後はいかにグレビッキーを可愛く書けるかだ!
*前の副題があまりに深夜テンションだったのでもう少しマトモな副題に変えました。
「買い物? ……私も行かないとダメなの?」
「今日買いたいものは響ちゃんが選ばないといけない類だからねぇ。響ちゃん、いつも同じような地味ぃな服ばっかり着てるでしょ? まぁ、その一因は俺が買ってくる服にもあるんだけど……。けどやっぱり花の中学生がそれはダメだと思うわけだよ。夏休みのうちに春までの服を買っておこうかと思ってね」
今から春までって、賢治さんはちょっと女子のファッションを舐めてる気がする。……今の私が言えることじゃないか。賢治さんが言う通り、暗い色合いの同じような服ばかり着ているから。
「でも買っておくって言ったってどこで。……近くは嫌なんだけど」
「それについては大丈夫。絶対に大丈夫なところに心当たりがある」
賢治さんが自信ありげに自分の胸を叩く。
「……そんな所あるの」
「有る。あと30分ぐらいしたら出るから支度して」
「……うん」
支度。と言っても今持っている服に大した種類はない。賢治さんが買ってきたものは男女共用というか、買うときに不自然じゃないように賢治さんの体格に合わせて買ってきた服ばかりなのでみんなブカブカだ。下は基本ジャージ。
そんなものしかない中で出かけるのなら……
「結局これか」
私はタンスから久しぶりにいつもの灰色のパーカーと短パンを取り出した。
◇
丘上に私立リディアン音楽院高等部がそびえる商店街。私たちは今そこの入り口にいた。
「ここが……絶対に大丈夫な場所?」
「そう、かのトップアーティスト『ツヴァイウィング』の在籍する私立リディアン音楽院からほど近い商店街。ここに居る人々はみんな君の味方だ。まぁ、一部の腹の内はっとと、こんな話するもんじゃないか」
たははっと笑って誤魔化す賢治さんだがそこまで言ったら手遅れだ。けど賢治さんが言うにはそういう人達はここには全くいないらしい。
リディアン音楽院の学生御用達のこの商店街は、過去にツヴァイウィングの2人が無事なことに対していちゃもんを付けに来たテレビ局がものの数分で叩き出されたという逸話まであるそうだ。
中に入るとやはり女の子人気を狙ってかポップさをウリにした多種多様なお店が立ち並んでいる。そんなオシャレな雑貨店や飲食店の中には、老舗と思われる古めの外見をした生活用品や食材を取り扱った店舗も混じっている。けど、双方は互いにぶつかりあう様子はなく、商店街らしさを残しつつ女の子のための機能を確保していた。
「いい……所だね」
「おや」
「……なに」
「響ちゃんにここを見てもらおうと思って来たんだけどね。実のところ、なんでこんな所に連れて来たのかーとか、わざわざ商店街なんて選ばず直接お店に入ればいいじゃない。とか言われると思ってたから」
「……それって、私にこういう風情を理解する感性が無いって思ってたってことだよね」
「い、いやー、そそぅ、そんなことないよ」
「深海さん嘘下手だね」
「……うん、ごめん。でも感性が無いと思ってた訳じゃないよ。ただ……」
「ただ……何?」
「……こういう明るい所は苦手なんじゃないかなって」
はっ?
「なにその日陰者の仲間意識みたいな奴」
「日陰者!?」
「日陰者でしょ。商店街行くのが怖いって……」
「お、俺はただ響ちゃんに負担がかからないように、色々と」
「あ、そう。ありがとう。でもそれはもう杞憂に終わったよね。なら早く案内して。それとも初めて来たの?」
「いや、何度も来てるそれなりに馴染みのある場所なんだけど……」
この商店街に何度も来てるってそれはそれでなんというか、なんというかな気がするけど……。
ひとまずそれは置いておいて
「ならさっさとして」
「本当ごめん」
「……誠意が感じられない」
「すいませんでしたァ!」
「うん、いいよ。実はそんなに怒ってなかったし」
「そうか。そうかぁ、良かった〜。じゃ、行こうか」
一瞬反省しただけですぐに気を取り直した賢治さんに少しイラっとして、ぐにぃっと賢治さんの頬っぺたを引っ張る。
「ああ゛あ゛(あだだ)」
「そんなに怒ってない。は怒ってない訳じゃないから。もう少し反省してるフリぐらいして」
「ふぁい(はい)」
賢治さんが返事をしたのを確認して手を離す。
ふぅと息を吐き頰をさする賢治さんを置いて、私は先に歩きだした。
「それじゃあ、行こうか」
◇
そのあと賢治さんの前を先行したは良いものの、結局、商店街を歩く人々の明るいオーラにまいって足取りが重くなってしまい、気がつけば賢治さんの横まで戻ってきていた。
賢治さんが横に並ぶ私を見てニヤニヤしながら見ているのに気付いた私は、恥ずかしくなって脇腹に一発パンチを入れてしまった。
腰をひねって打ち込んだせいでずいぶんといい手応えを得てしまった。
ぐぅとうめく賢治さん。歩きがおぼつかないようなので手を握ってあげる。
そういえば、昔より随分と喧嘩っ早くなってしまった気がする。まぁ、前が前だし、それも仕方ないか。その事については割り切ることにした。
リディアン音楽院も夏休みなのか、平日でありながら道行く人は多く、どこかの学校の女の子たちや主婦だと思われるおばさんやお婆さんでひしめき合っている。そんな中、男性は確かにいるものの、基本的には女性の付き添いで、圧倒的にマイノリティだった。
その中で背筋を正したせいで頭一つ抜けてしまっているマッドサイエンティスト顔と、オシャレな商店街で可愛い格好をしていない私の組み合わせはかなり目立つ。
「うーん、やっぱり視線が気になるな。やっぱり女の子がこんな地味な格好しているからだろうか」
そう賢治さんが手を顎に当てて考えているが、それは絶対違う。みんなが見ているのは明らかに賢治さんだ。さっきまで大笑いしていたお婆さんたちが一斉に息を潜めてこっち見てたけど、あの人たち十中八九賢治さんについて話してた。
私は絶対おまけ扱いで眼中に無かったと思う。というか逆に気付かれると賢治さんの立場が余計危うくなるんじゃないだろうか。
こんな状態で堂々としていられるなんてきっと賢治さんの心臓には毛でも生えているんだろう。
◇
「そ…………や……ね…………だ。でね、響ちゃんがあまり目立つ格好は嫌だっていうのは分かるよ。俺にもそういう節があるからね。でもやっぱり今のうちに色々とオシャレすべきだと思うんだよ。俺は」
「……そうだね」
商店街を半分くらいまで歩く間、賢治さんがいろいろと話しているのに適当に相槌をうつが半分以上話が入ってこない。今の話だって賢治さんに節があることしか伝わっていなかった。
私たちは他愛ない話をしているはずなのに、商店街全体の緊張感が心なしか高まっている気がする。女の子たちは意図的にこっちを見ていないけれど、噂好きなおばさんたちは皆一様にこっちを一度は観察してくる。
どうしよう。なんだかこのままだと賢治さんが捕まってしまう気がして仕方がない。素行の悪いテレビ局員を追い出すような人たちなら、怪しい人について警察に連絡するぐらい造作もないだろう。
「元気ないけど、どうかした? お腹空いてる?」
元気無いのもどうかしてるのも賢治さんのせいなんだけど
「……あんまり」
「じゃあ、先に服買うかい」
「……うん、それがいいと思う」
「お。そうかそうか〜、こんなガーリーな場所に来てしまったから、ちょっと乗り気になっちゃったのかな。いいでしょう。洋服代はこの賢治さんが持とうじゃないか。さぁ好きなお店に」
半分以上間違ってる。ガーリーな場所にこの格好でズカズカと入り込んでいるから居心地が悪いんだ。そして近くのおばちゃんたちの目が怖い。なんか秘密捜査官みたいに見える。懐からシャッとガラケーを取り出して110番されちゃいそう。
「……早く行かない?」
急かしたくて賢治さんの腕を緩く引っ張る。
「うーん、俺としてはもう少し商店街の様子を見て回りたいんだけど」
よくもそんな事言えるもんだと正直びっくりする。そんな場違いな格好でいつまでこんな所にいたらそのうち賢治さんが叩き出されてしまいそうだと言うのに。
もう片方の手も使って賢治さんの腕をぐっと引き寄せる。
いつもと違って猫背じゃない賢治さんはそれでも私よりずっと背が高くて、自然と目線が上になる。
「私はそろそろ服選びたいんだけど、ダメ……かな?」
……まぁ、あれだ。
私がやっても効果無いと思うし恥ずかしいけど、精一杯の上目遣いでそう話かけてみた。
「ッ! 、ははっ、いやー、そんな慌てなくても女の子をターゲットにしたお店はいっぱいあるんだから一通り見てから」
賢治さんがそっぽを向いてそんな悠長なことを言う。効果有ったの? まさかね。それよりこっちはそれどころじゃないんだって。
「……もう決めたから。早く行こう。……ね」
掴んだ賢治さんの手を引っ張ってずんずん進んでいく。
「あぁ、ちょっと」
「いいから」
進むたびに加速度的に周囲の目線が痛くなってくるように感じる。なんだろうか、大金を持っていると周囲の人が全て悪人に見えるのに近い気分。抱えてるのは爆弾だけど。
いい加減、だんだん早足になっていった結果小走りぐらいになってやっと見つけたそれっぽいお店に入る。
店に入る前におばさんたちの会話が偶然耳に入ってきた。「あの人、女の子連れてるよ」「どこの子かしらねぇ」「攫ってきたとか」「ありえる」「いつもあんな格好してて女の子が寄ってくるわけないしねぇ」って言ってるのが聞こえた。
賢治さん1人でこんな所に来ているんだろうか。だとしたらこの人、真面目にヤバい人なんじゃないか。
……今更か。
……でも、確かに自分から寄ってくる子がいるような人じゃないけど、賢治さんは決して悪い人ではない……と思う。
うん。
時系列
現在、中3の夏休み。