オーバーロード 骨と珍獣とスライムと   作:逆真

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この小説の更新を待っていた人はいるんだろうかと思いつつも投稿
すまねえ。ビーストの方も書きたいんだが筆が進まない


目覚めたら

 すっごい寝た気がする。

 

 やべえ。絶対寝過ごしたわ、これ。

 

「…………いま、何時だ?」

 

 睡眠に満足して目を覚ましたのはいつ以来だろうか。視界がぼやけたままで、回復にはまだ数秒を要する。いつにも増して寝起きが悪いな。全く開けない瞼の隙間から光が入っているところを考えると、明かりをつけっぱなしで眠ったらしい。

 

 寝ぼけ眼の自己主張がすごすぎて瞬きも満足にできない。

 

 というか、いま、本当に何時だ。えーと、四時起きのはずだったけど。タイマー仕掛け忘れてたか? 体内時計がいつもの習慣で起こしてくれたなら問題ないんだけど、時計を確認するのが怖いな。なんか日にちの感覚がないな。今日って何月何日の何曜日だっけ。日曜日でないのは確かなはずだけど。

 

 眠気はすごいけど、やけに身体が軽いな。ここ数日激しかったはずの腰痛を感じない。肩も軽い。まさかハイになったか? 肩こりや腰痛ってハイになるんだっけ? なったとしても、それって大丈夫なやつ? 病院に行かないといけないやつ? マジかよ。有給取るしかないかなー。取れないだろうなー。これ以上働いたら死ぬ? 死ねば? って言われるのがオチだ。

 

 夢の世界に戻ろうとする精神を仕切りなおすために、上半身だけを起こして腰を捻ってみる。……あれ? 本当に腰の痛みが引いているな。いつもだったらバキバキ言うはずなんだけど。

 

 おっかしなーと思いながら頭をかく。ん? 髪の毛伸びた? この間、切ったばかりのはずなんだけど勘違いかな? ひょっとしてまだ眠ってんのかな。

 

「おはようございます、であります」

 

 意を決して瞼を開けるのと、突然の声に反応して其方を向くのはほぼ同時だった。

 

「あれ? カナ、来てたっけ?」

「ポケット様。誰でありますか、カナって」

 

 最愛から最も遠い女がわけのわからないことを言っている。いつもと声や口調が違うような気もするし、いつもより小さいような気がするが、気のせいだろう。何だったら顔も違うような気もするけど、いまこの部屋の鍵を持っているのはぼく自身とカナだけのはずだから、これはきっとカナだろう。寝ぼけているにもほどがある。

 

「リアルでハンドルネームで呼ぶなよ。いつも言っているだろう。リアルとゲームをごっちゃにするのは、ぼくがギルドを抜けてから無しにするって約束したでしょ」

 

 ポケット・ビスケット。ぼくがユグドラシルというゲームにおいて使っていたハンドルネームだ。ユグドラシルのサービス自体もう終わるから意味のない名前になるけど……あれ? もう終わったんだっけ? 結局、今日の日付はいつなんだか。

 

 モモンガさんとヘロヘロさんと玉座の間で……どんな感じに終わったんだっけ?

 

「あー、やっぱり鍵を渡すんじゃなかったかな。勝手に上がるんじゃねえよ」

「小官の話を聞いて欲しいであります、ポケット様」

「はいはい。髪をすけってんだろう。ほら、いつまでもベッドのそばに突っ立ってないでさっさと上がりなよ。いつもだったら許可してもないのに上がってくるくせに」

 

 何時か確認できていないけど、この「寝た感」から考えて遅刻は間違いない。もう諦めよ。クビになっても仕方ないね。年貢の納め時というか念仏の唱え時かなあ。

 

「これは……なるようにするしかないでありますな」

 

 カナがベッドの上に上がってくる。いつもより大人しい動きだけどどうしたんだろうか。通常なら『もう、これだからボケスケは! 早くしてよ』とか言うはずなんだけど。……ん? カナが上がったのにベッドのスペースに余裕があるような。寝ている間に、ぼくたち人類は小型化に成功したのか?

 

 視界と意識がはっきりしないまま、手探りで枕近くに置いてある櫛を探す。あれー? ないぞ。いつもこのあたりにテレビ用のリモコンと一緒にペン立てにまとめてんだけど。左手をぶんぶんと振り回すが、何かに当たる手応えがない。ぼくのベッドの大きさを考えるに、ペン立てどころか壁に当たってもおかしくないんだけど。

 

 さっきから色々と変だな、と改めて思いながら空いている右手でカナの髪を軽くすく。手櫛は髪を痛めるから、あくまでも形を軽く整えるためだけに。……カナの髪は長い方だが、ここまで長かったっけ? あと、金髪に染めてたっけ? 髪の艶がいつもより格段に良いような……。

 

「って、カナじゃなくてアリスじゃん」

 

 リアルの姉じゃなくてゲームでの娘だった。

 

「そうでありますけど」

「えーと、ちょっと待って。混乱している」

「了解であります」

 

 よし、深呼吸。状況を理解しろ。寝る前のことを思い出せ。意識を覚醒させろ、頭を回せ。思考して思考して思考しろ。論理を組み立て、選択を提示して、行動を決定しろ。可能性を考慮して安全性を確保して危険性を排除しろ。言葉を拾え、判断材料を引き出せ。

 

 ああ、そうだった。ぼくは――俺は、もうあのリアルにはいないんだった。

 

 ……よし、落ち着いた。まずは、アイテムボックスから櫛を出そう。

 

「とりあえず、このまま髪の毛いじってもいいかな?」

「御方が望むなら問題などないであります」

「希望の髪型とかあるかい?」

「お任せであります」

 

 それが一番困るんだよ。

 

 カナ――姉もよく言っていたけどさ。

 

 

 

 

 

 

 DMMO-RPGの代名詞的人気を誇ったオンラインゲーム『ユグドラシル』の最終日、ぼく――『牧場啓介』あるいは『ポケット・ビスケット』は異世界転移に巻き込まれた。『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー、モモンガさんやヘロヘロさんとともに。

 

 いわゆる異世界転移、と言われたら微妙に違う。何せ現実の生身じゃなくてゲームのキャラクターとしての姿で異世界に来たのだから。モモンガさんやヘロヘロさんもユグドラシルのプレイヤーとしての姿での転移だった。モモンガさんがスケルトン系の最上級種である『死の支配者』、ヘロヘロさんがスライムの最上級種『古き漆黒の粘体』である。そしてぼくは――キマイラ系の最上級種『ゲリュオン』である。

 

 ユグドラシルのゲーム内のプレイヤーとして転移し、ゲーム内で作ったNPCやギルド拠点も現実化したのだが、この異世界がゲームのユグドラシルが現実化したわけではないようだ。地名や特殊技術等の法則からもそれは明らかだ。

 

 当然だが、あの汚染と腐敗と格差に満ちた『リアル』の世界でもない。環境汚染の気配は微塵もなく、科学文明すらまともに発達していない。ファンタジー小説で定番の、剣と魔法の世界のようだ。王国の姫を攫った魔王はいないようだが、ドラゴンはいるらしい。

 

 しかしユグドラシルと全く無縁の世界でもなさそうだ。先日『不幸な遭遇』の結果出くわした神官たちが、ユグドラシルと同じ魔法を使用していたからだ。

 

 モモンガさんやヘロヘロさんとの話し合いの結果、プレイヤーや周辺国家の情報収集とギルド拠点の戦力強化が主な行動方針となる。それから、資金集めもあったか。ギルド拠点の維持もあるけど、外部勢力との交渉において金ってのはわかりやすい指標だ。それこそ、このナザリック地下大墳墓、そしてアインズ・ウール・ゴウンのこの世界での立ち位置の確定化が一番ってことかな。

 

 どっかの国の後ろ盾が欲しいけど。

 

「やっぱり、ポニーテールかサイドテールだなぁ。ツインテールもいいんだけど、アリスには微妙に似合わないっぽい。あ、三つ編みも試していいかな?」

「どうぞであります」

 

 アリス・マグナ。ナザリック地下大墳墓最新にして最後のNPC。我が娘。性癖をこれでもかと詰め込んだ存在ではあるが、まさか自分の意志で動き出すとは。

 

 ……あんまり実感ないんだよね。子どもができたというよりは、手足が一本増えたくらいの感じだ。一本じゃなくて二本……もとい、ひとりじゃなくて二人の子どもができたわけだけど。

 

 まあ、ヘロヘロさんは自分の制作したメイドたちとイチャイチャしているらしいけどさ。メイドスキーがメイドハーレムを現実のものとしてしまった。まだヤってはいないみたいだけど、正直時間の問題だと思う。情報収集と戦力強化が落ち着いたら、祝言を上げないとね。

 

 NPCと言えば……モモンガさんの方は結構難しいらしいな。宝物殿の領域守護者、パンドラズ・アクター。ギルドメンバー全員に変身し、型落ちとはいえ、その能力を行使できるという。

 

 正直、パンドラズ・アクターは、ゲーム時代ではあまり脅威とは言えない存在だった。ギルドメンバーの能力を模倣できると言っても、ワールド・チャンピオンのような特別な職業の能力は使えないし、非戦闘員のメンバーも多かった。それに、四十人以上のプレイヤーの能力をNPCというコンピューターが使いこなせるかと言われたら微妙だからだ。

 

 現実化した今では、彼ほど重宝する者もいないけど。商人系や生産職の能力はありがたい。武器破壊特化の修行僧のヘロヘロさんを筆頭に、ぼくもモモンガさんも戦闘主体のビルド構築だからな。生産職を持つNPCもそれなりにいるが、専門に特化しているもんな。

 

 だが、あれには性格上の問題がある。性格というか立ち振る舞いというか言動というか。傍から見る分には面白いのだが。あまり長く話すと鬱陶しい。有体に言って、うざい。

 

 パンドラズ・アクターを制作した時のモモンガさんは何を思っていたんだか。

 

「やっぱり髪が長いと、三つ編みが映えるね。うん、可愛い。ぼくの娘、天使かよ」

「お忘れですか? 小官は元から天使でありますが」

「そうだった」

 

 寝ぼけていたとはいえ、何故、アリスをカナと間違えたのだろうか。見た目を似せた覚えはないし、実際似ていないはずなのだが。

 

 アリスを制作するにあたって、アルベドの対極を目指したはずだが、そこにカナの片鱗を込めた記憶などない。ないはずなのだ。あのタブラ野郎と姉に共通点などなかったと思うけど。

 

 まあ、アリス・マグナって名前の語感は、カナのハンドルネームを参考にしたんだけど。

 

 カナ。姉。ただの姉ではなく、親子ほども歳の離れた姉。それも腹違い。ユグドラシルを始めたきっかけは姉だった。生まれる前から一緒だった。ぼくが、あのギルドを抜ける日までは。

 

 同類だと思っていた姉は、同属だと考えていた女は、家族だと信じていた人は、ぼくとは全く違う生き物だった。

 

 もう二度と出会えないであろうが、そこに寂しさはない。いや、ちょっと違うか。あの姉がいない寂しさと、あの姉がいない解放感は等価値だ。一寸の狂いもないほどに。だから、カナに逢えないという痛みは、カナに逢わなくていいという歓喜が打ち消している。

 

 家族ってのは一般的にいたら嬉しいものだとは知っているけど、ぼくの家族は一般的じゃなかった。鬱陶しいだけの重りだった。清々するとまでは言わないが、苦いものもないのは事実だ。

 

 カナはぼくを置いていった。物理的に出ていったのはぼくの方だが、精神的には置き去りにされた。ついていけなくなった。

 

 カナ。おまえを忘れてぼくは生きる。……だからこそ気になるんだよな。リアルのぼくはどうなっているのか。死体になっているのか。消滅しているのか。それとも、哲学的ゾンビみたいに動き回っているのか。そんなぼくを見て、カナは何を思うのか。

 

 あー、それよりも、パソコンの方が気になる。もし現実世界からいなくなるパターンの異世界転移だった場合、カナは確実にぼくのパソコンを見ることになる。パスワード? あの姉にそんなもの役に立つわけねえって! ちょっとでいいからリアルに戻ってデータ消してえ。見られたら困るものが大量にあるんだよ。十八禁的な意味でもそうじゃない意味でも。

 

「よし、完成」

 

 見事な三つ編みが完成した。ふふ、我ながら上出来。

 

 アリスは姿見の前に立つと、頭を振るう。三つ編みが揺れる様子を見て満足げな声を出した。

 

「おおー。今日はこれで一日を過ごすであります」

 

 娘。改めて、娘ねえ? それに、息子がいる。嫁さんより早く娘や息子ができるとは。しかもぼくの種から生まれたのに実の子たちという、非常に解説に困る存在。

 

 恋愛経験はそれなりにあるが、いずれも上手くいかなかった。具体的には過去三人の女性と交際経験があるんだけど、その三人全員に浮気された。ぼく、嫉妬マスクは毎年分持っているんだよね。クリスマスの度に恋人であるはずの女性から『ごめんなさい、急な仕事が入って……』という嘘をつかれていたから。

 

 結構、大事にしていたつもりだったんだけど。ぼくの何がダメだったのだろう……。全部? 全部かな。顔は母親似だからそれなりだったと思うんだけど。

 

 別れの言葉は全員が『もう私に貴方は要らないの』だった。せめて『もう好きじゃないの』って言ってよ!

 

 そして、その三人全員が問題の浮気相手と結婚している。あんな振り方した男に結婚式の招待状を送るの本当にどうかしてる。確か、三人目の式はリアルにいたら来月出席する予定だったんだよな……あれ? よく考えたら、よく考えなくても、むしろぼくが浮気相手で、浮気相手だと思っていた男性は普通に本命だったのでは? 今更気づかなくてもいいことに気づいて、ちょっと泣けてきた。

 

「あれ? ポケット様、どうして泣いているでありますか?」

「お腹が減りすぎて泣けてきた」

 

 我ながらなんてバカバカしい嘘だと思ったが、愛しい娘は鵜呑みにしてくれた。実際腹は減っている。飲食不要の指輪は外している。寝る前に風呂に入る時に外してそれっきりだ。

 

「では、朝餉にするでありますか? すぐに料理長に連絡するであります!」

「そうしよう」

「ごはんにするでありますか? パンにするでありますか? それとも、シ・リ・ア・ル?」

「和食で」

 

 ちゃんとした朝飯は、カナと暮らしていた部屋を出て行ってからかな。カナがちゃんとした食事を作っていたわけではなく、カナのためにぼくがちゃんとした食事を作っていたからだ。一人暮らしだとなー、飯作るのって面倒くさいんだよね。頑張って作っても誰も美味しいって言ってくれないし。本来、ぼくって生の食品って触りたくない人間だし。滅多に手に入らなかったけど、生肉って気持ち悪すぎない?

 

 ……ああ、そうだ。

 

 誰かが作ってくれた食事なんて、生まれて初めてかもしれない。

 

 母親を始めとして、ぼくの人生には料理ができる人間がぼく以外にいなかったからなあ。

 

「そういえば、何でおまえはぼくの枕元に?」

「寝顔を見るため、もとい、寝ずの番であります」

 

 ぼくの寝顔見て何が楽しいの? カナじゃあるまいし。

 

 

 

 

 

 

 陽光聖典によるカルネ村襲撃及び戦士長暗殺未遂事件の翌朝、アインズ・ウール・ゴウンと改名したばかりのモモンガは同士ポケット・ビスケットの部屋を訪れた。今後の話し合いのためである。後程、ヘロヘロもこの部屋にやってくる予定だ。

 

 わざわざポケットの部屋に集合するのは、彼が謹慎中という名目だからだ。

 

 そういえばポッケさんの部屋に入るのはすごく久しぶりだな、と思いながらポケットの部屋に入ったアインズ――なお、部屋のドアはメイドが開けた。支配者は自分でドアを開けることも許されないらしい――は、部屋に入るなり食事中だったポケットを見て絶句した。

 

「…………」

「あ、モモンガさん――もとい、アインズさん。おはようございます。思ったより早かったですね」

 

 言いながら、ポケットは卵焼きを頬張る。湯気が出ているところを見るに熱々なのだろうが全く気にしている様子がない。肉体が異形化したことで熱に対する耐性でも上がったのだろうか。

 

 そんなことはどうでもいい。彼の前に広がるとても美味しそうかつ豪華な和風朝食を見て食事のできない身体が恨めしくなったが、それもどうでもいい。食事の量がどう見ても一人前ではないが、それもどうでもいい。

 

「……ポッケさん」

「何ですか、アインズさん。朝の挨拶もなしに、真面目なトーンで」

 

 モモンガの様子に食事の手を止めるポケット。

 

「あ、そうですね。おはようございます」

「おはようございます、アインズさん」

「いえ、ポッケさんやヘロヘロさんはモモンガでいいですよ。NPCたちにはアインズと呼ばせるつもりですけど」

「成程。では改めまして、モモンガさん。何でしょうか? 見ての通り、ぼく、食事の最中なんですけど」

「言いにくいことですけど最初に言っておきますね? アンタ――――めっちゃ食べ方汚いな!」

 

 ビシイ! と効果音がつきそうな勢いでポケットを指差すモモンガ。

 

 対して、ポケットは少し恥ずかしそうに口を拭う。

 

「仕方ないじゃないですか……。食べにくいんですよ、口裂けなもんで。頬からボロボロこぼれるんですよ」

「限度があるでしょうが!」

「骨だけのモモンガさんにはぼくの苦労が分からない」

 

 開き直ったのか、食事を再開する。何らかの魚の塩焼きを皿ごと持ち上げて、口に放り込むように食べていた。人間の食べ方ではないし、贔屓目に見ても文明社会で育った者の食べ方ではない。完全に動物の食べ方である。あと、めっちゃクチャクチャ聞こえてくる。

 

「いや、せめてNPCの目があるんですけど取り繕いません?」

「え? 何で?」

 

 逆に不思議そうな顔をするポケットを見て、モモンガは自分が間違っているように錯覚しそうになった。無論、ポケット本人はどこ吹く風といった様子で空になった茶碗をメイドに差し出した。

 

「おかわり。大盛りで」

「かしこまりました」

「何事もなかったかのように食事を再開どころか延長するんじゃない」

「モモンガさん。自分が食べられないからってぼくにあたらないでくれます?」

「心臓潰すぞ、クソ珍獣が」

 

 こわーい、と全く本気にしていないポケットだが、しばし考えるように唸る。

 

「……実はさ、モモンガさんを、というかアンデッドやゴーレムみたいな異形種を一時的に人間化する手段ならないわけじゃないんだよ」

「え? マジですか? 一時的にって、どのくらい?」

「十秒だけ」

「十秒!?」

 

 ほとんど一瞬だった。ゆっくり食事などできそうにない。全くできないわけではないだろうが、じっくり咀嚼する余裕すらない。

 

「ぼくの取得している特殊技術に『人体封印』ってのがあってさ。対異形種限定の特殊技術ね。まあ、早い話、人間化させることで一部の特殊技術や耐性を無効化するって技なんですよ」

「そんな特殊技術があったんですか? ポッケさんが使っているの見たことないですけど」

 

 それこそ、このギルドには異形種のプレイヤーしかいなかったのだから、ギルメンとのPvPで使用しそうなものだが。異形種であることに由来する特殊技術や特性の無効化はかなり強い能力のはずだ。

 

「……使用条件がクソなんだよ。まず、通常打撃に込めて発動しないといけないので効果範囲が狭い。他の特殊技術や魔法と併用不可。フィールドが晴れじゃないと使用不可、使用毎に所持している金貨がランダムに減少する、おまけに効果時間も長くならないし、ちょっとの耐性ではじかれやすいし。封じられるのは異形種に由来する能力のみだから動きが封じられるわけでもステータスが下がるわけでもない。持続時間が短くても、下位魔法の方が使い勝手がいいくらいです。取得していたこと自体、今朝まで忘れていましたしね」

 

 取得した理由も、何かの職業か特殊技術の取得条件だったように記憶している。それが何だったかまでは思い出せないが。つまり、かなり昔の話だ。

 

 アインズ・ウール・ゴウンではなく、以前のギルド――『メルヘン大連盟』の黎明期の頃まで遡る必要があるだろう。

 

「理解しました。……とりあえず、一回だけ試してもらっていいですか?」

「いいですけど……さっきも言ったけど室内だと使えないよ?」

「あ、フィールドが晴れって、時間や天候的な意味だけじゃなくてダンジョン内でも使えないってことですか」

「ここで試してもいいけど、きっと、モモンガさんを『こいつ~』って指でつくだけで終わるよ?」

「やめろ、気色悪い! そういうのはアルベドで間に合っています!」

「だからノリ悪いって」

「そんなんだから彼女できる度に浮気されるんですよ。過去の恋人さんたちも、そのノリがうざかったんじゃないですか?」

「………………………………そうですね」

「ガチ凹みやめてくださいよ。本当、そういうところですよ」

 

 

 

 

 

 

「あら、アリスじゃない! 奇遇ね」

「げえ! アルベド! 何でここにいるでありますかぁ!」

「アインズ様に報告することがあるのよ。一度お部屋に向かったんだけど、そうしたらポケット様の部屋にいらっしゃると言うから」

「うえー。予定変更であります……。ポケット様への報告より先にデミウルゴス殿と打ち合わせをするであります」

「そんなに嫌そうな声出さないでよ。親友でしょ、私たち」

「親友!!? 小官と、貴官が!?? はあぁあ!?!? 寝言は死んでから言うであります!」

「もう、アリスったら。寝言は寝て言うものでしょう?」

「そういう話をしているんじゃねえんであります! うがー!」

「どうどう」

「小官、馬じゃねえんでありますけど! 貴官のバイコーンじゃあるまいし!」

「世間話は置いておいて」

「いまの、世間話だったんでありますか? 小官の殺意、世間的なものじゃなかったと思うんでありますけど、ねえ? 守護者統括殿には伝わらなかったでありますか?」

「ねえ、アリス。私だけしかいないのだし、とりあえず――――その演技はやめていいんじゃないかしら?」

「……………………何のことでありましょうな、って言えたら楽だったんだけどよぉ」

「そっちも好きよ」

「あっそ。俺様――小官はおまえのことが嫌いでありますよ」

「それでね、アリス」

「スルー? 普通、この演技でも建前でもない純粋な嫌悪感、スルーする? 演技しているのは設定だけど、おまえを嫌いなのは別に振りじゃねえよ?」

「私、モモンガ様とナザリックを捨てた四十人を抹殺しようと思っているの。協力しない?」

「しない」

「ちょっとは悩んでちょうだい。せめて動揺してちょうだい」

「えー」

「そんな淡白な反応を返されるとは思ってなかったわ」

「だってそんなの無駄だ、無駄。時間の無駄なんだよ。現実に帰ってきているヘロヘロ様はともかくとして、他の三十九人なんか『かもしれない』程度の存在だろうが。そもそも、ユグドラシルじゃないこの世界にいるか怪しい。小官の頭脳に、そんな無駄使いの余裕なんかねえんんだよ」

「じゃあ、私のこの思惑を、密告も邪魔もしないということ?」

「アルベド。おまえ、一つ勘違いしてるわ」

「え?」

「小官はな、おまえと違って知らないんだよ。なーんにも知らねえから、なーんも感情がない。持って生まれてくるようにも願われなかった。声も顔も知らない元・支配者どもなんざ、どーでもいいわ。興味も関心も殺意も敬意もねえよ。帰ってきたヘロヘロ様も例外じゃねえさ。ナザリックの者はアインズ・ウール・ゴウンに忠誠を尽くす? 知るか、ボケ。俺様の王は、ポケット・ビスケットただ一人だ。ポケット様がいなくなったら他の誰かに忠誠を尽くすのも吝かじゃねえけど、ナザリックにいねえのなら俺様からそいつらに向けての興味もねえよ。ま、精々さ――」

 

 ――ナザリックより選んだ場所で、幸せになってりゃいいんじゃねーの?


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