」
「へぇー。そうか。これがお目当てか」
そう言ってズボンのポケットから、真ん中に赤い宝石が埋め込まれた徽章を取り出した。
「で?なんで、お前とアイツはアタシが徽章をギッたって知ってんだ? 依頼人以外にゃ漏らしてねーはずだし、盗んだのはついさっきだ。小耳にはさむにゃ耳がでかすぎんじゃねーか?」
「確かに。言われてみりゃその通りだ」
「……アンタさっきアタシにあんな事しといて何も考えてなかったのか?ちょっと突かれたぐらいでボロ出しすぎだよ」
すると先ほどまで士に向けていた強い警戒心を解くのが見て取れた。
ここまでは順調。スバルも俺の命令通りの演技をしている。
このままいけば徽章を取り戻せそうだ。
そう思った矢先――。
ドアがコンコンと音を立てた。誰かが来客してきたのだ。
「ん?予定より来んのがはえーな」
その背中を見つめていて、士は急速に込み上げてきた焦燥感に気付く。
フェルトがスバルを殺したわけではない。では誰がスバルを殺したのか。
ロム爺と呼ばれた老人である点は低い。あの図体ならばあの入った時に姿が見えなければおかしい。
つまりフェルトを殺したのは、来訪客である可能性が一番高い。
その結論に行きついた士は、
「――開けるな! 殺されるぞ!!」
「――殺すとか、そんなおっかないこといきなりしないわよ」
仏頂面で唇を尖らせて、銀髪の少女が蔵の中へと足を踏み入れていた。
「ホント、しつけー姉ちゃんだな」
「盗人猛々しいとはこのことかしら。速く盗んだものを返しなさい」
歯ぎしりしそうなフェルトに対し、偽サテラの声の温度はひどく冷たい。
――どうしてここにサテラが?
時刻はまだこの場所に到着した時よりもかなり早いはずだ。
「ってことはスバルがいなければこんだけ早く辿り着くってことか」
路地裏でのスバルの治療イベントがなければ、彼女は自力でここまで辿り着くのだ。それもこれだけの速さで。
本当に役に立たない奴だ。と思いながらこの状況の打開策を何とか考える。
「……さては兄ちゃんたちグルだな?私をハメたんだろ?」
「え?あなたたち仲間じゃないの?」
両方から疑惑の目線が向けられ、どうにかうまく逃げ道を――と、ちらりと扉を見たときだ。
「ッツ!危ねぇ!」
咄嗟にサテラの体を抱いて横に飛ぶ。
さっきまでサテラの首があった場所に、一筋の銀色の閃光が走る。
「オラッ!」
ライドブッカーを腰から抜き、さらに飛んでくるナイフを地面へと叩き落す。
「誰だ!」
滑るように黒い影がそっと、ドアから入ってくる。
「――精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、殺したことがなかったから」
微笑を浮かべながらナイフを舐める女。
こいつだ。こいつがスバルを殺したんだ。
そう確信した時、突然フェルトが、
「おいふざけんな!徽章を買い取るのがアンタの仕事だったはずだ。ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねーか!」
「ごめんなさいね。盗んだ徽章を、買い取るのが私のお仕事。でも持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから予定を変更することにしたのよ」
怒りに顔を赤くしていたフェルトが、その殺意に濡れた瞳に見つめられて思わず下がる。そんなフェルトの恐怖を、エルザは愛おしげに見下して、
「あなたは私の命令を完全に実行できなかった。だったら殺されても文句は言えないわよね?」
フェルトの表情が苦痛に歪んだのは、恐怖ではない別の感情に見えた。
「テメェふざけんな!」
それがいかなるスバルの琴線に触れたのかはわからない。わからなかったが、実力差も忘れて怒鳴りかかるくらいスバルを怒らせる原因にはなった。
驚いたようにスバルを見る殺人鬼。フェルトやロム爺、サテラも例外ではない。
しかし一番驚いているのは、スバルと士だ。
「こんなガキ泣かせて何が楽しいんだよ!この狂ったキチガイが!テメエに俺は一回腹掻っ捌かれてんだぞ!俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ!メッチャ
痛いんだぞバカたれ!でも俺今何でこんなことしてんだろ自分でもわかんねぇや!」
「……なにを言ってるの、あなた」
「テンションと怒りゲージMAXでなにが言いてぇのか自分でもわかんなくなってきてんだよ! そんなお日柄ですが皆様いかがお過ごしでしょうかチャンネルはそのままでどうぞ!」
そんなおかしいテンションのスバルに思わず殺人鬼がため息をつく。
そんな彼女の態度に微妙に傷付きつつ、スバルは唾を飛ばした勢いのままに、
「おい士!パック!こんなもんでいいか!?」
「ああ」「うん」
「「十分だ」」
直後、全方位からの氷柱による砲撃。一点に貯められたエネルギー弾がエルザの全身に叩きつけられていた。
かなーり説明回に時間を割いたため、王選候補者一人ずつの自己紹介はダイジェストみたいな感じでよろしいでしょうか?
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YES
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NO