これにて一応、無印本編前の話は終わりとなります。
次回から原作編が始まるわけですが、しばらく甘味を欠くことになるので甘くしようとしたんですが上手くできましたかね(定型文)
吐く息は白く、コートにマフラー、ストッキングが必須になってきた時期。
学校の帰りに私はいつものように家の前へ続く大通りを外れて小さな公園の近くを歩く。
夏休みから早数ヶ月が経ち、家や私に対する嫌がらせはぱったり止んだ。私の件についてテレビが騒いで家の周りが更に騒がしくなった時期があったけど、それもしばらくすれば無くなり、私は家に戻った。
古い家の多い住宅地へ入る。住宅地に立ち並ぶ家はどれも大きめであまり言いたく無いけど、どれもうちよりも大きい。大きい家に囲まれて迷路のようになっている住宅地だけど、立っている家がどれもこれも個性豊かなお陰で迷うことはない。
その中では比較的目立たない方の賢治さんの家。庭付きの一軒家なんだけど、庭に植えられた樹木たちが主人が手を出さないことをいいことに好き勝手に育ち、小さな森のようになっている。そんな賢治さんの家の玄関に立つと私はコートのポケットから合鍵を取り出して鍵を開けて中に入った。
「賢治さん?」
そう名前を呼びながら家に入るけど、一階の中は暗く返事は無い。
「……またか」
リビングを覗くとそこはしんと静まり返っていて、家具は吹き込んだ寒気を噛み締めて暇を持て余し、時計だけがチクタクと勤勉に働いていた。
賢治さんは基本的に地下で生活しているため時間を忘れがちだ。数日に一回はこうして私が来る時間になっても大抵一階に居ない。
私が居なくなってから、賢治さんの生活リズムは日に日に崩壊している。
正確には元々崩壊していたリズムに戻ってしまっている。だけど。
「仕方ない」
私はほーっと冷たくなった手に息を吹きかけて温めながらマフラーとコートをソファに投げて、電気をつけて微睡む部屋を叩き起こすと、勝手知ったる他人の家。何十回と繰り返したいつもの動きでテキパキと準備を始める。
キッチンの下の収納からやかんを取り出して水を入れてコンロに乗せる。後は湯沸かし機能に任せて食器棚からマグカップとソーサーを二つずつ取り出すと、オープンキッチンのカウンターに無造作に並べられた箱から取り出した二つのティーバックを中に入れてからトレーに乗せてワークトップに置いておく。
準備を済ませたら、キッチンを離れていつものように地下へと向かう。門限までの時間があまりないからできるだけ迅速に。小走りで階段を下り地下の工場を走り抜けて奥のラボのドアを開ける。
今日は運がいい。いつもラボの作業場でよく分からない部品を作っているか、その部品を使ったよく分からない発明品を作っている賢治さんが、今日はラボの部屋で仮眠を取っていた。
ラボの中にいる賢治さんは普段の10倍ぐらい耳が遠くなるし、私服のまま作業場の中まで入るのは気が引けた。その点、仮眠中なら起こすだけでいいから簡単だ。
寝顔を見たいという気持ちもあったけど、お湯が沸く前に賢治さんを一階に連れて行くために部屋の中に何故かあるタンバリンを賢治さんの耳元でジャンジャン鳴らす。
眠りの浅い賢治さんはまるでタヌキ寝入りでもしていたかのようにスッと起きた。
「ごめん、また時間見るの忘れてた」
「目覚ましは?」
「彼か……。彼は……」
くっ、と悔しげに口元を噛み、まるで戦友を無くしたかの様に振舞っているが、ただ単に何処かにやってしまったのだろう。もしかしたら戦友の手によって解剖された後かもしれない。
当たり前だけど、こんな問答に大した意味なんて無いからすぐに賢治さんの手を取って歩き出す。
賢治さんもいつものことなので私に何も言わずに付いてくる。
一階に戻ると頃合いだったらしくやかんから湯気が吹き出していた。
賢治さんをテーブルの椅子に座らせてマグカップにお湯を注ぐ。
カップの中が赤茶色に色づき二つのカップにお湯を注ぐとソーサーを上にかぶせて持っていく。
トレーに乗せたカップを二つテーブルに移すと、賢治さんが持っていった紅茶をすぐに飲もうとしたので、その手をはたき落とした。
「1分待つの」
「ごめん」
そう言って行儀よく待つ賢治さんを私は頬杖をついて眺める。
目の隈は相変わらずだけど、髪はある程度に気にするようになったようで今日も髪は纏りながらふわりと広がっている。
キリリとした顔で真面目にソーサーにを眺めていた賢治さんが私の視線に気づいてこっちを向くと、凛々しかった顔はへにゃりと弛緩しいつもの笑みを浮かべた。
「響ちゃん。今日は歌の練習?」
「そうなるかな。声楽の方が楽だから」
賢治さんがムッとする。音楽には一家言あるそうだ。
「人の声は奥が深いんだよ?」
「でも2ヶ月で楽器弾けるようにするのは無理あるでしょ」
「まぁね」
リディアン音楽院に進学することを決めた私は音楽の勉強を始めた。だけどどうにも教材が足りなかった。今更中学の部活に入るのも無理だし、どうしようかと考えていたら都合の良いことに賢治さんが勉強を見てくれることになった。
賢治さんの居た二課にはツヴァイウィングの二人が居たからその関係かと思っていたら、なんと賢治さんのご両親は世界的に有名なオーケストラの奏者だったらしい。その関係で昔から音楽関係にはある程度詳しいそうだ。
ただ賢治さんにいつものにこにこした笑顔で「俺の両親より響ちゃんのお母さんの方が会った回数が多いかもしれない」なんて言われた日はどんな顔をすればいいか分からなくて困ってしまった。
賢治さんはただの笑い話だと言っていたけれど私には笑えなかった。
もっと明るい他愛ない話をしているとあっという間に1分が経過していたらしく、話しを無理やり切って賢治さんはソーサーを退けてカップを回した。
「いい香り、うちのティーバックでこんな香りが出せるなんて」
「賢治さんがいつも適当に作ってるだけだよ」
「違いない」
そうクスクスと笑いながら紅茶を飲む賢治さん。
私もソーサーを退けて紅茶を飲む。強い香りにはっきりと感じられる甘み。ティーパックで作った紅茶にしてはいい出来だと思う。
「それじゃあ、これ飲み終わったら下に行こうか」
私の練習はいつも地下でやっている。反響はあんまりしないけど今までのことで証明された防音能力でどれだけ歌を歌っても大丈夫な場所だ。
「うん」
「響ちゃんの声は綺麗なんだから、後は音程ともうちょっと声のトーンを明るくすることを意識しないとね」
「それって私が暗いってこと」
「違うよ。いつもの響ちゃんの声は好きだけど、歌を歌うならもっと高めの音程の方が歌に合いやすいってだけ。お店の店員さんって意図的に声のトーンを数段上げてるんだけどそれと同じ」
先生らしいことを言っているつもりの賢治さんは台詞の全部が大真面目だ。お陰で何を言っているのか気付いていない。
「……ふーん」
急にそっぽを向いた私を心配するようなそぶりで賢治さんが話しかけてくるけど適当に返事をして紅茶のカップを両手で持ってちびちび飲んだ。さっきより甘い気がした。
◇
「──ー。────ー」
歌を歌うのは気持ちいい。それは認める。自分でも歌声には少しは自信があったし、やっぱり大声を好きに出せるのはすっきりする。
でも賢治さんの態度が少し不満。先生の役に徹した賢治さんは私の歌を聴きながらも冷静に私の歌について考えている。
それは嬉しいんだけど、あのライブの時に感じた、私や周囲の観客の持っていた熱を賢治さんからちっとも感じられないのがなんだか悔しい。私の歌に魅力が無いみたいに感じる。
その不満を歌にぶつける。
熱く歌う。
自分らしさとか忘れて一心不乱に、高らかに。
私の歌に惹かれてほしい。私の歌に夢中になってほしい。歌という建前に隠して想いを熱く叫ぶ。
◇
思いの丈を歌にしているとあっという間に時間は過ぎてそろそろ帰らないといけない時間になった。
「あ゛ぁぁぁ」
うめく私の前に賢治さんが小さい棒アイスを渡してくる。
「響ちゃん、お疲れ様。アイスだよ。食べてから帰りな」
「……うぅぅ。はい、いただきます」
顔が熱い。
賢治さんは歌い過ぎたとでも思っているんだろうけど……。
ああぁ。シラフで何をやっているんだろう。歌を歌って気分が良くなるといつも際限なく調子に乗って、こんな思いをしているというのに。私の馬鹿。
「歌っている時の声と今の声、別人みたいに違うよねぇ」
呑気にそんなことを言っている賢治さんだけどその言葉も当たらずとも遠からず。歌っている間はなんだか胸があったかくて、重たいものを何もかも忘れていられる、その時の私は今の私より昔の私に近いんだろう。
「……賢治さんは歌ってる私の方が好き?」
少しだけ気になって聞いてみる。
「うん? 別に歌ってる方とか料理してる方とかいつもの方とか無しに俺は響ちゃんが好きだよ?」
「うぁ……。馬鹿。バカバカバーカ」
そういう事聞いてるんじゃない。
そんなことも分からず、あっけらかんとそう言ってのける賢治さんの一言に私の心は無性にかき乱されて、嬉しいんだか悔しいんだか怒りたいんだか分からないごちゃ混ぜの心は、私に罰として賢治さんの腕をつねることを命じた。
◇
風景が足早に流れる。あれから少しだけおしゃべりをして、歩いても門限には間に合うはずの時間でお開きにしたんだけど、賢治さんが送っていくと言って聞かず、結局私が折れて車で家に送ってもらっている。
「……毎日ありがとうございます」
「別に気にしないでいいよ。俺が好きでやっているだけだから」
「……それでも何かお礼がしたいんだけど」
「はは、本当に気にしなくて大丈夫なのに。ふむ。そうだな、次の休みウチでいっぱい歌ってくれないかな」
「……っ!? 。えと、なんで?」
「いやー、ははは、実は響ちゃんの歌のフォニックゲイン数値が結構高くてね。それでひとつ実験をぉぉぉ。いひゃ(痛)いひゃい(痛い)よひひひひゃん(響ちゃん)」
「知らない」
ぐにぃ
「いひゃひゃひゃひゃ(いだだだだ)あふないから! (危ないから!)」
「知らない!」
そんな感じで、私はまだ賢治さんと一緒にいる。
とりあえず高校に行くまではこのままがいいと……そう思う。
ほぼ蛇足ですね。
夏休みから突然来年の春になるのもどうかと思いましたので。そのための閑話。
作者自身が甘味充填し始めるとすぐ暴力に逃げてしまうので、あんまりグレビッキーを可愛くしてあげられていないのが心残りだったりします。
それでは次回
戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
第1話 「リスキル」
ご愛顧のほどよろしくお願いします。