三人揃えばいいってもんじゃない   作:ネコ削ぎ

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 久しぶりの投稿です。気分転換がてら+今までの作品をどうすればいいか分からなくなったので突然の新作投入です。


はじめに

 そして彼は違う世界の人間として生まれ変わることになった。

 そして彼は違う世界の人間の人生を自分のものとした。

 そして彼女はこの世界の異物となることになった。

 

 

 

 

 

 旅行バスの事故。

 山間部を走行中カーブを曲がり切れずガードレールを突き破って転落。

 乗車していた人はわずか一名を除いて死亡。

 残った一名も風前の灯であった。

 街中ならばいざ知らず、ここは車の通りの少ない山の中。奇跡が起きない限りは助かることなんてありえはしない。

 

「でもでも奇跡か悪戯か作為的なものか。私がやってきちゃいました」

 

 やってきたのは一人の女性。

 美人の仲間でありながら目の下の隈で十点減点それでもいまだに美人カテゴリー上位に君臨する女性の恰好は青色のエプロンドレスとウサ耳カチューシャ。山の中というシチュエーションのせいで不思議の国から夢もへったくれもない現実世界に迷い込んでしまった可哀そうなアリスにしか見えない。

 

「生存者発見。へっへっへ。どうしてくれようかな」

 

 ぴょこぴょことひっくり返ってぐしゃりと潰れたバスに近づく。もちろん119番通報なんてやってない。

 女性はバスから投げ出された乗客の中で唯一息のある少女を見下ろす。

 

「おーい。生きてるかい。どうせ生きているんだろうけど生きてるかい?」

 

 生体反応を確認しているのでハズレはない。徐々に反応が弱まっていくが、今は生きているので問題ないのだ。

 女性はしゃがむ。少女の後頭部を突いて反応を窺う。

 

「あと……五分」

 

 それが少女の絶望までの時間か。

 

「でも五分も大事なので起きちゃう」

 

 時間延長。少女は首だけ動かして状況を確認する。

 うつ伏せにに倒れる身体。ただごとではないバスの惨状。あちこちで野宿している人たち。さっきまで山道をバスが走っていた事実。

 結論。

 

「異世界転生!?」

「全然違うよ」

「え、じゃあなんでお姉さんは不思議の世界の女の子と同じ格好をして」

「趣味だよ。キミがボロボロの服を着てあちこちから過剰摂取したイチゴシロップを噴き出しているのと同じくらいの趣味だよ」

「ごめんなさい。私イチゴ嫌いなの」

「人生の半分にも満たない程度の損しているよ。それが原因じゃない」

「うう。イチゴ残しただけなのに」

 

 項垂れる少女。血が止まらないのでピンチだった。

 女性は応急救護の知識もなければ怪我人を見たら放っておけない義に熱い人でもないので放置。

 

「私は篠ノ之束」

 

 とりあえず名乗る。ここ最近で一気に有名になった自身の名前を。または個人を識別するための文字を。

 少女は目を見開いて束を見つめる。なにせ世界で指名手配されている天才博士が目の前にいるのだ。人生遊んで暮らせる懸賞金をかけられた存在を前にして平凡でいられるわけがない。

 

「博士。自首しましょ。それで円満解決です」

 

 世界中が篠ノ之束の知識と技術を欲している。自首すればその処遇を巡って新たな争いが起こることは想像に難くない。

 束も純粋無垢とは言い切れない少女の命をかけた説得を受けて心動かされるほど純粋じゃないので自首は当然却下。

 

「また今度ね」

 

 絶対にない今度。

 

「それよりも自分の状況分かっているのかな」

 

 簡単に言うと死にかけ。

 

「めちゃくちゃ痛いです。死にそうなくらい痛いです」

「若干秒読み入っている気がする」

「死んだら本当に異世界転生できるのかな。確かトラックじゃないと駄目な気が」

「異世界が原始時代レベルの文明だったらヤバイよね」

「……助けて。早く病院に連れていって」

「おっと。そいつは無理な相談だ。病院なんて行ったら風邪移されちゃうじゃない」

「お母さん!! お父さん!! 今日だけは急いで病院に行きたいよ!!」

 

 病院なんて大嫌いだ。

 束は健康優良児だったので病院など行ったことない。仮に怪我や病気になっても自分の力で治せる。

 

「周り見れば分かると思うけど。キミ以外に生きている奴なんていないよ」

 

 少女が助かったのは奇跡だ。死んでもおかしくない中でサイコロの出目が良かったのか一人助かった。

 もしくは一人運が悪くて苦しまずに死ぬことができず、このまま痛みを抱えたまま時間をかけて死ぬだけか。

 そんなこと分からないまま少女は周りを見る。

 父親と母親を見つけて止まる。動く気配はない。首がおかしい方向に曲がっている。いくら子供であっても理解できる。

 

「……うん。なんで生きていないんだろ」

 

ぽつりと呟く少女。頭の中に浮かぶのは今までの生活。両親に褒められ叱られ呆れられ愛された日々。きっと戻ってこない幸せ。

 

「なんで……生きていないんだよ」

 

 事故に巻き込まれたとしても、他の誰が死んだとしても両親だけでも生きててくれればよかった。そうすればいくらでもやり直すことができた。

 悔しそうに涙を堪える少女を前にして、空気が読めない倫理観が緩い常識がない束をしても沈黙するしかなかった。

 しかし束には目的があるのでいつまでもだんまりを決め込む時間の無駄はしたくない。少女にかける言葉を吟味して口を開く。

 

「笑えばいいと思うよ」

 

 空気も倫理観も常識をおぼつかない人間に無理をさせてはならないのだ。

 

「こんな時どんな顔して笑えばいいか分からないよ」

 

 そして少女は笑う気でいる始末。とりあえずゲラゲラ笑ってみた。

 

「よしよし。じゃあ雰囲気も明るくなったところで本題に入りますか」

 

 束は両腕を大きく広げた。

 

「キミはついている。命を助けてあげちゃうぜ」

 

 篠ノ之束。学校の授業はテキトー、自動車免許はなく、赤十字の研修を受けた経験もない。応急救護処置のイロハの欠片も分からない。

 そんな彼女が人を救おうと言うのだ。いまだ119番通報は行っていない。

 

「またまた、どうせお高いんでしょ?」

「今回はサプライズ価格。十日で一割の利子だけで結構です」

「詐欺と変わらない。そして値段が分からないところが怖いです」

「怖がることはない。キミはただ目の前に差し出された手を握ればいいのだ。後は私が何とかしよう」

「無理。無理。油に塗れて汚いです。絶対にお断りです」

「ええい。キミも死にかけなら聞き分けたまえ。それにこれは荏胡麻油だ。身体に良いんだよ」

「荏胡麻油を手にべったりつける状況が知りたいですけど……いい、何も言わないであげます。だって私は両親が死んでちょっぴりセンチですから」

 

 もはや両親の死など遥か過去の話といわんばかりのドライさ。少女を語る上で欠かせない要素である。語り部などいないが。

 ただし、束が目をつける程度には人間性に問題があるのは確かだ。現に束は仲間でも見つけたのは嬉しそうな顔をしている。

 

「そうか。じゃあ手厚く保護しなくちゃね」

 

 

 

 

 少年は自分の境遇を呪った。呪って呪って呪ってどうにもならないから諦めた。

 常に世間に吹く風に抵抗せずに流される生き方をしてきたのだ。今更になって抗う気力はない。

 

「やれやれ。家に帰って寝たい」

 

 周りを見渡しても女子女子女子。ほぼどこを見ても女子ばかりで脳みそが沸騰して爆発しそうだ。悲惨な結果を防ぐ為に沸騰しきることはないが。

 異性の視線があると緊張するし、自分をよく見せようと飾り立てるのだが異性の目が多すぎれば暴力と変わらない。

 少年は消極的でやる気のない草食系男子なので、女子と付き合ったことなど人生で一回もない。遠目に女子を眺めることはあっても、自分から話しかけることもなければ近づくこともない。とても広いパーソナルスペースを持つ彼には、手を伸ばせば触れられる距離まで浸食してくる女子の猛威は毒でしかなかった。

 結論、吐きそうだった。

 

「マジでなんなの。虐めなの。虐待じゃんか」

 

 バレないように突っ伏して呟く。聞かれたら不味い。読唇術使える奴がいるかもしれないのだ。

 女子怖い。女子らしい陰湿な虐めとかあるかもしれない。そう思うと今すぐ教室から出ていきたい。

 しかし、少年には唯一の仲間と言ってもいい存在がいる。

 織斑一夏だ。

 この女子だらけの狭い檻の中で防波堤の役割を担ってくれそうなイケメン男子。背も高いし、スポーツやってたのか身体もしっかりしている。

 イケメンとか死ねばいいのに、と思わなくもないのだが、今はデコイとして重宝させてもらおうと少年は内心で微笑んだ。

 

「皆さん揃ってますね」

 

 無駄に胸のデカい、おそらくこの教室の誰よりも立派なものを持った童顔な教師がやってきた。あまりに子供っぽい見た目をしているので制服を着れば生徒に混じれるけど、あの胸が邪魔をする。

 山田真耶を名乗る教師があれこれと言っているが、教室は静まり返っていて聞いているのかどうか分からない。とりあえず少年は聞いているので誰も聞いてないということはない。

 それよりも女子の関心は三つに分かれていて、とても教師の言葉に耳を傾ける余裕などない。

 その一人である織斑一夏が自己紹介を求められて立ち上がる。注がれる視線。少年も流れで視線を送る。

 少年の目から見てもやはり織斑一夏はイケメンだった。どこに出しても恥ずかしくないイケメン。入れ食いなんじゃないだろうか。

 少年の勝ち目はゼロに近い。少年だって顔は悪いわけではない。身体つきも少々肉付きが足りない気がするがそこまで酷いわけでもない。

 問題は彼自身が放つ陰気。積極的に身体から放たれる消極的なオーラが全てを台無しにしているのだ。ちなみに本人に自覚ありかつそれを問題としてない問題がある。

 

「誰が三国志の英雄か!!」

 

 担任の暴力に沈む織斑一夏。下手人は姉である織斑千冬。さすが姉弟。血がつながっているせいか遠慮がない。

 

「で、お前も真面に自己紹介できないか」

 

 少年もまた暴力に沈んだ。

 織斑千冬は教師として厳格に挑んでいるのだ。ISという兵器を生半可な気持ちで扱うなどあってはならないと。

 だから生徒には体罰も辞さない。PTAが怖くて戦ができるか。学園長が怖くて教鞭が振るえるか。ネットの評判が怖くて悪いか。

 織斑千冬に逆らうことは即暴力繋がる。抗うことで何かを得られるわけでもないのだから、少年は一も二もなく立ち上がって自己紹介を始めた。

 嫌いな学校行事其の一は自己紹介。

 どうせ興味持たれてないだろう。

 何を話しても意味なさそう。

 特技って言っても大したことじゃないし、もっと上手な人もいるし。

 結論、何を話せばいいのか分からない。

 

「はじめまして」

 

 しかし、恐怖の権化が目を光らせている以上は無理矢理にでも吐き出すしかない。

 

神喰(かみくい)真人(まひと)です。趣味は――」

 

 自分の名前が好きではない。

 神喰真人。

 中学校時代は虐めの対象とされる名前だった。

 何故なら漢字の並び的に中二病だったから。

 神を喰らう真の人。痛い。しかも両親は真人の部分をマジンと読むことできるように付けたという。

 神を喰らう魔人。

 真相を聞いた時に真人が両親を尊敬することをやめたのは自然の摂理だった。

 とにかく、彼は自分の苗字と名前の悪辣なコンビネーションが大嫌いだ。

 しかしだ。世の中には上には上がいるかもしれないし、同志と呼んで差し支えない者がいることもある。

 それはクラスの自己紹介も終盤。真人からすればどれも興味の沸かない詰まらない時間の中で、座席から立ち上がったおそらく女子に周囲の空気が一変する。

 立ち上がった生徒に織斑千冬も一旦口を開いて何を言えばいいか分からなくなって閉じていた。

 まずは容姿は異質だった。というか容姿が異質過ぎてそれ以外の情報が一切入ってこない。

 学園指定の制服は肌を見せることを拒絶しているかのように手首も足元も首すらも覆い隠し、フードを被り犬なのか狐なのか分からない生き物のお面で顔すらも隠していた。肌は一切見えず、それどころか素顔も不明なのでそもそも女子かどうかも判断不能。

 一応胸の慎ましい膨らみが確認できるが詰め物すれば誤魔化せるので判断材料にはなりえない。ちなみに本物のソレであれば真人のストライクゾーンなのだが。

 

「皆サンハジメマシテ。今日カラ一年間皆サント一緒ニ学ンデイケルコトヲ嬉シク思イマス」

 

 最後の判断材料になり得る声に至ってはボイスチェンジャーでも使っているのかテレビの声を変えてお送りしていますな声質だった。もはや誰でもいいじゃんと真人は思った。

 

神野(ジンノ)奇跡(キセキ)ト言イマス。ヨロシクオ願イシマス」

 

 こうして新しい一年がスタートするのだった。


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