わだつみの抱く光   作:筆折ルマンド

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投稿ペースが乱れたのでお詫びとして文量2.5倍です(ただ書きたいこと書いただけ)

夏要素は無いです
…糖度が足りない気がするんだ


二人でサマーデイ

 夏休みも残り1週間。学校の宿題の最後は自由研究。極力外出を控えたかった私はふとある研究を思いついた。

 

 朝食後のリビング。白紙のノートに走り書きで自由研究の題名を書き込んだ私はさっそく自由研究に取り組むことにした。

 

「……」

 

 じっと賢治さんを観察していると、視線がむず痒いのか賢治さんが話しかけてきた。

「……何かな? 響ちゃん」

 

「別に……自由研究」

 

「自由研究」

 ぽんと賢治さんが手を叩く。

 

「何をすればいいか一緒に考えてほしいんだね?」

 

「……違う」

 

「違うの?」

 

「違う」

 

「そうか〜。じゃあ何を研究するかは決めてるのかい」

 

「うん」

 

「へ〜。ちなみに何を研究するんだい」

 

「不眠症の人間を眠らせる方法」

 

「え?」

 

「不眠症の人間を眠らせる方法。強硬手段は含まず」

 

「あ、うん」

 スッと賢治さんの顔に手を添えて目元を親指でなぞる。そこには血色の悪い紫のクマがべったりと付いている。もちろん指でさすっても取れるなんてことはない。

「……賢治さん。ぜんぜん寝てないでしょ」

 

「まぁ、俺はそういう人間だから」

 

「身体、壊しちゃうよ」

 

「俺は丈夫だから平気だよ」

 賢治さんの顔から手を離し、腕に触れる。ぞっとするほど冷たい。

 

「……こんなに手も冷たいのに?」

 

「……そういう体質なんだよ」

 じっと賢治さんを見つめると私の手を振り払って賢治さんがそう言う。

 

「……じゃあ、最後にきちんと寝たのいつ?」

 

「毎日ちゃんと寝てるよ」

 

「ほんとに?」

 

「本当だって」

 そう言う賢治さんだが、今まで何度か夢見が悪くて早く起きたり、逆に寝付きが悪くて夜中まで起きていたことは何度かあったけど、ついぞ賢治さんの寝室のドアが閉まっている所は見たことがなかった。

 もしかしたら地下にあるという仕事場に賢治さんが重用してるベッドがあるかもしれないけど、きちんと寝ているのならこのクマがいつまでも付いているのはおかしい。最近は仕事も無さそう。言っちゃ悪いけど暇そうにしていたのだから。

 

「……本当かどうか、今日の賢治さんの生活を見て、ちゃんと寝ているか確かめるから」

 

「別にそんなことしなくてもいいって。自由研究ならほら、前ノイズの話したじゃないか。アレを記事にすればいいと思うんだけど」

 

「賢治さんが言ってたでしょ。国が極秘にしてる情報が混じってるから不用意に人に言っちゃダメだよって。私、極秘の範囲よく分からないからうっかりダメなこと書いちゃうかもしれない」

 

「あちゃあ。でもさ。別の研究でもいいと思わない? 俺の生活習慣がちょっとぐらい悪くたって響ちゃんには関係ないでしょ?」

 

 賢治さんの足に緩く体重を掛ける。

 ギョッとした賢治さんの手を掴む。

「……関係無くない。私は賢治さんが一番長く遊んだ友達……。親友だよ。親友が友達を心配するのは当たり前なんだよ」

 

「そ、そう言うものかな?」

 

「そう言うものだと思う。私も昔。しんっ……。と、も……。ぅぅぅ」

 

 言葉が出なくなってしまった私の手を賢治さんがぎゅっと握り返す。

「そう言うものかな」

 

 賢治さんがいつものように淡く微笑む。その時々によって胡散臭かったりうすら寒かったりすることもあるけど、それでも賢治さんの優しさはいつも変わらなかった。そのことが私を安心させてくれる。

 

「……うん。そう言うもの」

 

 私がゆっくりと手を離すと賢治さんが頰をかく。

「お手柔らかにね」

 

「……賢治さんがきちんと寝ていればいいだけだよ」

 

「いや〜、うん。そうだねぇ。睡眠は大事だよねぇ」

 歯切れの悪い賢治さんの生返事にさっきの毎日寝ていると言うのが嘘だと分かった。

 

 

 ◇

 

 

「ここが賢治さんの仕事場……。ごちゃごちゃしてるけどかなり広いね」

 賢治さんの家の地下。初めて入ったけど、凄い秘密基地って感じがする。地下に続く階段は螺旋階段だし、地下室と言うには大きすぎるホールには、図書館の二階にあるような無数の移動式の大きな棚と工場で使われるような大小様々なロボットアームが鎮座していて、更には部屋中にレールが敷かれていて奥にある一室に繋がっている。

 

「庭の下とか車庫の下も全部地下室になってるからね。一階より断然広いよ」

 

 そう言って賢治さんはずんずんと棚やアームの横を進む。

 

「まるで工場みたい」

 

「やってることは同じだしね」

 

「同じ?」

 

「そう、世界でただ一つ、ここだけにしかない従業員一名の擬似異端技術素材製作所。それがこのラボって訳」

 レールの繋がった先の扉を開いた賢治さんに招かれ、奥の部屋に踏み込む

 

「ここが……。ラボ?」

 そこは家の一室程度の広さの部屋だった。右手には何かのドアとクローゼット、そして大きな本棚があって、本棚には難しそうな題名の本がぎゅうぎゅう詰めにされていた。中央にはくたびれたソファ。その正面にテーブル、更にその向こうにはテレビ。横には何故かカラオケマシンが置いてある。その横には冷蔵庫があって、入った扉の反対側はガラス張りの真っ白な作業部屋が見える。

 

「そう! トイレ、冷蔵庫、ネット回線、冷暖房完備。生活するのに必要なモノが全て揃った完璧な作業場! ココこそ、俺の城さ!あ、工房はもう一つ向こうね。流石にここで仕事しないよ」

 

「……」

 何を言えば分からないけど、とりあえず必要なモノが全て揃ったと言っておきながらお風呂が無いのは問題だと思う。

 

「賢治さんここで寝てるの?」

 そう私が指差したのは中央がベッコリへこんだくたびれたソファ。

 

「まぁ……そうなるね」

 

「……はぁ」

 

「何、そのダメだコイツって感じのため息、賢治さん傷ついたよ!?」

 

「……。……はぁ」

 

「やめて、そのため息! 呆れてものが言えないってのを的確に表現しないで、来るから、結構胸に刺さるから」

 

 騒ぐ賢治さんを尻目に冷蔵庫を開ける。案の定そこにあったのは全段を埋める栄養ゼリー飲料とコーヒーボトルの山。

 

「賢治さん」

 

 私と目が合うと賢治さんが目に見えてオロオロしだす。

「いや、分かってるよ? 響ちゃんが言いたいことは、そうだね。生活に必要なモノが揃ってるは言い過ぎた。生きるのに事欠かないぐらいだった」

 

「賢治さん!」

 

「はい!」

 

「だいたいこうなること分かってたから今更何も思ってないよ」

「うそつき」

 

「何か言った?」

 

「いえ何も! 何も言っておりません」

 

「そう」

 

 賢治さんの工房を指差す。

「それであの作業場でレリックパーツ……だっけ? それを作るんだよね。今から」

 

「そうだけど、今日は上手く作れるか自信無いなぁ」

 

「なんで?」

 

「なんでって言われても、製作の都合上、緊張するとあんまり上手く行かないというか何というか」

 

「別に私の前で歌う訳じゃないでしょ」

 

 そう私が言ったとたん賢治さんがなんとも言えないと言った表情をする。

「歌うんだよ」

 

「……?」

 

「まぁ、見てれば分かるよ」

 賢治さんはそう言ってクローゼットから白衣を一枚取り出して羽織ると、工房の扉の横の腰あたりまでの小さなタンスの上に置いてあった青い棒状のペンダントを手にとって工房へと入って行った。

 

 賢治さんが操作盤を起動させると共に部屋の内外から駆動音が聞こえ始め、賢治さんの立つ作業台を中心に様々な素材が運ばれてくる。それらを手にとって作業台に並べると、さっきのペンダントをマイクスタンドのようなモノに差し込むと制御盤横の端末を触りだした。

 

 少しすると何故か部屋にジャズが流れ出す。そして賢治さんは足を使ってリズムを刻むとそっと歌い出し

「オーロミー。ワーナテイコブミー。キャンツュスィー」

 

 ……。

 

「アイノグットウィナー……。テイク……。アイワナ……」

 

 ……凄い片言だし、曲調にまるで追いついてない。背伸びして盛大にコケてる。そんな感じ。

 しばらく奮闘したものの、結局曲が半分終わるまでまともに歌えなかった賢治さんは、手に持っていた道具を台に叩きつけ、流れる曲を止めるとマイクスタンドにささっていたペンダントを引き抜くと私のいる部屋に戻ってきた。

 

「……えーと」

 

「響ちゃん」

 

「うん」

 

「何も。言わないで。いいね?」

 

 自分が凄い苦笑いをしてるのがわかった。

 賢治さんはソファのへりにどっかりと座り込むと私にもソファに座るように勧めた。中央がべっこりとへこんでしまっているため、賢治さんの座っているへりとは反対のへりに座った。

 しばらく頭を抱えていた賢治さんは最後に手で顔をぐいーっと拭うと話し始めた。

 

「レリックパーツは簡単に言えば構造体を作る際に半分を亜空間に送ることで強度や回路の量を倍にしながら見かけの質量を半分にした物質だ。当然亜空間なんてものを利用するから通常の物理法則じゃ作れない」

 賢治さんが手に持った青色で棒状のペンダントを見せる。

「だから歌に含まれるフォニックゲインを利用して物理法則を歪ませ…、弛緩させることによって、通常の物理法則の上じゃ到底作れない技術を一時的に実現させる。それがこの歌いながら部品を作ろうとした訳なんだけど……」

 賢治さんが私の方を少しだけ見てふいっと顔を背ける。

「人前で歌うのは初めてだから集中できなかった」

 

「そんな訳ないでしょ。学校で歌わなかったの?」

 

「学校は高校しか行ってないし、選択授業で美術選んだし」

 

 ……賢治さんはちょくちょく、つついてはいけない情報を小出しにしてくる。

 

「でも校歌とか歌ったでしょ」

 

「アレは例外だよ。結局歌ったのなんか一年目の学祭で一回だけだし。歌詞なんて覚えてなかったからそれっぽく合わせただけだったし」

 高校って3年間あるでしょ

 

「……2年以降はどうしたの」

 

「その頃には二課で研究してたかなぁ」

 

 どんな人生だソレ。

「……まぁ、その話は置いておいて。結局どうするの? 歌わないと仕事できないんだよね。なら、私戻る?」

 

「いや、その必要はないよ」

 そう言って賢治さんは手に持っていたペンダントを私に差し出した。

 

「……何?」

 

「歌って」

 

「……は」

 

「響ちゃんが歌えば万事解決するんだよ」

 そう言って賢治さんは私にペンダントを無理やり持たせるとカラオケマシンから操作盤を取り外して私の膝に乗せる。

 

「じゃあ、響ちゃん一曲お願いね。響ちゃんが歌わないと仕事できないから」

 そう言って私に歌う役を押し付けると賢治さんは工房へと引っ込んでしまった。

 

「え、えー……」

 

 私が戸惑っている間に賢治さんは着々と準備を進めて私作業台にもたれながら私が歌うのを待ち始めた。

 にこにこと笑っている賢治さんを睨みつけるが一向ににこにこしたままで仕方なく操作盤に目を向ける。賢治さんがどんな歌を歌っていたのか気になって履歴を検索すると、基本的には洋楽のジャズやバラードが多いけれどその中に時折ツヴァイウィングの曲が混ざっている。

 ツヴァイウィングの二人は賢治さんの務めていた自衛隊特異災害対策機動部二課の所属のため知り合いだったのかもしれない。

 目に止まったのは2年前、初めてのライブで聞いた曲。その後のノイズの襲撃で何もかも台無しになってしまったけれど、それでもこの曲を聴いている間は、二人への凄いっていう尊敬にも似た想いを抱いていたと思う。賢治さんのカラオケマシンは大した種類が入ってないし、私も最近歌なんてこれっぽっちも歌ってなかったから自信がない。仕方ないので私は知っている歌を歌うことにした。

 

 

 曲が流れる。イントロを聴いた瞬間賢治さんは驚いた表情をしたけれど、すぐにまたいつもの笑顔を浮かべる。

 

 〈逆光のフリューゲル〉

 30秒の長めのイントロが終わり、テレビの画面に歌詞が映る。

 

「『聞こえますか?』激情奏でるムジーク。天に。解き放て!」

 

 ◇

 

「もっと高く。太陽よりも高く────」

 

 曲を歌いきり賢治さんの方を見ると作業台の上が半球場に発光していて、賢治さんはその中で話していた凌界構造体と思われるパーツをもくもくと作っていた。

 

 ……これからどうすればいいの? 

 そう思って賢治さんに話しかけたいけれど、集中している賢治さんは話しかけ辛い雰囲気を醸していて、悩んでいると次の曲が流れ始める。

 

 〈ORBITAL BEAT〉

 

 ……これはアレなんだろうか。歌い続けなきゃいけないのだろうか。そう思っている間に曲は進みテレビに歌詞が映っては消えていく。

 

 ええい、ままよ! 

 始まっている歌詞の間隔を掴み、声を滑り込ませる。

 

「カルマのように、転がるように、投げ出してしまえなくて──ー」

 

 そのまま私は賢治さんが工房から出てくるまで歌い続けた。

 

 

 ◇

 

「うぅぅぅ」

 目に滲む涙を感じながら賢治さんを殴り続ける。

 作業を終えた賢治さんが「カラオケ気に入った?」と言ってきたことにより、レリックパーツを作るには一曲だけ歌ってレリックパーツを作れるフィールドを形成すれば良かったことが分かった。

 

 ボスボスボスボスボス

 

「いた、痛いって響ちゃん」

 ボスボスボスボスボス

 

「うるさい」

 ボスボスボスボスボス

 

「俺は確かに一曲お願いとしか言ってな……」

 ドスッ

 

「知らない」

 

 口答えする賢治さんを黙らせてボスボスと殴り続ける。

 

 賢治さんはソファから立ち上がり冷蔵庫からゼリー飲料を二つ取り出して私に片方差し出した。

 

「はい」

 

「……」

 

 賢治さんが差し出した方じゃない銀色の方を分捕ってパキっとキャップを取って飲む。思っていたより苦い。見ればグレープフルーツ味と書いてある。グレープフルーツと書いてはあるけど、単純に薬っぽいだけだ。

 

「苦くない?」

 私の気持ちを見透かした。というより自分用に取った苦い奴を私が取ったのを心配した様子で賢治さんが私に話しかける。

 

「……別に」

 

「……そっか」

 賢治さんの開けた方は私の開けた方とは種類が違うポップなピンク色に桃の写真が載っていてピーチ味と書かれている。

 

「……」

 

「やっぱり交換する?」

 

「……別に……大丈夫」

 手元のゼリーをちゅるちゅるとすする。苦くてちょっと口惜しい。

 食が進まなくて容器を握ってそのままにしていると賢治さんが自分の持っているゼリーを私の空いていた方の手に握らせた。

 

「いらないならいいけど」

 

 そう言う賢治さんの前で私は少し悩んだ後、銀色の方を賢治さんに手渡した。

 賢治さんは腹が立つほどにっこりと笑うと「二つもいらないか」と言って私の渡したゼリーをCMのようにグシャッと握りつぶすように飲むと空になった容器をゴミ箱に投げ入れた。

 

「じゃあ、俺10分寝るから。起きたらお昼にしようね」

 

「うん」

 

 そう言うと賢治さんはソファのへりからダボついた中央に落ちて半分背もたれに身体を預けながら目をつむった。

 

 

 ピーチ味の甘いゼリーを飲む。

 賢治さん、好き勝手してばっかり。でもそれだけ色々な事ができるのは羨ましいはずなのに、何故かあんまり羨ましくないのはなんでだろう。

 きっと上部だけを知っていたなら、私は賢治さんを毛嫌いしていた。ちゃらんぽらんで嘘くさいこの人はきっと私は1ミリも信用しなかっただろう。

 我ながら甘い女だと思う。ちょっと助けてもらっただけでほいほい男の人の家に居候しているんだから……。

 でも居候する私も悪いけど、賢治さんも悪いと思う。雨の中で変なことしてる女の子なんて普通近づかないし、ましてや自分の家に連れて行こうなんて思わないだろう。……たぶん。

 何はともあれ賢治さんは色々と私を助けてくれて色々と良くしてくれた。別に賢治さんが底抜けにいい人とは思わない。なんかちょくちょく反応に困ること言うし。本人が変人だし。

 ……でも優しい。私も私の家族も守ってくれた。いつも私を気遣ってくれてた。今だって……。

 

 手に持ったゼリーがくしゃりと歪む。自然と賢治さんがゼリーを投げたゴミ箱の方に目が行き、カッと顔が熱くなるのが分かった。

「あぅぅぅ」

 両膝を抱えて出来るだけ小さくなる。ももの裏にゼリーの容器が当たって冷たいけどそんなのより顔が熱くて熱くて仕方がない。

「べ、別に……、賢治さんと私は親友だし……。し、親友だから、キスだって少しぐらいノーカンだし……。恥ずかしく……ない」

 

 ボフ

 

 私がバタついたせいでソファが揺れ賢治さんが私にもたれかかってきた。

「……ちょっと、賢治さん……!」

 出来るだけ平静を装いながら語気を強めるが、賢治さんは本当に眠っている様子で首が座ってなくて身体を揺するとふらふらする。

 

「うぅぅぅ」

 結局、仕方がないのでそのまま賢治さんに肩を貸したまま過ごした。

 

 別に……重たいだけで迷惑だった。思っていたより重たくて驚いたとか、あんまり変な匂いがしなかったとか思ってない。本当に! 

 

 

 ◇

 

 地下からのそのそと上がってきた賢治さんは部屋に漂う匂いを嗅ぐど料理を言い当てた。

「へぇ、今日の夕飯はシチューか。ルーは無かったはずだけど……。もしかして買ってきた?」

 

「違うよ。牛乳とバターと小麦粉があればルーは作れるから」

 

「へ──。響ちゃんて本当に料理できたんだ」

 

「……本当にって何」

 

「いや、野菜炒めなら俺でも作れるから」

 

 なんだかその物言いにカチンと来て足を蹴り上げる。

「あ゛ッ。……ごめん」

 

「家族の料理の手伝いとかしたことある? 結構大変なんだよ」

 

「家族の料理食べたことないから」

 

「……」

 ボスッ

 

「……なんで俺今殴られたの」

 

「知らない」

 

 ◇

 

 午後も賢治さんの仕事は続き、頃合いを見て私は一階に上がって料理を作っておいた。6時ぐらいにはリビングに戻ると言ったのに40分を過ぎても賢治さんが戻って来なかったので見に行ったらまたあのくたびれたソファで寝ていた。もしかしてこの人こうやって毎日眠くなるたびに一瞬だけ寝てるんじゃないだろうか。だとしたらまるで昔本で読んだ小動物みたいな生活をしていると思った。

 

 ◇

 

「ご馳走様」

 

「お粗末様でした」

 

「はは、お粗末だなんて、こんなに美味しい手料理は始めてだよ。何度か知り合いの食事に誘われたことはあるけど、みんな料理できないから」

 

「そうだね。ご馳走様でした」

 

「否定しないんだ!?」

 

「賢治さんの食生活に対して私の料理がお粗末なんて料理に失礼だから」

 

「その言葉は俺に失礼じゃないかな」

 

「事実だし」

 

「そーだね!」

 

「それより、食べ終わったら片付けてよ」

 

「うん」

 賢治さんが食器を台所に置くとスポンジを手に取った。

 

「別に……私がやるのに」

 

「いいのいいの。俺がやりたいだけなんだから」

 

「……そう」

 賢治さんに自分の食器を渡すとテーブルに座って賢治さんを観察した。手際はそこまで悪くないけど水を出しっぱなしなのは減点かな。

 

 ◇

 

「それじゃ、俺は夜の仕事してくるから」

 

 そう言ってリビングを出ようとする賢治さんの腕を掴む

「待って、仕事時間は1日8時間、定時は6時ぐらいだよ?」

 

「……いや〜、ほら俺、公務員だからそういうの無いから……」

 

「元でしょ。元。自営業だから別にいいでしょ」

 

「あー、いや、ほら疲れないと眠れないじゃない? 良い安眠は労働の後に」

「仕事した後すぐ仮眠して眠気さましちゃうくせに」

 

「いや、今日はもうしない。ちゃんと二階で寝るから」

 ね? っと念押しする賢治さんだけどこれっぽっちも信用ならない。

 

「……今日、ハリーポッターやるから一緒に観たいんだけど」

 

「ハリーポッターかー。俺一度も観たことないから続きモノはよく分からないなって」

 

 目頭が熱くなって両手で賢治さんの腕を掴む

「……賢治さん。本当に仕事が好きなんだね」

 

「別に好きって、まぁ、好きか」

 

 胸の奥がきゅうっとなって、比例するように賢治さんの腕を強く握る。

 しばらくして賢治さんがびっくりした顔で私を見ているのが分かった。

 その瞬間ハッとなって二歩三歩と下がる。

 驚いた表情の賢治さんと目が合う

「……ごめん。賢治さん。好きなことの邪魔してごめんね」

 なんだかいたたまれなくなって賢治さんを突き飛ばして二階に駆け上る。端っこの自分の部屋に突っ込んでそのままベッドに突っ込んで毛布を被って丸まった。

 

 ◇

 

 

「響ちゃーん」

 

「……」

 

「響ちゃーん。一緒にハリー観よう。俺一人じゃ何も分からないよ」

 

「……」

 

「もう。入るからね」

 ガチャリとドアが開けられて廊下の明かりが狭い寝室に差し込む。

 

「ごめん。響ちゃんがせっかく誘ってくれたのに、俺、そういうの慣れてなくて。……いや、俺が悪いな。俺の方が大人なんだから大人の俺がもっと」

「賢治さん」

 

「響ちゃん?」

 

「賢治さんが大人なんてこれっぽっちも私思ってないから」

 

「……そうなの」

 間の抜けた顔で賢治さんが呆けて言う。

 

「大人っていうのは年取れば勝手になるものじゃないんだよ。時間が経つとみんな大人って呼ばれるようになるだけで、自分で頑張らないと中身までは大人になれないんだよ」

 

「じゃあ、俺は頑張ってないと」

 

「賢治さんは凄いし頑張ってると思うけど大人になるための頑張り方は全然してこなかったみたい」

 

「そ、そっかー。高校から二課の研究部門に入って風鳴司令が苦い顔してたのはそういう訳だったのかぁ」

 なんだかんだ思い当たる節があるのか賢治さんはそう言って頭を抱える。

 

「うーん。けど、響ちゃんよりは俺の方が大人だし!」

 

「……」

 

「何その白けた目!? え? 響ちゃんよりは大人だよね?」

 

「まぁ、うんまぁ、自分でお金稼いでるし……。私よりは大人じゃないかな……」

 

「何その含みのある肯定!? 何か裏あるでしょ絶対!」

 

「……私が欲しいのは大人の賢治さんじゃないし……」

 一緒に居てくれるのは嬉しいけど、やっぱり保護者としてよりももっと親しい方が嬉しい。

 

「入って」

 

「え?」

 

「私は賢治さんの友達なんでしょ」

 

「ま、まぁね」

 

「なら……。友達なら入って」

 

「……いやぁ。いやいやぁ」

 

「……嫌?」

 

「いやぁ。好き嫌いの問題じゃないと思うんだけど」

 

「……別に、私は気にしない」

 

「俺は気にするだけど」

 

「……友達なら。入って」

 

「えぇぇ……」

 

「……親友なら普通だって」

 

「初めて聞いたよ!? そんなこと」

 

「賢治さん親友居なかったから当たり前だと思う」

 

「えぇ……。いやぁ、親友いたとしても、なんかおかしいと思うんだけどなぁ」

 ……私もなんとなくそう思っていたけど、今は関係ないから無視して賢治さんに催促する。

 

「……いいから入って」

 

「うーん」

 いつまでも渋る賢治さん」

 

「……賢治さんは私のこと嫌い……?」

 

「うぁぁ、ずるいなぁ。その言い方」

 賢治さんはガシガシと頭をかきむしって、ゆっくりそろーりそろりと私の毛布の中に入ってきた。私には大きかった毛布も賢治さんにとっては丁度いいぐらいらしく、賢治さんの足が入ったことで私の足元の毛布がだぶつかなくなった。

 

 真っ直ぐ上を向いて微動だにしない賢治さん

「これが親友の距離感なんだろうか」

 

「昔の友達とはお泊りのたびにこうしてたよ」

 

「響ちゃんが提案したの?」

 

「いや、友達から」

 

「あ、そぅ」

 

 近い賢治さんにちょっとドキドキしながら、昔の友達のこととか賢治さんの昔の話とか色々話した。

 賢治さんが昔は病院で暮らしているレベルで身体が弱かったことなんて今のひょろ長い身体からは想像つかない。

 

 ◇

 

「明日、出かけようか」

 

「出かけるってどこに」

 

「とりあえずハリーポッターでも借りようかな」

 

「私、ハリーポッターよりジュラシックワールドの方が見てみたい」

 

「ジュラシックワールドまだ最新作なんだけど……」

 

「そんなに高くないでしょ。賢治さんお金持ちなんでしょ。千円ぐらいパッと出してよ」

 

「いやまぁ、300円ぐらいなんだけど」

 

「じゃあ尚更いいでしょ」

 

「借りられる期間1泊か3泊だからすぐ返しに行かないといけないし」

 

「別にいいでしょ」

 

「……そうだね。別に泊数なんてどうでもいいか」

 

「うん」

 

「明日、楽しみだね」

 

「うん」

 

「楽しみで眠れそうにないや」

 

「それはダメ。寝て」

 

「分かってる。はは、寝るのが待ち遠しいのなんて初めてだ」

 

「そうなの」

 

「そうなの。響ちゃんがウチに来てから初めてばっかりだ」

 

「……良かったね。賢治さんも大人に一歩近づけた訳だ」

 

「俺は十分大人だよ」

 

「ぜんぜん違う。大人っていうのはふらわーのおばちゃんみたいな人を言うんだよ」

 

「ええぇ、やだなぁ。響ちゃんがあと5年もしたらああなっちゃうなんて、痛ッ」

 

「おばちゃんに失礼でしょ」

 

「ごめん」

 

「……うん、いいよ。……ごめん、もう眠い」

 

「そっか。おやすみ」

 

「……うん。おやすみ賢治さん」

 

「……おやすみ響ちゃん」

 




ビッキーの恋愛観は393が俺色に染め上げていたので親友=プラトニックな恋人ぐらい機能拡張されてます。
ライブ会場の惨劇が無かったら今頃393が好き勝手してたでしょう。

*改題いたしました。
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