かの有名なツインボーカルユニット、ツヴァイウィングの2人が在学している私立リディアン音楽院。そこからほど近い喫茶店に、いつもより小綺麗な服装をして、いつもよりクマを2倍深めた深海賢治が憮然とした表情で誰かを待っていた。
彼の足元には革製のアタッシュケースが置いてあり、彼の用事はそれに関連することが分かる。
時間は正午過ぎ、約束の時刻から既に20分が経過しており、相手から連絡がないことに対して、賢治は内心苛立っていた。
カランカラン
店の扉が開かれ予定の時刻になってから何人目かの客が入る。アタッシュケースの中身が一般人に見せるにはあまりよくない品だからと言う理由で、店の中で一番奥のテーブル席に陣取ったことで、席から入り口が見えず、喫茶店に誰が入ってきたのか分からない。
賢治は、20分も遅れればもう連絡してから来るだろう。と半ば諦めた様子で響に何を買って帰ろうかと考え始めていた。
「おっまたせー、待った〜?」
不意に賢治に声をかける影が一つ。
ピンクのチュニックに白衣を羽織り、栗色のロングヘアーをお団子状にまとめた髪と赤いアンダーリムの眼鏡。
櫻井了子。
自衛隊特異災害対策機動部二課に所属する自他共に認める天才考古学者。そして深海賢治の取引相手である。
「注文した奴、出来てる?」
そう聞きながら了子は席へと座る。
実際のところ、取引と言ってもここでやっているのは商品の受け渡しのみであり、取引自体も賢治が彼女から注文された部品を作って渡しているだけだったりする。
遅れたことに対して連絡も無くそのまま来るのか。と、賢治は内心では驚いていたがそんなことはおくびにも出さないで、落ち着くためにコーヒーを一口飲んで答えた。
「もちろん出来てますよ」
賢治がテーブル下からアタッシュケースを取り出すとパチパチと金具を外して了子に渡そうとするが、
「あ、ちょっと待ってね。すいませ〜ん。オリジナルブレンドコーヒー一つ。ブラックで」
少しして遠くから店員が返事するのを確認して了子が向き直る。
「さっ、見せてみて」
マイペースな彼女に肩を落としながら賢治がアタッシュケースを差し出す。
差し出されたアタッシュケースを了子が受け取り、早速それを開くと、その中には一つ一つがプラスチックのケースに入れられた金色の金属片がアタッシュケースの中にぎっしりと詰められていた。
「いつ見ても見事なものね。人造聖遺物片。下手をすれば……、いいえ、下手をしなくても発掘で見つかる力を失った聖遺物の破片よりもよほど価値があるものがこうもずらりと」
「注文の通りの筈です」
「注文通りなんてレベルじゃないわよ。最高、完璧! シンフォギアにそのまま組み込めちゃいそうな完成度ね」
「……」
キツく睨む賢治に了子はおどけてみせた。
「別に回路の情報を寄越せなんて言わないわよ。でもこのパーツを上手いこと聖遺物に結合させるとどういう訳か奏者の身体への負荷が軽減されるのよね〜」
「シンフォギアの大元である聖遺物は元の状態から砕け散った後のカケラです。砕ける過程で与えられたダメージが俺のパーツを加えることによって修復されているのでしょう」
「なるほどね。面白い考えだわ。そのことについても調べてみたいけど、今は司令部の拡張案とかで忙しいのよねぇ。研究を増やすなんてとても出来ないぐらい忙しいんだけど……あーあ、どこかに私と同じぐらい賢い天才科学者が暇してないかなぁ」
そう言って了子が賢治の方をチラチラと見てくる。
「興味無いです」
素っ気なく返す賢治に了子は更に言い募る。
「嘘ね。目が泳いでる。ね、本当は興味はあるんでしょ? この機会に戻ったら」
「俺は戻るつもりはありません」
了子の言葉を賢治はバッサリと切り捨てた。彼の顔は険しく、嫌悪感すら滲ませていた。
「……なら、どうして技術を回収したの? 自分しか実現できない技術だったとしても、データバンクから消す必要は無かったでしょう? アレだけの技術、ちょっと論文を書くだけでノーベル賞が取り放題」
ダン!
テーブルに拳が叩きつけられ賢治が跳ね上がる。彼が今こうしている理由の一端にはその共有していたデータの件が関わっていた。そして櫻井了子は、研究室の所長としてその事を当然知っていたのだ。
賢治の表情は更に険しく歪み、怒りを露わにしていた。
「あら、怒らせちゃった? ごめんなさい」
「……だからアンタ嫌いだ」
飄々と言ってのける了子に賢治はそう吐き捨て、テーブルに五百円玉を叩きつけて喫茶店を出て行った。
静謐さが売りの喫茶店の中で賢治は派手に騒いでしまっていたが、実のところここ一年で同じような事がこの喫茶店では既に4回も起きており、それらは全て了子のネゴシエーションによってお咎め無しにされていた。今回も喫茶店の店主や常連の客はもう慣れっこと言った様子で何事も無かったかのように振舞っている。
唯一アルバイトの子だけがワタワタしていたが、了子が一言二言会話してこれも落ち着かせた。
相手を失ったテーブル席で櫻井了子はようやく届いたコーヒーを飲みながらのんびりと次について考えていた。
僅かな休憩時間を割いてここへ来たので、このまま戻ってしまうよりここで落ち着いて考え事をしておいた方が良いと判断したのだ。しかしその顔は人々を救う特異災害機動部二課の櫻井了子ではなく、また別の顔を覗かせていた。
「いい奴だよお前は。志は高く、腕も確か。そのくせ性根はガキのままだ」
櫻井了子が口が裂けてしまうほどに凄惨ににやりと笑う。
「故に御し易い。こうして少しばかり金をやるだけでいいように孤立させ利用できるのだからな。どれほど腕が良くてもこうなってしまえば形無しだな」
フフッと含み笑いをこぼして、フィーネはコーヒーをくいっと一飲みした。
◇◇◇
賢治さんの家に転がり込んでからあっと言う間に数日が経ってしまった。
お母さんから連絡が来て、どうなることかと思ったけど、賢治さんにうちは危険だから預かってあげて欲しいとまで言ってくれていた。
……当然、お母さんたちの言葉は私のことを心配してのことなんだろうけど。
……悪い考えなのは分かっているのだけど。
どこかでお母さんは自分を疎ましく思っているのではないのか。そういう悪い考えが頭をよぎってしまう。よぎらざる得ない。私が生きていたせいで父さんが居なくなったのだから。
きっと賢治さんが居たならそんなことないって言ってくれるはずなんだけど……。
今、賢治さんは出掛けていて家の中は私だけ。出て行く前に私が何かすると思わないのかと聞いたら、する訳ないと断言されてしまった。小っ恥ずかしい。その信頼はどこから来るのだろうか。
助けたから裏切られることなど無いとでも思っているのだろうか。もしそうなら……甘い考えだと思う。
数日間ここで過ごしているけれど、やっている事と言えばリビングで膝を抱えてじっとしているばかりだ。誰かの罵声が聞こえることもなくただ時計が時を刻む音しか聞こえない部屋は、普通の人にとっては簡素でつまらないように思われるけど、この数ヶ月、騒音すら生温い罵声を山のように聞かされてきたから、むしろこの静寂がありがたかった。
静寂と言えば、数日過ごして賢治さんは基本的にもの静かな人だということが分かった。私と話す時は気取った話し方をするけど、この数日で一度だけ来た電話で彼はとても簡便な物言いをしていた。仕事の話だと言うけど、仕事の相手に愛想も何もあったもんじゃない喋り方はダメだと思う。
その他には家にいる時間の多くを地下にあるという工房で過ごし、地下からは何も聞こえてこない。
ただ一つだけ気になることがある。
賢治さんは自分の仕事を悠々自適な自営業と言っていたのに、どうして朝から晩まで研究に没頭しているのだろうか。
私は今まで一度も賢治さんが眠った姿を見たことがない。いつ起きても、必ず賢治さんは起きていた。彼はいつもいつも目のクマを深くしているけれど、彼は寝る間を惜しんで一体何の研究を誰のためにやっているのだろうか。
そんな疑問が浮かんできたが、答えの出ない問いは時の流れに流されて消えていった。
深海賢治
現時点で22歳
うちのオリ主。基本的にビッキーの一人称なので何考えてるかあんまり分からない。けど大して深い考え方はしていない。
女の子が困ってる→助けよう。その程度。
・好きなものは発明で、嫌いなものは眠ること。目のクマが消えないのも寝る間がもったいなくて眠気に耐えきれなくなるまで活動しているから。
・人とあまり関わろうとしないが根本的には熱血系で融通が利かない。
・櫻井了子の教え子の中でダントツで優秀。ただし研究を最優先させる了子自身のことは嫌っている。1年前の一連の事件から了子の派閥に嫌気がさして自衛隊特異災害機動部二課から離れ、現在は1人で活動している。