「ふざけてんじゃねぇーー!」
怒声が広間に響き渡り、反響するそれを皮切りにしんと室内が静まり返る。
静寂が落ちた室内にゆいいつ残った音は、怒声を放った少年の荒い息遣いのみ。
その叫び声の主は、鬼の形相でその言葉を放つ原因となった人々を睨みつけている。
「おーぉやおや、場が見えていないのかな? 今は君のような立場の人間が口を挟んでいい場面じゃーぁない。謝罪して、退室したまえ」
「俺の意見は伝えたぞ、ふざけんな。そんで続く言葉はこうだ。謝るのはお前らの方だってな」
「ますます驚きだ。――命がいらないだなんて」
そう言うと、突如ロズワールの周囲の大気が歪む。おそらくは彼の持つマナの膨大さが原因だろう。
その圧倒的な存在を眼前にしながら、歯噛みするスバル。
ロズワールの魔法の威力を士とスバルは目の当たりにしているため、今この場で変な気を起こした場合、消し炭になるのは確定している。
なぜこのような事態になったのかは、少々前まで時を戻す必要がある。
フェルトと候補者とのひと悶着から少しした後、王選の開会式の主導権は再びマーコスに握られることとなり、候補者の自己PRタイムが行われることとなった。
まず一番に呼ばれたのは、クルシュと呼ばれた緑色の髪をした女性と、海東。フェリスと言うこの前二人が屋敷で出会った猫耳の少女……だと思っていたのだが、実は彼女が男であることが判明した。
それを知ったスバルとアルが叫び散らし少々注目を浴びたが、まぁこの事件は置いておこう。
まずクルシュが宣言したのは「我々は龍に頼り過ぎている」という今までの伝統を切り捨て、自分たちだけで発展していこうという、考え。
次に名を呼ばれたのは二人と少ないとはいえ面識のある、プリシラとアルのコンビだった。
彼女らはこの前会った時と同様の傲慢さと身勝手さと無礼さで、場を引っかき回しまくった。
そんな二人が王になりたい理由は、至極簡単であった。それは「天がプリシラを選んだから」らしい。
一周回ってもはや何も言えないレベルの所信表明をし続いて前に出てきたのは、昨日海東と一緒に話していた、紫色の髪の騎士、ユリウスと龍や鬼や魔獣が存在する世界で関西弁で喋る何とも不思議な人物、アナスタシアの二人組。
どうやら彼女はフェリスと同じような身分であったらしく、明日を生きるのにすら苦労していたらしい。
しかし己の商才を駆使してその身分を脱し、今この場に立つまでに成長を遂げた。まさしく商売の鬼才である。
そんな彼女が王座を望む理由とは「自分の欲望を満たすため」
その願いでグリードを作ったら、一体どれほど強い怪物が生まれるのか。それを見てみたいほどに、彼女の欲望は強く、激しいものだという事を皆に見せつけた。
そしてとうとうエミリアの出番が来たところで、この騒ぎは勃発した。
ここからは、話を端折らずにお送りしよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前を呼ばれ、緊張の色が濃い表情でエミリアが返事をし中央へと歩みを進める。
大丈夫かよ――。
「心配することは無いよ、スバル」
「俺の心の中を読むなっつーの。もしかして俺っていつもお前の掌の中でダンス踊ってる感じ?」
「よく分からないが王城でエミリア様は少なくとも、君が心配しているような侮られ方はしていないよ」
「……つっても、心配だぜ」
先ほどのフェルトとのひと悶着の時のような皆の対応を見た後だからなのだろう。スバルは不安を拭いきれない。
事実、今も賢人会の人々はエミリアを冷たいまなざしで見ているのだから。
「では、エミリア様。そしてロズワール・L・メイザース卿。お願いいたします」
「はい、お初にお目にかかります、賢人会の皆様。私の名前はエミリア。家名はありません。ただのエミリアとお呼びください」
凛とした銀鈴のごとき声音が広間中の鼓膜を揺らす。前を見つめる目には、一切の濁りがない。
先ほどまでの緊張した様子はどこへ行ったものか、賢人会を目前に己の名を紡いだエミリアの姿は、これまでの候補者と比較しても劣るところがない。
「そして、エミリア様の推薦人は不肖の身ながらロズワール・L・メイザース辺境伯が務めさせていただいております。賢人会の皆様方にはお時間を頂き、ありがたく」
「ふぅむ。近衛騎士でなく、推薦者は宮廷魔術師のあなたになりますか。そのあたりの経緯をお聞かせ願えますかな」
「では、候補者であるエミリア様。彼女の素姓も含めて、お願いします」
「承りました」
腰を折るロズワールは伸ばした手でエミリアを示し、彼女の首肯を受けると朗々とした声で彼女との出会いを語り始める。
「まずは皆様もご周知のことと思いますが、エミリア様の出自の方からご説明させていただくとしましょーぉか。見目麗しい銀色の髪、透き通るような白い肌、見るものの心を捉える紫紺の瞳に、一度聞けば夢にまで忘れることのできない銀鈴の声音。魔貌の数々はご存知の通り、エミリア様がエルフの血を引くことの証明です」
ロズワールの言葉を受けて、広間の幾人もが息を呑んだのが伝わってくる。
「エルフ族の血を引く娘……」
「人知を越えた魔貌、そして常世離れした雰囲気、間違いないでしょうな」
それに続くように賢人会の老人たちが顔を見合わせ、声をひそめながらも批判的な内容を口にする。特に禿頭に大きな傷を持つ老人――彼の人物の態度は強固なもので、
「エルフ族を王座になど言語道断だ。それこそ、アナスタシア様の例とは比較にもならん。おまけにただエルフであるというだけならともかく半分は人間の血――つまり、ハーフエルフということであろう?見ているだけでも胸が悪い。銀色の髪の半魔など、玉座の間に迎え入れることすら恐れ多いと何故気付かない」
「ボルドー殿、口が過ぎますな」
「マイクロトフ殿こそおわかりか? 銀色の半魔はかの『嫉妬の魔女』の語り継がれる容姿そのものではないか!」
たしなめるマイクロトフにすら声を荒げ、ボルドーと呼ばれた老人は立ち上がる。それから彼は階段を下ると中央、エミリアの前へつかつかと歩み寄り、
「かつて世界の半分を飲み干し、全ての生き物を絶望の混沌へ追いやった破滅。それを知らぬとは言わせぬぞ」
「――――」
「そなたの見た目と素姓だけで、震え上がるものがどれほどいると思う。そんな存在をあろうことか王座にだと? 考えられん。他国にも国民にも、乱心したと言われるのが関の山だ。ましてやここは親竜王国ルグニカ――魔女の眠る国であるぞ!」
両手を広げて足を踏み鳴らし、荒々しい口調と態度でがなるボルドー。その態度にエミリアは黙ったままだ。だが、聞いている側には黙れそうもない人間がいる。
「スバル、相手は賢人会の方だ。短慮はいけない」
「ざけんな、ラインハルト。あれが難癖以外のなんだっつーんだ」
「確かにそうかもしれないが、今は抑えなくてはならない」
思わず激情のままに怒鳴り込んでしまいそうなスバルを、とっさの判断でラインハルトが押し止める。だが、スバルの方の怒りはそれで収まるはずもない。
「まあまあ、わーぁかっていますとも。私のしている暴挙の意味も、賢人会の皆様の意見を代表してくださったボルドー様の計らいも、そしてエミリア様を見ることとなるであろう国民たちの感情の問題も。でぇーすぅーがぁー、お忘れではないですか。ボルドー様が問題にしている部分はこと王選に関してはなんの意味も持たないことを」
「……どういう意味だ」
最初にプリシラ様が仰っていたじゃーぁないですか。形だけでも五人の候補者が揃えば王選が始まる、と。王選が始まりさえすれば、あとは竜歴石の条文に従って粛々と進めるのみ、と」
「……つまり御身はこう言うわけですかな。エミリア様は竜殊に選ばれた存在であるという一点が重要であり、実際に王位に就く資格があるかは問題ではない、と」
「当て馬、というのも言い方が悪いですが、ひとつそーぉんな感じで考えてみてはいかがでしょう。彼女の容姿を使えば、その役割はキチンと果してくれると思いまーすよぉ」
「五人の候補者からなる王選を、実質的に四人の争いにしようというのか」
「選択肢が少なくなる方が分裂する可能性は恐らく減ると思いませんか?それなーぁらば、危険を減らす方策をこちらで練るべきでは?」
ロズワールの提案に思案顔のボルドー。他の賢人会の老人たちも、「それならば」と口にする姿はその提案に少なからず乗り気な様子だ。
そして、老人たちが下した結論は――
「わかった、いいだろう。先の反対は取り下げる。卿の推薦通りにことを――」
「ふざけてんじゃねぇーー!」
ボルドーとロズワールが悪だくみの契約をしようとしたところで、全員からの注視を受けながら、少年――スバルは怒りに顔を赤くして、二人を睨みつけ吠えた。
「おいスバル、よせ」
「止めんな士」
士の静止を冷たい声色で跳ねのけ、前へと歩みを進める。
その叫びを受けてロズワールは片目をつむり、黄色の瞳だけでスバルを見ると、
「おーぉやおや、場が見えていないのかな? 今は君のような立場の人間が口を挟んでいい場面じゃーぁない。謝罪して、退室したまえ」
「俺の意見は伝えたぞ、ふざけんな。そんで続く言葉はこうだ。謝るのはお前らの方だってな」
「ますます驚きだ。――命がいらないだなんて」
「スバル!離れろ!」
黄色の瞳を閉じて、代わりに青だけの瞳でロズワールがスバルを射抜く。彼の取り巻く殺気と、膨大な量のマナのせいなのか。彼の周囲は、景色がゆがんで見える。
彼の魔法の威力は、士が一度戦った時に目にしている。到底スバルではかなう相手ではないという事も、士が一番理解している。だからこそ二度目の忠告をスバルにしたのだが、
「言ったぜ、俺は。謝るのは俺じゃなくて、お前らの方だってな」
ロズワールの眼差しに対抗するように目つきを鋭くし、指を指し言い放つ。
エミリアがこの場にいるのだ。
そして今、彼女の願いは虐げられようとしている。それを目前にしていて、折れることなどできようはずがない。
力がない。意思も弱い。だが、意地だけがあった。
出どころの知れないわけのわからない力だけがスバルを突き動かし――
「いーぃだろう。力なくばなにも通すことができない。その意味を、身を持って知ってみるといい。来世ではそれを活かせることを願うとも」
死へといざなうこととなった。
最後の通告をした瞬間、彼の殺意が具現化した巨大な炎の塊がスバルに一直線に走った。視界が異常なまでにゆっくりになり、スバルは目前に『死』が口を開けて迫ってきているのを肌で感じ取る。
しかし、火球はスバルの目の前。まさしく直撃するコンマ1秒前で四散したのだった。
「スバル!」
士の声が聞こえるが、それは目の前とは違う。スバルの斜め後ろの方から聞こえてくる。故に士が自分を守ってくれたわけではないと判断。
では、誰が。
あり得ない人外の技量、その行いをあっさりとやってのけた存在は――
『ニンゲン風情がボクの娘を目の前に、言いたい放題してくれたものだ』
腕を組み、桃色の鼻を小さく鳴らして――灰色の体毛の小猫が、その黒目がちの瞳をかつてないほど冷たい感情で凍らせて言い放った。
『わかっていないようだね、ロズワール・L・メイザース。以前にボクが君に対して譲歩してみせたのは、あくまでボクの娘がそれを望んだからだ。それさえなければこの国ごと、ボクは永久凍土の底に沈めてしまってもかまわなかったというのに』
ロズワールの超密度のマナの塊を一瞬で消し飛ばした存在の出現にどよめきが広がる中、パックはまさしく凍えるような声でロズワール話しかけていた。
「――お気を鎮めてくださいませんか、大精霊様」
壇上から事態の原因であるパックに向かって、しわがれた声が放たれる。
声の主はマイクロトフだ。賢人会の面々にも少なからず動揺が広がる中、中央の席でひとりだけ姿勢を変えずに構える彼は理知的な輝きを瞳に灯し、
「これほどの力に、保有する濃密なマナ。さぞや名のある大精霊様とお見受けいたしますが」
『なんだ。少しは礼儀のわかる若造もいるじゃないか』
「ふぅむ。この歳で若造扱いされるなど、貴重な体験をさせていただいておりますな」
老人は沈黙を守っていたロズワールの方へと視線を向ける。その視線を受け、自らの魔法を無効化されて以来、口を閉ざしていたロズワールが肩をすくめて、
「先のエミリア様との出会いの話にさかのぼります。私が彼女と出会ったのは、ルグニカの王都よりはるか東――エリオール大森林。通称『氷の森』でした」
その単語を口にした瞬間、先ほどと同様の衝撃が広間に駆け巡る。
「確か凍てつく風が周囲を時間をかけて凍らせてゆき、その凍土とした範囲を年々拡大しているという曰くつきの地のはずでしたな」
手を叩き、ロズワールは開いた手でエミリアを、パックを示し、
「そのとぉーりです。そして、その氷の森の奥地で、ひっそりと暮らしていたのが彼の二人というわーぁけです」
「つまりエリオール大森林の永久凍土は……」
『ボクの仕業というわけだね。もっとも、ボクはただ住みよいようにしていただけなんだけど』
驚嘆を隠せないマイクロトフに対し、パックは悪びれない様子でそう答える。
イマイチ件の土地に縁のないスバルと士には想像し難い話であったが、周囲の反応を見るにかなり大きな話になっているのは間違いない。
「ふぅむ、なるほど。おおよそ理解が及びました。そのエリオール大森林の奥地で暮らしていたお二人と接触したのは、どういった理由ですかな?」
「調査の一環ですかぁーね。エリオール大森林は私の領地にもほど近い場所でしたから、数年以内に凍土化の影響を受けかねない。そうなる前に事前調査をしたのですが……如何せん危なかったですよ。地形の形を、少しばかり、大精霊様と共に変えてしまいました」
さらりと少しばかり地形が変わってしまった、などと聞き捨てならないことを言い放ち、ロズワールは神妙な顔つきでエミリアの方を手で指し示す。
「でぇーすが、彼は彼女の言葉一つで矛を収めてくれたぁーのです」
『契約者たる可愛い娘の嘆願だ。なにを置いても聞き届けるとも。逆を言えば、ボクはボクの意思以外にはリアにしか従わない。そしてよく覚えておけ。不愉快な君たちがこの場で氷漬けにならないことをリアに感謝するといい。さっきからこの子がボクを引き止めていなければ、ここは今頃氷像の間だ』
淡々と紡がれる言葉は底冷えするような冷気を伴い、広間の全員の心胆に冷たいものを差し込んでいく。
「――なるほど、ロズワールにしては、面白い趣向を凝らしたものだと言っておきましょう」
「……あちゃー。ばれちゃいましたかぁーな?」
「……は?」
士とスバルの間抜けな声がハモり、パックとロズワールが顔を見合わせる。
『ほら見なよ、ロズワール。やっぱりやりすぎは良くないって言ったろう? ボクはともかく、君の場合は普段のキャラがみんなに知れ渡ってるんだから、演技するにしてももっとうまくやらなきゃ』
「耳が痛いいたーぁいですよ。そーぉれなりに自信あったのに傷付いちゃうなーぁ、もう」
「ま、待たれよ。マイクロトフ様、一体何の話をしておられる?」
「ボルドー殿も察しが悪いですな。――今のが、エミリア様の陣営の演説の形、というわけです」
「演技だと!?なれば此度の一幕は全て仕組まれた茶番か!ロズワール、貴様、この場をなんだと心得ている!?」
『誤解しないで欲しいな』
手を振って怒鳴るボルドーの心臓の鼓動が、パックの一声で急速に早くなり脂汗が噴き出すのが、近くにいるスバルには分かった。
『――今、君たちが凍りついていないのはエミリアの温情だ。それを忘れないでね』
脅迫を言い残し、パックの姿がふいに輪郭を失い、光の粒子となって消失する。
緑の光を帯びた粒子はきらめきながら宙を漂い、それはゆっくりとエミリアの方へ。そのまま彼女の懐へと向かい、結晶石へと戻っていった。
彼女は幾度か瞬きし、周囲を確かめるように視線だけを回遊させ、
「ロズワール、状況は?」
「概ねは良好です。本音を言えば、大精霊様で最後まで引っ張るのが理想でしたが……さーぁすがにマイクロトフ様を最後まで欺くのは難しかったようで」
ロズワールの答えを受けて、エミリアは「そう」と小さく応じるのみ。そのまま広間を見渡す彼女の視線が、ちょうど背後に立つ形だったスバルを捉える。
それに対してスバルが何かを返そうとするが、彼女はすぐに視線を未だにがなるボルドーへと変える。
「ロズワール!今のが示威行為以外のなんだと言える?先の精霊の言葉を聞いたな?精霊は『意に沿わないのならば氷漬けにする』とそう言ったのだ!これは脅迫以外の何でもない!」
「――その通り、と言ったらどうします?」
「そう、私はあなたたちを脅迫しています」
ロズワールの瞳が怪しく輝きを放ち、それに続くようにエミリアが真正面からボルドーの意見を肯定する。
「ですが、勘違いしないでください。私が武力を行使して欲しい物のは、王座ではありません。私の要求はたったひとつだけ。――ただ、公平であることを望みます」
「……公平」
マイクロトフは口の中でその要求を繰り返す。エミリアは「そう」とその呟きに首肯で理解を示し、
「ハーフエルフであることも、自分の見た目が忌まわしい魔女と同じ特徴を持っていることも、全ては変えられない。ですが、それだけで全てを否定されるのだけは拒否いたします。公平であることは、私の生涯においてひどく貴重なこと。この場でそれ以上を求めることは、私が尊く思う公平さに対する侮辱に他ならない」
彼女の過ごしてきた日々の中で、悪意にさらされた記憶はどれほど多いのだろう。
ボルドーのように謂れのない罵声を浴びせられることも、ハーフエルフであるという一点だけで迫害されたことも、先日のようにあったに違いない。
だからこそ彼女はただひたすらに、公平な目で扱われることをこの場で望む。
「私があなたたちに求めることはたったひとつ、公平に扱ってもらうこと。契約した精霊を盾に、王座を奪い取ろうだなんて公平さを欠く行いは絶対にしない。だから公平な目で、私を見てください。家名のない、ただのエミリアを。『氷結の魔女』でもなければ、銀の髪のハーフエルフでもない。私を、見てください」
いつものおっとりとした彼女からは想像できないほどの大きな声でそれを高らかに皆に向けて宣言。それを見たスバルは脇の方で「EMM!」などと言っているため、士に脳天を小突かれていた。
それを受け、マイクロトフは長いヒゲを梳きながらうんうんと頷き、
「少々、波乱含みとなりましたが、もう十分といえるでしょう。エミリア様もロズワール辺境伯も、語り残したことはありませんな」
「はい」
それだけ答え、まだ何か言いたげだったロズワールを少々強引に引っ張るようにして列へと戻ろうとするエミリア。
これで波乱のアピールタイムは終了――かに思われたが、
「して、そちらの御仁はどういった立場になるのですかな?」
「うぇげっ」
思わずそんな呻き声が漏れてしまったのも仕方がないと思ってもらいたい。
なにせ、激情に駆られて前に飛び出したにも関わらず、何もできずに傍観していたのだから。
「このまま、ロズワール辺境伯の思惑通りに進むのも癪ですからな」
他の皆には聞こえていないようだが、何故かスバルにだけはその言葉は聞こえてしまった。要するに、さっきのお芝居の仕返しが、巡り巡ってスバルと士にきたのだ。スバルはともかく、士に関しては、とばっちりもいいところである。
「違うんです。ええっと、この人たちはですね……ちょっと、なんでにやにやしてるの。そんな場合じゃないでしょ、しゃんといい子にしてて」
先ほどの態度とは真逆の慌てふためくその姿に、にやにやとするスバルを咎める。その少し不満げな顔すら魅力的で、スバルは小さく笑みをこぼすと彼女の肩に触れて、
「いいよ、エミリアたん。――俺も言い訳はしねぇ」
「言い訳とか、そんな場面じゃ……スバル、なにする気? ねえ、ちょっと」
「おい、馬鹿な真似は」
「はじめまして、賢人会の皆々様、ご機嫌麗しゅう。この度は、大変なご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳なく思い候!」
士が止める前に、スバルは大声で全員に挨拶。そしてペコリとお辞儀をして足のスタンスを広げる。腰の角度を傾け、左手は傾けた腰に、右手は高く天井を指差すようにして華麗にポージング。
そして、
「俺の名前はナツキ・スバル! ロズワール邸の下男にして、こちらにおわす王候補――エミリア様の一の騎士!以後、お見知りおきを!」
ウインクと指パッチンをして自己紹介を締めくくる。
「……最悪だ」
そんなお調子者の背後に立つ使用人は、どこかの天才物理学者のようなことを呟いていた。
そしてスバルは先ほどからしてやったりとでもいうような顔をして、ジッと立ったままだ。
きっちりと相手のリアクションを待って、それから後詰めの対応を練るのがスバルの芸人としてのせめてもの心意気。芸人ではないが。
「ブベラッチョ!」
そしてその己の決まりごとは、脳天への痛みで中断されることとなった。
「いてぇぞ士!もう少しツッコミの強さは限度考えてだな……ってエミリアたん!?」
「ち、違うの!今のはその、とにかく大人しくさせなきゃと思ったら思わず……」
「ねぇチョット待って!?大人しくさせるってのはいいけどまさかそれで殴った!?それ結構デカいし固いよ!?」
いつの間にやらエミリアの手に収まっていたそこそこ大きなサイズの氷塊で殴られたと知り、少なからずもショックを受けるスバル。
「ばるばとす!?」
先ほどエミリアに鈍器で殴られた部分へさらに、士の容赦のないパンチが入り、転がって悶え始める。
「お前のせいで俺まで恥をかいたんだ。このくらい我慢しろ」
「だからと言って怪我した部分を殴るなよ!?頭割れてないだろうな!?」
ここがどこだか忘れたかのように言い争う三人。そしてその中で飛びぬけて間抜けな黒髪の少年は、頭を抑えながらこの場を再び見渡し、
「あー!やらかしたっていでぇいでぇ!ダブルで耳がー!両耳が死ぬ!痛いって痛いって痛いって!!」
「大変お騒がせして、申し訳ありません」
耳を引っ張ったままエミリアが頭を下げるため、耳が千切れるほどに引っ張られる。そして士はそれとは全く関係なく、私怨でスバルのもう片方の耳を全力で引っ張っていた。
「危ないって、耳は鍛えられない急所のひとつなんだからもっと丁寧に扱ってくんなきゃ、取れてからじゃ遅いんだぜ!?てか士は完全にワザとやってただろ!」
「俺の忠告を三回も聞こえてるくせに無視して突撃したバカの耳はいらないだろ」
「今日もいつも通りの辛辣なツッコミありがとよ!」
そんな言い合う二人を無視して彼女は一度目をつむり、それから真剣な顔を作り直して老人たちを見上げると、
「とにかく、さっきの発言は忘れてください。この子……彼は私の知己で、ロズワール辺境伯の従者ではありますけど、さっき言ったような……」
「タンマタンマ!なかったことにしないで!」
「静かにしろ。自分の渾身の自己紹介が滑ったからってバツを悪くするな」
「ちち、ちげぇーし!俺の自己紹介決まってたし!」
「ちょっと二人共、お願いだから静かに……」
二人の会話にすごんで押し黙るエミリアの姿に会話の中断を見たのか、それまで沈黙を守り続けていた壇上――即ち、マイクロトフが小さく咳払いすると、
「そちらの御仁の意思は固いように思えますな。ふぅむ、ロズワール辺境伯の見解はどうなっておりますかな」
今の二人のやり取りにヒゲを整えながら、ロズワールへと矛先を向ける。向けられたロズワールは「そーぅですねえ」と胡散臭げに笑みながら、
「王候補の皆様にはそれぞれ、信を置く騎士がついていらっしゃる。その中、エミリア様にだーぁけそう言った立場の人間がいーぃないことは気になっていました。でぇーすぅーがぁーそれは誰でもいいという話ではあーりません。――主への忠誠心、あるいは主君の身を守るだけの力。王となるべく邁進する主の道を切り開くなにか、そーぅいったものがなければ」
「――それだけでは、足りませんよ。ロズワール辺境伯」
スバルになにをさせるつもりだったのか、朗々と語っていたロズワールの言葉に割り込む声をあげたのは、紫色の髪の騎士ユリウスがスバルへと近づく。
「わかっているのかい、君。君はたった今、自分が騎士であると表明したんだ。――恐れ多くも、ルグニカ王国の近衛騎士団が勢揃いしているこの場でだ」
そのユリウスの一声で、整列していた騎士たちが一斉に姿勢を正し、一糸乱れぬ動きで床を踏み鳴らし、剣を掲げて敬礼を捧げる。
「単刀直入に聞かせてもらう。――君が騎士として相応しいか、我らの前でそう名乗るだけの資格があるのか」
そのユリウスと近衛騎士団の者たちの迫力に、スバルは気圧されながらもしっかりと目の前の騎士を見つめ、
「……確かに、お前が俺に対して文句言いたいのは分かる。俺はお前らみてえに強くねえし魔法だって平均未満。何か秀でたもんもありゃしねぇ。お前と戦ったって、一瞬でコテンパンにされんのが関の山だ」
わざわざあの場で吠え、壇上に上がってきた者とは思えないような弱腰の白旗宣言に、ユリウスの瞳は困惑の色を隠せていない。それは失望ともいえるものだった。
「けど――忠誠心って言葉とは違う気がするけど、俺はエミリアた……エミリア様を、王にしたい。いや、王にする。それだけは曲げられねえ」
「……それはあまりにも傲慢な答えだと、自分で思わないかい?」
スバルの言葉に、ユリウスはまるで夢物語を聞かされたように嘆息し、
「実力不足を嘆いてもいて、あらゆる面で能力不足である点を自覚している。そしてこの場においても、君は発言権すらそもそも与えられていなかった。その君が、よりにもよって国家の大事の中核に触れようと? ――思い上がっているんじゃないか?」
「いいかい?」とユリウスは指を立て、無言のスバルに言い聞かせるように続ける。
「騎士に求められるものは、主君と王国に対する忠誠。そして、自らの尊ぶべきものを守り切るための力。しかし、私はそれ以外にももっとも重要なものがあると考えている。それは、歴史だ」
「歴史……」
「そうだ。近衛騎士団には出自の不確かなものは採用されない。確かにカイトウのようにルグニカ以外で育った者でも入れた例は、長い歴史の中で見ればいくつかはあるのだろう。だが――私は君やアルと言った者を騎士として認めない」
あまりにも高い『歴史』という壁を突きつけられ、押し黙ってしまうスバル。この価値観の違いは、恐らく埋めることはできないと、両者が理解している。
それでも、スバルは言葉を紡ごうとしたその時――。
「随分と、つまらない連中だな」
突如、この場の空気を粉砕するような言葉が広間中に響いた。
その介入者は――
「さっきから黙って聞いていれば、どいつもこいつも歴史だの伝説だの伝統だのを繰り返してくだらない」
スバルとユリウスの間に割って入ってきた男、門矢士だった。
「……何?」
「聞いてなかったのなら何度でも言ってやるよ。騎士になるには歴史が必要ってのが、くだらないってな」
士の今までの会話を全て無駄にする暴論に、ユリウスの表情に怒りがにじみ出てくる。
しかし士は、飄々とした態度を崩さずにユリウスに視線をしっかりと向け、
「お前だけじゃない、全員に問いてやる。そもそも、この国を守るような価値はあるのか、とな」
全員に声が行き届くように放たれた士の言葉にマイクロトフも、王選の候補者も、近衛騎士団の連中も、全てが一瞬凍り付いた。
「な、何を言っているのか分かっているのか!賢人会の前で!国を裏切るようなことを貴様は今述べたのだぞ!」
「何故貴様のような不敬な者がいるのだ!今すぐ消え失せろ!」
賢人会の老人がそれぞれ士を罵倒し、近衛騎士団の方からも士への怒りを込めた眼差しが向けられる。
「……やはり忌まわしいハーフエルフの元には、この国に害をもたらすものが集まる」
「お前、今何て言った」
その中の老人の小さな一言を、士はこの無数の馬頭が溢れる中で聞き逃さなかった。
士はその言葉を放った青ざめている老人の元へと歩みを進め、顔をずいと近づけ、
「今何て言ったと聞いているんだ!」
周りの人間を黙らせるほどの大声を轟かせ、問い詰める。
その気迫のせいなのか、その老人が士から目を背け黙秘の態度をとるや否や、士は老人から離れて先ほどのように皆に語り掛ける。
「この国では先ほどのように差別が横行している。今だってそうだ。上の人間は下々の人間の事を考えない。ましてや他種族のことなど、蚊帳の外。人を人として扱うようなことすらしないものだっている。そんな廃れ切った伝統が続いてきた国で、本当に歴史が大事だと考えているのか、ユリウス・ユークリウス」
「――――」
「そんなくだらないものよりも大事なのは、地位でも、名誉でも、富でも、ましてや国そのものでもない!人の命だ。この国にはその考えが欠如している!」
「何を訳の分からない戯言を……!人民よりも重要なのは国家の安否だ!」
「そうやって阻害されている人々を放置し、切り捨てる。あんたたちこそが悪だ!」
悪、というワードに反応したのか。はたまた士の態度が逆鱗に触れたのか。先ほど罵倒を浴びせていた老人の内の一人が激昂し、
「切り捨てろ!国家の転覆を謀るこいつを!」
「そうだ!このような裏切り者はこの国に必要ない!」
「落ち着いてください。賢人会の皆様」
そんな烈火のごとく怒りをぶちまける老人たちを自身の威圧で落ち着かせたのは、ユリウスだった。
彼は賢人会の人々が落ち着いたのを見てから歩き始め、士と真っ直ぐ向き合い、そしてこう問いかける。
「君が戦うのは国の為ではない、というのは分かった。では、なぜエミリア様に味方する?国の為に、王を決める戦いに参加したくないのならば、なぜ?」
「……ある人が言った。俺たちは『正義』というもののために戦うんじゃない。俺たちは、人間の自由のために戦うんだとな」
そして、士はユリウスとは反対の方向を向き、エミリアを掌で指しながら、
「こいつは……エミリアは今まで、ずっと虐げられてきた。お前らが想像できないほどの苦しみを堪えて、今この場所に立ってるんだ。それを知ってるから、俺は、彼女に味方する。……だが、俺はスバルほどエミリアに忠誠心があるわけじゃない。……だから、そのための菜月昴だ」
「……どういう意味だ?」
「こいつに足りないものが力というなら、俺がそれをすべて受け持つ!俺たちに足りないのが歴史なら、俺たちが歴史が必要のない世界にするために、エミリアを王にする!……確かにこいつは、自分で言っていたように、何の力もありはしない。せいぜい、囮になるのが関の山だ」
「おい!ちょっと酷くない!?」
士の後ろに立つスバルから、いつものようなツッコミが聞こえてくる。それになぜか、士はいつもとは違い微笑で返して、士とユリウスの間へとスバルを引きずり出す。
「だがな……この男は、誰にも声が届かない世界で、孤独に耐えながらみんなを守ってきた……誰より強い男だ!こいつがエミリアの笑顔を守るなら、俺はこいつの笑顔を守る!知ってるか?こいつの笑顔……悪くない」
それこそが、俺の戦う理由だ。最後にそう付け加えて話を締めくくる。そそんな士の明確なのか明確でないのか、よく分からない答えに満足したように、あるいは諦めたように肩をすくめて、
「……資格のあるなしやその態度に関わらず、君がそこに立つ理由は納得させてもらったよ。ならば、私から言うことはもうなにもあるまい。だが、最後に一つだけ問うておきたい。――君は、何者だい?」
「通りすがりのただの兵士だ。覚えておけ。……それと、俺がそこまで王選に深くかかわってないということもな」
いつものお決まりの台詞を言い放ち、周りが静かになるが、その中で突如として士が身を翻し広間の出口の方へと向かい始めた。
「お、おい!どこ行くんだよ!」
「気分が悪い。言いたいことは言い終わったしな」
「んな滅茶苦茶な……。って士―!」
人々の間をすり抜け、あっという間に広間の外へと出て行ってしまう士を、スバルが慌てて追いかける。
かなーり説明回に時間を割いたため、王選候補者一人ずつの自己紹介はダイジェストみたいな感じでよろしいでしょうか?
-
YES
-
NO