緑の兄弟どもが行く   作:カロ

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列強は既に動いて

ロウリア王国、首都ジン・ハーク、ハーク城内会議室。

 

田中がハーク城の三階にある会議室に入ると、磨きぬかれた長方形の木のテーブルの向こう側に、ロウリア王国の上層部の者達、三人が座っていた。

 

「遠く海を渡り、ようこそ来られた。 まずは用意した席にお座りください」

 

最初に声を発したのは、ロウリア王国の外務卿であるバスケスである。

国の法律では外交のトップは宰相となっているが、各国との細やかな調整など実務においては彼が事実上のトップと言ってよかった。

 

声にはどこか傲慢な響きが含まれているが、口調自体は丁寧なもので、田中達はそれに従い椅子に座る。

 

 

「本日は急な来訪にも関わらず、国の代表の方に対応していただいた事にまずは御礼申し上げます。 私は日本国外務省の田中、こちらの二人は部下の鈴城と加藤と申します」

 

「私はロウリア王国外務局の外務卿を勤めているバスケスです。 そしてこちらにおわすのがロウリア王国国王であらせられるミラ・ロウリア陛下と、宰相であられるマオス閣下です」

 

(幼い……)

 

それが田中がミラを見て浮かんだ印象だった。

事前に少しは情報を仕入れて来たのでロウリア国王の事は知っていたが、まだ十歳かそこらに見える外見は、とても一国の元首には見えない。

 

金色の肩まで伸ばしており、まだあどけなさが残る顔は美しく整っている。

だが、ともすれば病的にも見える程の青白い肌はまるで作り物の人形のような感覚を田中に覚えさせた。

 

「さて、まずは日本の皆さん。 今回の訪問の理由をお聞かせ願いたいのですが」

 

今回田中達は、一ヶ月程前にクワ・トイネ公国と初めて接触した際に相手に不安を与えてしまった事を反省とし、まずはクワ・トイネ公国とロウリア王国との国境の町、ギムまでは空路で移動し、そこから先は民間の業者から馬車を借りて、ここジン・ハークまでやってきた。

 

クワ・トイネ公国では陸路を旅するのさえ、常に殺人蟻の恐怖に怯えながらでなくてはならないが、ロウリア王国内では主要な街道の付近の殺人蟻は兵士達にまめに駆除されている為、道さえしっかり選べば比較的安全に旅ができるらしく、これまでの道中で田中達は殺人蟻には遭遇していない。

 

しかし日本国は現在、食糧難に喘いでおり、政府が物流を統制して何とか時間稼ぎをしてはいるが、国民からは先行きに対する不安の声が噴出している。

したがって日本にとってロデニウス大陸からの食糧の輸入は最優先事項であり、クワ・トイネ公国と接触してから数週間しか経っていないが、既に殺人蟻を数十匹、厳重管理の上で日本国内の離島に運び、効率的な駆除方法の研究を重ねていた。

 

「我々日本国は、貴国とぜひ交流を持ちたいと考えております。 今回の訪問でお互いの国家のことを理解し合い、可能であれば国交を結ぶ事も視野に入れて、こうして会議に場を開いていただきました」

 

「ふむ……、なる程。 所で我々は日本国という国家を聞いたことがない。 確か北東海域には小さな島々があったのみだったと記憶しているが……、貴国はその島々により形成された国家なのだろうか」

 

宰相マオスが尋ねるが、田中はその質問に首を振る。

 

事前にクワ・トイネ公国にロウリア王国への紹介を頼むことが出来ればこの話は、少しは楽に進める事ができたのだが、残念ながらロウリア王国とは疎遠だということで断られてしまった。

 

田中は以前にクワ・トイネ公国にしたのと同じ説明をもう一度繰り返す。

 

「いえ、我々は元々この世界に存在していた国家ではなく、地球という星から転移してきた、と認識しております。 原因は未だに判明していないのですが……」

 

「はぁ……、転移国家だと!? こちらが丁寧に対応しているのに、そんな馬鹿げた嘘を吐かれるとは……、陛下の御前であまりにも無礼すぎはしまいか?」

 

マオスが額に青筋を浮かべて、田中達を睨みつける。

 

だが、更に何かをまくし立てようとしたマオスを幼い女王が制した。

 

「よせ、マオス。 この者達に我々を侮辱しようという意図は感じないし、逆にあまりにも突飛な話すぎて真実でもなければこの場で話しはすまいよ。 ………とは言え、そなたらの話を鵜呑みにするのは現時点では流石に不可能だ。 何かそれを証明出来る手段はあるか?」

 

「……もし、貴国の方に我が国を訪問して頂ければ、我々の言うことを証明することも可能かと存じます」

 

「それには時間が掛かりすぎよう。 そうだな……、例えば、この国には無い魔法や道具を見せてもらえれば、一応の材料にはなろう」

 

「それでしたら……可能かと。 実はこの度、ご挨拶として我が国で製造している品々をお持ちさせて頂きました」

 

田中は部下に持たせておいたトランクから日本刀や着物等の工芸品や、洋服、運動靴、香水など様々な品物を取り出した。

ロウリア王国と友好的な関係を築けなかった場合の情報漏えいを恐れて、機械の類はこの中に含まれていないが、

日本が高い工業力を持つことを証明する役には立つだろうと田中は考えた。

 

ロウリア王国側の者達は興味深そうに品物についての説明を聞いていたが、やがてマオスが眉を顰めて吐き捨てる。

 

「ふん、どこかの文明国から購入してきたものでは無いのですかな? 新興国にこれほどのものを作る技術があるなど……い、いえ、失礼」

 

ミラが鋭く細めた目をマオスに向けた事で、流石に彼も押し黙らざるを得なくなった。

 

「この世には、俄かには信じがたいことが溢れている。 この品々は私ですら見たことの無い品質のものが殆どであるし、貴国が異世界から転移してきた、という話は一先ず受け入れよう。 その前提で改めて尋ねるが、貴国は我が国に何を望んでいる? 国交の締結などはあくまでも入口、その先について教えて欲しい」

 

「はい、我が国は転移前、多くの資源を輸入していましたが、現在はそれが途絶えてしまった状態です。 我々としては貴国から貿易による食料や資源の輸入を望んでおります」

 

「ふむ……、食料か。 以前は我が国は食料の輸出も行っていたが、現在は巨大昆虫の影響で輸出が途絶え、生産しているのは国内消費分のみだ。 それによって発生した休耕地を再度利用すれば生産量を増やし、食料を輸出することは可能だろう」

 

その言葉に外務省の職員達の間に安堵の空気が流れる。

日本の食糧事情は日に日に悪化しており、一刻も早い食糧輸入先の確保は急務と言えた。

 

「だが今では農業をするにあたり、農地の殺人蟻からの防衛という新たな要素が出現している。 現状よりも耕作地を増やそうとすると、新規に多くの人間を雇う必要があり、経費の増大は免れない。 このままでは貴国へ輸出する食料は相当割高になってしまうであろう」

 

「……では、もしも我が国が何らかの形で殺人蟻の駆除に有効な手段を提供することが出来れば、いかがでしょうか?」

 

「それは………、無論助かるが、具体的には?」

 

「現在我が国の研究機関では殺人蟻に対して有効な駆除方法の研究を進めており、今の所はまだ確かな事は言えませんが、近い将来、殺人蟻に高い効果を示す駆除薬等の開発が期待されています。 もし殺人蟻の脅威が減少したとすれば、我が国が貴国からどれほどの食糧を輸入出来るか。 それだけでも、検討していただけないかと思っております」

 

「もしもの話を元に計算したところで正確な数字は出せないだろうが、大まかな予測ならば食糧管理局に出させよう。 さて余は公務の予定があるので、そろそろ失礼する。 貴国との国交の樹立は承認する。 貿易に関しても、前向きに検討しよう。 詳しい話はバスケスと進めておいてくれ」

 

そうしてミラはマオスを伴い部屋を出て、自室へと向かっていく。

何かを考え込む様子で歩くミラに、マオスが不満そうに尋ねた。

 

「陛下、どこの馬の骨とも分からぬ国の使節相手に、あまりにも話を急に進めすぎでは? 百歩譲って彼らの話が正しいとしても、国交を結ぶ言質を取らせるのは日本国とやらを実際に確認してからでも遅くはないかと」

 

マオスの疑問は確かに至極もっともと言える。

 

ミラは廊下を見回して人目がないことを確認すると、手近な部屋へと入り口を開いた。

 

「いや、もしも日本国が本当に強大な力を持つ国家である可能性が少しでもあるなら、早期に国交を結んでおいて損はない。 ………もう話してしまうが、実を言うとフェン王国とアルタラス王国に対して、パーパルディア皇国が強硬なやり方で属領化を迫ったという情報が入ってきた」

 

「な……、私は何も聞かされていませんが一体どこから……」

 

マオスの疑問も最もであり、パーパルディア皇国はロウリア王国との戦争の準備段階として周辺国家に対して、ロウリア王国に対する重要物資の禁輸等の圧力をかけてきている。

 

必然的にフェン王国やアルタラス王国との外交関係は希薄化しており、外務局に入ってくる情報をかなり少なくなっていた。

 

「あ、いや、そうか。 フェン王国からのルートですな? あの国は地理的にフィルアデス大陸に近いが、土地面積や資源の面から見て重要性の低い土地であり、軍事力も大した事はない為にパーパルディア皇国からの監視の目は少ない。 国王のシキはいずれパーパルディア皇国と矛を交える事態になった時の為の保険のつもりか、秘密裏に最低限の国交を保っていましたが、そこから……」

 

マオスは頭が固く常識に縛られる嫌いがあるが、あくまでも既存の知識の範囲内でならば優秀な分析能力を持つ。

 

ミラはマオスの言葉に頷き、肯定の意を示す。

 

フェン王国との秘密外交はその秘匿性から外務局ではなく、パーパルディア皇国との戦争の為にミラが創設した王直属の国家情報部が担っていた。

 

だからこそ、宰相である自分も知らない情報をミラが持っていたのかと彼は納得する。

 

「それで……、我々はどのように動くのですか? 恐らくパーパルディア皇国の狙いは、来るべきロウリア王国との衝突に備えて、フィルアデス大陸南方海域の国家を抑え、制海権を確固たる物にしようというところでしょう。 補給地点を絶たれれば、洋上での長期間の行動は不可能ですからな。 しかし、かと言って援軍を出そうにも、皇国のワイバーンロードへの有効な対応策が完成していない現状では……」

 

高速ではるか上空を飛び回る飛竜に対して、地上からの攻撃は効果が薄い。

ロウリア王国も魔封石の登場で急激に兵器の研究が進み、当たればワイバーンでも落とせる、というレベルの武器を幾つか開発することには成功していたが、実際の命中率は実用レベルには届いていなかった。

 

現状、最も有効な対空攻撃と言われているのは、ファイヤーボールの魔封石を使った攻撃だ。

魔封石によるファイヤーボールの射程距離は約五百メートル。

ワイバーンの導力火炎弾の射程距離は約七百五十メートルであり、1.5倍の開きがあると言っていい。

 

但し、ワイバーンは導力火炎弾を放つ際に首を真っ直ぐに伸ばさなくてはならず、必然的に攻撃時は目標に向かい一直線に飛行することになる。

 

更に最大射程の七百五十メートルで攻撃したところで命中率は低く、精度を求める攻撃ならば目標から三百~五百メートル程度が火炎弾を放つ距離だ。

 

それを考えればファイヤーボールで弾幕を張ることが出来れば、ワイバーンの攻撃を阻害することは十分可能であり、ワイバーンが攻撃を試みているタイミングを狙えば命中の望みもある。

 

ただファイヤーボールの弾速は約時速百五十キロメートルであり、通常飛行時のワイバーンに命中する可能性は非常に低かった。

 

「ワイバーンロードは確かに強力だが、対地攻撃能力はそれほどでもなく、飛竜部隊単独で戦争が遂行できる訳でもない。 フェン王国は我が国に援軍を求めてきているが、余はこれに応じ、パーパルディア皇国の侵攻前に地上部隊をフェン王国に上陸させて地上で迎え撃つ。 だが、アルタラス王国に関しては放置する」

 

「それは……、どうしてですか? フェン王国よりもアルタラス王国に対して恩を売った方が利益が大きく、中継地点としての価値も高いかと考えますが」

 

マオスの言葉にミラは口元だけを釣り上げて微笑んだ。

 

「アルタラス王国の方が領土的価値があるからだ。 あの国は大規模な魔石の鉱山もあり、国民も人間種のみで構成されている。ぜひロウリア王国の領土としたいが民衆の王族への支持が高く、国内も安定しており、力による強硬な支配は反発を招く。 かと言って現在余が、王への権力の集中を進めている現状では、アルタラス王国を支配するにあたり、王族の排除は最優先事項。 ……どうせパーパルディア皇国の事だ、支配するにしても民にはアメも与えずに恐怖のみで縛り、王族、貴族は皆殺しというお決まりのやり方だろう」

 

「な、なる程、そこで我が国が解放軍としてアルタラス王国に攻め入れば労せずして王族、貴族を排除でき、民衆からの反発も少なくなる……、という訳でありますか?」

 

ロウリア王国が新たな領土を支配する時は、初めの内は幾つかの町を滅ぼしたり、亜人を殺害、あるいは追放したり、その国の王族貴族を虐殺するなどして恐怖で民衆を抑えるが、占領後は新たな領土の住民にはロウリア王国民としての権利を保証し、無駄な迫害は行わない。

そして新領土には大量の移民を行い、現地の住人達は必然的にその移民と結婚をし、子供を生んでいく。

 

そうして数十年も経つ頃には、その土地の住人はかつての国のことなど忘れ、ロウリア王国民としての自覚を持つようになる。

 

「ああ、新しい領土を支配するには多少の加害行為は必要だが、度が過ぎた痛みはいつまでも恨みとなって残り続ける。 だがその加害行為をパーパルディア皇国が引き受けてくれるなら利用しない手はない」

 

「でしたら、フェン王国に援軍を送る理由は……」

 

「あの国はガハラ神国と関わりが深いからな。 もしガハラ神国がパーパルディア皇国との戦争に加わってくれれば風竜の存在により、パーパルディア皇国の航空戦力の優位は引っくり返る。 今回はフェン王国に恩を売ってガハラ神国とのパイプを作り、ロウリア王国の戦力を宣伝するのが目的だ」

 

「それは……、なる程」

 

マオスは目の前の幼い女王に対して内心で舌を巻く。

このミラという新たな王が誕生したときは、その幼さを利用して上手く操り、自分がロウリア王国を思うがままに動かそうという野望を持った事もあった。

 

だが彼女は王宮に文官として仕えるエリートも舌を巻く程の知識量と、その年齢にして異常な思考力と勘の良さを有しており、必要であれば残酷な手段も躊躇なく用いる冷酷さも併せ持っている。

 

今ではマオスはミラをロウリアの真の王として認め、忠誠を誓うまでになっていた。

 

 

話が終わったミラは密談に使った部屋から出ようとドアノブへと手をかけるが、その直前に何かを思いついたように動きを止める。

 

「そうだ。 あの日本国の外交官達を土産として渡された品物の礼、とでも名目を付けて宴に誘い接待を行え。 宴の席でどのような姿を見せるかで、日本国とやらの役人の性質や価値観を図ってみよう。 但し、場合によっては警戒されるだけになるから程々にな。 そうだな……、遠路遥々、ロウリア王国を訪ねた事をねぎらうとでも言って、個人的に貴金属を贈与させてみろ。 受け取りを拒んだら、無理に押し付けず即座に引くようにな。 後、女をつけるのは流石に露骨すぎるので辞めておけ」

 

「はっ!」

 

幼い少女が考えるような内容ではないが、この程度は何時もの事だ。

マオスは部下に命じ、早速宴の用意を整え始めた。

 

 

 

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