オーバーロード 骨と珍獣とスライムと   作:逆真

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オリ至高の一人称を変更することにしました。
すでに投稿した話も随時直していきます。


陽光聖典

 結局、ポケット・ビスケットに許されたのは『見ていること』だけだった。

 

 マジックアイテムで気配を消して、特等席での観戦を選んだ。無論、同じように気配を消しているデミウルゴスやシモベたちが護衛についたが。彼らとしては万が一に備えてマジックアイテムで遠方から観察するだけにして欲しいようだったが、無理を言った。

 

 見届けたいと思ったからだ。理解したいと考えたからだ。

 

 王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフは法国の特殊部隊――後に六色聖典の陽光聖典と判明――に特攻する道を選んだ。人数でも質でも負けている以上、勝てない。辺境の村の人間など見捨てて、逃げるという選択肢だってあったはずだ。この場で最も命の価値が高いのは戦士長なのだ。彼には村人よりも自分を優先する権利と義務があったというのに、それを無視した。

 

 王国の戦士として無辜の民を守る。

 

 理屈や感情は分かるが、共感はできない。愚かだと笑うことは簡単だ。輝かしいと目が眩むが、自分には出来ないとも思う。ポケットにとって一番大事なのはいつだって自分だった。大切にしてきたのは自分だけだった。

 

 モモンガ――もとい、アインズが後方に控えていることなど理由にならない。村人は助かるかもしれないが、彼に出番があった時、ガゼフは死んでいる。

 

 何故だ。何故、自分より他人を優先できる。何の利益がある。何の欲望で動いている。何の感情がおまえを前に進ませる?

 

 俺は――ぼくはどうしてそうじゃない?

 

 もしもおまえのようならば――あのギルドから置いていかれずに済んだか?

 

「始まったようであります」

 

 考え事をしている間に、戦士団と法国の部隊が交戦を開始する。戦士たちは騎馬で突撃していくが、対する神官たちは天使を召喚したり遠距離魔法を放ったりして距離を詰めさせない。直接的な攻撃だけではなく状態異常も使っているようだ。

 

 その様子を見ていたデミウルゴスは少し困ったように言う。

 

「あれは――もしや劇か何かでしょうか? 先程からあの神官たちが使っているのは第三位階が精々。あのリーダー格らしき男も第四位階程度しか使えないと見ました。戦士たちの方も、命がけの戦いをしているにしては随分とゆっくり走りますね。まさかあれが全力なのでしょうか。あの戦士長なる男はそれなりに腕が立つのですよね。それもここまで手間をかけて殺す必要があるほどに」

「お粗末すぎるでありますな。御方がご観覧するには、見世物としては」

 

 戦士たちが神官の魔法や天使にやられ、戦士長自身も満身創痍になった時、彼らの姿が一斉に消えた。代わりに出現したのは黒衣の魔法使い。モモンガによる転移である。戦士たちは今頃村だろう。

 

「まさか、いくら相手が魔法の使えない戦士とはいえ、転移妨害もしていなかったのですか? アイテムによる転移も有り得たでしょうに。これはこれは……」

「用意できなかった。とも考えられるでありますよ」

「ん? 何で神官、モモンガさんが転移させたのを嘘だと言っているんだ? まあ、幻術の可能性もあるけど戦いの邪魔になることを考えたら転移させる方が確実だろう」

「これまでの程度の低さを考えますと、あれほどの人数を同時に転移できる魔法を知らないのでは?」

「くっくくー。まっさかー」

 

 周囲に展開していた天使がモモンガを攻撃する。だが、第三位階で召喚された天使では彼にダメージを与えることはできない。常時発動型特殊技術によって、レベル六十以下の攻撃は完全無効化されるのだ。

 

「……低級な天使風情がモモンガ様の玉体に傷をつけようなど、身の程知らずな」

「やはりあの程度の神官、小官たちでぶっ殺した方が良かったのでは? わざわざ御身が出る必要など――」

「実際に試したいことが色々あるんだろうさ」

 

 神官たちは思い思いの魔法をぶつけるが、それも無効化される。神官たちに動揺を通り越して恐怖が見えてきた。

 

「こうなれば仕方がない。お前達、時間を稼げ! 最高位天使を召喚する!」

 

 このままではまずいと判断したのか、何やらリーダー格の神官が懐から水晶玉のようなものを取り出す。ポケットにはそれに見覚えがあった。

 

 人間だった頃よりも格段に性能を上げた視覚とユグドラシルの知識が、男の取り出した水晶玉の正体を見破った。

 

「魔法封じの水晶か。あの色だと、超位魔法ではないみたいだけど」

「撃つでありますか?」

 

 アリスの手には彼女の身長ほどもある巨大な狙撃銃が構えられた。二丁拳銃を主装備と設定されたアリスだが、遠距離射撃も問題なく可能だ。制作当時のポケットからすればほとんどフレーバーだったが、こうして拝めるとは思っていなかった。

 

「いや、いいよ。召喚された天使が熾天使もしくは智天使だったら頭を撃ち抜け。未知の天使だった場合、データが欲しいからしばらく様子見。以上」

「了解であります」

 

 寝そべって狙撃姿勢になったアリスを見ながら、やっぱ少女×銃は正義だぜー、と内心で嘯いている間に神官のリーダーが天使を召喚する。

 

「見よ! 最高位天使の尊い姿を! 威光の主天使」

 

 それは光輝く翼の集合体だった。足や頭がないにも関わらず、それが聖なるものであると見る者に感じさせるほどの聖なる存在感があった。その姿を見て、神官たちに勝利への絶対的確信が宿ったのが分かった。

 

 対して、ポケットはひどいものを見たとばかりに手で顔を覆った。

 

「あの、ポケット様? 熾天使でも智天使でも未知のモンスターでもないでありますが、どうするであります? モモンガ様も落胆されているようですし、終わらせちゃうでありますか?」

「うん。いいでしょ。合図もないから手出し無用で」

 

 その後、モモンガがわざと主天使の一撃を受けたものの、予想通りほとんど無傷。「ダメージはある」程度のものだった。対して、主天使はモモンガの放った魔法で一撃で消滅。攻撃性・耐久性ともに、ポケットたちの知る主天使と大差はないようだった。

 

 天使が消滅した後、大きく空間が割れる不思議な光景が出現する。その光景はすぐに戻ったが、ポケットには何となく察しがついていた。

 

「遠方から監視するタイプの魔法に、モモンガさんの探知対策が発動したってところか? うーん。あの人がどの魔法をセットしていたかは分からないが、覗き見した連中はどうなったことやら」

 

 神官たちの所属しているというスレイン法国の可能性が高いが、その一方で知らない第三勢力の可能性も捨てられない。自分たちは何も知らないのだから。この世界について、まだまだ素人だ。小さな村の村長から聞けた情報だけで何かを知ったつもりになるのは愚かすぎるだろう。

 

 そのためにも情報である。一般常識は勿論、国家やプレイヤーについても知りたいところだ。

 

 秘密工作部隊の隊長格とは、一体どれだけの秘密を持っているのだろうか?

 

「あ、合図だ。でもあの状態じゃ心も完全に折れているし、抵抗は最小限で済むかな。でも油断は大敵ということで。あいつらとっ捕まえてナザリックに帰るよ」

「かしこまりました」

「了解であります」

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典との戦いの後、第九階層のモモンガの自室、部屋の主であるモモンガの他にヘロヘロとポケットも集まっていた。転移後からは必ずシモベが控えるようになっていたのだが、一時的に三人だけにしてもらっている。

 

「知識の共有もしておきたいんですが、最初に、勝手に突っ走った珍獣の裁判を行いたいと思います。被告、ポケット・ビスケットは前に」

「ぼくは悪くない」

「反省したんじゃなかったんですか!」

「したけど忘れた」

 

 悪びれずに言うポケットを見て、ヘロヘロが挙手する。

 

「モモンガ裁判長! 被告には反省の色が見えません。これは謹慎三日が妥当だと思われるのですがどうでしょうか!」

「ヘロヘロ検事の案を採用します。被告を謹慎三日の刑に処します。執行猶予は認められませんので今度こそ反省するように」

「お二人とも、裁判ごっこはいいんですけど知識が適当すぎません?」

「たっちさんがいてくれたらもうちょっとまともになったんでしょうけど」

「警察官って裁判に立ち会うんですか?」

 

 裁判のやり方こそぐだぐだしていたが、謹慎三日はどうやら本当のようだ。ポケットは早々に諦めた。正直、部屋から出られないだけでこの数日と生活は変わらないような気がする。第二階層の某領域に放り込まれるわけでもあるまい。

 

「では本題に入りましょう」

「この世界が――ユグドラシルでもリアルでもない未知の異世界であるという点について、ですね」

「お二人が出ている間に図書館や百科事典で確認しましたが、お聞きした地名はユグドラシルにはありませんでした。似たような名前ならないこともないんですが、リアルの方にも該当はありません」

「陽光聖典でしたっけ? 彼らからの情報待ちってことですか」

 

 困ったなぁ、と三者三様のポーズを取る至高の御方々。

 

「これからの基本方針ですけど、しばらくは情報収集になります」

 

 情報はどのような時代や地域であっても武器になる。何せ自分たちは一般常識すら知らないのだ。下手をしなくても寒村の幼児よりも世間知らずと言える。無知を解決しないことには、近くにあるエ・ランテルという都市に行くことも躊躇われる。

 

「ナザリックの強化も必要になってくると思いますよ。今は部外者に見つかっていないみたいですけど、いつ誰と敵対するか分からないですから」

 

 つい先程、スレイン法国と矛を交えたばかりだ。この世界独自の勢力を敵に回す場合も考えられるが、自分たちと同じユグドラシルプレイヤーと敵対する可能性も非常に高い。DQNギルドとして悪名高かったアインズ・ウール・ゴウンだ。ゲーム内でのあれこれを持ち出されることは想像に難くない。

 

「今はそうでもないけど、今後のために金と物資は調達できるルートを確保したいですね。ナザリックの維持費も馬鹿にならないですから」

 

 ギルドメンバーのほとんどがログインしなくなってから、モモンガやポケットはサービス終了までギルドの維持費確保に勤しんでいた。貧乏性が幸いして、全盛期からほとんど目減りしていない。しかし有限には違いない。補充しなければいつかはなくなる。この近辺でユグドラシル金貨は扱っていないようだが、それは別に問題ではない。何らかの資源を半永久的に確保すれば、エクスチェンジボックスというアイテムで金貨に換金できるのだ。

 

「俺としては、どこかの国の後ろ盾が欲しいんですが」

「ぶっちゃけ、私たちの今の立場って政治的にはかなり危ういですよね。戦士長暗殺に関わったこともそうですけど、これって法律的には不法滞在になっちゃいますから」

「あー、そっか。王国の土地なんですっけ、ここ」

 

 建物のレベルが中世であった以上、権力のレベルも中世であると考えるのは強引だ。発展した政治と未発達な政治の違いなど低学歴で一般人の三人にはちっともわからないが。

 

「王に近い立場なようですし、戦士長を助けた恩でこの土地の所有権を認められませんかね」

「どうなんでしょ。微妙なところですよね」

 

 モモンガが戦士長から聞いた話では、戦士長を殺そうとしたのはスレイン法国の完全な独断というわけではなく、王国貴族からの妨害もあったらしい。つまり、戦士長を殺そうとするほど疎む勢力が国内にあるという意味である。現実に戦士長の暗殺が成功しかけたことを考えれば、戦士長への恩というのは期待以上の価値はないかもしれない。

 

 戦士長レベルが最大戦力ならば問題ない。だが、王国がナザリックに匹敵する戦力を持っていないという証明はできない。少なくとも今のところは。土地の不法占拠を理由に攻撃されても、大義は王国の方にあるのだ。

 

「……ここで決議を取りたいと思います」

 

 モモンガの真剣な声に、二人も身構える。

 

「仮にナザリックを超える戦力、敗北が不可避だと想定される相手がナザリックを襲撃した場合、自分やNPCたちの生命を最優先とし、ナザリックは破棄します。異議はありますか?」

「異議なんてあるはずありませんよ。何事も我が身が大切です。いまは、娘たちもいますけどね」

「同じく。破棄した後、ちゃんと準備して奪い返すんでしょ?」

「当然です」

 

 言い淀むことなく答えるモモンガを見て、流石は我らがギルド長であると感心するヘロヘロとポケット。

 

「NPCと言えば確認したいんだけどさ。アルベドのことについて」

「ぎくっ」

「あいつ、妙にぼくやヘロヘロさんよりモモンガさんとの距離が近いような気がするんだよね。シャルティアみたいにネクロフィリアの設定なんてなかったはずなんだけど」

「んー、何ででしょうね?」

「距離的にはそう――ヘロヘロさんとメイドたちに似ているような気がしないでもない」

「え? でも、アルベドの製作者はタブラさんですよね」

「ええ。でもここで一度考えて欲しいんですけど、『製作者』ってのはどの範囲を示すんでしょうか。名前を考えたら? 外装を描いたら? 種族や職業のレベルを定めたら? それとも――フレーバーテキストを書き込んだら?」

「…………」

「ここ数日観察して確定したんですけど、フレーバーテキストやカルマ値って結構NPCの人格に影響を与えるみたいなんですよね。無理な設定は破棄されますけど、極力実現しようとはしているみたいで。矛盾は良いように都合が合わされると言いますか」

「………………」

「ちなみに、コンソールが出ない今は分かりませんが、ゲーム時代だとギルド武器って他人のNPCの設定を書き換えられたような気がするんですけど」

「……………………」

「うちのアリスがね、アルベドがうざいって言うんですよ。何かこっちが嫌っているはずなのに馴れ馴れしいと。……これモモンガさんにも言ってなかったんですが、アリスの設定にははっきりと書き込んでいるはずなんですよ。『アルベドとの仲は最悪である』って」

「…………………………………………」

「当然ですけどアルベドにアリスとの仲に関する設定はありません。転移直前、モモンガさんと一緒にアルベドの設定は見ていますが新たに書き込まれた形跡はありませんでした。全部は見ていませんが、新しい設定である以上最後に書き加えられているべきですよね。だが、最後の一文は『ちなみにビッチである』のままだった」

「…………………………………………………………」

「仮に――仮にですけど、誰かがこの一文を削除したとしましょう。その誰かがせっかくなので、消した一文と同じくらいの長さの設定を付け加えたとしても不自然じゃないですよね。あれはあれで奇跡のバランスだったので、腹立たしいですが」

「………………………………………………………………」

「アルベドの方に? 『アリスと仲良しである』みたいな文章が書かれていた場合、アルベドの認識では自分はアリスと仲良くなるから? 馴れ馴れしかったりするのかなーって」

「……ポッケさん、何気に賢かったんですね」

「ヘロヘロ裁判長、犯人が遠回しにゲロりました」

「判決はタブラ検事が帰ってくるまで保留にしておきましょう」

「えー。二重の意味で、えー」




正直、叙事詩レベルで設定が書き込まれているアルベドの一文を足したくらいで何がどう変わるかなんて検証のしようがないですが、本作においてはアルベドがモモンガに向ける感情は創造主レベルってことにします。厳密には創造主ではないので、サキュバスの特性も合わせて恋愛方向に傾いているってことで。

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