緑の兄弟どもが行く 作:カロ
張り詰めた赤い皮を噛み破ると、瑞々しい果汁が弾けるように口中に溢れた。
顔についた汁を手で拭ったあと、彼は久しぶりに食べるトマトの味に思わず喉を唸らせる。
「これは……、凄いな。 ここは周囲に集落も何もない森の中だぞ。 なのにそこら中に様々な野菜や果物が生えているとは」
イカロス島と、この地を結ぶ唯一の移動手段であるベルチバードを隠しておくため、彼は付近に人工物のない森の中にある開けた場所に機体を止めていた。
ここに来るまでに、幾つか集落らしき建物が並ぶ場所を上空から見つけたので、この地に住む知的生物は集団性を有しているのは間違いないだろう。
とりあえずの目標は、この場所から北に二十キロ程行った場所にある集落と思われる場所を調査すること。
だが彼は降り立った直後に見つけた野菜や果物に、他のスーパーミュータント共々夢中になってしまっていた。
「どれもインスティチュートに保管している戦前の植物サンプルで見たことがある。 もしかすると、ここは案外地球上のどこか……、いや、それだと星の配置が変化した事の説明がつかないね。 ……ってあんた、見た目は戦前の植物に似ているとは言え、そんな得体のしれない物がよく食えるわさ。 戦前生まれの癖して、野蛮な連邦の価値観が染み込んじまってるのかね」
「得体のしれないとはいっても、ラッドローチやブロードフライの肉よりは余程安心して食える。 ま、変異生物を食った後、腹の中で動く感触も慣れればどうってことはない」
「うまい! うまい!」
アマンダは彼を、そして二体のスーパーミュータントを交互に見てから肩をすくめ、周囲の植物をサンプル採取用の箱に入れていった。
同じバイオサイエンス部門の研究者といえどもアマンダは遺伝子治療を専門とする生化学者で、クリストフは人工臓器を研究する工学者。
遺伝子解析や生物の研究は、アマンダが得意とする分野だった。
「さて、これから残りのメンバーを迎えに島へ戻るが、その前にタレットを作動させておくか」
そう言うと彼はヘリに積んであったライトマシンガンタレットを一台、ベルチバードの近くに下ろすと右腕に装着したPip-Boyを作動させ、装置と一体となったコードを使いタレットに接続する。
自動防衛兵器であるタレットを制御するには本来はコンピュータターミナルが必要だが、携帯型パーソナルコンピュータであるPip-Boyでも代用出来る。
Pip-Boyを使いこなすには情報工学の知識が必要不可欠だが、それさえあれば他のターミナルにハッキングすることさえ可能だった。
ただ、このPip-Boyの機能の真価はターミナルの代替品となる事などでは無い。
体との接触面から神経を流れる微細な電気信号を受信して、筋肉にかかる負荷やバイタルを解析し、持ち物の重量管理や外傷の有無、放射線への被曝量の解析を行う生命維持機能。
逆に神経にPip-Boyからの信号を送り、銃の照準等の動作をアシストするVATSシステムという戦闘補助機能もある。
連邦の噂ではPip-Boyには幾つかのモデルがあり、生体に電気回路を挿入して直に神経と接続するタイプもあるらしいが、それはVATSシステムの精度が向上する代わりに特殊な手術無しでは取り外せなくなるらしいので、何かと不便な面も多いだろう。
アマンダ達の生体信号をバイオメトリックスキャナーを通して非攻撃対象として入力すると、最後にもう一つだけトマトに齧り付き、彼は再度ベルチバードの操縦桿を握った。
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「いきなり、ここまでするつもりでは無かったんだがな……」
目の前に広がる、鎧ごとひしゃげた二十体以上の死体を見ながら彼は呟いた。
こうなるまでの経緯に思いを馳せながら……。
全てのメンバーを輸送し終えた頃には、空が朝焼けに染まってしまっていた。
「いいか、敵は殺せ、そうじゃなければ殺すな」
スーパーミュータントの知能でも理解できるように、命令は可能な限りシンプルにしておく。
もし現地の知的生命体と交戦になったとしたら、情報を得られそうなら生け捕りにして拘束したいという思いはあるが、状況別の臨機応変な対応などスーパーミュータントには難しいだろう。
彼はスーパーミュータントとの付き合いの中で、命令にはシンプルかつ暴力的な言葉を用いる必要があることを学んでいた。
そして上空から見つけた大規模な集落……、周囲を塀で囲った中に数百の建造物が立ち並ぶ場所へと向かった。
だが、その道中も無人だったという訳ではない。
事前のベルチバードからの偵察で、草原の中に線を引いたように土が踏み固められた街道と思われる道がある事を発見しており、彼はあえてそこを通って集落へと向かっていたからだ。
当然、幾度かは現地の知的生物とも接触しており、それらは始めはこちらを同族だと思っているのか警戒なく街道を通り近づいてきたが、大体百メートルくらいの距離まで近づくとスーパーミュータント達の異常な風体に気がつき慌てて立ち去っていった。
この分だと到着するまでには、集落の住人にこちらの事が伝わるだろう。
もしかしたら、警戒して戦闘部隊を差し向けられるかもしれないが、それはむしろ望む所だった。
理由は単純で、イカロス島へのマイアラークの襲撃がこの世界に来てから途絶えた事で、島のスーパーミュータント達が力を持て余して不満を訴えているからである。
スーパーミュータントはとにかく争いを好む種族で付近に敵がいなければ、新たな敵を探して移動してまで、常に戦いを求め続ける。
彼は一般的なスーパーミュータントを遥かに凌駕するその強さから、今の所はスーパーミュータントのボスとして認められているが、このまま不満が高まり続ければ統率に綻びが生じてくる可能性は高い。
彼が、我が強いスーパーミュータントを支配できる根本的な理由は、知性や利益などではなく圧倒的な暴力から来るカリスマ。
だが常に新たな戦いを提供できなければ、そのカリスマでもスーパーミュータントを束ねるのは難しくなっていくだろう。
その為に今回の調査では現地の生物と戦闘をして、相手の強さと危険度を測っておきたかった。
現地の勢力図も分からないままに知的生物に喧嘩を売るのは、かなり荒っぽいやり方ではあるが、この状況では仕方がない。
もしスーパーミュータントにもう少し知性があれば、特定の勢力に肩入れして戦う事で、全方面を敵に回す事を避ける事も出来ただろうが、彼らにはそんな頭脳も理性もない。
例え他の種族と友好関係を築こうとしたところで、末端が勝手に殺し合いや略奪を始めてしまう事は目に見えている。
そして街まで二十キロメートル程の距離にまで近づいた頃、彼は遠くから街道沿いに近づいてくる集団を発見した。
どうやら動物……、遠目から見る限りでは馬に近い大きさの生物に乗って移動しているらしく、時折放つ光を見るに、金属製のアーマーを身につけているらしい。
(やっと来たか……、まあ、いきなり殺し合いを初めては情報も得られないし、相手の戦力も事前に測っておきたい。 まずはコミュニケーションを試みるべきだな。 会話は通じないだろうが、ジェスチャーで何とか……)
チームに命じて足を止めながら考え事をしている内に、相手との距離は三十メートル程に縮まっていた。
近くまで来たことで、相手の姿が明らかになる。
その姿は明らかに地球の物と同じ外見の馬に乗り、金属の鎧と兜を装着した人間だった。
彼らは当初は異常に大きな体躯を持つ完全武装の集団を前に同様していた様子だったが、僅か数秒で顔を引き締めると重厚な金属音を響かせ馬から降りる。
良く訓練を受けているのだろう。
淀みない動きで、こちらに向けて剣や槍などの獲物を構えてきた。
「止まれ! 我らはクワ・トイネ公国所属リベラ都市防衛隊。 まずは武装を解除し、諸君らの……はがッ!」
英語を話している、と彼が驚く間もなく、名乗りをあげた男の胸に大人の握り拳程もある大きさの石が勢いよく衝突し、男の鎧を陥没させて体を三メートルは跳ね飛ばした。
「こいつら武器向けた! 敵だ! ぶっ殺せ!」
(………えぇ)
確かに脅威に素早く対応させる為に、敵は殺せとはいったが……。
スーパーミュータントと敵対関係になる事の容易さをうっかり彼は忘れてしまっていた。
スーパーミュータントの中では、人間は全くの無抵抗で武装もしていない状態で、初めて敵から餌へと見方が変わるのであり、武器を向けてくる行為は即座に殺し合いを仕掛けられたと判断してしまう。
都市防衛隊と名乗った彼らにしてみれば、武器を抜いたのはあくまでも威嚇の為だったのだろうが、そんな意図が戦う為に存在しているような種族に通用するわけもなかった。
そこから先は一方的な展開だった。
緑の巨体が繰り出すパイプの一撃が兜を陥没させ、巨大な拳のひと振りが容易く首の骨を折る。
戦いの興奮に酔いしれるスーパーミュータントを止める事は、彼でさえ容易では無い。
情報を抜くために、何とか殺される前に確保出来た一人の兵士を除き、二十人以上居た部隊はものの三分ほどで全滅してしまった。
(こいつらを束ねていくのは思った以上に厄介かもしれないな。 あまりに戦闘意欲が旺盛すぎる。 まあ、現地の知的生物……、見た目からして人間か? それとの戦闘を見ることは出来たが……、少なくとも今の奴らに関して言えば、肉体的には非常に脆弱らしいな)
彼は目の前の光景に小さくため息を吐くと、足元に呆然とうずくまる若い兵士へと目を向ける。
「答えろ、クワ・トイネって何だ?」