わだつみの抱く光   作:筆折ルマンド

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シンフォギアは可愛さの割に重い話が多すぎると思うんです。



原作前
涙、雨に消えて


 その日の空は私の心を映し出したかのようだった。

 

 空を覆い尽くしたぶ厚い雲は手を伸ばせば届いてしまいそうなぐらい低くて、私の心のように真っ黒で、雨は溺れてしまえるんじゃないかと思うほどどしゃ降りだった。

 

 その時の私は、空が代わりに泣いているんじゃないかなんて思ってしまうほど辛くて悲しくて、涙なんてもう出ないのにそれでも嗚咽が止まらなくて、なんでこんな思いしてまで生きなきゃいけないんだって思ってて、いっそ雨でいいから溺れて、そのまま死んでしまいたかった。

 

 冷たい雨の中、道路に突っ立てても良かったけど、何処かで残った羞恥心が私を路地裏に潜り込ませた。入った路地裏は思っていたより広くて雨はわずかに突き出たサッシなど意にも介さず吹き込んでくる。

 べったりと張り付いたパーカーも、ぐっしょりと濡れた髪も重くて、疲れた身体はその重さに耐えきれず私はへたり込んだ。

 垂れた頭の前に水たまりが見える。

 

ぼーっとソレを眺めていると不意にほんの数秒だけ水たまりに吹き込む雨粒が無くなり、ぱっと私の顔が映った。

 

 雨水の中に見えた自分はこんなに悲しくて、苦しいのに、何も感じていないかのように無表情だった。

 

 ギョッとして立ち上がって水たまりを踏みつけた。でも足をどければそこにはさっきと同じ無表情な自分が居た。何度踏みつけても私は消えず波紋で歪んだ顔はどこか嗤っているようだった。怖くなって路地裏を駆けていくが、どこに止まっても水たまりの中には何もない自分が嗤っていた。

 

 未来も、父さんもいなくなった。側にいてくれたお母さんとおばあちゃんも傷つけてしまった。大切なものはみんな無くなってしまった。もう失うものなんて無いのに。無いはずなのに。

 

 走っていた足が止まって無数の水たまりに私が映る。

 

 まだ何か大切なものがこぼれている。そんな気がした。

 

 路地裏の隅にうずくまった私の中でいつかの言葉が淡く現れては消える。

 何万と言葉を交えた親友の言葉も、いつかの昔、教えてもらったおまじないも。それさえあれば何でも乗り越えられると信じていたのにそれは自分を苦しめるあらゆる暴力の前には無力で、それでも大事なものなのに、大切なものなのに、辛いことに流されて彼方へと遠ざかっていっている。

 

 悪意に打ち砕かれた心に、悲しみが押し寄せて、大切なものがボロボロボロボロこぼれていく。大切なモノが全部流れて消えていってしまう。

 自分の肩をありったけの僅かな力で抱き寄せて、足も縮こませてうずくまる。それでも残る自分が流れて消える恐怖に私は身がすくんで動けなくなってしまった。

 

 

 ◇

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 

 どこかでばちゃばちゃと水が跳ねる、雨の中を誰かが走る音が聞こえる。こんな日に外を出歩くなんて随分と奇特な人だと、自分のことを棚に上げてそう思った。その足音にしばらく耳を傾けていると、ぼっ、と何か重い物が私の上にのしかかり雨音が遠ざかった。

 

 ハッと驚いて上を見上げると、妙に背の高い男の人が私を見下ろしていた。

 

 

 ◇

 

 

 あれからしばらくして、滝のような雨の中をわざわざ路地裏まで見て回るような変な人は、私を家の中へ連れ込んでいた。

 

 驚きと疲れでぼーっとしていてその人の話は半分も聴こえてなかったけど、なんだか心配してる感じだった。こんな雨の中で一人で路地裏を見て回るような奴はむしろ心配される側だと思う。

 そのまま男の着込んでいたコートに包まれると、車に無理やり乗せられて、あれよあれよとされるがままに家に押し込まれた。

 靴も投げ捨てるように脱がされ、リビングに押しこまれてソファに座らせられると、どこからか持ってきた古い匂いのするバスタオルをコートと入れ替わりで頭から被せられた。

 

 男はそこで待っててと言うと、リビングから見えるオープンキッチンでやかんを温め始めた。

 バタつきが一旦収まり、なにか飲み物の準備を始めた男をしばらく眺めてから私は男の家の中を見回してみた。男の家は結構立派な一軒家で、私がびしょびしょのままソファを占領しているリビングはどこからどう見ても変人にしか見えない男には似つかわしくないほど整頓されていた。

 ただ、本棚やその上のラックにしまわれた用途の分からない工具や古臭く分厚い本はまるでゲームで適当に配置された家具のように普通の家には似つかわしくなくて、私はこの部屋にちぐはぐな印象を持った。

 

 そんな氏素性も分からない男の家に置かれて、実の所、私はわけは分からないけど安心していた。自分の家よりも見知った道よりも。…知らない人の家の方が安心出来るなんて可笑しな話だと思う。でも今家に帰っても今ぐらい落ち着いた気持ちにはなれないだろう。今の私には家で安らぐなんて資格なんて無いのだから。

 そう考えると、なんだか笑いが込み上げてきた。自嘲を含んだ笑いだったけど、家に帰ったあの日から笑うなんて随分と久しぶりなんじゃないかな? そう思うとなんだかもっと可笑しくて、次から次へと笑いが込み上げてきて、結局そのまま男が飲み物を持ってくるまで意味もなく笑っていた。

 

 

 男が湯気の立った紅茶を持ってきた。

「笑ってるから、何かいい事でもあったのかと思ったんだけど、その様子だと、ロクでもないことを考えてたみたいだね」

 

 ロクでもない格好してる奴に言われたくない。

 男は上半身が白いワイシャツ一枚で下は穴は空いていないけれどだいぶ痛んだ様子のジーンズ。髪はボサボサ、まるで隈取りしたみたいにぶっといクマが付いているのに妙に理知的な瞳はメガネと組み合わさってザ・マッドサイエンティストって感じがする。身長が高い割に結構な猫背のせいで何歳なのか分からない。

 

 なんとこの男、この姿に撥水性のないコートと大して大きくない傘一本で外を出歩いていたのである。現在進行形で私の方がまだマシな格好だと思う。

 

 何も言わなかった私を見て、男はフッと短く息を吐くように笑うと、私の頭をゴシゴシとバスタオルで拭き始めた。身体をぐわんぐわんと揺らされて不快だったけどキチンと加減してくれている様子で、私の顔と腕をあらかた拭くと、私の向かいに座って紅茶をズイっと差し出してきた。

 

 正直言って、飲み物なんて喉を通りそうになかったけど、カップの暖かさが心地よくて両手に持って社交辞令的に一口だけ飲んだ。まるで自動販売機の飲み物みたいに甘かった。

 

 男は私が紅茶を飲むのを見るとうんうんと頷いた。

「俺の名前は深海(ふかみ)賢治(けんじ)。昔は研究所で働いていたんだけど、今は一人で独自の研究をしている。君は?」

 

「……私、……私は響」

 

「……響、何、かな?」

 じっと私が彼を見つめると深海さんは慌てた様子で

「いや! 別に君の名前を知ることに意味は無いんだよ!? ただまぁ、一応ね。名前ぐらいは知っておきたいと思ったんだけど、いや、いやならいいんだよ!」

 胡散臭い年齢不詳の研究者のくせに妙に若々しくというか、男の子っぽいというか、なんだか思ってたよりノリの軽い感じ。

 

「響」

 

「えっ?」

 

「ひ・び・き。……二回も言わせないで」

 苗字は言わない。フルネームを明かしたら私が誰かバレてしまうかもしれないから。名前だけ言って黙った私に、対して深海さんは私以上に何かを堪えるような悲しい顔をして

「……そう、か。響ちゃんか。よろしくね」

 

「はい。……よろしく?」

 

「あぁ、今日はもう遅いからうちに泊まっていくといい」

 深海さんは立ち上がって食卓の上からお菓子の入った籠を掴んで私の前に置いた。

 

「男一人のくせに無駄にいい物件を買ったからね。二階はまるまる空きスペースになっているんだ。布団も後で持って行こう。服はなにぶん彼女なんてこれまで作ろうともしなかったから女物は無いけど、パーカーとか新品の下着とかあるから」

 そうまくし立てる深海さんに待ったをかける。

「待って。……ちょっと待って」

 

 深海さんがキョトンと首をかしげる。

「どうしたんだい?」

 

「……私、何も深海さんに言ってない。はたから見たら、私、とっても怪しいと思うんだけど」

 そう私が言うと深海さんにはまたおかしそうにフッと息を吐くように笑うと、一転してついさっきと私を雨の中抱き抱えた時に見せた何かを堪えるような悲しい顔を一瞬だけ浮かべると、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。

 

「まぁ、実の所、君がどなた様なのかは見当ついているんだ。君の身に何があったのかぐらいは……ね」

 それって

 私が疑問を口にする前に深海さんに手を引っ張られて立ち上がらされる。

「ほら、立って。そのままだと風邪ひくよ。生憎お風呂は準備してないけど、シャワーぐらいは浴びな」

 

「え、あの、さっきの」

「さぁ、行った行った。夜食はカントリーマアムがいいかな? うちお菓子は買う割に食べないから色々あるよ」

 そう言う深海さんに強引に洗濯室に押し込められる。

 

「それじゃ、ごゆっくり〜」

 そう言って好き勝手して、さっさと風呂場から遠ざかる深海さんの影を私は知らず知らずのうちに目で追ってしまっていた。

 

 

 深海さんの家のシャワーは冷水からすぐにお湯になって、自分でも気付かないうちにガチガチになっていた身体を優しくほぐしていった。

 久しぶりのお風呂で、キチンと身体を洗ったのはいつぶりだろうと考えていると、曇り一つない鏡に映った自分が、知らず知らずのうちに涙が出ていることに気付いた。

 悪趣味な水滴だと思って鏡を拭うけど、頰を伝う涙は消えなかった。シャワーヘッドを置いてそっと目元を拭うと、確かに雫があった。

 自分が涙を流していることに気づいた。でもそれは今までの死にたくなって死ぬほど流したひたすら悲しい、冷たい涙じゃなくて、今浴びてるシャワーのように、さっき飲んだ紅茶のように、雨の中私を抱き抱えた深海さんの身体のように、暖かい涙だった。

 




グレビッキー
原作で心の支えだった小日向未来が引っ越してしまったため、孤立無援の状態で人の悪意に晒された結果、荒んでしまった。
ゲーム版のXD限定キャラだが固有の立ち絵とセリフがあって、基本的に気怠げにしてるけどちょくちょく優しさを見せるのが最高に可愛い。

*19/08/03 微調整
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