オーバーロード 骨と珍獣とスライムと   作:逆真

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もう貴方はいない

 星空が綺麗だという連絡を受けてから数時間、デミウルゴスが例の警備体制変更の是非を尋ねにきた。そんなこと聞かれても、ポケットには良し悪しが分からない。モモンガとヘロヘロも同じである。警察官であったたっち・みーがいてくれれば参考になる意見がいたかもしれないが、彼もいない。

 

 知恵者のデミウルゴスが考えたんだから大丈夫なんじゃないかな、と軽く目を通しただけで判子を押すことにした。

 

「デミウルゴス。確認してみたけど、君の出した案で間違いない。警備体制はしばらくこれで行ってくださ、んん、くれ」

「はっ! かしこまりました!」

 

 実際のところ、仮想敵は自分たちと同じように現実化したユグドラシルプレイヤーやユグドラシル産のモンスターだ。流石にこのナザリックだけが現実化したと考えるのは都合が良すぎる、あるいは悪すぎる。全盛期の――四十二人のメンバーがいた頃ならば上位十大ギルドが相手でもない限りは撃退できる自信がある。しかし、ギルドメンバーは三人しかいない。NPCと意思疎通が可能になったと言っても、それは仮想敵のプレイヤーも同じ。むしろ同士討ちなどの仕様の変更によって、以前と戦い方を変える必要がある。

 

 果たして、現在のナザリックではどの程度の相手ならば戦えるのか。

 

 ここで改めて、ポケットは自らのアバターである『ポケット・ビスケット』という存在について思い返してみせる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンに所属する前のギルドの時点で、ポケット・ビスケットのビルド構築と戦法はほぼ完成されていた。

 

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーのレベル上限は百。人間種は職業レベルだけなのだが、亜人種と異形種は職業レベル以外にも種族レベルが与えられる。一つの種族または職業の上限は十五であり、レベル百ならば最低でも七つの職業を持つことになる。バランス良く様々な職業を持つよりも、一つの職業に特化したレベル構築の方がレアで強力な上位職業を得られる傾向にあった。

 

 ポケット・ビスケットのレベルは百のカンストで、種族三十五、職業六十五で構成されている。種族は混合魔獣(キマイラ)をベースに、ジャバウォックやゲリュオンという種族で構築されている。職業はデミウルゴスと同じモンスター系がベースで、精神系魔法詠唱者を混ぜてある。

 

 魔法の修得数は二百四十。一般的なレベル百魔法職が三百であることを考えると少なめだが、その大半が支援魔法と回復魔法だ。直接的な攻撃魔法は二割もないだろう。超位魔法も似たようなものだ。だが、ポケットの強みは特殊技術であるため問題はない。『ワールド』系の職業には及ばないものの、切り札中の切り札、最強の高火力技もある。

 

 チーム戦では回復役とサブアタッカーを兼任する形だった。強化魔法もそれなりに使えたため、高火力勢の支援に徹した。高性能というよりは便利なタイプ。チームを組むことが多かったメンバーは、それこそ目の前にいるデミウルゴスの製作者ウルベルト・アレイン・オードルや大嫌いなタブラ・スマラグディナだった気がする。戦士職では、紙装甲の武人建御雷や弐式炎雷か。別に防御役だったわけではないが。

 

 単騎での戦い方は、かなり特殊な部類だ。ある意味において、勝ち方がほぼ固定されており、対策がしやすい。そのため、ギルド内でもPvPの成績は悪い方だ。まあ、勝つことが目的のビルド構築ではないため、問題はなかったのだが。

 

 とにかく、ポケット・ビスケットはいくつかの鬼札を持つものの、ユグドラシルでは弱い部類だった。

 

 デミウルゴスは階層守護者の中では弱い部類だが、ポケットの基本スペックもデミウルゴスと大差ない。HPと特殊能力のバランスを変えたらかなり近くになるか。

 

 モモンガとヘロヘロの戦闘能力についても思い返してみる。

 

 モモンガは魔法の修得数が段違いだ。それに、魔法のコンボも上手い。ギルド武器や彼専用のワールドアイテムの使用も考えれば、上位プレイヤーにも後れを取らない。しかし、死霊系魔法職ばかりを修得した遊びのビルドであるため、基本的なスペックはガチ勢と比べたら一歩劣る。

 

 ヘロヘロの場合は更に特殊だ。彼は武器破壊に特化している。非常にプレイヤー泣かせの能力ではあるが、それ故に直接的な火力は控えめだ。

 

 仮に敵が集団だった場合、ギルメン三人は支援に回り、守護者の中ではタイマン最強であるシャルティアや意外と魔法火力の高いマーレに主軸となってもらった方が無難だろうか。戦いとは数値だけでは決まらないものだが、カタログスペックは重要である。

 

(戦闘面でもそうだけど、普段からしてなぁ)

 

 アンデッドやスライムになって根本的な身体構造が変わった二人ほどではないが、ポケットも自分の身体の変化に気づいていた。人間だった頃よりも身体がイメージより動くし、五感も鋭くなった気がする。

 

 そもそも、この身体もあくまで一つの形態に過ぎない。人の姿は仮初であり、怪物としての姿こそが本性だ。ポケットはまだ二つ変身を持っている。「悪役怪人」と言われた半異形形態と、「合体事故怪獣」と言われた完全異形形態である。特殊な職業で変身に条件をつけているため、おいそれと変身はできないのだが、一度なってみる必要があるかもしれない。

 

 そこまで考えたあたりで、モモンガから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で周囲を探索しているが操作に苦戦しているので見に来てくれという連絡があったので彼の自室に向かうことになった。ついでだったのでデミウルゴスも連れて行くことにした。

 

「待っていましたよ、ポッケさん」

「うん、お待たせしました」

 

 モモンガの部屋に入ると、そこには大きな鏡を前にしたモモンガと傍に控える執事セバスの姿があった。

 

 モモンガの使用しているアイテムは、指定したポイントを見る能力を有するものだ。低位の対情報系魔法で妨害されるため、微妙系アイテムに数えられるものだ。しかし、今の状況では大変役に立つ。

 

「とりあえず、外の景色を出すところまでは成功してるんですけど、座標を合わせるのがうまくいかなくてですね」

 

 鏡を見れば、そこには映画や仮想現実でしか見たことがない草原が広がっていた。確かに、ナザリック地下大墳墓のあったヘルヘイムとは縁遠い光景だ。これは俄然、外に出るのが楽しみになってきた。草木の知識などないが、見る者が見ればこの草原だけで気候風土を言い当ててみせるのだろう。

 

(ブルー・プラネットさんがいてくれたらな……)

 

 と、ポケットはここで部屋の中を見渡す。

 

「ポッケさん? どうかしましたか?」

「ヘロヘロさんは? てっきりいるものかと」

「いえ、メイドたちとイチャイチャしているのを邪魔するのも悪いかと思いまして」

 

 腫れ物に触るような口調だったため、ポケットの口からも苦笑いが零れる。

 

 対して、傍でそれを聞いていたセバスが眉を小さく吊り上げる。

 

「申し訳ございません、モモンガ様。ポケット様。創造主の帰還で彼女たちも浮かれているようです。私からきつく言っておきますのでどうかご容赦を」

 

 どうやら本気で頭を下げている執事長に、逆に此方が申し訳なくなるモモンガとポケットだったが、彼らが口を開く前にデミウルゴスがセバスに反論した。

 

「おや、セバス。今の発言は不敬ではないかね。彼女たちはヘロヘロ様に望まれて奉仕している。まして、ヘロヘロ様は二年ぶりのご帰還なのだ。その間に創造主への忠誠心が色褪せていないことを証明しているのだから、とやかく言うことは無粋ではないか?」

 

 それを受けて、セバスの空気も微妙に変わる。微妙でこそあったが、はっきりと分かる程度には変わった。

 

 ……何故か、声音も口調も違うのに、この空気には覚えがあった。

 

「何を言うのですか、デミウルゴス様」

「様付けは不要だよ。同じ御方々にお仕えする者同士、我々は対等なのだから。むしろここには御方がお二人もいらっしゃるのだ。私如きに様を付ける方が不敬と言うものだ」

「では、そのように。……改めて、デミウルゴス。彼女たちは普段から御方々にこれ以上ないほどの忠義を働いております。だからこそ、このように彼女たちの存在が御方の行動の邪魔になっていることを私は憂いているのです。ましてこのような非常時に」

「非常時だからこそだよ、セバス。油断大敵ではあるが、ゆとりも大事だ。彼女たちは別に仕事を怠っているわけではないのだろう? まして御方々がそれを容認されている。何の問題があるのか。それとも何かね? 君は戦闘員ではない一般メイドたちの働きがナザリックの防衛力に影響するとでも? この私が計画し、先程ポケット様から問題ないと保証していただいた警備計画にそれほどの穴があるとでも言いたいのかね?」

「御方の保証がなくとも貴方の能力は信頼しておりますよ、デミウルゴス。そうではなく私は心構えの問題を――」

「く、くっくくー」

 

 笑い声を上げる機能を持たない生物が無理やり人の笑い方を真似たような歪な声が、口論に熱中する二人の耳に入った。

 

 その笑い方がポケット・ビスケットのものであることを知る二人ははっとした。

 

「御方々様の前で、失礼しました!」

「愚かな行為をお見せして申し訳ありません!」

 

 慌てて、謝罪としての深いお辞儀をモモンガとポケットに向けるデミウルゴスとセバス。おそらくポケットが笑ったのは二人の醜態に呆れてしまったのだろう。しかしその反応は非常に不可解なものであった。

 

「──あははは!!」

「くっくくっくくー!」

 

 怒るでもなく呆れるでもなく、上機嫌に笑う二人の姿がそこにあった。表情筋の存在しないモモンガでさえ愉快でたまらないといった様子が明確に伝わるほどだった。

 

「構わないとも。許す、許すぞ! そうだ! そうやって喧嘩をしないとな、あははは」

「くっくくー、仲が悪いとは聞いていたけど、そこまで悪いのかよ……。長い付き合いだろうにたけのこときのこでそこまで……くっくくー!」

「ああ、ポッケさんが入ったばっかりの頃の話ですね! あはははは! てか、ポッケさん本当笑い方下手くそ!」

「そうそう! 笑い方を治した方がいいってたっちさんが言って、ウルベルトさんがこれがぼくの良さだって、人をダシにするなよな、くっくくー!」

 

 セバスとデミウルゴスを置き去りにして、上機嫌な二人。御方にお叱りを受けるようではないと理解し、こっそりと安堵する執事長と第七階層守護者。

 

 だが、突如として糸が切れたようにモモンガの笑いが止まる。

 

「あはは……ちっ、楽しさも抑制されるか……」

「くっく……存外不便だね、それ。やっぱり一時的にでも人間化できる手段があった方がいいですかね。一緒にご飯食べたいですし」

 

 モモンガの落ち着きにつられて笑いを止めたポケットはやるせないといった態度で肩を竦めた。そして、先程から忘れていた遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の表面に軽く触れてみる。

 

「てか、これを動かすのが目的だったんですよね。案外、こうシュッとすれば――」

 

 指でスライドさせるようにすると、そこには明らかに人工物らしき家が見えた。予期せぬ発見に、喜びより戸惑いの方が大きかった。

 

「……とりあえず民家発見ですか?」

「みたい、ですね……。作りからして中世ってところですか?」

 

 人工物と言っても、コンクリートでもアスファルトでもない。ファンタジーや歴史の創作物でよく見る中世ヨーロッパ式の農家だ。一つや二つではない。それほど大規模ではないが農村。知的生命体の存在を確認できたわけだ。始めての情報源となる。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。ポケット様。このセバス、さすがとしか申し上げようがありません!」

「流石は御方々でございます。すぐさまこの村を調査するシモベを厳選します――おや?」

 

 デミウルゴスが怪訝な声を上げたため、映像の方に目を移すが、様子がおかしい。人々の動きが妙に忙しないのだ。

 

「……祭りか?」

「いえ、これは違います」

 

 セバスの言う通り、これは祭りでも獣でもない。人間による、人間の虐殺だった。騎士のような格好をした者達が村人らしき者達を殺して回っている。村人が逃げ回り、騎士がそれを追いかけて斬り殺す。

 

「ちっ!」

 

 モモンガは骨だけの顔で舌打ちをする。この村にはもう価値がない。襲撃しているのが山賊ならばともかく騎士ということは、この襲撃は国あるいはそれに準ずる組織が絡んでいる可能性が高い。右も左も分からない異世界で国を敵に回すなど論外だ。まして、この映像の騎士たちがレベル百である可能性だってある。レベルも能力も未知の存在を敵にするほど、モモンガは傲慢でも考えなしでもない。

 

 モモンガの手が滑り、映像が変わる。騎士と村人がもみ合っていて、二人の騎士が村人をはがそうとしている場面だった。村人は無理矢理引き離されると、両手を持って立たされ、何度も何度も剣が突き立てられる。致命傷だろう。もう助からない。そんな地面に倒れた村人と、モモンガは目が合ったような気がした。そして、彼が死に際に紡いだ言葉が聞こえたような気がした。

 

 ――娘達をお願いします。

 

「どう致しますか?」

「見捨てる。助ける価値も意味もない」

「え?」

 

 セバスの問いに対するモモンガの返答に、ポケットは心底意外そうな声を上げる。そして、隣にいたデミウルゴスに訊ねる。

 

「デミウルゴス。おまえはどう思う?」

「モモンガ様のおっしゃる通り、見捨てるべきかと。あのような下賤な人間に、御身の慈悲を向ける価値などないかと」

「そっか……」

 

 ポケットの口は一見すると普通の人間のような外見である。だが、歯の形状や羅列は明らかに人間のものではないし、限界まで広げたら耳まで裂けているのだ。そんな口から、はぁ、と意味深な溜め息が吐き出される。

 

「ポッケさん?」

「ポケット様?」

「……いや、何でもないさ」

 

 ポケットは何故か自分自身の顔を指さす。

 

「何だよ。期待させやがって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 かと思えば、口を大きく開けて、そのまま人差し指を突っ込む。

 

 

 

 ――つまんねえなぁ。

 

 

 

 そう言って、自らの人差し指を噛み千切った。


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