書きたい場面だけを書いているため、一部端折られている部分があります。
食事シーンはキングクリムゾンシェフが調理いたしました。
イーケナンダーイケナンダー
子供の声
イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー
子供の声が響く。
悪いことをした子供を見つけた子供の声が響く。
イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー
最初は一人だけだったのが、子供たちはいつのまにか数え切れないほどに増え、彼らの声は大合唱となって響の身体を打ち据えた。
「イタ、イタいよ」
一人の子供が小石を手に取ったのを皮切りに、子供たちは次々と足元の石を拾い上げ、響に向かって石を投げ始める。
最初は砂のように小さなものだったものが段々と大きく、無数に響になって、次々と響に向けて投げつけられる。
「痛い。やめて!」
身体を縮こませて頭を腕で守りながらそう叫ぶ響に対して、子供はただただ同じ言葉を繰り返し、石を投げつけるばかり。
イーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダ─イケナンダーイーケナンダーイケナンダーイーケナンダーイケナンダー
1つの子供の姿が水風船のように醜く歪み膨れ上がった。それを皮切りに子供の姿が次々と崩れて膨れ上がっていく。
お前が! お前が悪いんだ! イーケナンダーイケナンダー何でお前は生きていて私の娘は!
膨れ上がった人型はいつのまにか無数の大人の姿になり、響に罵声を浴びせ始めていた。響のことを何も知らないくせに無責任にありもしない正義を盾にした無数の
イーケナンダー死ね! 人殺し! イーケナンダーお前が! イケナンダ人なんで! イケナンダー死ねばよかったんだ! イーケナンダ人殺し!
「違う!」
イーケナンダーイケナンダー
「違う! 私は! 私は悪くない!」
死ね! 人殺し!
「私は!」
彼女を取り囲む悪意に満ちた群衆の中で響は絶叫した。
気がつけばそこには誰もいなかった。
初めから誰もいなかったみたいで、いや、本当にいなかったんだ。そう全部
「本当に夢かな」
「えっ?」
振り返るとそこには彼女の黒髪によく映える白いリボンをつけた少女。
「あっ、未」
響が一歩踏み出そうとすると、少女は何歩も後ずさった。
「えっ……」
少女の表情が、響を責め立てる有象無象のように変わる。それでも響には目の前の少女が親友にしか思えなくて、きっと親友は分かってくれると信じていて……。
もう一歩、もう一歩だけ踏み出そう。そう思って動こうとするのだけど、身体は言うことを聞いてくれない。だんだんと遠ざかっていく少女に響は必死に手を伸ばす。
「み__」
響の必死な様子をまるで傍観者のように少女は何の意思も持たない目で見つめ、ただ一言、
「ひと______」
◇◇◇
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぉぁ!!!」
心臓が痛い。息が切れて身体が休まった気がしない。
頭は重くて髪はせっかく洗ったのに汗でべったりとしている。
私の声を聞きつけたのかドタドタと階段を駆け上る音が響く。
「響ちゃん!?」
二階の部屋のどこが開けられ、深海さんの声が聞こえた。
深海さんの家の二階は結構広くて、私はその中で階段裏の一番小さい部屋を使っていた。
きっと深海さんは階段の正面の部屋のドアを開けたんだろう。
ガチャンガチャンガチャンと次々とドアが開けられ、隣のトイレのドアまで開けてようやく私のいる部屋を探し当てた。
バダン!
蹴破るみたいに大きな音を立ててドアが開けられる。今までの経験のせいか、ちょっとだけ身体がこわばってしまう。
でも深海さんの姿を見るとそんな緊張すぐに消えてしまった。
私の姿を見て唖然としてるのか、はたまたびっくりしているのか、パジャマ代わりなのか袖なしのスポーツウェアに着替えていた深海さんは目をこれでもかと見開いて、助けに来たぞ! と言わんばかりに扉を開けたポーズのまま硬直していた。その顔に似合わない気取ったポーズが滑稽で思わず笑ってしまった。
深海さんは笑っている私を見て、大きく息を吐き、廊下に座りこむと
「焦ったぁぁぁ。響ちゃんが叫ぶから何事かと思ったよ。部屋見ても誰もいないし。すわ誘拐か! って」
そう言うとまた深々とため息をつく。すわ誘拐かって、それに一番近いのは深海さんなのだけれど。
「……大丈夫。平気」
私はそう言ったけど、深海さんは鋭い目つきで私を睨んだ。立ち上がって私の頭の天辺を手の平でぐりぐりと押し回す。あたまがグラグラ揺らされる。ちょっとやめてほしい。そんなので喜んだりするほど子供じゃない。本当頭をグワングワンする。
「大丈夫なわけないでしょ。そんな嘘でお兄さんを騙せると思わないでね」
「ぷっ」
真面目な顔でそうのたまう深海さんに思わず笑ってしまった。
そんなドクロみたいな顔で何を言うのかと思えば、お兄さんって。
「何でそこで笑うのさ」
「お兄さんって、深海さんそんな歳じゃないでしょ。喋り方は若いっていうか子供っぽいけど」
「子供っぽいって……。俺は歳相応の話し方をしてるはずなんだけどな」
「だから歳相応じゃないって」
「歳相応だよ。今年で23歳さ。誕生日はまだだから今は22歳だね」
え?
「22歳」
反芻するものの、どうみてもそんな若くは見えない。
「そう、22歳。現役バリバリの悠々自適な自営業!」
そう言われて深海さんを眺める。深海さんも自信満々で腰に手を当てて猫背を治してドヤ顔を決めている。
研究者を名乗る割に筋肉は付いているらしく、ビシッと胸を張った時の身体は、変人の評価が上がるぐらい強そうに見える。
いやだってボサボサドクロの細マッチョ科学者とか怪しい人物って名乗ってるようなものでしょ。
もっとも、どんなにカッコいい服着ても、カッコいいポーズ決めても、そのぶっといクマのついたボサボサ頭じゃ何もかも台無しだろうけど。
「……あー、でもなんかイメージ湧いた」
「おぉ! どんなイメージだい?」
「歌舞伎で最初にやられる敵。なんかいばり散らしてる割に地味ですぐに死にそう」
「そんな」
どどんと二歩引いてカカーンと歌舞伎っぽいポーズを決める深海さん。一つまた思ったのはこの人いちいち動作が劇っぽい。なんだか何かの役を演じているみたい。そういうところがなんとなく歌舞伎とかそういう劇の登場人物のような浮世離れした印象を与えているんだろう。
歌舞伎見たことないんだけどね。
その後はしきりに心配する深海さんを押し退けて、一階に降りて朝食を食べた。深海さんはご飯派らしく、なんだかボタンのいっぱい炊飯器を持っていた。
ご飯は思わず美味しいなんて言ってしまうほど本当に美味しかった。でも深海さんはご飯の違いが分からないらしい。とんだ宝の持ち腐れだ。そう言ったら、深海さんは申し訳ないと深々と頭を下げてきた。食べさせてもらってるのは私の方なんだし、別にそんなことしなくてもいいのに。
おかずはセブンの金の皿でちょっとがっかりしたのは内緒。焼いただけの何かでも私は良かったんだけど……。
でも深海さんが美味しいからって言うから食べてみた。認めるのは悔しいけど普通に美味しかった。
ご飯を食べ終わって、私たちは深海さんが持っていた20年以上前の恐竜映画を観ていた。
私も今までに2〜3回ぐらいテレビ放送しているのを見たことがある作品で、その映画を観ているというよりは、なんだか夢のように穏やかなこの時を私は噛み締めていた。
「……さて、ご両親に連絡しないとね」
しばらくして深海さんがそう切り出した。
「連絡……」
現実を突きつけられた気がして、もう少しだけこうしていたいと欲が出ているのを認識する。
「別に、親と喧嘩した訳じゃないんでしょ?」
深海さんは私の一言も言っていない事情を全て知っているみたいだけど、そういう問題ではないのだ。帰るのが怖いんだ。
……でも深海さんが私のことを気遣って言ってくれているのも分かる。
何があったのか聞かないし、テレビも見せようとしないし。
これがただの誘拐だったら、とかこれが全部罠かもしれないと勘ぐってしまっている自分がいるけど、もうその時はその時だと割り切ってしまった。
少なくとも今のところ私を見つめる深海さんの瞳はそういう奴らの下卑た目には見えなかったから。
だからこそ、……まだ、まだ家に帰りたくなかった。私が居なければ家に悪さをする人が減るんじゃないかなって思って……。
……違う。
私は家に帰るのが怖い。
もう少し、この夢みたいに穏やかな家に隠れて居たい。
もう少し、もう少しだけ。
家に電話すれば帰らなきゃいけない。この時間も終わってしまう。
そう思った私ははたと思い出す。
「といっても、私の携帯壊れてるよ?」
あんなどしゃ降りの中を何時間という単位で晒されていのだから無理もない。元から液晶も割れていたし、使えるとはとても思えない。
深海さんが自分の電話を使うことも考えたけど、知らない電話番号なんてお母さんたちが出るはずがない。
そう思っていると深海さんは不敵な笑みを浮かべた。
なんとかできるって顔に書いてある。なんとかなんてして欲しくはないのだけど……。
「響ちゃんは俺を舐めているね。なぜ22歳の若造がこんな一軒家を持っているのかを、ね」
深海さんが何かを取り出す。
「水没した携帯ぐらい片手間で直せるんだよ」
差し出されたのは銀色のスマートフォン。見た目は普通のものより少しゴツゴツとしている。でも見た目もそうだけど私の持っていたスマホのカラーリングは銀色じゃない。
私は眉をひそめた。
「これ別の携帯でしょ?」
「ダメになってたり悪くなってたりしてる部品は全部とっかえちゃったからほとんど別物だけど、テセウスの船の理論で行けば同じ携帯だよ」
「テセウス?」
「あー……、まぁ、データは完全に引き継いでるから使って」
そう言って渡されたスマホを軽く触ってみる。普通のスマホと何が変わってるとかは分からないけど、今までも持っていた携帯とは全く違うはずなのに写真や電話番号のデータが残ってることは分かった。
「……深海さん、本当に頭いいんだね」
私がそう言うと
「でしょ?」
深海さんは私がそう言うとそれを当然のように受け止めてニヤッとするだけだった。まるで私の反応が当たり前だとでも言いたげだ。
「ほら、お父さん達も心配してるよ?」
ぎゅっと下唇を噛む。悪気は無いのは分かるけどスマホを握る手に力がこもってしまう。
心配してくれる深海さんに申し訳ないから、できるだけ平静を装ってスマホに目を向ける。
「……うん」
指先は重りをつけたように重かったけど、深海さんの見ている手前、私はスマホを起動させた。
中途半端な場所で切れているかもしれませんが、ここから1話分ぐらい飛ばすので一旦区切りました。
次回は既にお母さんたちと連絡し終わった時間帯で話が進みます。
流石に大切断すぎるのでこれを投稿したら注意事項追加しておきます。
*19/8/2 口調を調整しました。