「絶景、絶景。海と街を一望するなんて初めてだよ」
「そうかよ」
クリスたちはフィーネの屋敷を抜けた後、街の位置を確認するため、一度山の頂上に登っていた。
賢治が山の断崖絶壁の前に立って眺めているのは、鬱蒼とした森の向こうに見える海に面した近未来的な建物が数多く点在する都市。丘の上に建てられた先進的な造形をした建物はリディアン音楽院。真新しい大きな円形の建物は改装された装者たちに因縁深いライブドーム。その他にも立ち並ぶビル街や海を俯瞰視点で初めて見た賢治は興奮した様子でクリスに街についてアレコレと解説している。
──もう5分は超えてるぞ
そんな賢治の話を適当に聞き流していたクリスは、賢治の様子に先日のフィーネと同じオタッキーな雰囲気を感じて辟易していた。延々と街について解説する賢治に嫌気がさしたクリスは、山頂のゴツゴツとした岩の上に腰をどっかりと下ろすと頬杖をついて、賢治に聞こえるようにできるだけ大きく盛大にため息をついた。
「はぁ〜〜」
賢治の語りがピタリと止んだ。
「どうしたんだい?」
ギロリと賢治をねめつけるとクリスが手に持ったソロモンの杖の先を賢治にビシッと向ける。
「どうしたもこうしたもあるか。あたしは街の観光案内してもらうためにわざわざこんなトンガリ帽子のてっぺんまで来たわけじゃねぇ。街の方角を知るためにここに来たんだろう? 用事は果たしたんだ。なら後はこの森からとっととずらかって、その学校の下に本部なんぞ構えてる趣味の悪ぃ自衛隊うんたらかんたら二課と合流するだけ! だろ?」
「趣味が悪いって」
賢治がたははと笑う。
「んなコタァどうでもいいんだよ!」
荒ぶるクリスをどうどうとなだめて賢治が言う。
「少しぐらい景色を……。あ、いやなんでもないです。はい。……でも、地図が手に入らなかった以上これは必要な工程だったんだよ」
賢治がそう語るがクリスがケッと不満げな声を漏らした。
「それはお前のミスだろうが」
「そう言われると弱いんだけど……。1つだけ言わせてもらえば、向こうのが対策をガッツリしてたからダメだったのであって、俺は最善を尽くしたんだよ?」
「結果が出なけりゃ無駄だろ」
そっぽを向いたクリスがそう吐き捨てた。
賢治がぐったりとうなだれる。
「おっしゃる通りです」
しばし、うな垂れたまま固まった賢治。自分で言っておいてなんだが、賢治の落ち込みようが気になったクリスは賢治の顔を覗き込もうとした。
その直前、賢治がバッと顔を上げる。
「おぅ」
「さて、街の方角は確認できたし、いつまでもここに居るのも時間の無駄だ。そろそろ移動しようか」
そう言ってスタスタと歩いていってしまう。
賢治の切り替えの早さに若干たじろいだクリスだったが
「そうこねぇとな」
クリスの方も早々に威勢を取り戻すとその言葉を待ってましたと膝をパチンと叩いて立ち上がった。
「掴むぞ」
「うん」
クリスは賢治をムチで掴み、担ぎ上げると頂上までの道の横にある大きな岩壁に片足を掛けた。
「そんじゃ、サーフィンと洒落込もうか」
クリスのその様子を見て賢治は何かを察すると宙ぶらりんに吊るされたまま顎をさすってニヒルを気取って話かけた。
「サーフィンしたことあるのかい?」
クリスが満面の笑みを浮かべる。
ガンッ
笑みを浮かべたクリスが岩壁思いっきり蹴り飛ばした。
岩壁が割れて5mもあろう大岩がゆっくりと倒れ始める。
ズズーン
見た目より大人しい音で倒れた大岩は眼下の急勾配を滑り始め急速に加速していく。
「有るわけねぇっ、だろ!」
そう言うと共に駆け出したクリスは傾斜60度はあろう絶壁と言うべき岩肌をほとんど転がるように滑り落ちる岩の上に乗るため、山の頂上から飛び降りた。
「ひゃっはー!!」
ガッ、バシャァァン
クリスたちが着地すると共に大岩は一瞬沈みこみ、土砂を撒き散らすと、直後にガツ──ンと激突音を鳴らし、岩盤のスロープに導かれて宙へと舞った。
うっかり落ちた崖など生温い数百メートルの高さを大岩が岩石を砕き砂利を撒き散らしながら猛スピードで滑走する。
弾き飛ばされた小石がバチバチと派手な音を立て、山肌の起伏にそって岩を砕きながら滑り落ちる大岩はまるで雷のよう。
「楽しいなァ、おい!」
「あぁ、なかなかエキセントリックだ!!」
「エキセントリックって何だよ!」
「様子がおかしいって意味さ!」
「はっ、何だよ様子がおかしいって、意味わかんねぇ!!」
バリバリガリガリゴリゴリバチバチ
そのどでかい音と振動は味わった人など世界でも片手で事足りる程度の数しかいないほどの強烈なグルーブ。その全身を震わせる巨大な振動を感じながら、クリスと賢治は呵々大笑して坂を下っていった。
◇
特異災害対策機動部二課本部。
そこに集まる職員たちは、突如出現した完全聖遺物 ネフシュタンの鎧の反応を受け、慌ただしく動いていた。
司令部の扉が開き響が入って来た。
響が仁王立ちする風鳴司令の横に並ぶ。
「何があったんですか」
司令が見つめるモニターを響も見てみた。写っていたのは本部のあるこの都市の内陸側の地図だった。
「さきほど先のライブ会場の件で二課が喪失したネフシュタンの鎧が現れた。響くんにはその調査に向かってもらいたい」
「奏さんたちは?」
「2人はレコーディングでこの場を離れている。ネフシュタンの鎧を持った何者かは画面に見える森林からおおむね真っ直ぐこちらに向かっている。あと1時間足らずで街の郊外まで到達するだろう。その前に何としても接触しておきたい」
「なるほど、分かった。行きは?」
「ヘリを既に手配している。それを使ってくれ」
「了解」
聞く話も聞いたと、サッと立ち去ろうとする響に弦十郎が声をかける。
「ネフシュタンの鎧の反応は賢治くんが失踪した日にも検出されていた。鎧の持ち主が何か知っているかもしれない」
響が振り返り弦十郎の顔をじっと見つめる。
2人の目が合い、そのまま睨み合うように目を合わせ続ける。不意に響がふふっと笑った。
「別にそんなこと言わなくても、やることはちゃんとやるよ」
そう言って響は司令部から出ていった。その足取りは軽やかで力強かった。
◇
大岩の通り抜けた跡。それは惨憺たる有様だった。岩肌には巨大な溝が残り、木々はなぎ倒され、途中通過したアスファルトの道路も無残に両断されており、哀れな車が主人に置き去りにされていた。
その更に下。大岩が木々をなぎ続けて止まった地点から、さらに数キロm離れた場所、道路から外れた森の中でクリスは木々の間を駆けていた。
「クリスちゃん、もう少し右」
「了解」
クリスのムチに担がれた賢治がすいすいと木を避けながら進んでいく内に進路がズレていってしまうクリスに方角を教えて、方向を修正しつつ、2人は街の方へ着実に進んで行っていた。
「木が邪魔じゃない? 樹冠を飛んで歩けないかな?」
そう言って賢治が10mを超える森林の樹木の先端を指差す。
「ンなことできるか。あたしは忍者じゃねぇんだぞ」
「じゃあ、このムチでターザンのように移動とか」
そう言って今度は自分の体に巻きついたクリスのムチをつつく。
「出来てたまるか! あたしを何だと思ってやがる!」
そう大声をあげたクリスに対して、賢治がうーんと思い悩んでポンと手をついた。
「優しいクリスちゃん?」
「なんダァ!? そりゃ」
頓狂な口説き文句を言い始めた賢治に慌てるクリス。
「いやほら、辛い想いをして尚、世界平和を目指す崇高な精神というかね。クリスちゃんの一貫性のある姿勢とか、ぶっきらぼうだけど何だかんだ助けてくれるところとか」
「止めろ止めろ! 背筋が寒くて凍っちまいそうだ」
「あぁ、ごめん」
「たくよぉ……」
担がれてクリスの顔が見えない賢治。嫌がっているような口ぶりに素直に謝るが、クリスと言えば顔が真っ赤で頰の熱さを誰にという訳でもやく誤魔化すために頰を拭っていた。
◇
「つーか、さっき言ってた無茶、お前はできるってのかよ」
頰の赤みもおさまった頃、クリスは賢治の言った忍者ごっこの話題を振った。クリス的には暇つぶしのただの話題な訳だが。
「まぁ、できるわけ「できるよ?」できんの!?」
賢治の一言に驚くクリス。
「え、何、お前忍者なのか! 科学者で忍者なのか!?」
「俺は忍者じゃないけど、体術の師匠がスーパーマンと忍者なんだよ」
「スーパーマンと忍者!? そんな奴ら実在するのかよ!」
「俺も実物を見るまでは信じられなかったけど、いるもんなんだよねぇ。スーパーマンの方は生身でビル倒壊させるし、忍者の方は分身するし」
「それはもはや人間じゃないんじゃねぇか?」
「俺もそう思って血液検査したんだけどね。生物学上は人間なんだよねぇ。人間の可能性ってすごいよ」
しみじみと言う賢治に引っ張られ信じかけたクリスだったが、賢治の話があまりに頓狂すぎることを思い出してハッとなった。
「ちなみにそいつら何処にいるんだよ。中国の山奥とか言ったらぶっ飛ばすぞ」
「二課に行ったら会えるよ。スーパーマンの方はそれこそ毎日」
「……マジでか」
「マジだよ」
「マジかよ。……つーか、そんな奴らいたらシンフォギアとか要らねぇんじゃねぇか?」
「言ったでしょ、生物学上は人間だって。炭素生物である以上ノイズ相手じゃ流石にどうしようもない。さながらゴーストタイプに対するノーマルタイプのように」
「あたしゲームについてはさっぱりだぞ」
「あぁ、そうか。国民的アニメも知らないのか」
「……知っといた方がいいのか」
「まぁ、一般常識だね」
「……そうか」
──いい子だなぁ
賢治の言葉を一も二もなく信じる純粋なクリスにそんな感想を抱いた賢治だったが、不意に何者かの視線を感じた。
「クリスちゃん」
「ッ! あぁ!」
賢治の声と共にクリスも何かを感じたらしく、大きく跳躍して一度樹冠の上へ飛び出した。一目では分からないがよくよく見てみると木々の間に青や黄色の蠢くモノが見える。
「「ノイズ!」か」
クリスがひらけた場所に降りると同時に賢治にソロモンの杖を投げ渡す。
「持ってろ」
「うん、預かっておく」
賢治を担いでいるため右手一本で臨戦態勢に入ったクリス。クリスがムチを構えると同時にノイズが木立の合間から顔を覗かせる。
「ちょせぇ!」
振るわれたムチは容易く木々を両断しその裏に潜んでいたノイズを諸共に葬り去った。
◇
二重三重と放たれるムチの波が辺り一面の木々を刈り倒し、周辺が真っさらになった頃、ついにその人は現れた。
「随分と派手に暴れているな。逃亡者の身の上なのだろう? もっと慎ましく動くべきではないのか?」
2人の前に現れたの髪をおろした櫻井了子。否、フィーネ。
「フィーネ!」
「やっぱり、貴女だったのか」
クリスのムチによって宙ぶらりんとなった賢治の様子をフィーネが薄く笑う。
「間抜けた格好だな。似合っているぞ賢治」
「ふん、貴女の方こそ変人さが抜けて、全身悪党根性が滲出てますよ」
「フン、強がりを。褒め言葉と受け取っておこう」
フィーネが指を鳴らすと、何処からか緑の光が辺りに差し込み、ノイズが現れる。
「ノイズ……だと……ッ!?」
驚愕するクリスをフィーネがせせら笑う。
「お前が賢治に絆されていたのは知っていた。いずれこうなる事も想定の範囲内だ。賢治、お前とて裏切ると分かっている駒の元に無二の道具を預けはしまい?」
賢治に同意を求めるように目線を向けるフィーネ。
「……でしょうね」
そう言った賢治を後ろに下げて、クリスがフィーネと会話をするために一歩前へ出た。
「……駒だと。フィーネ、アンタあたしを駒と呼んだのか!?」
賢治を掴むムチが緩み賢治が地面に落ちる。
クリスが無意識に握った拳から血が滲む。
「アンタは! 「敵に取られた駒と話す舌など私は持たぬ」
クリスの言葉を遮るようにフィーネはそう言い放った。
クリスの話など初めから聞く気もなく、まるで名前も知らない誰かから送られたラブレターを破るように、フィーネは何の感慨も無くクリスを切り捨てた。
クリスが膝から崩れ落ちへたり込んでうな垂れる。
そんなクリスを庇うように賢治がクリスの前へ立った。
「貴女は……、酷い人だな」
「それをお前が言うのか。私からクリスを奪ったのはお前だろうに」
「二課からクリスちゃんを奪ったのは貴女だ。いや、それだけじゃない。奏ちゃんの両親も、ライブ会場の惨劇も」
「突然どうした? 今までの事件を何もかも私のせいにするとは。いったい何処にそんな証拠があると言うのだ」
「その無理やり押し付けるような話し方、俺嫌いなんですよ」
「そうか、悪かったな」
使った鼻紙を捨てるように軽薄にフィーネが言う。当然、その言葉からは治す気などさらさら無いのが分かる。
「貴女と言う人は……」
賢治の側もフィーネ、了子の物言いに慣れているため辟易した様子。
「証拠は無いですよ。でも、貴女の持つ本物のソロモンの杖なら、全ての事件を故意に起こすことが可能だ。単純な事です。犯行が可能な人間が貴女1人だった。それだけの事です」
「怪しいからと言って、人を責めるのはどうかと思うぞ」
くつくつと笑うフィーネ。
「貴女には動機がある。カ・ディンギル作成のための力が必要だった」
「……さて、カ・ディンギル?ゲームのやりすぎではないのか?」
「……もういい。もう問答はたくさんだ」
──フィーネは取り合う気など鼻から持ち合わせていない。
そう判断した賢治は左足を大きく一歩踏み出し腰を沈めた。
右手はソロモンの杖のレプリカを握りしめ、左手は小指から順に滑らかに折り曲げて綺麗な握り拳を作る。
賢治の構えをフィーネが値踏みする。
「弦十郎から習った発勁か。しかしお前のソレは弦十郎のものとは違い整体としての意味合いが強いはず……。フッ、そんな太極拳もどきで私を倒せるとでも?」
「丸腰の貴女なら勝機はある」
「お前ごときの目に見える場所に私の武器が置いてある訳無かろう? そこの駒とて元諜報機関である二課からも、何年も隠し続けてきたのだからな」
もっとも、隠して来たのにも関わらず自分から逃げ出す駄犬だった訳だがな。そう言い放ったフィーネは空の両手を広げ悠然と立ったまま心底面白い話を聞いたかのように下品に大声で笑った。
「アンタ……もう黙っててくださいよ」
「黙らせれば良いだろう? そのために構えたのではないのか?」
そう挑発された賢治だが、武器を持たないにも関わらず余裕の表情を見せるフィーネの不気味な様相に手を出すのを躊躇してしまう。
今の賢治にとって最も重要なのはフィーネの討伐ではなく、自身とクリスの安全の確保である。時間をかければ二課の装者が来る以上、時間稼ぎも上等だと思っていた。
互いが互いをせせら笑いながらも、場の硬直が続く。
「こっの! ヤロォォォォ!」
その均衡を破ったのは怒りによってショックから立ち直ったクリスだった。どこまでも自分を駒として扱うフィーネへの怒りを乗せて、賢治の背後から飛び上がるとその身体を両断するように左右からムチを走らせる。
巨木すら容易く断ち切るサメの歯状のムチはフィーネの身体を容易くなますに切り刻むことができる。
はずだった。
「ッ!!」
クリスがフィーネに向かってムチを放つ瞬間、まるで待ちわびた花火が打ち上がった時のようにフィーネは喜色満面の笑みを浮かべていた。
「お前は本当に扱いやすいなァァァ!! クリスゥゥゥ!」
左右から迫り来る刃をフィーネがはっしと掴んだ。
その瞬間、クリスが何かを引き剥がされる感覚と共に何かに引っ張られて体勢を崩して転がり落ちる。
「あ゛っぐ」
「クリスちゃん!」
賢治が地面に落ちたクリスを抱えると、その時には既にネフシュタンの鎧は桜の花びらのようにバラバラになってクリスから離れており、クリスは元の赤のワンピース姿へと戻っていた。
「直情馬鹿は扱い易くて本当に助かる」
その言葉に反応して賢治が視線を向けると、クリスから剥ぎ取られた花びらに覆われたフィーネの姿。数瞬後、そこには金にカラーリングの変化したネフシュタンの鎧を纏ったフィーネの姿があった。
「所詮、お前の持つネフシュタンの鎧は私から借りた物。親に手をあげるためにオモチャを使う。正しい使い道も分からない愚図にいつまでも持たせておくわけがないだろう」
その物言いに対してクリスを抱き上げた賢治は何も言わずフィーネを睨む事しかできない。
「フッ、さっきまでの威勢はどうした?」
「この下衆」
「下衆ではない。あるべき場所に戻しただけ。ただ成すべき事のために必要な事をしたまでのことよ」
フィーネがジャラリと肩の突起をムチとして垂らす。
「そして……、お前たちは既に用済みだ」
フィーネが鋭くムチを放つ。
賢治はクリスを抱きしめて、沈み込んだ右足を強く踏みしめ僅かに捻った。
「俺はアンタには勝てない。それは事実だ。だから逃げさせてもらう」
その言葉を置き見上げにして、賢治は右足の靴に仕込まれたスプリングを解放して樹冠の上まで飛ぶと、木の頂点を正確に踏みしめ、足場にして忍者のように森の上を走り去る。
完全聖遺物を纏ったフィーネと言えども、障害物を全て無視して高速で走る人影を追う事は不可能。
自分で追う事を諦めるとフィーネは手元のスマートフォンを取り出すと誰かへ追撃を命じた。
「緒川から学んだ体術か。弦十郎の発勁と合わせてなかなかの身のこなしだな。半病人でありながらよく動くものだ。……だが、街まで体力が持つかな?」
くつくつと笑うとフィーネは森の中へと姿を消した。
*プロローグを削除いたしました。その分良いものを作る努力をいたしますのでよろしくお願いします。
戦姫絶唱シンフォギア わだつみの抱く光
次回「マジで3分しか持たないウルトラマン」