風が吹き、桜の花が散る。満開を過ぎたころの綺麗な花吹雪の中を忙しそうに歩く影が1つ。
「あーもう。あの顧問は人に仕事任せすぎや!」
愚痴りながらも何処となく楽しげな表情を浮かべているのは末原恭子。
妙香寺高校麻雀部を率いる部長である。
入学式を終え一年生の入部を控える今、入部試験の準備にその後の対応にと仕事は尽きることがない。それでも普段任されている部内の事務に比べれば楽しいとさえ言える仕事だ。
そして夏を共に戦う仲間が入ってくるかも知れないと思うと恭子のテンションを自ずと高まっていた。
ザーと一際強く風が吹き抜ける。
「春の嵐ってやつやな……ん?」
風の強さに足を止め、周囲を一瞥する。ふと恭子の目に止まったのは髪の短い見知らぬ少女。
校舎の中庭、桜の木の横にあるベンチに一人腰掛けていた。
(良い陽気やけど読書に向いてるとは思えんな。本も持っとるだけで開いてへんし。桜でも見てるんやろか)
気まぐれに観察する。恐らく一年生であろう少女は膝に本を乗せたまま何かを見上げている。舞散る桜とベンチに座る文学少女。絵になり過ぎているせいか、近寄りがたい雰囲気を放っている。
普段ならそのまま立ち去る所だが何が気になったのか恭子は少女に近づいていく。上がったテンションのせいか、1つ勧誘でもしてみよかと声をかけようとした。
「っ……!?」
言葉を飲み込む。
恭子が声をかけようとした瞬間だった。
頬を涙が伝う。
たった一滴だけだったが、少女は確かに泣いていた。
「ええと……私に何かご用ですか?」
数瞬のあと少女の声に恭子は我に返る。
少女の顔に既に涙はなく、困ったように恭子の方を伺っている。
(見間違いやろか?)
「せ、せや。あんた一年生やろ?なんか困ってそうやったから」
「ありがとうございます。でも今は大丈夫ですから」
勧誘をするテンションでも無くなり何となく嘘をついてしまう恭子。その申し出を申し訳なさそうに断った少女はベンチから立ち上がる。
(以外と身長高いんやな……んー?何かこう?)
どうでもいいことが頭に浮かぶ。だがそれ以上に何かを見落としている気がしていた。恭子が思案しているうちに少女は礼をすると恭子が来た方に去っていく。
「校舎迷いやすいから気いつけや」
「ふふ、本当に親切な方ですね」
恭子の声に少女は振り返り、笑顔を浮かべる。
思案顔の恭子と微笑む少女。
そこで初めて目があった。
その瞬間氷が溶けるように恭子の記憶が思い出される。
何故今まで気づかなかったのか。恭子は目の前に立つ人物を知っている。面識は無いが良く知っている。
「あ、あんた……宮永?………宮永咲っ!?」
あまりに予想外だったからか、一度会ってみたいと思っていたからか、自然と声が大きくなる。
恭子は気づくと叫んでいた。
突然名前を呼ばれた少女は驚き、その場に固まってしまう。
目の前からは何故か自分の名前を叫ぶ上級生が腕を挙げ近づいて来ている。
そんな状況で少女がとる行動は一つだった。
「えっ、あ……お……お邪魔しましたー!」
宮永咲と呼ばれた少女は一目散に逃げ出した。
「あっ!?ちょっと待てやー!」
そんな事を言って止まる筈が無かった。
恭子の叫びが空しく響き、無意識に挙げていた手が行き場を失う。
髪の短い少女は逃げ去り、一年生に絡んだ上級生だけが寂しく取り残されていた。
*****
部活も終わりにさしかかり、恭子は1日の成果を纏めていた。
「はぁ……」
「ため息ばかりついて。どうしたんじゃ、部長。あんたらしくない」
恭子に話しかけたのは染谷まこ。近所の雀荘の看板娘にして、今年のレギュラー入りが期待される二年生だ。
恭子とは一年生の頃から事務仕事を手伝ったり一緒に麻雀練習をしたりと良好な関係を気づいている。
「なぁ、まこちゃんは宮永咲を知ってるか?」
「ずいぶん唐突じゃな」
「で知っとるんか?」
「もちろん。去年は良く聞いた名前じゃな」
「じゃあ宮永咲が今どこの高校にいるか知ってるか?」
「噂じゃが、白糸台にいると聞いたの」
「やっぱりそうなんか……」
「何か気になることでもあるんかの?」
恭子は中庭であった事を話すか悩む。宮永咲の存在は麻雀部に大きな影響を与える。彼女にはそれだけの価値があるから。
それと言うのも宮永咲が出場した去年のインターミドルは『史上初』が幾つも飛び出す稀に見る大会だった。そのほとんどを作り出した宮永咲とチームメイトは一時麻雀界の話題を独占し、話に聞かない日が無いほどであった。
当然五人の進学先も話題となり、その内三人は公に進学校が発表されていた。残りの宮永咲・大星淡については発表は無いものの中学と同じ市内にあり、姉の宮永照がいる白糸台高校へ入学したというのが一般的な見方であった。
隠していても何も解決しないと恭子は話すことにする。
「それがな……見たんよ」
「何を?」
「ウチの制服着て本読んどる宮永咲を」
「……見間違いってことは
「ない」
「……」
即答する恭子。余程自信があるのか、主張を取り下げる様子は微塵も無い。
しかしまこには俄には信じがたい事だった。
(部長の言うことじゃ、でもこれは……)
「明日はもう入部試験じゃ。本当に入学してるなら来るじゃろ。もし来なくても同じ1年なら何か知ってるやつがおるかもしれん」
「……そうやな。ここで考えてても仕方なしか」
「宮永が来たらみんな腰を抜かすかもしれんの」
「せやなぁ。そしたらまこちゃんのレギュラーも危ないんやない?」
「言うてんさい」
まこの言うことは最もで恭子も納得したが、恭子には咲が試験に来るとは思えなかった。
なぜなら恭子は宮永咲についての噂をもう一つ知っていた。
曰く
″宮永咲は麻雀を止めた。二度と打つことは無い″
当時は一笑に伏し気にもしなかった、気づけば消えていた噂だ。だが恭子が昼間に見た咲の儚げな雰囲気がそれを思い出させた。何か大切なものを無くした、そんなふうに思えた。
あの涙と悲しげな横顔が恭子の頭からは離れなかった。
*****
数日後、入部試験も合格発表も無事終わり仕事も一段落していた。しかし恭子の頭は全く晴れていない。
それと言うのも
宮永咲は入部試験には現れなかった。
1年生の話で本当に入学していることは分かったものの、あの後一度として会えていなかった。
(さすがに一度も会えんのはおかしい……っといかんいかん)
「部活に集中せんと。また心配かけてまう」
声に出して自分に言い聞かせる。
今恭子は部活を早退するために歩いている。恭子の暗い表情を仕事を任せすぎたと勘違いした顧問から休養を命ぜられたのだ。
始めは断ったのだが他の部員にも押しきられ結局早退する事となっていた。
(休みなんて本当はいらんねんけど、貰える物は貰とこか。たまにはゆっくりするのもええか。しかし部活休むなんていつ以来やろ)
そうこうしているうちに件の中庭に差し掛かる。本来なら遠回りになるのだが、あれから出来るだけ寄り道するようにしていた。だが今のところ成果は出ていない。
(今日もおらへんな……)
いつもの確認を横目でしながら、校舎への扉に手をかける。とノブを回す前に扉が1人でに動き出す。支えを失った恭子は躓くようにして扉を押し退ける。
「うわっ「きゃっ」
恭子の声をかき消すように短く高い悲鳴が聞こえた。
恭子がしまったと思った時にはもう遅かった。何かにぶつかった感触がある。慌てて謝りながら辺りをたしかめる。
「す、すまん!だいじょ…うぶ……か」
慌てていた声は徐々に勢いを失う。
なぜなら目の前に倒れているのは恭子の探し人。宮永咲その人だったから。
恭子と咲の目がしっかりと合った。
「全く……あなたは私に恨みでもあるんですか?末原先輩」
ということで久しぶりに連載始めます。
序盤は麻雀描写が少なくなると思いますが、徐々に増えていく予定です。
月に2、3話更新したい(願望)