これは、光明作戦の後に零が地底へ戻り、侵攻が開始するまでの僅かな一幕。
ある日、地底軍総司令官の心義零は二日ほど地霊殿での休暇を取ることとなった。その経緯は大体四日前に遡る。
地底へ帰還し、要塞の出来栄えも期待以上のものであったことを踏まえ、零と部下達は訓練に明け暮れた。尤も入り浸りなのは零だけで、他は休暇も加えてたまには家へ戻り、伴侶や家族のいる者はそれとの時間を過ごすことを許可されていた。
しかしその決まりを作った当の本人は家族たる地霊殿をほったらかしにして、訓練に明け暮れているのだ。「家族は大切にな」と口癖のように言う彼であるが、どの口が言うかと言われかねなかった。
そしてこの日、その言葉が実際に飛んできた。
「お前よぉ、家族を大切にってどの口が言ってんだ?」
「みんなには悪いと思ってるさ」
訓練に明け暮れる姿に嫌気が差したのか、副司令官である狼鬼が声を掛ける。だが一切顔を上げずに「悪い」とだけ返す零。
「一分も悪いって思ってねぇだろ。取り敢えず二日ばかりあいつらと居てやれ」
「そんな時間があればこっちを見てないと───」
「勇義の姉貴、たのんます」
「あ?」
間抜けな声を上げた零は、勇義によって軽々と持ち上げられて窓から地霊殿の方角へ投擲された。それに気付いた零は体勢を直すと余裕の様子で着地し、抗議した。
「おいお前ら!上官に何しやがる!」
「お前が働いてると下がおちおち休めねぇんだよ!二日ぐらい帰ってくんな!」
「休みたいのは山々だが仕事は大丈夫なのか!それが気掛かりで休めもしねぇよ!」
机の上にある書類仕事の量に軽く青ざめかけたが、気を取り直して
「問題ない!帰ってろ!」
「分かった、何かあれば頼む!」
狼鬼は意地を張った。それを聞き自分の行動が過剰な面があったことに反省した零は、軽い足取りで地霊殿に向かった。その姿を見て、「子供だなぁ」と思う幹部一同であった。
というのがここまでの経緯である。しかしワーカホリックのような症状をこの数ヶ月で発症している零は、手が動かないと落ち着かないようになってしまっていた。
戦争前は日課だった食事の用意もお燐がまた始めてしまい、帰宅当日は手持ち無沙汰で終わってしまった。また久しぶりの地底街道で道草を食い、帰宅時刻が余裕で22時を回ったこと、眠りこけて昼まで眠っていたことが原因だろう。
「まぁしょうがない。久しぶりに作るかな」
そうと決まればと食堂へ向かう零。軍でもまともな食事は用意されているが、光明作戦ではそんな時間もなくレーションで済ませていたのだ。
「しっかしまぁ、よく
「(んなとこで自信あってどうすんだ)」
「(るっせ。俺は元一般人だ。あと寝た時は相手してやるから出てくんな。マジで思考が狂う)」
「(あいよ)」
イレが独り言にツッコミを入れるも、要約すれば「失せろ」に等しい台詞を浴びせ、イレは退散した。
地霊殿の内部は綺麗に掃除されているが、所々に衛兵が立っているのが目に映る。万一の内通者を想定して「警備が厚い」と思わせるような配置を警備隊長に頼んだのだ。
その一人に近づくと、その肩を叩いた。
「ちょっといいか?」
「あぁ、零さん。どうしました?」
ごく自然な表情をする警備の天狗。視界の端に灰色が見えたが、誰にでもある暗い燻りだと切り捨てた。
「いや、ここの待遇だよ。悪ければ言ってくれ」
「悪いなんてとんでもない!寧ろここまでいいのかと不安になりますよ!」
「それなら良かった。今日と明日の早朝はいるから、何かあれば頼む」
そうして食堂に入ると、桃色の髪が冷蔵庫前辺りで動いていた。
「(またか)さとり、帰ったよ」
「零さん!」
何処か少しやつれたような様子のさとりだが、零を見ると満面の笑顔で彼を出迎えた。
「何時帰ってきたのですか?」
「昨日の22時だよ。遅くて声掛けれずごめん」
「大丈夫です、帰ってきてくれたのは嬉しいです」
ごめんね、と言う零に大丈夫だと返すさとり。そしてさとりが不思議なことに気づいた。
「あの、零さん。心がやっぱり少し見える気がします」
「そうか?どんな風に?」
「なんか、幾つも大きな穴があって、そこに────私達の記憶?」
かなり変わった見え方だとさとりは言い、なんででしょう?と首をかしげる。しかし答えを知る零はその先に進むことを拒否していたがゆえに、さぁね。と言った。
「それよりも、さとりは昼食まだ?」
「ええ、今からです」
「そっか」
それで腕は上がったのかと不躾なことを聞きかけて、寸で思い留まる。お燐が料理を代わっている筈なので、皆まで聞かずとも関係あるまいと思いかけて
「それと零さん!私ちゃんと料理出来るようになりましたよ!」
「は?」
思考が停止する。それに気付くことはないさとりは笑顔でどれくらい進展したのかを話していく。しかし零としてはさとりの料理スキルはマイナスだと決め付けて疑わなかったし、実際にそうだったのだから、この進展具合に頭が理解を拒否していた。
「零さん、聞いてます?」
「ん?あぁ、ごめん。よくやったね」
「(撫でてもらえた!)ありがとうございます、ふふふ」
零はさとりの追及をかわすため、停止した思考を再稼働させた。そしてほぼ無意識であったが、こいし達にするように頭を撫でていた。
実はさとりの精神年齢は実際の年齢のそれよりも容姿相応である。褒められれば素直に喜び、叱られると凹む。だが、幼くして地霊殿の主となったときにそれを御する手段が必要となって、それらを押し殺していただけだった。そこに現れた零は、さとりにとって数百年ぶりの甘えられる相手であり、隙あらば近づこうとしていた。
尤もそこにそれ以上の想いが隠れているなど、零は知るよしもない。
そしてさとりの料理を堪能した零は、特に意味もなくさとりの執務室であり図書館でもある書斎へ向かった。勿論その傍らにはさとりがいて、手を繋いでいる。
書斎に着いても、彼らは何も話すことなく各々の本を手に取った。零は孫子など名だたる名将の記した兵法本、さとりは趣味の創作のために用意してあったノート。ページを捲り、ペンの走る音だけが書斎に響く。ほとんど無の空間、しかし彼らにはそれだけで十分だった。互いの姿が見える距離で、思い思いのことをする。そして時たま
「零さん、」
「ん?」
「こういうの、良いですよね」
「あぁ、俺もこの感じは好きだな」
こうやって、他愛もない言葉を交わす。この時だけは、零は『地底軍司令官』ではなく『心義零』として存在していられる気がしていた。
さとりも同じように、他人から頼られる人物たる『怨霊も恐れ怯む少女 古明地さとり』ではなく『さとり』という名の少女に戻る。その容姿相応の環境はなく、親は死に、兄弟姉妹もこいししか残らず、今だにこの平和な時間を信じ切れていなかった。
「夢みたいです」
さとりは言う。
「こんな風に、頼れる誰かがいて、こうやって安心して過ごせるなんて、ないって思ってました」
零は口を開きかけるが、続くさとりの言葉を待つことにした。
さとりは胸の内を露にするように、心を言葉にしていく。
「でも、まだ怖いです。これが
「ねぇ零さん。私は、この時間を信じていいんですか?」
零は少し困った顔をした。まるで出来の悪いけれど嫌いになれない生徒を見るような表情で答える。
「けど、これは現実さ。信じていいよ」
でも───そう零は続ける。そして立ち上がり、さとりに寄り添った。
─────現実じゃないなら、
それから数分、さとりは零に言った。
「零さん、眠いです……」
「寝てていいよ?夜ご飯になれば起こすから」
「じゃあ……ちょっと、寝て、ますね……」
するとさとりは途端に舟を漕ぎ出した。どうやら随分とお疲れだったようである。
「──ふぁぁ、眠い。寝ちまうか──………」
ところが零も過訓練と寝不足が祟ったようで、起こすとは言いながらも自身も眠ってしまう。そして偶然向き合うような形になり、手が重なった。
それから数時間は誰も部屋に入ることはなく、二人は静かに眠っていた。手と手を重ね、それはそれは幸せような表情で───
尊みが薄い、下手くそですねぇ。
それと閑話は適当に投稿するので後書き前書き全カットです。
では次回の前書きで、さようなら。