どうかご容赦を…………すまぬ。
「せ、船長はうるさいですよぉー!!」
我がアルビダ海賊団の新たなる仲間、船医のリィリィは開口一番、そんなことを宣いやがった。
穏やかな波に揺られながら船旅を続けている道中、リィリィに未だコントロールが未熟な見聞色の覇気を使わせてみたところ、この台詞が出てきたのだ。
「アタシがうるさいってか? 一体どういうことだい?」
「だ、だって船長から聞こえてくる声は痛みとかじゃなくて、自己主張が激しすぎるんです! ずっと耳元で大音量の讃美歌を聞かされてるみたいなんですよぉ……」
「讃美歌だって? ふん、そんなもん当然じゃあないか! そうだろうボガード!!」
「ヘイ、姐さん!!」
「この海で最も尊いのは?」
「姐さんです!」
「じゃあこの海で最も価値があるのは?」
「姐さんです!」
「その通り! なら! この海で最も美しいのは!?」
「世に並び立つもの無し! ぶっちぎりで姐さんです!!」
「アハハハハ! わかってるじゃあないかボガード!」
「ヘッヘッヘッヘッヘッ!」
「こ、今度は本当にうるさくなったー!?」
穏やかな海とは対照的に騒がしい船上。
スベスベの実の捜索で次から次へと島を渡り行く日々。
それが日常となっていた。
そんな生活を一年と半年以上続けた。
アルビダ海賊団の立ち上げーー故郷の島をボガードと共に出航した時から約三年。
アタシとボガードは十八歳に、リィリィは十七歳の年齢になった。
ボガードの身体は更に大きくなり、二メートルを越している。
まあこの世界じゃあ普通か、もしくは小さい部類なのかも知れないけれど。
リィリィは華奢だった身体の肉付きが良くなり、女性らしさが増した。
顔立ちは綺麗や美しいではなく、可愛さに極振りした感じでとても愛嬌がある。
アタシには及ばないがな!!
ちなみにアタシはと言うと……
ヤバイぞ! とてもヤバイッ!!
語彙力がなくなるくらい美貌に磨きがかかっていた。
リィリィが可愛さ特化の美少女だとするならば、アタシは美しさ超絶特化のパーフェクト美人。
ウェーブが掛かったセミロングの黒髪は更に艶やかさを増し、まだ幼さが僅かに残っていた顔立ちは大人びたものへ。
胸から腰のくびれ、臀部から脚部へと流れるボディラインは完璧の一言に尽きる!
嗚呼……なんて美しいのだろうか……
自画自賛せずにはいられないほどの成長を遂げていた。
これでスベスベの実が手に入ったのなら…………
「アハハ……アハハハハッ!」
「うわぁっ!? び、ビックリしたぁ……まあ船長の奇行は今に始まったことじゃないけど……」
まあ、見た目の成長はそんなものさ。
それから漸くと言うかここまで良くバレなかったと言うか、つい先日アタシはお尋ね者ーー晴れて賞金首となった。
上手いこと海軍との戦闘は避けられていたのだけれど、海軍が捕まえた小物海賊たちからの証言でアタシの顔が割れたのだ。
懸賞金は
アタシのずば抜けた美貌を以て敵を惑わせ、世に混乱をもたらしたことから付いた通り名は"惑乱のアルビダ"。
うーん……もっとこう、なかったのかねえ。
例えば"天上天下天下無双究極美女海賊"とか。
うん、長いか。
ただもう少し懸賞金は高くなると思っていた。
アタシに貢ぎ物を捧げてきた賊たちは、 アタシが
元はと言えばそれらは海軍の体技なので、海賊たちから海軍に伝わったのならかなり警戒されると思っていたのだ。
初頭手配で一千万ベリーを超えることはここ
ただ冷静に判断して、低すぎるとは思うのだ。
恐らくだけれど、海賊共はただ単純に『船に乗り込まれた』としか言ってないんじゃあないのだろうか。
そして何よりアタシが憤りを感じるのは手配書の写真。
笑みを浮かべた横顔が写っているのだけれど、若干土煙がアタシのパーフェクトな美顔に被っている。
これは許されることじゃあないぞ!!
勿論この写真でも世の人々を虜に出来るのだけれど、本来のアタシの魅力が百分の一も伝わらないじゃあないか!!
早く何とかしないと。
「せ、船長……顔が恐いです、よ?」
「何ぃ? アタシの顔が恐いだって? 美しいの間違いだろ!」
「ひ、ひぃっ!? ご、ごめんなさーいっ!!」
「まあまあ、落ち着いてくだせぇ姐さん。次の島が見えてきやしたぜ」
リィリィは顔に似合わず無意識に毒づくことがある。
ふん、まあ良いさ。
取り敢えず目的地になっていた無人島が見えてきた。
コノミ諸島と言う島群の東端にあるこの無人島。
まあ、コノミ諸島と言う地名にどこか聞き覚えがあったのだけれど、あれだ、ノコギリザメの魚人"アーロン"の支配下になっていた諸島のことだ。
アーロンの手配書だったり、"ジンベエ"がどうのこうのと言う記事を見て思い出した。
もうこの頃には
さて、気を引き締めないといけないねえ。
原作で言及されていたかはあまり覚えていないけれど、恐らく彼らの支配地域はコノミ諸島全域ーーこんな辺鄙なところに存在する無人島にまで及んでいることだろう。
なのでこの辺りにもアーロンの手の内の者はいるはずだ。
海中に潜む魚人に船を襲われるのは流石に勘弁願いたいからねえ。
とまあ、そんなことを考えていたのがフラグになったのだろうか。
航行する船の前方と左右三方向から二人ずつ、計六人の魚人たちが海の中から突然顔を出してきた。
「ギョッギョッギョッ! 何の用だ
「まあ、仮になにか用事があったとしてもアーロンさんからは全員消せと言われてるがな!」
はぁ……
このまま船上にいたんじゃあアタシたちが不利。
最終的にアタシたちが勝つことは出来るだろうけれど、その前に船が沈んでしまう。
なら、アタシがやるべきことは簡単だね。
「ボガード、全速力であの島を目指しな。それとリィリィはボガードから決して離れるんじゃあないよ」
「ヘイ、姐さん」
「せ、船長は?」
「アタシはコイツらを片付けてから向かう」
嘲笑を浮かべ魚人たちを挑発するように見回す。
うんうん、青筋を浮かべてアタシを睨んでいるね。
魚人たちの意識を船から逸らすことが出来たから上出来さ。
「下等種族ごときが粋がってるんじゃねェぞ!」
「海の上でおれたちと闘ろうなんて自殺志願者か!?」
「はんっ。海の上じゃあないよ……海の
海中では邪魔になるだろうジャケットを脱ぎ捨て啖呵を切る。
そして宣言通りそのまま海中へ飛び込んだ。
「ぶふぉおおおぉぉぉっ!? 姐さんの身体が刺激的過ぎるぅっ!!」
…………どうでも良いけれどボガードくん、修行期間を含めればもう六年も一緒にいたんだ。
そろそろアタシの肌に慣れようか。
鼻血まみれだぞ。
「わ、私もクラっときた……」
そしてリィリィ、お前もか。
まあ当然だがな!!
さて、海に潜ったアタシだけれど、六人の魚人に囲まれている。
余程アタシの態度が気にくわなかったのだろう。
怒りを露にして武器を構える彼らだが、『全員消せ』というアーロンの命令が頭から抜け落ちてしまっているようだね。
こちらとしては作戦通りといったところかねえ。
船は今のところは無事に島へ向かえているようだ。
アタシを海中で囲んだ魚人たちだけれど、記憶違いでなければこの中に原作で名前の出てきた幹部級の奴らはいない。
モブキャラってやつだね。
息は……まあ激しく動いたとして、もって五分ってとこかな。
それまでに片付けてしまえば良いことさ。
「ブッ殺すっ!」
モブキャラとは言え、流石魚人ってところか。
水中での移動速度は目を見張るものがある。
その遊泳スピードを維持したまま、手に持った銛をアタシの顔面に向けて突き刺そうとした。
だがまあそんな直線的な攻撃は簡単に回避出来る。
サンジが"
コイツらにとって、人間が魚人並みの速度で海の中を動くことは考えられないことだったのだろう。
動きが止まった魚人たちへ武装色の覇気を纏った拳や蹴りをお見舞いする。
一人目。
わけもわからず腹を殴られ気絶。
二人目、三人目。
片方は顎を蹴り上げ、もう片方の奴は延髄切りで意識を飛ばす。
四人目、五人目。
一人を殴り飛ばして二人を重ね合わせ、その二人を纏めて海底に蹴り落とす。
最後、六人目。
右手を貫手の形にし、首筋にある鰓へ突き刺し破壊する。
そいつは鰓呼吸が出来なくなり、魚人が海で溺れると言うなんとも珍しい事態になった。
うん。
五分もいらなかったな。
有言実行。さっさとボガードくんたちと合流しようかねえ。
「お疲れさまでやす、姐さん。あと服着てくれやせんか? あっしが死んでしまいやす。出血多量で」
「水も滴る良い女ってかい? ……いやこの場合水の方が偉そうだねえ。水を滴らせてやってる良い女の方がしっくりくるよ」
「せ、船長! そういうのいらないんで早く服を着て下さいっ! 鼻血が止まらなくて、ボガードさんの顔色がどんどん悪くなっちゃいますよぉっ!!」
解せぬ。
もう少しだけ悦に浸っていたかったけれど仕方がない。
渋々丈の短いジャケットを着直した。
これ、背中と二の腕の露出が避けられるだけで、あまり変わらない気がするけどねえ。
ちょっとした
その間の索敵はボガードくんとリィリィの役目だ。
ボガードくんは武装色も見聞色もかなりの適正がある。
武装色は適正、練度共にアタシの方が勝ってはいるが、見聞色に関しては圧倒的にボガードくんに軍配が上がる。
リィリィはアタシの真逆で……と言うかアタシよりも極端な偏りをしていた。
生まれつき見聞色の覇気に目醒めていたため、そちらの適正やこの一年と半年以上の期間での成長率は末恐ろしいものがある。
ただ、武装色の方はと言えば武装の"ぶ"の字すら見えてこない。
そちらは全くと言って良いほど適正がなかった。
まあ、なのでボガードくんはともかくリィリィは長所を伸ばす鍛練がてら、このような探索の合間に見聞色をどんどん使わせているのだ。
索敵以外にも、以前逢ったように悪魔の実の能力者は異質な気配を発する。
恐らくだけれど実の状態でもそうなのだと思う。
だから索敵範囲がアタシと比べるまでもなく広い二人に任せるのは当然のことさ。
別にアタシだけサボっているわけじゃあないぞ!
「あっ……せ、船長! 百メートルちょっと前方に集団がいます! あと、なんだろう……? なんかグチャグチャって言うか、モヤモヤって言うか……とにかく、なにか変な気配もありますっ!」
「っ!? 行くよボガード!」
「ヘイ、姐さん!」
「リィリィはボガードの後ろにっ! 絶対に離れるんじゃあないよ!!」
「は、はいぃっ!!」
リィリィの語った変な気配。
擬音語だらけで要点を得なかったけれど、言いたいことはなんとなく伝わった。
そのグチャグチャとかモヤモヤというのは、アタシも以前感じ取ったことのある、それだ。
悪魔の実。もしくはその能力者。
後者なら戦闘能力が低いリィリィは危険なのでボガードくんの傍に付かせる。
だが前者……その気配が悪魔の実であるならば、そしてそれがアタシの求めるものならばーー
果たして、そこにいたのは数十に及ぶ魚人。
そして、その中でも特に目立つノコギリのような鼻の男の魚人が手に持っているモノを見た瞬間。
アタシは持てる全ての力を脚に込め、駆け出した。
間違いない。
桃のような形。同じく桃色の果実。
そして渦を巻く唐草模様。
ずっと図鑑を眺めて見ていたのだから、見間違えるはずがない。
"スベスベの実"
こんなところに在ったのか……っ!
漸く……漸くだ。
アンタが手に持っているのはアンタのものじゃあない。
アタシのものだっ!
「それはアタシだけのものだあっ!!」
一迅の風となり、ノコギリ鼻の魚人ーーアーロンの顔面に蹴りを入れ吹き飛ばす。
あまりにも興奮していたせいか、覇気を纏うのを忘れてしまっていたので、あれで完全に伸びたわけじゃあないだろう。
だが今となってはどうだって良い。
アーロンの手から零れ落ちたスベスベの実。
それを拾ってボガードくんたちのところへと退避する。
やっとだ……
探し始めて約三年。
早いと思われるかもしれないけれど、アタシにとってはとても長く感じた。
アタシが
魚人たちがアタシたちを血走った目で睨み、ギャーギャー騒いでいる。
うるさい。
この世でアタシだけがこれを食べる権利がある!
「姐さん、やりやしたね」
「ああ、漸く手に入ったよ」
多分アタシは今、気取ったりしていないナチュラルな笑みを浮かべていると思う。
ボガードくんにしたってアタシとずっと航海を続けていて、どれだけアタシがスベスベの実を欲しがっていたのか知っているので、とても穏やかな笑みを向けてくれていた。
この余韻に浸る前に早速食べよう。
「うぐっ……!」
不味いとわかってはいたけれどここまでか。
ボガードくんの料理で舌が肥えてしまったアタシだからか、ものすごく不味い。
でも吐き出すような真似はしない。
ドクンッ…………ドクンッ…………
なにか……得体の知れないナニかが体中を駆け巡る。
心臓から順番に、最後は手足の先端、髪の毛の先端まで。
「おおおぉぉぉぉっ!?」
まだ美の先があったのかという思いだ。
アタシの肌は更に滑らかに。それだけじゃあない。
潤いも、手で触れた時の吸い付きも、艶かしさも、その全てが今までのアタシを上回る!!
これがスベスベの
これがスベスベの実がもたらす美容効果っ!!
スベスベの実の能力者となった新たなるアタシが今、産声を上げた。
「あっ……ちょ……っ! ボガード、リィリィ! 手を貸しなっ!! 滑って立てない!」
「姐ぇさぁーん!!」
「せ、船長! 腕が滑りすぎて掴み上げられませんよぉっ!! あ、でもお肌ツルツル良いなぁ……」
能力が制御出来なくて、立つことすら儘ならなかった。
これじゃあ闘うことも出来ない。
アーロンは既に立ち上がり、周りの魚人たちも距離を詰めて来る。
これは……
シャンクス戦以来のピンチなのでは…………?
リィリィ(ちょっと船長たちのノリに着いていけない……)