緑の兄弟どもが行く 作:カロ
転移から約四年後、イカロス島要塞にて。
「うむ………、一筋縄ではいかないだろうと思っていたとは言え予想以上に難航しそうだな」
Vault111の彼はアマンダとクリストフが作成したレポートを睨みながら、額を掻いた。
目の前には二人の研究者が座っており、彼が資料に目を通し終わるのを待っている。
既にこの世界に来て四年以上の月日が経過した。
その間、彼らはただ物資の略奪とこの世界の情報収集に腐心していた訳ではなく、その一方で様々な計画を進めていたのだ。
その一つが、この世界の種族をベースとした新たなスーパーミュータントを作り出す実験である。
転移した当初の配下のスーパーミュータントの総数は三百体程度であり、現在は幾つかのトラブルにより数体のスーパーミュータントが死亡したとは言え、兵力には殆ど変化がないと言っていいだろう。
ただ今後、外部の勢力との抗争が激化した時の為に新たなスーパーミュータントを作り出す術は確保しておきたかった。
だがこの世界の人間やエルフ、獣人は魔素という未知の物質を体内に溜め込む機能を持つ事からも明らかなように、地球の人間とは遺伝子レベルでの大きな違いがある。
これまでに自分たちに差し向けられた討伐隊等を中心に、数百人をFEVに感染させて変異過程を観察したが結果は芳しくない。
最もFEVへの適合性が低いと思われるのが獣人であり、ウイルスの影響で変異するにつれ徐々に人間性を失い、最終的には体毛の生えていない四足歩行の動物のような姿になる。
種族や個体により犬に近い外見になったり、豚と猫の間の子のような外見になったりと変異後の姿は異なるが、制御不可能な凶暴さと獣並みの知能だけは共通だった。
この世界の人間の場合はもう少しスーパーミュータントに近い姿へと変異するようで、体毛が抜け落ち、白い皮膚に覆われた人型の姿になる。
彼らはその姿をホワイトと呼称しているが、ホワイトの知能も残念ながら配下として扱える程に高くはなく、純粋な欲望と破壊衝動のみで動く獣と言っていい。
筋力や外皮に関しても人間の時よりは強化されているようだが、素手でパワーアーマーとさえ渡り合えるスーパーミュータントの水準には遠く及ばない。
残念ながら新たな兵力として期待出来るとは言えないだろう。
そして最後はエルフ。
彼らはFEVに感染すると体毛が増加すると同時に骨格も変異し、伝説にもある狼男に近い容姿になる。
頭部にはエルフだった頃の名残だと思われる体毛の生えていない長い耳があり、それがうさぎの耳のようにも見える事からラビットマンと呼称されていた。
ラビットマンの知能もホワイトと大差なく、とても知的な活動が出来る水準ではないが、これまでに少なくとも一体は知能を保っていると思われる個体が確認されている。
かつてリーン・ノウの森をスーパーミュータントの活動拠点として確保した際、大量のエルフを捕獲した事がある。
その際にアマンダの要望でFEVの投与実験が行われ、エルフが変異したラビットマン達は実験が住むまで集団で檻に閉じ込めておいた。
しかし、この時点でラビットマンの知能レベルに関しては判明していたので、檻についても厳重な監視体制を敷いていなかったのが災いした。
高い知能を持つと思われるラビットマンの一人が見張り役のスーパーミュータントを挑発し、外から檻の扉を開けさせてしまったらしく、ラビットマンの集団脱走が起きてしまったのだ。
情報漏洩対策の観点から、彼らは実験に使ったFEV感染者は余程の事情がない限り始末する事にしているが、この広大なリーン・ノウの森の中に散らばったラビットマンを狩ることは三百体程度の兵力では容易では無い。
年単位の時間を掛けて脱走したラビットマンの大部分は始末したものの、未だ高い知能を持つと思われる個体の捕獲には成功していなかった。
「結果は望ましいものではないとはいえ、現地の生物へのFEVの影響に関して知見が得られただけでも良しとするか……」
「それにこの実験で得られた実利もあるわさ。 被検体ブルーが最たるものだね」
「ああ、ブルーか。 確かに彼は役に立っている。 人間社会に溶け込んだ彼の協力で、この世界の情報収集が一気に捗るようになったしな。 ……まあ少し野心が強すぎる嫌いもあるが、こちらが抗体という命綱を握っている以上、少なくとも暫くは脅威にはならないだろう」
「だけれど野心がありすぎる所が気になるね。 フィルアデス大陸への進出も狙っているようだし……」
「それはそれでいい。 ロウリア王国が勢力圏を広げる事は、俺達の計画にもプラスになる」
「ただ他の大陸に変異生物を持ち込ませないようにしないとね。 ………ったく。 いいたかないけど、クリストフ。 あんたのせいでロデニウス大陸全土が変異生物で汚染されちまった。 特にクワ・トイネ公国の状況はひどすぎるね。 リーン・ノウの森もラッドローチだらけになっちまったよ」
「あれは………、事故だろう。 それにブルーが作ったあれを使えばロウリア王国内では………、事態の改善は可能かもしれない。 クワ・トイネ公国はもう仕方がない。 アリとラッドローチが短期間であそこまでの膨大な個体数になってしまったのは、あの国の特殊な土壌があってのことだ」
「よせ、その話は既に済んだことだ。 それよりこれからの事を考えよう」
だんだんと語気が強くなってきたクリストフとアマンダを遮るように、彼が声を上げる。
その後も三人は、現時点で抱えている様々な問題について話し合いを続けた。
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ロウリア王国王都ジン・ハーク内、王城ハーク城。
王国が誇る三重の城壁を持つ要塞都市ジン・ハーク。
時刻は直ぐに夕暮れであり、橙色に染まりつつある光が王都を淡く照らしている。
人口約七十万人を誇るその都市の中核に位置するハーク城の中庭は、普段とは異なり数多の人間達が作り出す熱気に満ち溢れていた。
彼らの大部分はジン・ハークを守護するロウリア王国内でも指折りのエリート兵士達であり、今日は特別な式典のみで身に付ける煌びやかな礼装を身に纏っている。
やがて城のバルコニーにある人物が姿を現し、場に満ちた緊張感はいよいよ最高潮に達した。
彼らが待っていた人物は、まだ齢十歳前後に見える幼い少女であり、同時に今日からこの国の王となる者でもある。
彼女は長く伸ばした金色の髪を風になびかせ、白い礼服に身を包んでいた。
事前に知らされていたとは言え、予想以上に幼い新王の姿に兵士達の間に動揺が走る。
多くの視線を一心に集めたバルコニーの上の少女は、眼下に整列する兵士たちを見下ろしながら表情一つ動かさずに沈黙を続けた。
これより戴冠式を終えた新王からの演説がある、と聞かされていた兵士達が困惑するほどの長い時間が過ぎ、もしかしたらこの軍勢に圧倒されて話せなくなってしまっているのではないか、と多くの兵士が不安に思い始めた頃、やっと少女は口を開いた。
「兵士達よ」
少女自らが使用した声の音量を上げる魔法により、静かな口調だが庭の隅々までその言葉が響き渡った。
年に似合わない冷静な、しかし力の篭った声。
兵士達の意識は、一気に彼女へと引き付けられた。
「ここ数年、我が国は怪虫という前代未聞の災厄に見舞われている。 怪虫達は際限無く溢れて、畑を森を食い荒らし、多くの村を滅ぼした。 それに伴う食糧生産の低下により民は飢え、冬季には餓死者まで出ており……、怪虫により住処を奪われた民は難民と化し、治安と経済へ多大な影響を与えている。 ………そして我が父であり、長年に渡りロウリア王国の為にその身を捧げてきたハーク王も二ヶ月前、病により崩御された」
その場にいる兵士達は表情さえ変えず、石像の如く整列し続けているが、それぞれ心中には国の行く末への不安、怪虫との戦いへの疲れ、事態の悪化になす術の無いことに対するやるせなさ等が呼び起こされる。
隣国であるクワ・トイネ公国では、国土の大部分が天然の畑と化しているという特殊な土壌により爆発的に怪虫が増え、今や国土の半分以上は人の住める土地では無くなってしまったらしい。
ロウリア王国はクワ・トイネ公国よりは、怪虫に侵食される速度は遅いが、繁殖に対して駆除が到底追いついていないのが現状。
このままでは後数年でクワ・トイネ公国の二の舞になるのではないか、という懸念は国民の大部分が持っていると言ってもいい。
「だが余は敢えて言おう。 喜べ兵達よ、我がロウリアの国民よ。 神の祝福は……、ロウリアに降りた。 このかつてない危機を打開し、ロウリアを更に偉大なる存在へと押し上げる力を余は神から受け取ったのだ。 今からこの場でその一端を見せよう」
「「はっ!」」
新王が演説を行っている間に、いつの間にか兵士の最前列の前に、長い棒のような物を持った二十人程の兵士達が等間隔で並んでいた。
服装は中庭に集まった兵士達と同じものであり、彼らは地面に棒を突き立てると、その先端に付けられた長さ三十センチ程の筒を空に向ける。
事前に練習したのだろう。
兵士たちは全く同じタイミングで、同じ言葉を唱え始めた。
「「大いなる火竜よ。 その怒りを解き放て」」
「なっ!」
次の瞬間、このような式典における作法が身に染み付いた兵士達からも、思わず驚きの声が上がった。
兵士達が構えた棒の先端から、直径三十センチメートル程の火炎弾が打ち出され、空高くへと打ち上がる。
そして火炎弾が最大射高である上空五百メートルに達した頃、炎を包んでいた風の膜が解け、内部の炎が日没が近づき群青色に染まった空に舞い踊る。
その様子は兵士のみならず、王都に住まう国民からも見ることが出来た。
棒を持った兵士達は、他の者達の目が空へと昇っていく火炎弾へと引き寄せされている隙に、筒の中に赤い宝石のようなものを入れ、先ほどと同様に詠唱を開始する。
「大いなる火竜よ。 燃えたぎる力をここに現せ」
次は筒の中から炎が奔流となって空へと吹き出し、高さ二十メートル以上の火柱を形作る。
熱気が押し寄せてくる程の凄まじい火力に前列に近い兵士達は思わず後ずさるが、それと同時にまるで魅せられたように炎を瞳に映していた。
「今、炎の魔法を放った彼らは魔導師では無い。 彼らが使った兵器は、そなたたちも同様に使用出来る。 聞け、兵士たちよ。 我々の反撃は今、この瞬間、この場所から始まる! そしてこのミラ・ロウリアはここに宣言しよう。 余の治世においてロウリア王国はかつてない程の栄光に包まれると!」
幼さ故のカリスマ性の低下という問題を、強大な力で押し切るという強引な手法。
だが現在のロウリアに必要なのは、まさにその現状を打開しうる強大な力だった。
あの強力な炎の魔法が自分達にも扱える。
革命的な新兵器を見せつけられた兵士達の胸に熱いものがこみ上げ、王城の中庭にはやがて、新たな王を称える歓声が響き渡った。