アナジオⅡ以外大して苦戦してなかったのに、半分の力だったとかチート過ぎ。
ゆらりゆらりと、穏やかな波に揺られながら目的地に向かう。
目的地とは、海上レストランバラティエだ。
またか、と思うかもしれないけれど、実はエースと別れてから三年経っていたのだ。
アタシよりかなり後に海賊になったエースは、既に仲間や船を揃え
新聞で活躍が報じられていたからねえ。
三年経っている……と言うことは、だ。
もう原作は開始されてしまっている時期なのだ。
実は三年の内に、一度コノミ諸島のココヤシ村に立ち寄ったことがある。
その時はアーロン一味がアーロンパークをもぬけの殻にして、アタシの滞在期間中はどこかに潜伏していた。
ゲンさんやドクター、ノジコに話を聞けば、アーロンの魚人至上主義は変わっていないらしい。
けれど狡猾さというか理知的になったというか、アタシたちアルビダ海賊団だけはかなり警戒しているようだ。
何より厄介なのは、ナミがココヤシ村を買うためアーロンに支払う金額が一億ベリーから二億ベリーに跳ね上がったことと、それを村の人たちにアーロン自身が伝えていることだ。
案の定と言うか、ナミはまたアーロン一味に連れ戻されていた。
原作とは違いナミ本人も村人たちも、ナミがアーロン一味にいる理由を知っている。
つまりは人質でもあるということだ。
アタシが直接アーロン討伐に出向けばナミを殺すぞ、という村人に対する一種の脅し。
更に海牛モームの他にも
お互いがお互いの人質になってしまっていた。
可哀想だとは思ったけれど、直接アーロンがアタシたちにちょっかいをかけてくるわけでもないし、互いが人質になっている以上村の人たちもアタシたちに助けを求めることも出来ない。
ただ根本的なところでアーロンの人間を見下す性質は変わっていないので、アタシたち以外の者に対しての警戒心は薄い。
なのでまあ原作とは少し変わってきてはいるけれど、ルフィたち麦わらの一味がなんとかするまで耐えてもらいたい。
「お? ニュース・クーか」
カモメが新聞を運ぶ"ニュース・クー"。
アタシたちの船に近付いて来たので、
「興味深い記事はありやしたかい、姐さん?」
「これを見なよ。『"道化のバギー"行方不明か? 麦わら帽の男に敗れ、現在消息不明』。一応バギーの千五百万ベリーってのは
「麦わら帽…………まさかと思いやすが、"赤髪"じゃありやせんよね?」
「アンタも昔聞いただろう。アイツが腕と帽子を"未来に託してきた"って言っていたのをさ」
麦わら帽の男。
ついに来たね、モンキー・D・ルフィ。
記事には刀を三本使う男とオレンジ髪の女もいると書かれている。
刀を三本使う男というのはほぼ間違いなく"ロロノア・ゾロ"で、オレンジ髪の女はナミだろうね。
アタシの船に間違えて乗船していない海軍志望の少年"コビー"とルフィが出会い、無事にゾロが捕らえられていたシェルズタウンに辿り着けたのだろう。
まあ憶測に過ぎないけれど。
そしてアタシが最近行けてなかったオレンジの街でナミに出会い、そこを拠点としていたバギー一味を倒した、と。
うーむ、プードルさんは元気だろうか。
まあいいや。
この記事は原作開始を告げる一報。
まあアタシに原作知識があると言っても、それは本当に知識でしかない。
こういう生きている情報とは今後確実に齟齬が出てくる。
例えば、既に起きたことや今の段階で事実になっている事柄に関しては知識をあてにしても良いけれど、これから起こる事柄に関してはあまり頼りにし過ぎない方が良いのかもしれないねえ。
「まあ、この麦わらの男は要チェックしておけば良い。わかったかい?」
「ヘイ、姐さん」
バギー失踪の記事自体は最新部だけれど、失踪したのは大分前のことだと書かれている。
仮にだが、もし原作通りに進んでいるのだとしたら彼らは今どの辺りだろうか。
シロップ村で"キャプテン・クロ"を倒したのか。
それともクリークを倒した辺りなのか。
賞金首になっていないので、既にアーロンを倒しているとは思えないけれど。
と、その答えというか……ヒントのようなものはすぐに手に入る。
アタシたちはバラティエに向かって船を進めている。
そしてそのバラティエがある方面から一隻の小船が近付いて来たのだ。
船室などもない、椅子しか見当たらない小船。
そこに座る、十字架のようなものを背にする一人の男。
黒い帽子を被り、首もとにはこれまた十字架を象ったネックレス。
満足気な表情で目を瞑りながらこちらへ近付いてくる男は……うん、まあ"帰り"なのだろうね。
あちらさんもアタシたちを捕捉しているだろうし、無視するのもなんかアレだ。
"満足"しているのなら戦闘になる可能性も低いだろうから声を掛けることにした。
「"ジュラキュール・ミホーク"。世界一の剣士が
「暇つぶし……だった」
鋭く尖った鷹のような眼差し。
やはり、"だった"と言っていることからゾロと闘った後なのだろう。
ミホークはその鋭い眼光でアタシをジッと見つめている。
「おや? おやおや、アタシに見惚れちまったのかい? 恥ずかしがらなくて良いよ。世界中がアタシの虜になっちまうのは当然のことだからね!」
「……聞いていた通りだな、"疵無し"。
「はっ!? ……あの野郎ぉ! シャンクスーッ!!」
ミホークの知り合いでそんなことを吹き込むのはシャンクスくらいしかいない。
もっとあっただろ!
とんでもない美貌の女海賊とか!
……なんかバカにしたような笑い声の幻聴が聞こえてきたので落ち着くことにした。
「早く
「言われなくても」
世界一の剣士ジュラキュール・ミホークはそう言い残して去って行った。
……七武海か。
知識の上では実力にバラつきがあるので一概には言えないけれど、かなりの威圧感だったね。
さて、ミホークが恐らくゾロと闘ったのはわかった。
そしてここからバラティエまではおよそ数時間。
もしクリーク一味がいるのなら、アタシがバラティエに着く頃には全て終わっているだろうねえ。
「おおぉぉっ! アルビダお姐様ァッ!!」
「折角来てくれたのに悪ィな、アルビダ。見ての通り、営業出来る状態じゃねェ。まかない飯なら食わせてやるが」
「別に構わないよ。と言うより、随分と大変そうだったんじゃあないか」
クリーク一味の本船であるガレオン船の残骸や、"ヒレ"がバラバラに砕け散り木片がそこら中に散乱していた。
バラティエのコックたちも怪我人が多く、ゼフの言う通り営業はすぐに再開出来なさそうだ。
ただクリーク一味の姿が見えないことから、既に"ギン"が主導して退却した後だろうね。
「ふぅん……」
チラリと、サンジのすぐ横で豪快な寝息をたてて眠りこけている少年を見やる。
これが"モンキー・D・ルフィ"か。
なるほどね、寝ているとはいえ特別な存在であることがひしひしと伝わってくる。
「あ、アルビダお姐様……なんという刺激的な格好を!」
サンジが鼻の下を伸ばしてアタシの格好を指摘する。
周りのコックたちも当然ながらアタシにデレデレだ。
更に磨かれ抜いたアタシの自慢の美肌を晒すべく、上半身の白ビキニに丈の短いジャケットは変わらないけれど、下はホットパンツにサンダルという露出多めの格好だ。
スタイルも更に良くなったので"攻撃力"はかなり高いと自負している。
ちなみにボガードくんは身長三メートルに届きそうな勢いでデカくなった。
服装は袖捲りをして第二ボタンまで外したワインレッドのシャツに黒いスラックス。
アクセントとして白いベルトをつけている。
一言で言えば、"ラフな格好の強面ボディーガード"だね。
リィリィは長かった灰色の髪をショートボブに変えている。
水色のキャミソールにハーフパンツ、腰にはわんさか毒物が入っているポシェット。
そして医療器具を詰め込んだ大きめのリュックを背負っている。
身長が伸びることはなく、百五十センチを少し超える程度のお子様体型だ。
と、まあ案の定サンジはアタシの高い攻撃力を誇る服装に一発ノックアウト。
怪我人を治療して回る小柄なリィリィに、自分の順番が来てデレデレするパティは事案発生の臭いがする。
まあいいか。
「ボガード、全員分の飯を作ってきな。ゼフ、厨房と食材は勝手に使わせるよ」
「すまねェな。客のお前たちの手を借りちまって」
「別に気にする必要はないよ。アンタたちは休んでな」
動くのも辛そうなコックが沢山いたのでボガードくんを使うことに。
まあその後サンジも手伝いに向かったのだけれど。
銃痕が多々残るバラティエ店内で、ボガードくんとサンジ合作の飯を食べる。
相変わらず良い腕だ。
こんな時、ルフィなら匂いを辿ってこっちに混ざりそうなもんだけれど、どうやら上階のベッドでぐっすり眠っているらしい。
聞けば相当激戦だったみたいだからねえ。
まあ仕方ないか。
翌日。
本当はバラティエへの滞在は一日にしようと思っていたのだけれど、今まで経験したことがないほどコックたちがアタシをチヤホヤしてくれるので、とても気持ちが良くなって三日に延ばすことにした。
それにこれだけかまってくれるのなら、多少はバラティエの修復に手を貸すのも吝かではない。
「ボガードさん、絶対船長は良いように使われてるだけですよね?」
「どうなんでしょうねぇ……いくら姐さんでも"そういうの"には気が付きそうなもんでやすが……」
「アハハハハ! 美しすぎるのも罪なもんだよ!」
「よっ! 世界一の美女アルビダ!」
「"海賊女帝"なんて目じゃねェぜ!」
「わかってるじゃあないか! なにか手伝ってやるよ!」
「……姐さんが楽しそうなら万事オーケーでやす」
「ですよねぇ」
ボガードくんとリィリィがゴニョゴニョ話していたけれど、良く聞き取れなかった。
まあいいや。
その後全員でコック専用の食堂に向かい、まかないの食事を摂ることに。
そこへルフィとサンジが一緒になって入ってきた。
ただ席が足りなくなって二人は床で食べることになったようだ。
ふむふむ、動いているルフィをまじまじと見つめる。
するとルフィとサンジもアタシの視線に気付いたようだ。
「テメェ! アルビダお姐様の視線を独り占めしてんじゃねェ!」
「えー、おれのせいか?」
「まあまあ、落ち着きなよサンジ。アンタがモンキー・D・ルフィだね?」
「おう! お前だれだ? おれ、お前みたいな美女知らねェぞ」
「さあね。ミステリアスな美女ってのも、また良いもんだろう?」
「なに言ってんだお前?」
ぐぬぬ……流石ルフィ、手強い。
この唐変木なルフィですら"美女"と口にしてしまうほどのアタシの美貌は流石と言うべきだけれど、こうまで響かないとは……
「テメェ! いいか、良く聞け! このお方……アルビダお姐様はなぁ、この海で一番の美貌をお持ちになられていると同時に、この海で最も尊いお方なんだ! それに、これを見ろ!」
サンジが懐から取り出したのはアタシの手配書。
むむ、映りの悪いあの写真は早急になんとかしなくては……
と言うか、サンジはいつも持ち歩いていたのか。
「懸賞金九千七百万ベリー"疵無しのアルビダ"お姐様とは、このお方のことだ!!」
「九千七百万っ!? スゲェーッ!! おい、お前スゲー海賊だったんだな!」
「ふん、当然さ! もっと褒めな!!」
ふふん。
目を丸くして驚くルフィ。
とても良い気分だ。
「まあアンタも、その帽子……なかなか良いもの持ってるじゃあないか」
「しっしっし! そうなんだ、おれの宝物さ!」
とても嬉しそうに麦わら帽をクルクル回している。
どの辺りだったか。
こうして直接話してみると、誰かがルフィのことを評していた言葉が頭を過る。
"周りの人間を次々と味方にする才能"
この世界で最も恐ろしい才能とも言われていたねえ。
人好きする笑顔、アタシの懸賞金を聞いても物怖じしない心。
裏表のない性格に、無意識の内に漏れ出る王の才覚。
まだまだ未熟なところは多いけれど、アタシが"欲しい"という感情すら涌き出なかった。
それは単に、"誰もがルフィを従わせることは出来ない"ということを一目見て感じ取ったから。
"主人公補正"とかちゃちな言葉じゃあない、正しく王になるために生まれて来たような存在。
それがこうして実際に会って理解させられたモンキー・D・ルフィという男の印象だ。
「お前いい奴だなー! おれと一緒に海賊やろう!」
おっと。
過程をすっ飛ばして仲間に誘うのも、とてもルフィらしい。
「アタシを誘うなんざ、お目が高いね。まあアタシが船長なら良いよ」
「それは嫌だ! 船長はおれだ!」
「じゃあこの話はなしさ。アタシも一番目立つ船長じゃあないと嫌だしね」
「えー、仲間になれよー。楽しいぞ、海賊は」
「知ってるよ。既にアタシは海賊だしね」
「あ、そうだった! ちぇー、楽しいのに……」
ぶすっとするルフィ。
今回ばかりはアタシはフラれる側じゃあない。
残念だったなリィリィ!
お前の毒舌の出る幕はなさそうだぞ!
さて、ルフィの勧誘を蹴ってすぐのこと。
「おい、今朝のスープの仕込みは誰がやったんだ!?」
パティのその言葉から始まり、コックたちはまかない担当のサンジの料理を扱き下ろす。
そしてサンジが出ていって…………という原作イベントが発生した。
それはサンジをルフィに連れ出してもらおうという演技。
しかし自分の意思で行くと言わない限り連れて行かないとルフィが言う。
扉をぶち破って外にいたサンジとパンザメに下半身を噛まれたヨサクが中に入って来たり。
そして演技を全部聞いていたサンジが"連れてけよ"とルフィに言ったり。
途中、小物専門の賞金稼ぎユニットの片割れであるヨサクはアタシを見て、顔色を真っ青にしたり、締まらない表情で顔を真っ赤にしたりしていたね。
「カゼひくなよ」
「
そしてバラティエを出るサンジがゼフに対して、今までの感謝の気持ちを叫び船に乗り込む。
うん、とても感動的だ。
ただちょーっと待って欲しい。
アタシはサンジに何度もフラれている。
そりゃあルフィが"そういう存在"ってのはわかるんだけれどさ、勧誘一発でホイホイ付いていくのはどうかと思うなー。
これじゃあ世界最高の美貌を誇るアタシがモテないみたいじゃあないか!
「船長、美人なのに本当にモテないですよねー」
「リィリィ!」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいぃ!」
「姐さん、コックならあっしがいやす。気を落とさないでくだせえ」
「ふん、良いことを言うじゃあないかボガード。久しぶりにボガード
「ちょ! ね、姐さん……勘弁してくだせえ……」
タジタジのボガードくんに、いつも通り一言多いリィリィ。
出発して暫くこちらへ手を振り続けるサンジに一つ言っておこうか。
「サンジ!」
「あ、アルビダお姐様?」
「アンタ、散々アタシをフッておいて他所の海賊になったんだ。中途半端は許さないよ!」
「はい! 肝に命じます!!」
まあこれくらいで許してやろうかね。
ただ、涙ぐみながら笑顔を見せるゼフにも文句を言わねばなるまい!
「アタシがあんだけ口説いていたの知ってただろう?」
「ふん、オールブルーっていうあいつの夢にゃあ、お前の船に乗っていたら無理だからな」
「ま、そりゃあそうなんだがね」
この話はこれまで。
仲間に出来なかったことをいつまでもネチネチ言っていてもしょうがない。
ボロボロ涙を溢し泣き叫ぶパティやカルネを筆頭としたコックたちをいい加減店内に戻して、バラティエの復興作業に充てる。
銃痕こそ残っているけれど、散乱したテーブルや椅子の破片なんかは粗方片付いた。
ここから先は本格的な職人なんかに依頼するしかないだろう。
昼食、夕食とアタシを中心とした輪となり、サンジが抜けて空いたコックたちの心の穴を埋める。
ボガードくんが料理を作る様を見ていたけれど、彼らに見劣りはしていない。
ルフィに会ったりサンジがバラティエを去って行ったりと色々あったけれど、毎回バラティエへの滞在は充実したものになる。
「んじゃあ、アタシたちは明日出発するから」
「ああ、カゼひくなよ」
「ふん、アタシも"クソお世話になりました"って言った方が良いかい?」
「バカ言え。あの時もそうだ……世話になったのはこっちの方だぜ」
コックたちの『行かないでくれー』なんて声も聞こえるけれど、あまり滞在を延ばすことは出来ない。
まあアタシが言えたもんじゃあないけれどね。
そしてまた翌日。
朝食をご馳走になり船へ足を運ぼうとした時だった。
バラティエに設置されている"電伝虫"が鳴り響く。
店の予約か? と思ったが違うらしい。
二三、ゼフが話した後にアタシを呼んだ。
「アルビダ、お前にだとよ」
「アタシ? バラティエにじゃあないのかい?」
「いいや、お前を名指ししていたぞ」
「ふぅん、一体誰だろうねえ」
通話を変わると、切羽詰まったような男の声がした。
暫く話し込む。
……ああ、なるほどね。そういうことか。
『――――くださいっ! お願いしやすっ!!』
「見返りは?」
『アッシらの総てを!』
「……その言葉、覚えておきなよ」
通話を終わらせ、ため息を一つ吐く。
なるほどなるほど。
まあほんのちょっぴり罪悪感があったし、そういうのは吝かじゃあないよ。
さて。
「そういうわけで行き先変更だ。良いかいボガード、リィリィ?」
「ヘイ、姐さん」
「りょ、了解ですっ」
「よしっ、戦闘準備は怠らないようにしなよ」
行きましょうかねえ。
アーロンパークへ。
アルビダ「ホットパンツはどうだい!?」
サンジ「これはエチエチの実の能力か!!」
多分大きく時間が飛ぶのはこれがラスト。