アルビダ姐さんはチヤホヤされたい!   作:うきちか越人

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はら……へり……
はら……へり……


断崖の孤島と海のコックたち

 "孤島"と言うだけあって、一番近い島からでも一週間近くはかかる。

 一旦、この一年の期間中にオレンジの街と同じく海賊であるアタシたちを受け入れてくれる有人島に立ち寄り、一泊してから隠し財産のある断崖絶壁の孤島へと向かうことにした。

 

 オレンジの街や"赤髪のシャンクス"など、原作に所縁のある土地や人物と早々に遭遇してしまったことから、この島に入るときも若干ビクビクして上陸したのは良い思い出だ。

 結局、なにも原作とは関係のない小さな田舎街だったんだけれどね。

 

 財宝でパンパンになった小船の船室では食料を置くスペースが心許なくなって来たため、換金所の無理のない範囲で財宝をベリーに換え、その金で食料品を買い漁る。

 それでもかなり余ったから酒場に行って、その場にいた客全員に奢ってやった。

 

 至高の芸術品よりも遥かに人の心を魅了するアタシと酒を飲み交わせる上に飲食費もアタシ持ちときたら、それはもう崇拝するレベルでアタシのことをかまってくれる。

 勿論、一年の間にもちょくちょく寄っていたオレンジの街でも同じことをして、街の皆もここと同じリアクションを取ってくれていた。

 

 

 

 ああ…………気持ち良いねえぇぇぇぇぇぇっ!!

 脳内物質の分泌が止まらない!!

 …………溶けちまいそうだよ(恍惚)

 

 アルコールも入って気分が良くなり、体が火照ってきたアタシは丈の短いジャケットを脱ぎ捨てる。

 アタシの刺激的で蟲惑的で煩悩的な、白いビキニを身に付けた上半身が晒された。

 その瞬間、世に並び立つもののないアタシのボディラインを見たことで、男女関係なく周りの客たちは危険なレベルの鼻血を吹き出し床に倒れた。

 まったく……アタシの美しさはなんて罪作りなんだろうか。

 

 宴はそれにてお開きとなった。

 アタシも出航に備えてそろそろ寝るとしよう。

 

 やることはまだまだたくさんある。

 スベスベの実の入手は勿論だけれど、そろそろ本格的に新しい船と船員(クルー)をどうにかしなくちゃあならないね。

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

『お前がおれと、同じ夢を持ってたからだ』

『っ! …………オールブルー』

『時期が来たら偉大なる航路(グランドライン)を目指せ。一年の航海で発見は出来なかったが、おれはあの場所にオールブルーの可能性をみた』

 

 

 ゲッソリと痩せ細った少年は、海を眺めながら十日程前の会話を思い出していた。

 

 その少年は客船の見習いコックとして航行に帯同していた。

 そして嵐と荒れ狂った海と共に襲撃に現れた海賊船。

 そこで海賊の船長の男と共に海へ投げ出され、荒波に呑まれていき、気付けば岩肌剥き出しで植物すらない断崖絶壁の孤島へと二人は乗り上げていた。

 

 奇跡的に残った食料を頼りに救助を待っていたが一ヶ月、二ヶ月と待つものの成果なし。

 唯一、遭難から五日目に近くを船が通り掛かったのだが、大雨と落雷で助けを呼ぶ声はかき消されてしまった。

 大丈夫、絶対に救助は来る。と少年は自分に言い聞かし、空腹に耐えながら待ち続けた。

 

 三十日が経過する。

 まだ来ない。少年に分け与えられていた食料はつい先日、底をついた。

 五十日が経過する。

 地面の窪みに溜まった雨水を啜り、生にしがみついた。

 七十日が経過する。

 意識が朦朧とし始めた。

 共に流された男の方へ様子を見に行ってみれば、まだ食料が残っているようだ。

 男の分の食料袋はいまだに膨らんでいた。

 

 

 ーー殺してでも奪ってやる……!

 

 

 包丁片手にそう決意し、男の食料袋を切り裂いた。

 ーーが、中から現れたのは財宝のみ。

 食料など一切見当たらなかったのだ。

 男は自身で自身の足を切り落として、それを食べていた。

 

 初めから全ての食料は少年へと渡されていた。

 何故なのかと。何故そうまでして自分を生かそうとしたのかと。

 そう問い詰めて、男が返した答えが"同じ夢を持っていた"と言う。

 

 

『レストラン…………!』

『そうだ……この島から生きて出られたら、そいつをブッ建てようと思っていた』

『おれもそれ、手伝うよ! だからまだ死ぬなよ!』

『ハッ……てめェみたいな貧弱なチビナスじゃ無理だ』

『……強くだってなるさ!!』

 

 

 

 

 少年が涙を流しながらその会話を交わしたのは、もう十日と少し前。

 もう餓死寸前の身ではあったが、生きてこの島を出るにあたり明確な目標が出来た。

 

 

 ーーあと何日だって、何ヵ月だって生き延びてやる!!

 

 

 少年はひたすら耐える。

 限界以上の空腹に晒されて飛んでしまいそうになる意識を、歯を喰いしばって必死に堪える。

 

 そして彼らの遭難から八十三日。

 この島に近づいてくる小さな船影が少年の目に入った。

 

 

 ーー飢えがもたらした幻覚かな? …………いや違う! 本物だっ! 幻なんかじゃないっ!!

 

 

 体と声帯に鞭打ち、掠れる声で必死に声を上げた。

 

 

「おー……い……助けてくれぇ…………おーい……おーい! おぉぉーいっ!」

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 隠し財産のある孤島へ向かう道すがら。

 食料はかなり余裕があるとは言え、保存に適したものが多く生鮮食品は若干物足りない。

 なので道中は釣りを楽しみながら魚を確保しようという話になった。

 

 流石のハイスペック部下ボガードくんでも苦手なものはあったようで、彼の釣果は散々なものだった。

 なんせ合計で二匹しか釣れなかったんだからねえ!

 アタシは約一週間の間に五匹も釣り上げたのさ!

 ボガードくんの倍以上だ。

 

 どっちもどっちだ、って?

 まあしょうがないじゃあないか。確かに釣った()はその程度さ。

 でもヒットした数ならその三倍近くあったんだよ。

 

 

 全て海獣だったがな!!

 

 

 流石に海王類こそ掛からなかったものの、小船の五~十倍はデカイ海獣の入れ食い状態。

 ここはいつから偉大なる航路(グランドライン)並みになったのかと本気で思ったね。

 当然これらを食料にしたところで船に入りきらないし、積載できる分の肉だけを切り取って亡骸は海へポイはもったいないし、なんか気が引けた。

 なので掛かった海獣たちは皆キャッチ&リリース(物理)することになった。

 襲いかかってくるんだから仕方ないじゃあないか。

 

 

 

 そんな感じで、とても"のんびりまったり"とした船旅を続けて約一週間。

 漸く目的の孤島が見えてきた。

 遠目から見るとコック帽の先端のようにも見えるその孤島。

 徐々に近付いていき、いつも停船している海から少し飛び出た岩に括り付ける(もや)いなどを用意している時だった。

 

「ーーい……ーーーーおぉーいっ!!」

 

 少し掠れた、こちらを呼ぶ声。

 孤島を見上げれば金髪で左目を前髪で隠した、ガリガリに痩せ細った子供が弱々しく手を降りながらアタシたちに呼び掛ける。

 

「子供? 何故あんなところに子供がいるんだい? どう思うボガード?」

「ヘイ。遠目からでやすが、見たところかなり弱っていると思いやす。どうやって上陸したのかはわかりやせんが、恐らく遭難したんでしょう。あっしらの財宝狙いではないと考えやす」

「ああ、アタシも同意見だよ。まあ万が一、罠って可能性も捨てきれないけれどアタシが見てくる。アンタは警戒を怠るんじゃあないよ」

「ヘイ、姐さん」

 

 船から飛び出し、月歩(ゲッポウ)で空中を駆け登る。

 

 

 ……まあ、ボガードくんには怪しまれないようにああ言ったけれど、これは完全に"アレ"だね。

 原作イベントってやつだ。

 

 この孤島を財宝の隠し場所に選んだ時にはもしかしたら、程度ではあったものの薄々"そうなんじゃあないか"とは考えていた。

 実際にはこの島はただ似ているだけの別の島って可能性もあったんだけれどね。

 これでハッキリした。あの子供はサンジだ。

 

 原作中の過去の回想で流され着いたあの島で、サンジとゼフは極限の空腹と戦いながら、約三ヶ月を生き抜いていた。

 そこでの経験からサンジのポリシーとして"食いたい奴には腹一杯食わせる"、"食べ物を粗末にするのは許さない"と言う考えが形成されたはずだ。

 

 アタシたちがこの島を最後に立ち寄ったのは三ヶ月以上前。

 その間に彼らは大嵐に逢って流され着いたのだろう。

 それから現在までどれくらい経っているのかはわからないけれど、相当な日数が経過しているように見える。

 まあ、見捨てるわけにもいかないし助けられるなら助けようかねえ。

 原作通りに進むのならば他の船が助けにくるはずなのだが、ここで放置するのは寝覚めが悪い。

 

 

「珍しいねえ、こんな何もない島に来るなんて。観光かい?」

「た、助けて……助けてくれ! あっちにクソジジイがいるんだ!」

「ふぅん……まあ良いけれど、アタシは海賊だよ? 何を要求するかわかったもんじゃあないけれど、それでも良いのかい?」

「かまわねぇ! お願いだからクソジジイを…………おれのために体張ってくれたんだ。だから、だから頼むよ……」

 

 アタシにそう嘆願するサンジ。

 と言うかあのサンジがアタシの美貌に見惚れないとは……どうやら相当危ない状況だったらしいねえ。

 

 サンジが言う"クソジジイ"、ゼフは島の反対側にいた。

 右足を失っていたゼフはサンジと同じようにガリガリに痩せ細り、今にも餓死してしまいそうなほど弱っている。

 見聞色の覇気で確かめると、ゼフの生命反応は風前の灯火に近かった。

 

 とりあえず一人づつ抱え、島から船に向かって飛び降りる。

 そしてゼフが持っていた財宝は一緒に船に乗せることにした。

 逆に元々船に積んでいた財宝の方は島へ運び、ちゃんと隠してある。

 

 どう隠したのかと言えば"首領(ドン)・クリーク"もかくや、と言うレベルのボガードくんの怪力でねずみ返しになっている断崖絶壁をロッククライミング。

 そうやって登って来たボガードくんの怪力をまたも発揮させて、島中央の大岩をどかす。

 その下には元々大きな窪みがあったので、そこに隠していたのだ。

 大岩は蓋代わりだね。

 

 

 

 船へ戻り、ボガードくんが作った流動食を食べさせる。

 スッカスカの胃袋にいきなり固形物は厳しいだろうという判断だ。

 

「エグッ……ヒック…………! うめぇ……うめぇ………………」

 

 アタシも同じものを食べてみたが、正直ボガードくんの普段の料理にはかなり劣る。

 流動食は初めて作った、とも言っていたし、材料もとにかく胃に優しいものだったので仕方がない。

 

 ただサンジの方は咽び泣きながら、一心不乱に料理に貪りついていた。

 ゼフも声こそ上げることはなかったが、目尻から涙を流してゆっくりとスプーンを持った手を動かしている。

 

 その後、ちゃちな救急箱に入っていた消毒液でゼフの右足断面の傷を消毒する。

 手遅れかもしれないけれど、やらないよりかは良いだろうという判断だ。

 流石のボガードくんも本格的な医療の心得はなかったらしいが、気休めの応急手当なら出来ると本人が言っていた。

 なので泥のように眠ってしまったサンジとゼフはボガードくんに任せ、アタシは船室から出る。

 

 

 

 

 

「はあ……原作イベントに介入かあ……」

 

 

 正直なところ、原作の展開をどうこうしようとするつもりはない。

 原作通りに進めることに固執するつもりもない。

 

 "あのかわいそうな過去を持つキャラの過去を改変して、幸せにしてやるぞ!"とか、"今こいつを倒しておけば、未来での大勢の人の不幸が防げる!"など。

 アタシにとっては本当にどうでも良いことだ。

 そりゃあ目の前で救うことの出来る存在がいるのなら、まあ救っても良いかな? くらいには思っている。

 逆に"ここで介入してしまうと今後めちゃくちゃになってしまう!"などといった場合でも、アタシの目標の妨げになるのなら進んで絡んでいくだろうね。

 

 今ここにいるアタシは、ONE PIECEという物語のアルビダじゃあない。

 本当にこの世界を生きているアタシだ。

 まあ勿論原作の知識を活かしてーー悪用とも言うかもしれないけれどーー身の振る舞いを考えることはあるけれどね。

 むしろ覇気とか六式の体技なんかは典型的なそれだ。

 

 

 ぶっちゃけ、サンジたちをあそこまで苦しめた状況の手助けをすることは出来たんだ。

 ちょくちょくあの孤島に立ち寄って、保存食を置いていったりだとかね。

 それをしなかったのは、別にアタシのためにはならないから。

 自分勝手な理由で海賊になったのだから、自分勝手な理由で行動をする。

 当然のことだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路でもまたアタシたちは釣りを楽しんだ。

 釣果は往路と変わらず。

 殆ど魚は掛からないのに、海獣はウジャウジャ釣り上がってしまう。

 三日もすれば、サンジとゼフは足取りは覚束ないものの、少しなら歩けるようになっていた。

 ゼフの方は右足がないので、何かに掴まりながらだったけれど。

 相変わらずこの世界の人間はバイタリティーがすごい。

 

 まあ、どんどんと現れる海獣たちにサンジは目をまん丸にして驚いていたけれど、アタシのキャッチ&リリース(脳天かかと落とし)を見て今度は目をキラキラと輝かせていた。

 そして『うおぉー!! 素敵だぜアルビダお姐様! 好きだー! 一生着いていきますよっ!!』とかほざいていた。

 お前ゼフのレストランを手伝う決意はどこ行った。

 まあ、アタシほどの美女が相手なら気持ちは痛いほどわかるけれどね。

 

 二人の経過は素人目に見ても順調に思える。

 骨と皮だけみたいだった体に薄らと肉が付き始めている。

 精神的にもかなり安定しているようだ。

 彼らは『なにか手伝いたい』と言って聞かなかったので、それにピンときて料理を振る舞ってもらった。

 つい先日まで衰弱していた人たちに酷だとは思ったが、まあ平気だろう。

 

 美味いぃ~。

 

 アタシ基準で料理の腕の評価はと言うと

 

 ゼフ>>>越えられない壁>>>ボガードくん≧サンジ

 

 と言ったところだね。

 島に着くまでの間、ボガードくんはゼフに料理の指南を願い出ていた。

 うん、ボガードくんの料理の腕が更に上がるならアタシから言うことはないよ。

 その間サンジはアタシにデレデレしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの孤島に行く前に立ち寄った島に着いた。

 日もくれ始めていたため、またしてもこの島で一泊することに。

 サンジたちは島の小さな医院でちゃんとした治療を受けさせる。

 まあ、すぐに回復することだろう。

 

 

 

 飲めや騒げやの夜会が終わり、翌日。

 アタシらを見送りに来た面々の中にサンジたちの姿があった。

 松葉杖を突きながらゼフがアタシらに歩み寄る。

 

「本当に良いのか?」

「ん? ああ、アンタの持ってた宝のことかい? そりゃあアンタがもし海賊"赫足のゼフ"だったのなら、遠慮なく貰っていたかもしれないねえ」

「っ!? ……なんだ、知っていたのか。ならどうしてだ?」

「ふん。アンタは海の上でアタシたちに料理を振る舞った。もう海賊じゃない、"海のコック"だと思ったんだけれど……違ったのかい?」

「はっ! そいつは違いねェな。だが海賊のお前が宝を前にして略奪しない理由にはならねェぞ?」

「そうだねえ……アタシの美意識が美しいと思わなかった。そんなところじゃあないかね」

「ククク、珍しい海賊もいたもんだ」

「でも、それなりのものは要求するよ」

 

 スッ、と何も言わずボガードくんに手を差し出すと、準備してましたとばかりに掌サイズよりやや大きめの木の板と筆を渡してくれた。

 うーん。以心伝心。

 

 その木の板に大きく"アタシ"と書いて、綺麗に半分に切断する。

 半分はアタシ、そしてもう半分をゼフに手渡した。

 

「これは?」

「割り符だね。船の中で言ってたじゃあないか。アンタたち海上レストランを開くんだろう? そいつは期間無制限、回数無制限で使えるアンタたちの店のフリーパスさ。アタシらはずうっとタダで、アンタたちの店を利用出来るものだね」

「ハンッ……成る程、がめついな」

 

 ニヤリと笑うゼフ。

 

「アルビダお姐様! おれ、もっと料理上手くなって待ってるから、レストランが完成したら必ず来てくれよ!」

「もちろんさ。それに、アタシほどの美女が来店したなんて周りが知ったら、それだけで大繁盛間違いなしだよ。客に忙殺されちまうかもねえ」

 

 

 

 

 それにて別れを済ませ、船に乗り込もうと踵を返したアタシたちにゼフが待ったをかける。

 

「どうしたんだい?」

「ああ、最後にこれだけは伝えてェと思ってな」

 

 

 

 

 隻足のためバランスが悪くなったが、地に膝を突きガバッと頭を下げる。

 

 

 

「ーーーー短い間だったが、クソ世話になった」

 

 

 

 そう、ゼフは言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、悪くない出会いだったねえ。

 本当の意味で原作に介入したのは今回が初めてだったけれど、そう悪いもんじゃあなかった。

 

 さてさて、本日もまた、波は穏やか空は真っ青。

 絶好の出航日和になったことだし、言っとこうかねえ。

 

 

 

「行くよボガード!」

「ヘイ、姐さん!」

 

 

 さあて、次こそはスベスベの実に近付けると良いねえ。




アルビダ(ボガードくんの料理がこれ以上美味くなると体重ががががが…………よし、気を付けよう)

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