剣道少女は憤っている。
もちろん、世間の不条理さ不平等さに憤っているわけではない。彼女に他者を思いやる余裕なんてない。
少女がちらりと視線を向ける。対象は世界で一番目にISを動かした男子とか世間的な肩書きよりも自分の唯一の幼馴染である織斑一夏。
カッコよくなった。贔屓目あるけどカッコよくなっていた。イケメン過ぎて急に競争率高くなった気がするけどカッコよくなっていた。
自己紹介では醜態を晒していたけど見方変えればチャームポイントとなる。少女的にはもうちょっとしっかりしてほしいのだが。
授業でもどこか上の空かつ挙動不審気味で、実は参考書を資源提供してしまい読んでいなかったところはさすがにチャームポイントでもないし、少女じゃなくてもしっかりしてほしいと思う。
しかし、参考書を捨てて授業についていけてない幼馴染(気になる異性)が困っているとなれば、少女が救いの手を差し伸べるのは当然のこと。
けして二人きりになって甘いひと時を過ごしたいという欲望が大半を占めていることなどない。
授業と授業の間のインターバル。
短い時間ではあるが、少女は別れて久しい幼馴染へと突撃した。
結果は惨敗。
「ひ、久しぶりだな一夏」
久しぶりに面と向かって幼馴染の名前を呼ぶ。内心ドキドキものだ。
「え? ああ、箒。久しぶり、居たんだ」
心此処にあらず。一夏はぼんやりとしていた。
「なんだその腑抜けぶりは」
まさか、織斑千冬に叩かれて回路が異常をきたしてしまったのか。
もしそうなら剣道ばかりに打ち込み過ぎた箒には打つ手がない。正直、一夏ほどではないが授業がきつかった。
シャキッとしろ、と箒は思った。あと、居て悪いかとも思った。
「ま、まぁいい。お前も環境が変わって戸惑っているのだろう」
できる女は理解があるものだ。
「んん。それよりも久しぶりに再会した幼馴染に何か言うことはないのか」
例えば、可愛くなったとか綺麗なったとか付き合ってくれとか結婚してくれとか。
「束さん元気?」
篠ノ之束。
篠ノ之箒の姉。
世界をひっくり返した天才。
篠ノ之箒の生活すらもひっくり返した天災。
捕まればいいのにと常々思っている。
嫌な奴のことを思い出した。
ひとまず一夏をぶっ叩いた。乙女心が分かっていない罰だ。
「あの人のことなど関係ないだろ!」
「家族だから関係ないってことはないだろ」
「あんな人家族でもなんでもない。いい、この話は終わりだ。不愉快になる」
「なぁ、箒」
「なんだ?」
「あのお面つけている人なんだけどさ」
もう一回ぶっ叩いた。
「痛いぞ」
一夏が睨みつける。
箒は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
さっきから別の女の話ばかり。箒としては自分に興味が向いていない幼馴染に苛立つ。男とは大きい方が好きと聞いていたのに。
話題に上がった少女は他の女子と混ざって談笑していた。びっくりするほど馴染んでいた。
馴染むな、と箒は世の理不尽さに悪態をつきたかった。こっちは水と油レベルで馴染めてないと泣きそうにもなった。
「今のお前に他の女子を気にする暇などない。まずはしっかりと授業についていけるようにならねばならんだろう。そ、そこでだな……そのだな……一つ提案があるわけでな」
提案の内容など言わずもがな。
「あのお面の人だけど、確か神野奇跡とか言ってたよな」
そして一夏が食いつかないのも言わずもがな。
「聞け聞け聞けい!! 今は私が話している最中であろうが!!」
「……悪い。なんか話してたっけか?」
声量が小さくて一夏には聞こえていなかった。
「くっ、何でもない!! それよりあのお面女か。確かに神野奇跡と言っていたぞ。それがどうした」
「箒はどうもしないのか?」
どうもしない。
さすがにそう切り捨てることはできない。
一夏が引っ掛かりを覚えたように、箒もまた少なくない引っ掛かりを感じていた。
「しかし……お前もニュースを見たなら知っているはずだぞ」
「ああ、そうだな。でも名前の通りに奇跡が起きていたとしても不思議じゃないだろ」
「奇跡など起きん。そんな不確かなもの当てになるものか。現実を受け止めろ」
「……受け止められるかよ」
「あのバス事故は全員が亡くなっている。一人の例外もなくだ。全員分の死体が確認されたんだぞ」
「損傷が酷くて本人か分からなかった死体があったってニュースで言ってたんだぞ。可能性あるだろ」
「ない。乗客の人数が一致していた」
昔のことで熱くなる一夏に冷静に返す箒。内心では過去に囚われて、目の前の胸の大きい魅力的で献身的な幼馴染を無視するのよくない絶対と思いつつ。
だからこそ一夏を捕らえて離さない過去の遺物を取り払う必要がある。これは篠ノ之神社の人間として幼馴染として将来の妻として箒が解決しなければならない宿命だ。
「神野奇跡。確かに私たちの知っている名前だ。だが知っている名前だから知っている人物とは限らないだろう。同性同名という奇跡もある」
授業が始まったので話は終わる。
相変わらず一夏は挙動不審で授業についていけてなかった。
情けないと思いつつも箒も油断すれば置いて行かれてしまう。授業中は箒も真剣に説明を聞く。
インターバルの時間が訪れれば、箒はまたも一夏の席へと向かおうとする。
しかし一夏の元には先に金髪女子がいた。
金髪女子の声がよく通るので、何を話しているかは教室中に知れ渡る。
要約すれば、男がISを動かすことが気に食わなかったようだ。
箒にしてみればどうでもいい。
大事なのは短いインターバルに一夏との距離を縮めることだけ。長らく会えなかったことで生じた溝を埋めなければならないのだ。
「邪魔だ。あっちに行け」
箒がギロリと睨みつければ金髪女子はたじろぐ。
「くっ。いいですこと。わたくしは貴方のことを認めませんわ。覚えておいでなさい」
小悪党のように逃げる金髪女子。
そして金髪女子から黒髪巨乳幼馴染になる。
「情けないぞ一夏。ああも言われて男として恥ずかしくはないのか」
攻め手が変更になっただけだった。
目の前ではイケメン男子。
そして目の前には巨乳美少女。
行われているのは説教。
仲が良いのは一目瞭然。
幼馴染さながらの気安さから、おそらく幼馴染と思われる。もしくは絶対に幼馴染だ。
美少女で巨乳な幼馴染を持っているなんて一般男子からしてみれば嫉妬の対象にしかならないし、その上説教されている。ご褒美以外の何物でもない。
しかし神喰真人はたとえ幼馴染と言えどあまり干渉されたくないと思う人種だ。
人生はさざ波のように緩く、人間関係はほどほどに仲良ければよし。中学時代の友達の連絡先なんて知らなくても生きていける。
結論、一夏に同情したくなった。鬱陶しい幼馴染を持って大変そうだと。
そしてインターバルの時間になると向けられる興味の目線に胃が爆発しそうだった。実際に爆発したら人体の摩訶不思議を経験することになりそうだが、現実に胃が爆発することはないので、気分の問題だった。
「なんなのよ」
机に突っ伏して誰にも聞かれないように呟く。今は誰か分からない奴がアレコレと男は馬鹿だ軟弱だIS学園に相応しくないと大声で文句を言っているからよい隠れ蓑だ。
関わりたくない女子が教室にいるらしい。
真人は真面に自己紹介を聞いていない。だから文句を垂れている女子の正体が分からない。
教室内で名前と姿が一致しているのは織斑一夏と神野奇跡の二人だけ。後はクラスメイトだってことしか分からない。
中でも神野奇跡はインパクトが凄すぎて忘れられない。
全身を覆い隠した姿は怪しいの一言に尽きる。
そんな神野は早々に仲良くなった癒し系女子とその周辺たちと談笑していた。
仲良くなってる。普通に溶け込んでる。電子音声がやけに目立つ。
俺だけ人生ハードモードじゃん、と真人は絶望した。
インターバルが終われば更なる絶望が真人を襲う。
「そういえばクラス代表を決めなければならないな」
織斑千冬が授業開始と共に告げたのはクラス委員みたいな存在を決めるということだ。
基本的にクラス委員は時間ばかり束縛されて面倒で誰もやりたくないものだ。たまにリーダーシップを遺憾なく発揮する人が自首的に拝命することもあるが、基本的に誰かが選ばれることを願って沈黙するのが恒例だ。
真人は息を殺して気配も殺して存在すらも殺してやり過ごそうとする。オーバーキル気味だがまだ足りていない気がしてならない。
「自薦他薦は問わん。他薦された者に拒否権はないからそのつもりでな」
「はい、織斑くんがいいと思います」
「私も賛成です」
「神喰サンモイイト思イマス」
「やっぱりクラスの顔になるから織斑さんが一番の適任者だと思います」
「ふむ。織斑に神喰か。ほかに誰かいないか」
電子音声の悪魔によって表舞台に引き摺り出されてしまった。
真人絶望に沈みたいが沈んだら出席簿アタックに沈むので沈めない。
マジか、と思った。
ふざけんなよ、とも思った。
思わず神野を見る。
何故か手を振られた。違う、全然嬉しくないし余計なことすんなと言いたいだけだ。
拒否権なし。最悪な状況。真人に回避する術はない。
残された道は何かしらの方法で一夏にクラス委員の役割を押し付けることだけ。
「ちょっと待ってくれよ千冬姉!!」
「織斑先生と呼べ。そして待つことはない。自薦他薦は問わないと言った。さらに拒否権はないとな。諦めて受け入れろ」
「ちょっとお待ちください!!」
「待たんと言ったがな。オルコット、何か言いたげじゃないか」
織斑千冬と一夏のやりとりに割って入る金髪女子。その顔は屈辱と怒りで彩られていた。
「ええ、ええ。わたくしがこんな極東にやってきたというのに、クラス代表を物珍しいというだけの男にやらせるなど納得できませんわ。クラス代表は実力のある者がなるのが当然。だというのにそこの男二人は道理を弁えずに受け入れようとしているじゃありませんか。もう少し頭の方がしっかりしているのでしたら自ら辞退してわたくしに譲り渡すべきじゃなくって」
べらべらと喋る。不満たらたらと自己陶酔が過ぎる。
じゃあ自薦すればいいのに、と真人は思った。口に出したら大変な展開になりそうなので黙っているが。
しかし、真人が黙ったところで黙ってられない奴もいる。
ソイツは勢いよく立ち上がるなり金髪女子に噛みつき始めた。
「だったら立候補すればいいだろ。実力があるとか当然とか平然と言えるんなら」
次鋒織斑一夏行きます。