オーバーロード 骨と珍獣とスライムと   作:逆真

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性懲りもなくこういう新連載を始めてみる今日この頃。


プロローグ

 ユグドラシルというゲームのタイトルがある。

 

 いわゆるDMMO-RPGであり、かつてとんでもない人気を博していた。

 

 2126年に配信されたこのゲームは自由度の高いゲームであり、爆発的な人気を誇っていた。DMMO-RPGといえばユグドラシル、と言われた時期さえあった。多彩な職業、広大なエリア、いくらでも手を加えられる外装。狙って作らない限り、性能などが被ることはまずない。

 

 しかし、盛者必衰。

 

 2138年の某日に、このゲームは十二年の歴史に幕を下ろすことになった。発見されなかったシステムや使用されることのなかったアイテムを多く残したまま。……『そんな隠しシステム分かるか!』というものが多くあるため、ユーザーというか運営側にも多くの問題があるのだが。幾度となくプレイヤーから糞運営・糞制作と罵られるだけのことはある。サーバーがパンクするほどメールが届いたことだってあったのだ。

 

 残り時間はあと僅か。ユグドラシルの最後の日、プレイヤーたちの過ごし方は様々だ。花火を上げるもの。運営やプレイヤーが最後に公開したとっておきの情報を見るもの。久々にログインしてギルド拠点を見て回るもの。もう過去のものだと、最後に立ち会わずに去るもの。

 

 ユグドラシル最難関の攻略難度だと言われるダンジョン、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド拠点、ナザリック地下大墳墓も同じように最後の日を迎えていた。

 

 第九階層『ロイヤルスイート』にある一室『円卓』。大きな円卓があるのだが、空席が目立つ。というか、ほとんど空席だった。

 

 そこに、豪華な漆黒のローブを来た骸骨の姿をした魔法詠唱者――死の支配者(オーバーロード)とタールのような漆黒のスライム――古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)の姿があった。どちらもダンジョンで見かければ手ごわいモンスターだが、彼らはNPCではない。モンスターの姿をした、異形種のプレイヤーである。

 

「ほんと、久しぶりですね、ヘロヘロさん」

 

 死の支配者(オーバーロード)が口を開く。口を開くと言っても、ユグドラシルに表情が変化するシステムは備わっていないため、その骸骨の顎が動くことはないのだが。

 

 

 この死の支配者(オーバーロード)こそが、ユグドラシル全盛期において十大ギルドの一角を担ったアインズ・ウール・ゴウンのギルド長にして最古参メンバーのひとり、『モモンガ』である。

 

「いや、本当におひさーでした」

 

 応じた古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)――ヘロヘロもまたアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだ。もっとも、転職を気にゲームから遠のいてしまったため、ログインするのは二年ぶりだ。

 

 つまり、久しぶりの会話だ。そして、おそらくは最後の会話となる。ユグドラシル2でも始まればまた会えるかもしれないが、そのような話は聞いたことがない。

 

 会話の内容はほとんどヘロヘロの仕事の愚痴だったが、モモンガには別に文句も不満もなかった。ギルドメンバーの条件のひとつとして、社会人であることが定められているためだ。

 

 やがて会話がひと段落すると、ヘロヘロが申し訳なさそうに言う。

 

「眠気がやばいので、僕はそろそろ……」

「ゆっくり休んでください」

「でも、意外でしたよ。ナザリックがまだ残っていたなんて――」

「……っ」

 

 ヘロヘロが去り際に言ったその言葉に、モモンガは僅かに思うところがあった。だが、表情が変化することはない以上、その感情は声に出さない限りは伝わらない。

 

 最後なのだ。自分がつまらないことを言って、嫌な別れになって欲しくない。そう思ったモモンガは黙って見送ることにした。

 

 せっかくなのだから最後までいてくれ、という言葉を飲み込んで。

 

「――せっかくなんだし、最後まで残っていったらどうですか?」

 

 と、円卓にモモンガでもヘロヘロでもない第三者の声が響いた。

 

 ヘロヘロは押しかけていたログアウトのボタンの手を止め、声のする方を見た。モモンガも同じようにすると、そこには“人の形をした獣”がいた。

 

 黒髪のロン毛で、二十歳前後の男性。普通の人間にしか見えないが、彼も異形種である。形態変化というギミックによって、人間形態になっているだけだ。

 

「ヘロヘロさん、お久しぶり。元気してたー?」

 

 親しみを感じさせる軽快な挨拶を向けられたヘロヘロより先に、モモンガが相手の名前を呼ぶ。

 

「ポッケさん!」

「うわ、懐かしい。ポッケさんだ」

 

 ポケット・ビスケット。アインズ・ウール・ゴウン四十二番目にして最後の加入メンバーである。

 

「くっくくー。そういうヘロヘロさんこそ懐かしいじゃないですか」

「うわ、相変わらず下手くそな笑い方ですね」

「放っておいてくださいよ」

 

 久しぶりにログインしたヘロヘロであったが、ギルド長であるモモンガだけではなくポケットのこともちゃんと覚えていた。最後の加入メンバーということもあるが、彼は色々と印象に残りやすかったのだ。その加入経緯やビルド構築のおかげで。笑い方が下手なことは聞くまで忘れていたが。

 

「遅れて申しわけない。こんなギリギリにログインするつもりじゃなかったんだけど、後輩がポカやらかしまして。その後始末に付き合っていたらこんな時間になっちゃいまして」

「いえいえ。サービス終了までに間に合ったんですからいいですよ」

「そうですか? てか、ヘロヘロさんだけ? 他のメンバーは?」

「引退していない他のお二人も来てくれたんですけど、忙しいみたいでもう帰りました」

「えー。薄情ですね。ぼくとモモンガさんで今日までギルド拠点を守っていたっていうのに。最新参の俺はともかく、ギルド長が待っていたっていうのに。くっくくー」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、引退したメンバーも含めて四十二人。そのうち引退していないのが、この場にいる三人とすでにモモンガに挨拶だけしてログアウトした二人だけだ。そして、ヘロヘロとログアウトした二人は年単位でログインすることがなかった。モモンガとポケットだけで今日までこのナザリックを経営してきたのだ。ほとんど惰性だったが。

 

「……もう、帰り辛いですね」

「い、いえ。いいですよ、ヘロヘロさん。お疲れなのはわかっていますから。ポッケさんの嫌味に付き合わず、どうぞログアウトしてごゆっくり熟睡してください」

 

 ギルド長からの言葉を受けて、ヘロヘロはむしろ眠い身体に鞭を打つことにした。

 

「いえ、モモンガさん。ポッケさんの言うとおり、せっかくなんで最後まで残ってみようと思います」

「ヘロヘロさん、残ってくれるのは嬉しいですけど無理しなくてもいいんですよ?」

「はっはっは。嬉しいなら仕方ないですね。ギルド長をぬか喜びさせるのもしのびないですし」

 

 表情は変わらなくとも、声の変化は分かる。ここまで明るくなってしまったら、後には引けない。眠いのはいつもと一緒だ。もう少しだけ付き合うとしよう。

 

「ありがとうございます、ヘロヘロさん! いやー、流石にギルド長とふたりきりは寂しいので。で、モモンガさん、これからどうします?」

 

 ポケットが言いたいのは、「どこで最後の瞬間を迎えるか」ということだろう。モモンガは少し考えて、提案した。

 

「このまま誰か来るのを待ってもいいんですが、せっかくですから、玉座に行きませんか?」

「あ、いいですね」

「異議なし」

 

 アインズ・ウール・ゴウンには、上も下もない。ギルド長という立場もあくまでまとめ役であり、行動は多数決を常とする。賛成三、反対なし。サービス終了は第十階層の玉座で迎えることになった。

 

「あ、そうだ。それこそ最後なんですし、それ、持っていきましょうよ」

「それ?」

「どれです?」

「あれですよ、あれ。我らがギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』です」

 

 円卓の席から立ち上がったモモンガは部屋に飾ってある杖に目を向ける。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ヘルメス神の杖ケリュケイオンをモチーフにしたギルド武器。モモンガに合わせて作られた武器でありながら、ただの一度もその力を振るうことがなかった。

 

「有給取ったり素材集めで奥さんと喧嘩した人もいましたっけ」

「そうそう、懐かしい」

「それ初耳ですね」

「ああ、ポッケさんが加入した時には完成していましたからね」

「そのあたりの思い出を共有できないのは、新参者の哀しいところですね」

 

 ポケット・ビスケットは最後に加入したメンバーであるが、その時期は大きな活動がほとんど終わった時期だった。クランだった時代の苦労も、ギルド拠点を手に入れた興奮も、ギルド武器を完成させた達成感も、ワールドアイテムを収集した満足感も、大侵攻を返り討ちにした全能感も知らない。

 

 ――ユグドラシル最悪最強のギルドの御旗の下で、戦争がしたい。

 

 中堅ギルドに所属していたプレイヤーがワールドアイテムを手土産にそんなことを言って、このアインズ・ウール・ゴウンに加入して、最後まで残った。今日という今日まで、あの大侵攻の再来を信じ続けて、何も得ることはなかった。

 

 モモンガは一瞬ギルド武器に手を伸ばそうとして、止める。皆の努力の結晶を自分の意思で勝手に持ち出していいのか悩んでいるのだろう。

 

「ヘロヘロさん。完成に一ミリも関わっていない俺が言うのもあれなんですが、ぼくはあれを持ったモモンガさんの魔王っぽい姿が見たいです」

「奇遇ですね、ポッケさん。私も見たいです」

「ギルド長。持ち出しに二票です」

「……ずるいですよ、ポッケさん」

 

 その気遣いを嬉しく思いながら、モモンガはスタッフに手を取った。

 

「行こうか、ギルドの証よ、いや、我がギルドの証よ」

 

 歩き出す骸骨の姿をした魔王。それに従うのは、スライムと人型の獣。ユグドラシル一のDQNギルド、アインズ・ウール・ゴウン最後の活動の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最奥部、玉座までの道中で、いくらかの同行者ができた。と言っても、他のメンバーがログインしたわけでもないし、他ギルドのプレイヤーが侵入してきたわけでもない。

 

 ギルド拠点に配置されたNPCたちだ。基本的に同じ場所にいるか、同じエリアを巡回しているだけだが、命令コマンドで同行させることが可能なのだ。

 

 執事長のセバス・チャン。戦闘メイド・プレアデスの六人。そして、道中でエンカウントした一般メイドたちを手当たり次第に。なお、メイドたちを同行させようと言い出したのはヘロヘロだ。というのも、ナザリックの一般メイド四十一人の三分の一はヘロヘロの作ったNPCだからだ。プレアデスのひとり、ソリュシャン・イプシロンもヘロヘロの作品である。

 

「……こうして久々に自信作のメイドたちを見ると、こみ上げてくるものがありますね」

「このメイド狂スライムめ」

「うるさいですよ、キレ芸珍獣。メイド最高でしょう。……こうなると、ホワイトブリムさんやク・ドゥ・グラースさんにも会いたかったですかね……」

 

 ヘロヘロが出した名前は、残りのメイドの三分の二を作ったメンバーだ。ヘロヘロと同じくメイド好きで、特にホワイトブリムは「メイド服こそ俺の全て!」「メイド服は決戦兵器」と豪語するほどのメイド服好きで、現在はメイドが出る漫画を連載しているらしい。

 

 自分が作ったメイドだけではなくメイド全てを連れて行くのは、そんな二人への友情の示し方だろうか。単にメイドがいっぱいな方が幸せだとかそんな理由かもしれないが。

 

 それなり以上に同行者が増えていきつつも、玉座の間の厳かな扉の前に到着する。

 

 引退した悪戯好きなメンバーの罠に警戒しながらも、モモンガが扉を開く。

 

 三メートル以上の扉が開放されて広がるのは、ナザリックで最も手の込んだ部屋。白を基調とした壁、豪華なシャンデリアにギルドメンバー四十二人の旗。そして、真紅の絨毯の先にある水晶で出来た玉座であるワールドアイテム"諸王の玉座"。

 

 自然と目に入るのは、その玉座の隣に佇むひとりの美女。ナザリック地下大墳墓守護者統括という設定を与えられたNPCのアルベドである。メイドたちの設定を覚えていないモモンガやポケットであったが、この絶世の美女の存在は覚えていた。

 

 人型ではあるが、頭部のヤギのような角と腰から生えた漆黒の翼が彼女が明確に人間ではないことを証明している。種族は悪魔。確かサキュバスだったはずだ。翼が黒だからこそ白いドレスがよく映えている。また、その手にはワールドアイテムの真なる無(ギンヌンガガプ)が――

 

「あれ? 何でアルベドが真なる無(ギンヌンガガプ)を――?」

 

 あのワールドアイテムは基本的に、専用のアイテムであるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければいけない宝物殿の奥にあるはずだ。当然、個人の判断での持ち出しは厳禁だ。

 

 ワールドアイテムを常時所持することが許されているのはギルドメンバーを合わせても三名。ギルド長のモモンガ。ギルド加入時の手土産をそのまま所持することが許されたポケット。そして、第八階層の要のひとりであるNPCだけだ。

 

 この場に真なる無(ギンヌンガガプ)があることを、ほとんど毎日ログインしていたモモンガもポケットも知らなかった。つまり、ギルドメンバーの誰かが独断で彼女に装備させたことになる。

 

 そこまで考えに至って、モモンガはポケットを見た。モモンガとポケットがワールドアイテムの所在について知らないことを知らなかったヘロヘロは反応が遅れた。

 

「――――――あぁんのぉ、タブラ野郎がぁあああああぁあああアァァ!!!」

 

 叫んだ。

 

 最新参者のメンバーは、ギルドでもそれなりの立場にあった先輩メンバーに対して、罵声を吐き出した。

 

「糞が、糞が、糞がああああ! あ、あのタコ、あのタコ、軟体動物! クトゥルフ野郎! 勝手に持ち出してんじゃねえぞ、馬鹿が! あぁん!? 何だ、微妙に似合ってんのが腹立つな!」

 

 タブラ・スマラグディナ。古株メンバーのひとりでもあり、ギルド拠点のギミック担当者のひとりでもあり、大錬金術師と呼ばれた高魔法火力のプレイヤーであり、神話やホラーの愛好者でもあり、アルベドの製作者でもあり、ギルドメンバーの多くに敬意を払っていたポケット・ビスケットが最も嫌っていた男でもある。

 

 なお、タブラの方はポケットのことを嫌っているどころか妙に好感度が高かった。自分が嫌いな相手が、自分を嫌ってくれるとは限らない良い例だった。自分が好いている相手が、自分を好きになってくれるとは限らない例とも言えたが。

 

 ギルドメンバーがログインしていた頃、タブラがポケットの地雷を踏んで怒らせるのはよくあることだった。これでも、戦士職最強と魔法職最強ほど空気が悪くなるわけではないのでまだマシだったが。

 

「どうどう。落ち着いてください、キレ芸珍獣」

「誰がキレ芸珍獣だ、この骸骨め! アンタもあのタコの味方か? まさかグルかこの野郎!」

 

 はっきりと激情が伝わってくる声だが、表情がデフォルトの無表情なのが逆にシュールだ。こみ上げてくる謎の笑いに耐えながら言葉を返す。

 

「違いますよ。俺だって初めて知りました、あれがここにあるのは。……というか、タブラさんだとは限りませんよ――」

「わざわざワールドアイテムを無断で持ち出して他人のNPCに装備させんのか!?」

「ですねー」

 

 そんな会話を続けながらも、モモンガ一行は玉座へと足を進める。

 

「何より腹立つのが、あの野郎がここに来たのに挨拶もなかったことだよ。ここに来たなら、『あいつ』を見ているはずでしょう! 円卓に顔を出して感想のひとつくらい言いやがれってんだ!」

 

 そう言われて、モモンガは視線を『それ』に移す。

 

 玉座への絨毯の途中に、ぽつんとひとりの少女が立っていた。金髪碧眼で、年齢は十代後半。軍服を着ており、その両手は武骨な二丁拳銃を構えている。

 

「ああ。娘を自慢したかったんですね」

「なるほどー。あれ、ポッケさんのNPCですね」

 

 ヘロヘロは記憶を巡らすが、ポケット・ビスケットのNPCはレベル五十の剣士がいたはずだ。それ以上詳しくは覚えていない。

 

「容量がまだ余っていましたからね。暇だったんで、一年前くらいに作ったんですよ。ギルド長に一応の許可は戴きましたし」

「へー。あんまり時間もないですから詳しく聞けませんけど、どんな娘なんです?」

「名前はアリス・マグナ。レベル百、種族は天使、職業はアサシンをベースにガンナーを混ぜてます。カルマ値は高めで属性は善。役職は守護者統括補佐ってところです」

「めっちゃアルベドを意識しているじゃないですか。ポッケさん、さてはタブラさんのこと大好きですね?」

「大嫌いですよ。初対面から今日までね。……こいつもちょっとだけ移動させましょうか。付き従え」

 

 ついに玉座の前に到着する一行。

 

 モモンガはNPCたちに待機の命令を出すと、玉座に腰かけた。ヘロヘロとポケットもその横に控える。ついでにアリスもその横に並べる。自然と記念撮影をしようと言う運びになって、右からヘロヘロ、アルベド、モモンガ、ポケット、アリスという並びになった。確認してみたが、思ったよりも魔王と四天王になっていた。

 

「ヘロヘロさん。いつだったかペロロンチーノさんやぶくぶく茶釜さん、やまいこさんとやった魔王軍四天王ごっこを思い出しませんか?」

「ありましたね、そんなことありましたね。たっちさんに勇者役をやってもらったんですよね」

「そうそう! ヘロヘロさんと茶釜さんで女勇者の装備を溶かすスライムで被ってたんですよね」

「だからあの姉弟はスライムに対する偏見が過ぎますって!」

「寂しい。会話に入れなくて寂しい」

 

 ポケットの無常の訴えに、二人は苦笑を漏らす。

 

「すいません、ポッケさん。ふわあ……。ところで、そのアリスちゃん? はどんな設定なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました、ヘロヘロさん!」

 

 だいぶ声が眠そうになっているヘロヘロ。そのことに気づいたからこそ、力を入れて語りだす。

 

「神は細部に宿ると言います。フレーバーテキストの設定だからってぼくは手なんて抜きませんよ。そして、あのタコ野郎のように女子にビッチなんて設定をつけたりはしない!」

「え?」

 

 思わずアルベドを見るモモンガ。タブラが制作したNPCはあと二体いるため、そちらのことを言っている可能性もあったがポケットの冷たい声がそれを否定した。

 

「無駄に長いテキストの最後の部分見てみてくださいよ」

「どれどれ……うわ、長っ」

 

 本当に長かった。無駄かどうかはともかく、とにかく長々とした設定だ。限界ギリギリまで書かれているのだろう。そして、最後の一文が「ちなみにビッチである。」だった。

 

「これはひどい」

「タブラさんらしい、です、けど……むにゃ」

「でしょ? あの野郎、何がギャップ萌えだ。サキュバスがビッチで何のギャップがあるんだ!」

「そこにツッコミを入れます?」

「当たり前でしょ! だいたいですね、ギャップ萌えってのはマイナスっぽい印象からプラスに向けてのものを言うと思うんですよ。文芸少女が戦闘狂とか、冷静沈着な無表情女騎士がぬいぐるみを好きとか」

「ああ、アリスの設定が大体検討つきました、ね、すやぁ…………」

「ビッチ設定もそうですけど、形態変化もなぁ。いやこの点に関しては、珍獣とか合体事故キメラとかツギハギ怪獣とか言われるぼくが言えた義理じゃないのは分かるけど、仮にも女子をあんなゴリラに――」

 

 完全に寝落ちモードに入りつつあるヘロヘロと、タブラへの悪態という体裁の評価が止まらないポケットは、モモンガが悪戯心でギルド武器の力を使用したことに気づかなかった。

 

「流石にビッチ設定はな」

 

 ギルド武器の力を使用して、モモンガはアルベドの設定の最後の一文を削除した。ギルドメンバーのNPCを勝手にいじることに多少の罪悪感がないわけではないが、様々な要因がモモンガの指を動かした。今日が最後だという思い切りと、ポケットの言葉への同意と、勝手にワールドアイテムを動かした癖にこの場にいないタブラへの少しだけの憎悪だ。

 

「でも消すとちょっと物足りないな……。あ、そうだ」

 

 ここでふとポケットとアリスを見て思いつき、軽い気持ちで書き込んだ。

 

「これで良しっと」

「――モモンガさん、聞いてます?」

「あ、はい、何ですか?」

 

 あと数分で何の意味もなくなる悪戯だったが、モモンガは反射的に隠してしまった。

 

「ヘロヘロさん、完全に寝落ちしちゃいましたけど」

「え? あ、あー」

「むにゃむにゃ。明日には必ず……」

 

 元々、眠気が限界でログアウトしようとしたところを引き留めたのだ。当然と言えば当然だ。

 

「寝かしてあげましょう。これ以上、ワガママに付き合ってもらうのも悪いです」

「モモンガさんのそういうとこ、損だとは思うけど好きだったよ」

「何です気色悪い」

「傷つくな。泣くよ? くっくくー」

 

 下手くそな笑いが、冗談半分であることを明確に告げてくる。

 

 苦笑いで返しておくと、サービス終了まであと一分を切っていることに気づく。

 

「もうこんな時間ですか」

「うわ、カウントダウンすべきじゃん、これ」

 

 何ともしまらない最後になってしまった。それでも、決して悪い終わりではないようだ。来てくれたメンバーは期待していたよりはずっと少ないが、自分ひとりで終わる可能性だってあったことを考えるとずっと良い。それこそ、ポケット・ビスケットのリアルでの残業がもう少し長引いていたらヘロヘロだって帰った可能性がある。ポケットのような引き留める言葉が出たとは思えない。逆に、ポケットが残業しなければ先に帰った二人も引き留めてくれたのではないかという思いもある。

 

 考えても仕方がないことだ。

 

「ポッケさん、ありがとうございました」

「その言葉だけで過ぎた報酬ですよ。偉大なるギルド長に礼を言われるような働きをした覚えはありませにょ」

「にょ?」

「……失礼。噛みました」

 

 これは本気で恥ずかしがっている奴だと察したモモンガはそれ以上指摘しないことにした。どうせ最後にかっこいい別れの言葉を言おうとして無駄に緊張してしまった結果だろう。

 

「働き云々なら、俺は貴方に何もあげられなかった」

「そんなことありませんが?」

「貴方が望むような大きな戦いは、結局一度もありませんでしたからね」

 

 ポケット・ビスケットは大侵攻後に加入した唯一のメンバーだ。そして、あの大侵攻こそが彼がアインズ・ウール・ゴウンに加入した理由でもあり原因でもある。第二次大連合が組まれることはなかった。このサービス終了の最終日だけが最後の希望だったのに。

 

 23:59:50

 

「本当に、ありがとうございました」

「こちらこそ、ギルド長。では、縁が合ったらまた会いましょう」

 

 00:00:00

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