緑の兄弟どもが行く 作:カロ
クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ 首相官邸。
先日、マイハーク沖に島のように巨大な鋼鉄の船に乗り現れたという者達は、自分達の事を日本国という国家に属する者であると説明し、クワ・トイネ公国の代表者との会談を求めた。
そして現在、クワ・トイネ公国の最高指導者である首相カナタ、及び外務卿リンスイを含む外務局員達は、日本国の外交官である田中達と相対していた。
「我々が求めるのはこの世界の情報、そして食料と資源です。 先ほどご説明した通りに我が国は転移後、完全に輸入を絶たれ、現在、新たな交易相手となる国家を求めています。 無論、我が国の需要が貴国のみで対応可能とは思っておりません。 しかし我々としては可能な限りの食料、又は資源の融通を求めたいのです」
「ほう、食料ですか………」
田中の説明に外務卿のリンスイは暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「我が国の土壌は大地の神の祝福を受けており、穀物や野菜が特別に手をかけなくても成長していく程なのです。 野生動物や鳥が、畑の作物を食い、その糞を通して種が他の土地に落ちる。 そこでもまた作物が勝手に成長し……、という過程を繰り返す事で、森や野原など人の手の入っていない環境中でも多数の食料が実っています。 恐らく、幾つかの問題を解決できれば、貴国の食料調達に大いに協力出来ると思いますよ」
「お、おお!」
リンスイの言葉に日本国の一同は明るい顔になり、田中も僅かながら肩から力が抜けたような思いすらしてくる。
だが、幾つかの問題という言葉を発する時のリンスイの様子に何かただならぬものを感じた田中はリンスイに問いかけた。
「それはありがたい。 ところで差し支えなければ、その問題について教えて頂けないでしょうか」
「え、ええ、勿論……」
田中から目を逸らしつつ口を開いたリンスイを、カナタが遮った。
「外務卿、ここからは私が説明しよう。 貴国への食料輸出に関して我が国が抱える問題は複数あるが、その内、最も重大なものはクワ・トイネ公国全土に蔓延した殺人蟻でしょうな」
「殺人、蟻?」
「その通り。 殺人蟻というのは大げさな名称でも何でもなく、その名の通り人をも食い殺す巨大な蟻だ。 六年程前からクワ・トイネ公国の一部で確認されるようになり、それから瞬く間にロデニウス大陸全土に広まってしまったのだ。 クワ・トイネ公国の状況はロデニウス大陸の中でも深刻で、国土全体に豊富な農作物が有り余っている故に、それを餌にして殺人蟻が無数に増殖してしまった。 今では殺人蟻から身を守る戦力を持たない地方の農村は殆どが壊滅してしまい、人口は大都市に一極集中の傾向にある。 それに伴い我が国は戦力を集約し、都市部とその周辺地域の防衛に注力する事で民を守ってはいるが………、難民の増加に伴う治安の悪化や、農地の大部分を喪失した事による食糧難など問題は多い。 だが、もしも何らかの方法で蟻の駆除が可能になれば、貴国の要求にも答えられると考えている」
「巨大な蟻……、ですか。 我々の世界の蟻は大きくても一センチメートル程度だったので想像が難しいですね。 ですが……、実は私達も昨日、巨大なゴキブリ……、失礼、ゴキブリとは我が国に生息する小さな虫のことです。 その虫を巨大化したような虫で遭遇しました。 この大陸では、あらゆる昆虫が巨大化している、という訳ではないのですか?」
カナタが田中の懸念に苦笑する。
「ゴキブリというのは聞いた事はないが、貴国に似たような虫がいるのは興味深い。だが、そこまでの心配はしなくてもいい。 我が国に大量に生息する巨大昆虫は殺人蟻と、そのゴキブリに似ているという茶羽虫の二種類だけだ。 どちらともほぼ同じ時期に目撃され始めた虫だが、茶羽虫は殺人蟻程には高い戦闘能力を持たない。 ただ顎は非常に鋭く、噛み付く力も強いので危険であることには代わりないのだが」
「そうですね。 噛み傷から病気に感染する事もありますし、この虫によっても決して少なくはない死者が出ています。
ただ知能は案外高く、犬猫と同じくらいに賢いとも言われています。 餌をやったり触れ合う事で人間に慣らす事も可能で、中にはペットとして飼育している者も……、いえ、失礼。 余計な話でしたな」
話の途中から日本の外交官達の顔色が悪くなったのを見て、リンスイは口をつぐんだ。
しかし実際に茶羽虫を飼い慣らしている者は多くはないものの存在し、公都クワ・トイネ近郊には、数十体の茶羽虫を番犬替わりにして、このご時世に一人で農業を営んでいる変わり者もいた。
「い、いえ、問題ありません。 さて、殺人蟻という昆虫への対策について、私の立場では何ともお答え出来ませんが、首相のご意見は本国に持ち帰らせていただきます。 それから、この世界の事についても出来る範囲で教えていただきたいのですが」
その後も、様々な分野に関する会話を一時間程続け、日本国とクワ・トイネ公国の初の対話は終了した。
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海上自衛隊所属、護衛艦「いずも」船内。
外務省職員に割り振られた天井の低い部屋の中で、 田中と他の職員達は今回の会談についての評価を行っている。
「少なくとも、問題があるとは言え食料の輸入に応じてくれそうな国家と接触出来たのは幸運だった。 しかし危険生物が相手となると国内への生態を守る為の検疫や検問、戦力派遣の論議など様々な問題がありそうだ。 あのロデニウス大陸にある他の二つの国家に関しても話が聞けたが、クイラ王国という国は国土の大部分が農業に適さない不毛な土地であり、食料の輸入相手としては期待できそうもない。 しかも近年、クワ・トイネ王国とは小規模な武力衝突が幾度も発生しており関係は最悪。 慎重な対応が必要となるな。 あくまでクワ・トイネ公国側だけからの情報なので全てを鵜呑みにする訳にはいかないが……」
「では期待できるのは、もう一つのロウリア王国ですか?」
田中は職員の言葉に頷く。
「ロデニウス大陸最大の国土面積と人口を有する大国……、詳しい情報は得られていないが先進的な兵器を実用化していて軍事力も近年急激に増大しているらしい。 ただ人間以外の種族を差別する思想を持ち、数年前まではクワ・トイネ王国とクイラ王国に対し不穏な動きを見せていた……、ここと国交を結ぶなら他の二カ国との兼ね合いも考える必要がある」
「ただ約二年前に王が代替わりしてからは、他の二カ国に対する軍事的な動きはなりを潜めたようだ。 その理由としてはパーパルディア皇国という国家と急激に関係が悪化した事による可能性が高い、か」
「まあ、王がパーパルディア皇国の使者を殺してしまえば関係悪化もやむなしですね。 しかしそんな気性の荒い人間が王として統治している国家との交渉……、我々は大丈夫なんでしょうか?」
地球にいた頃は考えもしなかった外交の途中で殺されるかもしれないという可能性に、その職員の声色に怯えが含まれている。
「何とかするのが私達の役目だ。 我々の交渉には日本国民全員の命運がかかっている。 怯えるなとは言わないが、それでもやらなければならない事があるんだ」
彼を鼓舞するように、そして自分を勇気づけるように田中は力強く言い放った。