「おれはシャンクス。"赤髪のシャンクス"だ」
「……そうかい。アタシはアルビダ、今はまだただのアルビダだよ」
精一杯の強がりで笑いながらそう返してやる。
ああクソ、とんでもないな。覇気を使わずこの威圧感か。
それにしてもシャンクスか。今が大体原作開始の約十年前ってのはわかった。
わかったが、この状況をどうにかしないとわかったところで意味がない。
原作では他人をからかうのが好きで、頭から酒を掛けられても笑いとばして、友達がやられてるのを見て怒る。
そんな気の良い快男児として描かれていた。
それだけを考えるならアタシたちがなにもしなきゃあ見逃してくれるだろう。
だからって絶対に敵じゃあない保証はどこにある?
ルフィはまだ村の少年であったし、周りの村民たちも皆一般人だった。
だがアタシは海賊だ。砂浜に停めた船の
さて、どうするべきか。
「それにしても驚きだねえ。アンタみたいな大物がこんな田舎の海にいるなんてさ」
「おれだって驚いてるんだ。
「可愛らしいとは光栄だねえ。それと覇気使いって何のことだい?」
「惚けなくて良い。見りゃわかる」
チッ、流石に誤魔化せないか。
「はぁ……まあアンタの言う通りさ。んで、大海賊"赤髪"がこんな辺鄙な無人島に何の用だい? 言っとくけれど宝箱の一つもありゃあしないよ。精々果物がたくさん成ってるだけさ」
「ああーそうか。まあ用って程でもねぇさ。強いて言えばこの辺りの海域を探索してるんだ。そう言う嬢ちゃんこそ何かこの島に用でもあったのか?」
「アタシも同じさ。ただの探索。まあ目当てのものは見つからなかったけれどね」
「ああ…………ははーん、成る程なあ」
「っ! なんだいジロジロ見て……アタシに惚れたかい?」
「バカ言え。嬢ちゃんの歳じゃ十年早ぇよ」
ぐっ……アタシの魅力が通じないなんて。
冷や汗タラタラなこの状況の緊張感を吹き飛ばす程の衝撃だ。
これが四皇か……ってそれは流石に失礼か。
ああ、まあ良い。逆に冷静になれた。
冷えた頭でもう一度状況を確認してみれば、"赤髪海賊団"の面々に戦意がないのが感じ取れる。
なんだ、完全に一人相撲だったって訳か。
「なら十年後にアンタのその余裕を崩してやるよ。アタシの進化を続けるこの美貌でね!」
「だはははは!! まあ嬢ちゃんが将来別嬪になるのは間違いねぇな! ただ、おれはそんなに甘い男じゃねぇぜ?」
「ふん、十年後吠え面かいても知らないよ」
うん、調子出てきた。
周りから見れば自信過剰に聞こえてもアタシやアタシの美貌にやられた者からすれば自信適正と言ったところか。
重要なことだ。アタシにとっては。
「それよりも嬢ちゃん」
「なんだい?」
「目当ては悪魔の実だろ?」
「なっ!? ………………何故わかったんだい?」
「だはははは!! 当てずっぽうだったが、その反応だと図星みたいだな!」
「チッ、誘導尋問とは喰えない男だねえ」
「人をからかうのはおれの趣味なんだ」
「へえ、そうかい」
随分良い趣味なこった。
だが不思議と嫌な気はしない。人を惹き付ける力。
これもまたシャンクスが大海賊の頭としてやっていける所以だろうね。
まあ惹かれたと言っても人柄にであって、決して異性としてではない。
何故ならアタシは惚れる側じゃあなくて惚れられる側だからだ。
これは天地がひっくり返ろうと変わらぬ不変のものなのさ。
「そういや嬢ちゃん」
「嬢ちゃんじゃあない。アタシの名前はアルビダだ」
「いいや、まだまだ嬢ちゃんだよ」
「クソッ…………んで、何だい?」
「悪魔の実が欲しいらしいが、何の実か決まってんのか? それとも悪魔の実なら何でも良いのか?」
「ああ~もう、隠してても仕方ないから言うよ。スベスベの実さ」
「成る程。なら、そうだな……そのスベスベの実、おれが持ってるって言ったら嬢ちゃんはどうする?」
「………………は?」
聞き間違いか? 今スベスベの実を持ってるって……
「もう一度聞こうか。おれがスベスベの実を持ってるんだったら嬢ちゃんはどうするんだ?」
「そんなもん……」
そんなもんどうするんだ? どうすれば良い?
頭下げればくれるのか? いや、いくら懐が深そうだからと言って、出会って間もないのに素直に渡すわけない。
ならば金を払うか? 最低でも一億ベリーは下らない悪魔の実を買う金なんか持っているわけない。
これは……シャンクスはアタシを試してるのか?
どんな答えを出すかでアタシを更に見極めようとしているのだろうか。
なんだ……何が正解だ。
いや、そうじゃあない。この問いに正解したところでスベスベの実が手に入る訳でもないだろ。
考えがグルグル頭の中で回る。
ああでもない、こうでもない。出口のない袋小路だ。
なにか突破口さえあれば……突破口………………突破口?
ああ、そうだよ。あるじゃあないか。とても簡単な突破口が。
強大過ぎるシャンクスの存在感に無意識下でその答えを避けていただけだ。
アタシは海賊。海の無法者。だったらーー
「そんなもん、力尽くで奪い取ってやるさ!」
獰猛な笑みでシャンクスに答えを突き出す。
満面の笑みでシャンクスは答えを受けとる。
「そうだ、おれを誰だかわかった上でのその啖呵。その折れない心意気。それでこそ海賊ってもんだ」
ま、駆け出しのヒヨッ子だがな。と余計な一言を添える。
直後に臨戦態勢に入った。
アタシはやや前傾姿勢。対するシャンクスは脱力したまま特に変わったところがないが、隙が全く見当たらない。
「あーあ、お頭の悪い癖だ。面白そうな奴を見つけるとすぐちょっかい出しちまう。ヤソップ、ルウ、そこのでっかい兄ちゃん連れて避難するぞ」
「あいよ」
「了解!」
生い茂る木々が風でざわめく。
チリチリと肌を焼くような、それでいて肩に重くのし掛かる重圧と威圧感。
ああ、なるほど。これは確かに"覇王"だわ。
気を強く持っていないと意識を失いそうになる。
うーん、才能か。覇王色を持っていないアタシは相殺させることは出来ず、ひたすらに耐えるしかない。
「へえ、耐えるか」
「余裕面してられるのも今の内だよ」
わざとなのか、会話に気を取られたからなのか、恐らく前者だが一瞬だけ覇王色の威圧が緩んだ。
「
まるで消えたように見えるほどの高速移動を可能にする体技。
一気に距離を詰め、顔面目掛けて武装色の覇気を纏った右脚でハイキックを放つ。
が、なんてこともないかのように無造作に挙げられた左腕でガードされた。
おまけにアタシの覇気よりもほんの少しだけ多く覇気を纏うと言う細かい芸当付き。
「まだだよっ!」
今度は
しかし、そのどれもが通らない。
見聞色の覇気で動きを先読みされ、シャンクスは一つ一つの打撃を丁寧に両腕だけで捌いていく。
どれもが覇気を込めた連打であり、その全てを紙一重上回る覇気で防御された。
「武装色の質は良いがコントロールがまだまだだな」
「うるっさいっ!!」
顔面へのフック気味のパンチをフェイント、そして目隠しにして、死角からの膝蹴りを見舞う。
勢いに乗る前に手で押さえ付けられた。
今度は逆に直線的なテレフォンパンチ。衝撃力なら今までで一番のものだ。
何気なく顔の前で開いた掌で難なく受け止められた。
何度も、何度も、何度も。
何度やっても防がれる。攻略法が見当たらない。
アタシの攻撃が弱すぎるんじゃあない。
その証拠に、覇気を纏った攻撃のぶつかり合いは辺り一面に強烈な衝撃波を撒き散らし、木々を薙ぎ倒してシャンクスを中心とした巨大な円形のフィールドと化している。
そんな攻撃を幾度も受け止めているはずなのに、シャンクスは未だ悠然とそこに立っている。
対するアタシは体力と覇気をどんどん削られていく。
なんと言うか、まるで難攻不落の要塞に生身で挑んでいる気分だ。
じゃあ諦めるか? と問われればNOと応えてやる。絶対に御免だね。
"チヤホヤされたい"なんて言うバカみたいな想いで八年間鍛練を積んできたんだ。
そりゃあ最初の頃はふと我に帰ることだってあったさ。
それでも周りから称賛の声を浴びればやっぱりコレしかないとまた思い返す。
この八年間は本物だ。前世とかそんなの関係なく、この八年間でやって来たことは
諦めたらその"本物"が嘘になってしまう。
八年の月日、これがアタシにとって恐らく本当の原点。
命を賭けるに値するものだ。
「眼は、死んでないようだな。それどころかさっきよりギラついてるじゃないか。心境の変化でもあったか?」
「ハァ……ハァ…………なにも? ただ、昔をね……ちょっと思い返してただけさ」
「そうか。で、まだやるか? 勝ち目がないのは嬢ちゃんもわかってるだろう。なにもここで命賭けなくてもいつかスベスベの実よりも強力な悪魔の実が手に入る可能性がーー」
「愚問だね。アタシにとっちゃあスベスベの実が何よりも欲しいのさ」
「だがおれに勝てなきゃ手に入らない。そしておれに勝つことも無理そうだが、それでもやるのか?」
「だから愚問だよ。逆に聞くよ、赤髪。手の届きそうな所に"
「ふっ……なるほど。嬢ちゃんにとって"
「違う。アタシにとっては"
アタシのその答えにシャンクスは俯き、肩を震わせる。
覇王色の覇気による息苦しい重圧感は霧散し、シャンクスの笑い声が辺りに響き渡る。
「だぁーっはっはっはっ!! そう言い切れる奴は
心から愉快そうにそう言い放つ。
世界中を股にかけ海を旅する大海賊"赤髪のシャンクス"。
彼が見てきた海賊の中には"
しかしどうだ?
目の前の麗らかな少女は"
その上で自分の中にはそれより重いものがあると言い切った。
揺れることなき確固たる価値観。
この少女は"覇王"ではない。王の素質はないがそれでも。
「ああ、認めよう。他の誰がなんと言おうがおれが認める。……嬢ちゃん、お前さんは紛れもない、"海賊"だよ」
「アンタに認めてもらえるなんて嬉しいねえっ!!」
この日最速の
まだ会得していないが
「がっ!! ………………っ!?」
気付けばシャンクスの右の拳が腹に突き刺さっていた。
戦いの余波に巻き込まれずに無事だった木々を薙ぎ倒しながら、一直線に吹き飛ばされる。
飛びそうな意識を必死に保ち、気が付けばキャンプ地でもあった砂浜にいた。
くっきりと残る、アタシが吹き飛ばされた軌跡を悠然と歩きながら辿るシャンクス。
いやあ、これは本当に化け物だ。
「さあ、まだ立てるだろう?」
はっ! 出来るならこのまま寝ちまいたいくらいだよ!
「一人の海賊として、おれが相手をしてやる」
そりゃあ光栄なこった。
「見せてみろ。お前さんの海賊としての力を!」
正真正銘、ここからが"赤髪のシャンクス"との本当の"闘い"。
さぁてどうするかねえ…………
シャンクス の たたきつける!
アルビダ は めのまえが まっくらになった