オーバーロード 骨と珍獣とスライムと   作:逆真

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汝は人なりや?

 カルネ村のすぐ近くの森の中。そこには、二つの人影があった。モモンガとポケットである。石に腰かけて項垂れているポケットを、立っているモモンガが上から見下ろしている形だ。

 

「ぼくは、また、やってしまった……」

「ポッケさん」

「……分かってます。反省中ですので」

 

 騎士達を転移でナザリックに届けた後、モモンガはポケットを糾弾していた。

 

「何から謝ったらいいか分かりませんけど、すみません」

「ええ、本当にやってくれましたね、この珍獣」

「返す言葉もありません……」

 

 本気で落ち込んでいるようなのでこれ以上は追及しないことにした。一回凹んだら長いのだ、このおぞましい怪獣は。

 

 完全異形形態を解除して人間形態になっているからこそ、その落ち込みようも伝わってくる。気持ちは許していないが、得るものもあった以上、これ以上の追及は後で良いだろう。

 

「でも久しぶりに見ると、本当ごちゃごちゃしてましたね」

「まあ、俺はあの外装のおかげで有名になったようなもんですから」

 

 アインズ・ウール・ゴウンに入る前から、ポケット・ビスケットの名前は有名だった。ワールドアイテムを持つ上位ギルドの幹部だったというのもあるが、最大の要因は完全異形形態の姿だ。

 

 ユグドラシルにおいて、プレイヤーのアバターの外装を好きにいじれる。無論、ある程度の条件はある。例えば、ネフィリムという種族があるがこの種族の外装はどのようにしても醜くなってしまう。試したことはないが、人間の外装でエルフのように耳を長くすることもドワーフのような胴長短足にすることもできないはずだ。

 

 だが、ポケット・ビスケットの種族はキマイラだ。キマイラは元々バフォメットのデータから派生したモンスターだが、そのキマイラから派生したモンスターが種族ごとに個性豊かな見た目なのだ。キマイラロードや魚のキマイラにいたっては全く別のモンスターに見える。早い話、外装のいじれる範囲が広い。それを利用して、ポケットは自らのアバター外装を徹底的に改造した。気持ち悪いくらいに。

 

 その結果が、先程の合体事故キメラだ。外見の説明は何というか、一言で説明しづらい。「まるで〇〇のようだ」という一文では説明できない。

 

 まず体のサイズだが、首の長さを含まればコキュートスより一回り大きい。頭が三つあり、中央の首は額から雷型の一本角を生やした黄金の竜であり、右の首はとさかのある真っ赤な鳥、左の首はサンゴ礁のような角を持つ亀となっている。なお首のサイズは全て違い、右、左、中央の順番で長い。腕は四本で、上部右腕は虎の獣人、上部左腕は蟲王、下部両腕は巨人と竜人のデータを混ぜたものらしい。腰から膝までは類人猿のそれなのだが、足先は象のようになっている。翼は全身を覆えるほどに巨大で、左が緋色、右が藍色だ。尾は五本だが、すべてオーソドックスな蛇で色も深緑に統一されている。胴体はキマイラロードとジャバウォックとゲリュオンが無理やり繋がっているが、境目には手術痕のような縫い目が見られる。

 

 現実どころかゲーム内ですらここまで混沌としたモンスターは稀だ。様々な動物の模型をバラバラにして適当に接着剤でくっつけたような生命体なのだ。

 

 昔のギルドでは『偽竜』と呼ばれていたらしいが、ぶっちゃけ、こんな混沌とした生物がドラゴンな訳がない。恐ろしい生物には違いないが、威厳も何もあったものではない。

 

「どうせぼくなんて長年いたギルドから逃げたクソ野郎ですよ。悪かったですね、コバンザメに成り下がったドラゴンもどきで」

 

 キレ芸珍獣などと仲間から揶揄されたことも多々あったが、怒りよりも後悔の方が素が出やすいのが彼の面白いところだ。案外、本当はタブラのこともそんなに嫌いではないのかもしれない。

 

「てか、モモンガさん。それ嫉妬マスクじゃないですか」

「このあたりではアンデッドは好意的にみられていないようなので隠しておくべきかと思いまして」

「仮面くらい他にあったでしょう……」

「自分のNPCにひょっとこ被せている貴方に仮面についてとやかく言われたくありませんよ」

「それ言われると弱いけど。じゃあ、さっきの名乗りは何ですか?」

 

 村人や騎士たちの前で、モモンガは「アインズ・ウール・ゴウン」と名乗った。集団の代表として組織の名前を出したというよりは、明らかに個人の名前として名乗ったといった感じだったが。

 

「ギルドの仲間たちが集まってくれるサインになってくれたらと思いまして」

「敵も群がってきそうだけどねえ」

 

 ポケットに言われてその可能性を失念していたことに気づくモモンガだったが、背後に誰かが来たことを理解して会話を打ち切る。その正体は敵ではなかった。

 

「お待たせいたしました、モモンガ様。ポケット様」

 

 そこにはデミウルゴスとセバスの姿があった。おそらくデミウルゴスの転移魔法で一緒に来たのだろう。彼らの後ろには透明化や隠密に特化したモンスターの姿もある。

 

「これから村の襲撃を行うということでよろしいでしょうか?」

「……デミウルゴス。我々は騎士に襲われていた村を救いに来たのだ。我々が村を襲ってどうする?」

「はっ! 申し訳ございません!」

 

 大げさに頭を下げるデミウルゴスに対して、モモンガは気にするなと手をかざす。

 

「良い。良くはないのだが、今後はそのような勘違いをしないようにな。毎回こうして撤回が可能な段階で確認できるとは限らないのだから」

「はっ!」

「私はこれからこの先に結界で保護している少女たちを回収してくる。この村の住人で最初に助けたのだが、素顔を見られたため記憶をいじる必要性が出てきた。魔法が上手く利いてくれればよいが」

「素顔を、でございますか?」

「ああ。どうやらこの村には人間種――それも人間しかいないようでな。アンデッドは好まれないらしい。当たり前だが、ポッケさんを見て悲鳴を上げていたしな。いや、ポッケさんの方は他の村人にも見られたから変える必要はないんだが私の方はそうもいかないからな」

 

 まずいものを見られたのならば処分してしまえばいいのに、と考えたデミウルゴスだったが、それを口に出すのは憚られた。御方の考えに口を出すなど下僕にあるまじき行為だ。そもそも、こんな人間の村を助ける必要がどこにあるのかデミウルゴスには分からなかった。

 

 何より分からないのは、この村に転移する前のポケット・ビスケットの言葉だ。

 

「記憶の書き換えに成功したら村の住人から近隣の情報を教えてもらうつもりだ。情報はできるだけ多面的に欲しいからな」

「先程生きた騎士たちをナザリックに送ったようですが、あれらを尋問してしまえば良いのでは?」

「暴力で無理やり出した情報もいいが、感謝から来る無防備な情報も必要だろう?」

 

 デミウルゴスは理解する。そこまで見越して御方は行動されたのだと。そして、それを瞬時に理解できなかったらこそ「つまらない」などと言われてしまったのだと。

 

「後ろのシモベたちは村人に見つからないように村周辺に配置して待機だ。そしてセバス。共に来い。この中ではおまえが一番人間に見える」

「かしこまりました」

「この世界にも魔法というものはあるらしいから、私は旅の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンと名乗ってある。おまえはその従者ということにしてくれ。名前は――別に偽る必要はないか。ポッケさんは――一時的に召喚したモンスターということにでもしておくかな」

「承知しました」

「それとデミウルゴスは、この賢者モードになっている珍獣を見張っておいてくれ」

「賢者モードでございますか?」

 

 至高の御方々がデミウルゴスやアルベドなど足元にも及ばない賢者であることは明白なことのはずだ。それに、形態というならば今のポケットは人間形態と言うべきなのだが。

 

「……ごほん! 今のは忘れてくれ。とにかく、ポッケさんを見ておいてくれ」

「はっ! 一命に賭けて!」

 

 モモンガとセバス、連れて来た隠密特化のシモベたちがいなくなると、ポケットはゆっくりを頭を上げた。

 

「デミウルゴス」

「はっ!」

「ごめんなさい」

 

 ポケットは再度頭を下げる。と言っても、先程とは頭を下げている意味が違う。先程まではただの姿勢だったが、いまはデミウルゴスに謝罪をしているのだ。

 

「お、おやめください! ポケット様! 私如きに頭を下げるなど!」

 

 デミウルゴスは慌てるが、ポケットは頭を上げるわけにはいかなかった。自らの失言と暴走を本気で恥じているからこその謝罪だった。

 

 謝罪の言葉を重ねようとしたが、人間形態であっても人間であった頃より遥かに鋭い五感が第三者の存在を捉えた。モモンガやヘロヘロの次の次くらいにはよく知っている相手だ。

 

「ポケット様。それ以上はむしろデミウルゴスを苦しめてしまうであります。我らが支配者が、下僕風情に頭を下げるなどおやめください。御身にこのような言葉を向けるなど不敬でありますが、その行為自体が失礼であります」

 

 顔を上げればそこには、金髪碧眼の軍服少女。ポケット・ビスケットが制作したNPCのアリス・マグナがいた。

 

「お聞きかもしれませんが、ヘロヘロ様にはご連絡済みであります。御方はナザリックにて騎士の仲間が来たときに備えて待機するそうであります」

「いや、初耳。……失礼、か」

「はい。失礼であります」

「そっか……。むしろ偉そうに開き直った方がいいのかな……」

「さっさとそうしろと言っているんであります、このポンコツ創造主」

「アリス! 守護者統括補佐だからと言って御方に何と言う口の利き方を――」

「いや、これはぼく――俺が悪いから」

 

 よっこいしょ、と腰かけていた石から腰を上げるポケット。

 

「今から村に行くのはやめた方がいいかな。モモンガさんが何しているか分からないから、呼ばれるまで待とう」

「それがよろしいかと」

「了解であります」

 

 

 

 

 

 

『やっちゃいましたねー、ポッケさん』

「ええ、やっちゃいましたとも、ヘロヘロさん」

『さっきモモンガさんが送ってきた騎士たちは五大最悪たちに拷問してもらうことにしました』

「左様ですか」

『拷問ってワードに無反応とは。やっぱりポッケさんも人間に対して心が動かなくなりました?』

「ん? まあ、言われてみればそうですね。あれ? 騎士に殺されている無辜の民を見たら助けたいと思う程度には、人間性あるはずなんですけど」

『やっぱりですか。ちらっとモモンガさんとも話してみたんですけど同じみたいですね。でも丸っきり種族の影響を受けるかって言われたらそうでもないみたいで。私はスライムですからほとんど無関心で正しいんですけど、生命を憎むアンデッドのモモンガさんは別に人間や他の生物を殺そうとは思っていないみたいですから』

「生きる者を憎むなら、ぼくとか転移初日に殺されてますよ。形も人間ですしね」

『ちなみに、キマイラの種族的特徴としては人間をみたら食欲とかわくんですか?』

「え? 食べませんよ。加工食品しか知らない世代には気持ち悪いだけじゃん。血とか生肉って」

『自分の指を噛み切った人のセリフじゃないですよ』

「もうぼくは人じゃありませーん。人の形をした獣だよ」

『明るく振る舞ってますけど、結構凹んでるんですね』

「うるせえ、メイドスキースライム」

 

 

 

 

 

 

 モモンガが村人から収穫した情報は驚きのものだった。

 

 元々考えていた可能性ではあったが、この世界はユグドラシルではないらしい。

 

 このカルネ村が属するリ・エスティーゼ王国。バハルス帝国。スレイン法国。全て聞き覚えのない地名だ。そして、村人たちもユグドラシルやヘルヘイムという地名に覚えはないらしい。通貨すらユグドラシルとは異なる。

 

 歴史を聞いてみても、リアルとは全く異なる模様だ。六百年前の六大神。五百年前の八欲王。二百年前の十三英雄。

 

 そして、村人と会話して気づいたことだったが、彼らは日本語を話していない。しかし自分たちには日本語に聞こえる。どうやらこの世界にある何かしらの力が自動的に翻訳してくれるらしい。

 

 魔法の存在はあるらしい。しかし、このような辺境の村では時々魔法詠唱者が立ち寄るだけで、使い手などいないとのこと。素質があったとしても修得できる環境でもないらしい。

 

 他に興味深いことと言えば、この森の近くに縄張りを持つという森の賢王だろうか。どうやらカルネ村はその魔獣の縄張りの近くにあるおかげで野獣による被害をほとんど受けたことがなかったらしい。村の周辺に獣除けの柵すらないのはそのためだ。

 

 騎士たちに殺された村人の埋葬も終わり、アインズことモモンガは村長に挨拶だけして帰ろうとした頃、新たな問題が発生した。

 

 再び、騎士らしき集団が村に近づいてくるのが目撃されたらしい。

 

「もう報復に来たか。基地が近くにあるのか? で、そいつらは捕まえる? それとも潰す? ぼくはどっちでも出来ますよ」

 

 その連絡を受けたポケットは特に逡巡することなく提案するが、モモンガは却下する。

 

『ダメですから。騎士の仲間だとは限りませんし。あと、ポッケさんはモンスターの召喚を暫く控えてください。特にさっきみたいなのは』

「えー」

『えー、じゃないですから。あれは俺やNPCたちの心臓に悪いんですよ。急に指を噛み切って何かと思いましたよ』

「いやー、同士討ちが解禁されているってことは自傷行為が可能になったってことだからさ。ひょっとしたらできるかなと思ったら案の定」

 

 当たり前の話だが、ユグドラシルでは自分の肉体を傷つけるなど専用のスキルやアイテムのデメリットでしかできなかったことだ。そして、ポケットの戦い方において被ダメージの量やタイミングは非常に大きな意味を持つ。戦略のキーとしてではなく戦術のトリガーとして。

 

『この野郎。その場でもうしばらく待機しておいてください。こっちにはセバスもいますし、何かあればすっ飛んで来てくれたらいいので』

「了解」

 

 しばらくして再びモモンガから連絡が入る。

 

 どうやら村に接近してきた集団は襲撃してきた者たちとは別の者たちだそうだ。

 

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。それが今回の集団のリーダーらしい。こんな辺境の村の村長でも顔は知らなくても名前だけは知っているくらいには有名人のようだった。

 

 何でもこの周辺の村々は謎の騎士の集団に度々襲われていたらしく、そのために王都からガゼフ率いる戦士団が派遣されたとのこと。なお、モモンガの見立てでは正規の騎士団というよりは歴戦の傭兵たちを思わせる装備だそうだ。

 

 ガゼフたちに先程の騎士団について説明しようとしたところで新たな問題が発生。というか、ポケットたちもそれは感知していた。アイテムや特殊技術で隠れているため相手は此方に気づいていないようだが、ポケットたちはしかとその存在を確認している。

 

『――この村を包囲している神官らしき連中が召喚している天使なんですが』

「見覚えあるよね」

 

 第三位階の召喚魔法で召喚可能な天使、炎の上位天使。ユグドラシルのモンスターだ。第三位階の召喚モンスターなどレベル百のモモンガやポケットの敵ではないが、問題なのはユグドラシルのモンスターが存在していたということだ。

 

 つい先程、『リアルともユグドラシルとも違う異世界である』という結論が出たばかりであるこのタイミングで。ユグドラシルでない世界にユグドラシルのモンスターがいるという矛盾。果たして、あの天使は在来種と見るべきか、外来種と考えるべきか。外来種ならば持ち込んだのは、プレイヤーか?

 

 戦士長ガゼフ曰く、相手はスレイン法国の特殊工作部隊である可能性が高いという話だ。つまり、村長たちは先程の騎士たちは鎧から帝国の騎士だと思っているらしいが、こうなれば偽装していた法国の工作員だったと考える方が妥当かもしれない。

 

 つまり、プレイヤーがいるかもしれないスレイン法国とひと悶着してしまったと思うべきか。

 

『戦士長からは協力を要請されましたが断りました。まあ、しばらく様子を見て俺でも倒せそうなら助けに行くつもりですけど』

「……戦士長とやらの首を出せば、関係を皮一枚で繋げるかもしれませんよ? 突っ走ったぼくが言えたことじゃありませんけど、謝罪のタイミングは今だけかも」

 

 息を飲むような間があった。モモンガに喉はないのが人間だった頃の残滓がその真似をさせたと察した。

 

『俺は、俺たちは困った人がいたら助けるだけです。それは当たり前のことですからね。当たり前のことをしたのに謝る道理はないでしょう?』

 

 ――誰かが困っていたら助けるのは当たり前!

 

「たっちさんか」

 

 ユグドラシル最強の戦士のひとり、たっち・みー。アインズ・ウール・ゴウンに入る前も入った後も何度か挑んだものの、一度も勝てなかった。そんな男が度々口にしていた、らしい。

 

「モモンガさん。責任を取るわけじゃないですけど、連中を潰すのはぼくがやっていいですか? 正直、片手くらいしか殺してないから消化不良です」

『ダメです』

「けち」




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