緑の兄弟どもが行く 作:カロ
ロウリア王国、首都ジン・ハーク、ハーク城。
日本国の使節の訪問から一週間程経過したある日、ロウリア王国政府の上層部はハーク城内の会議室に集まり、臨時会議を開いていた。
会議の議題は日本国との国交樹立に関する説明、及びフェン王国への援軍派遣について。
まずは外務卿であるバスケスが、日本国に関する概要を報告し始めた。
「まだ使節団を派遣した訳ではないので、あくまで相手方の説明のみになりますが、日本国は約一億二千万人の人口を有し、三十七万八千キロ平方メートルの国土面積を持つ国家であり、異世界から転移してきたとの説明を受けています」
バスケスの話すあまりに荒唐無稽な内容に、一部を除く会議の出席者達から失笑が漏れる。
だが、その反応はバスケスも予想していたもので、特に調子を乱す事もなく説明を続ける。
「確かにこの説明を聞いた当初は私もありえない、と考えました。 ですがその後、日本国の使節と接する内に彼らの言うことに嘘は無いのではないか、と感じるようになったのです。 まずは使節から土産という事で渡されたこれらの品々をご覧下さい。
調べれば調べるほどに非常に高い技術で作られたと理解できる物品や、バスケス自身が使節と話しているときに感じた未開の蛮国では有り得ない高い教養。
田中という外交官に宴の席で遠まわしに持ちかけた金品の授与もやんわりと、しかし断固として断られ、職業意識も高いと判断出来る。
勿論、あの宴の場では他の日本国使節の目があるから断っただけかもしれないが、少なくとも堂々と他国の人間から金品を受け取ることを避ける価値観はあるのだろう。
やがて場の空気は、全く信じておらず鼻で笑うようなものから、全てを鵜呑みにはできないが話半分程度なら信じていいのではないか、というものに変化していく。
「そして日本国は転移前、多くの食糧を輸入に頼っていたらしく、現在大量の食糧を欲していると聞きました。
我々、ロウリア王国は二年前にパーパルディア皇国と関係が悪化してから、パーパルディアの影響を受けた国家から一斉に貿易停止を申し渡され、現在外貨や国内には少ない資源を得る手段がありません。 私としては、日本国との貿易は非常に得る物があるかと」
「ほう、確かにそれはいい。 日本国の実際の国力がどうであれ、少なくともまともな商売相手にはなりそうな国家だ。 食糧の増産には時間がかかりそうだが、交易が盛んになれば新たな雇用も期待できような」
嬉しそうな声を上げたのは財務局のトップである財務卿ニーゼルだ。
パーパルディア皇国との関係悪化と殺人蟻の影響で発生した難民により、国内の景気は落ち込んでおり、景気回復の為の起爆剤となるかもしれない新規の貿易相手の開拓には積極的な態度を見せる。
「ですが殺人蟻の駆除には、その際に使用する武器の威力と任務の危険性から職業軍人を当たらせていますが、パーパルディア皇国への備えと国内の治安維持を考えると、もう新たに殺人蟻対策に回せる兵力はありません。 農地を増やすとなれば軍人の新規雇用は必須となりますが、その財源は如何するのですか?」
鍛え抜かれた体躯を持つ、三十代の髭面の男、王国防衛騎士団将軍のパタジンは軍人としての懸念を示す。
その質問にはミラが答えた。
「日本国は先んじてクワ・トイネ王国と国交を結んだようだが、あの国は恵まれすぎた国土が仇となり、もはや瀕死。 日本国の要求に応えられる程の食糧を輸出する余力はあるまい。 クワ・トイネからの安価な作物の輸出がないならば、我が国が以前他国に食糧を輸出していたときの相場より割高で輸出しても、十分売れる筈だ。 それにより得られた財源を兵力に回す」
「なっ……、恐れながら陛下。 私は反対であります」
ミラに意見をしたのは、背が低く髪の薄い五十代の男、ロウリア王国の食糧生産を管理する食糧局の長、バジンだ。
見た目はうだつの上がらない男だが殺人蟻の発生以降、悪化し続ける食糧事情を何とか改善しようと手を尽くしてきた苦労人で知られる役人であり、ミラも彼の言葉に耳を傾ける。
「理由を話してみよ」
「はっ、現在我が国は何とか国内消費分の食糧は生産出来ているとは言え、備蓄に回す分を考慮すれば十分な余力があるとは言えない状況です。 この状況で食糧を大量に、しかも高額で購入する貿易相手が出現すればどうなるでしょうか。 恐らく貴族は税として徴収した食糧を国内の市場に回さず日本国に売り、利に聡い商人達も同様の行動に出るでしょう。 勿論、食糧の大幅な増産が可能であればそれでも問題はありませんが、現状ですら殺人蟻の生息地は少しずつ拡大を続けており、兵力を増強した所で急激に自体が改善するとは思えません」
「それは……、一理あるな」
バジンの言葉にミラは頷く。
ミラの魔封石の生産能力には限界があり、殺人蟻への有効な対抗手段として用いられているファイヤーボールの魔封石は一日に六百から七百個の生産が限度。
この問題はミラも頭を悩ませており、現在、幾つかの改善案を考えてはいる。
その一つは、爆裂魔法を封じ込めた魔封石による火砲の開発だ。
ファイヤーボールは攻撃魔法としては代表的な魔法だが、炎を風の球形に整えて、それを高速で打ち出す、と中々に複雑な工程を必要とする。
このような多数の工程を有する少し複雑な魔法の魔封石はデリケートであり、もし破損してしまえば力を失ってしまう。
だが魔力を純粋にエネルギーに変換するタイプの魔法を封じ込めた魔封石は、かなり応用が聞き、複数の欠片に分割しても十分な効力を発揮する。
軍の兵器開発局はこの性質を利用し、爆裂魔法を封じ込めた魔封石を数百の欠片に分割して、それを火砲用の火薬として用いる案を考えていた。
ロウリア王国ではパーパルディア皇国のように複雑な着火機構を兼ね備えた火砲を作る技術力はないが、一応、
金属製の筒の中で爆裂魔法を作動させ、その爆発力を利用して物体を投射するという基礎的な原理はフェン王国からの情報提供により得ている。
それを利用してロウリア王国も自分達なりの火砲を開発してはいたが、鋳造技術の限界から火砲の大型化や、命中精度、射程距離の延長などの観点から見るとパーパルディア皇国の水準には遠く及ばない。
今の所、ファイヤーボールの魔封石の代用品となる程の物は完成していなかった。
「食糧が大量に他国に流れれば、国内では国内の民を餓えさせ、そうして浮かせた食糧を日本国に輸出するという行為がまかり通ることになるでしょう。 そのような事態は飢餓輸出といい、主に文明国を主要な貿易相手とする非文明国に多く見られています。 食糧を輸出するにしても、何らかの法律による制限は必要かと」
「卿の懸念も分かるが、商業の分野に国家が干渉しすぎるのもな……、それはそれで国内から不満があがるぞ」
その役目柄、貴族や商人との結びつきが強いニーゼルはバジンの進言に難色を示す。
ニーゼルとバジンを中心とした議論は暫く続いたが、結局ミラは暫くはバジンの案に従い、過度な輸出に対して監視の目を厳しくするが、もし日本国の協力、あるいはロウリア王国の兵器の進歩により殺人蟻問題へ改善の目処が立った場合は、徐々に締めつけを緩くしていく、という決断を下した。
日本国に関する議論はこれで終了し、次はフェン王国への貿易の件に議題が移る。
しかし、こちらの方は既に全体に通達がされており、各部署で検討されている為に、議論というより報告の意味合いが強い。
フェン王国におけるパーパルディア皇国との戦闘は、現状では有効な対応策がないワイバーンロードへの驚異を少しでも低下させるため、逃げ場のない海上ではなく地上戦で勝負をつけるという計画になっている。
今作戦における総責任者となった、フェン王国遠征軍将軍パンドールが席から立ち上がった。
「今作戦への動員する兵力は陸軍三万を予定しており、兵員輸送艦隊は戦闘への直接参加を避け、輸送任務終了後にはロウリア本国へ一時帰投させる方針です」
その発言に会議室が一斉にざわつく。
推定ではパーパルディア皇国の動員戦力は十万以上と予想されており、純粋な武装においても劣勢が予想される対皇国戦において、パンドールは更に参加兵力を相手の三分の一に絞るという。
彼の正気を疑ったものもいるくらいだったが、当のパンドールもこの作戦は大きな賭けだと思っていた。
しかし、大兵力を遠く離れたフェン王国まで輸送するには莫大な資金と物資が必要となり、それは殺人蟻に疲弊したロウリア王国に多大な出費を強いることになる。
更に下手に大兵力を動員してフェン王国を守ったとしても、今回の作戦はあくまでガハラ神国等のパーパルディア皇国に脅威を感じている国家へのデモンストレーションが主な目的であり、得られる資源や財はない。
政治的、経済的な観点から言って、今のロウリアには三万の兵力がぎりぎり捻出可能なラインだったのだ。
しかしながら、ミラやパンドールとしても勝算のない戦いに三万の兵士を送り込むような愚か者では無い。
この作戦は、対パーパルディア皇国用に開発した様々な兵器の実戦試験も兼ねており、来るべき本格衝突の明暗を占う試金石だった。
「無論、私も負けるとわかっている戦いに兵士達を向かわせるような指揮官では無い。 今作戦にはこれまでの二年間、ロウリア王国が総力をあげて開発した新兵器の多数動員が予定されており、それらが予定通りに機能すればパーパルディア皇国を打ち破る事も可能だと見ている」
出来るだけ自信に溢れて見えるように注意を払いながら、パンドールは堂々を言い放つ。
(頼むぞ、スカイフィッシュ。 あれの成否が今作戦の大部分を左右すると言っても過言ではない……)
きりきりと痛み出す胃に眉を顰めつつ、パンドールは女王肝煎りの兵器の成功を祈った。
……その女王であるミラは、スーパーミュータントのクリストフから、スカイフィッシュと名付けられた兵器のアイデアを教えられたのだが、それはミラ以外のロウリア王国の人間は誰も知らないことであった。