9月14日 一部ルビ改定
では、どうぞ。
始まりはほんの小さな出逢いだった。
哨戒任務の終わりがけに感知した小さな反応。ただの獣ではなく、それなりの妖怪だと思った俺はそこへ向かった。そしてそこには、黄色の服を着て青い帽子を被った少女がいた。
「ねぇ、あなたはだれ?」
「そっちこそ何者だ?ここは妖怪の山だぞ」
容姿に半分見入られていたが、少女の問いで正気に戻って臨戦態勢に入る。
「あ、ごめんね。のんびり歩いてて場所分かんなくなっちゃってて。私は古明地こいし、覚り妖怪だよ」
ここに来て妖怪になった時から覚りは他人を見れば即座に悪さをすると聞いていた。けれど彼女には、そんな様子は全くなかった。それに、覚りの能力の源である第三の瞳は固く閉じられていた。
「気を付けてくれ。今回は見逃すから」
「うん、ありがとう」
ふわりと浮いて、彼女はその場を去った。その時を、細部まできっちりと覚えている。人気者のような声の軽さや可愛らしい容姿、それいで何処か怖がっているような、そんな印象が残った。
そしてまたある日、彼女と出逢った。
「また会ったね」
「ああ」
この時には既に警戒を解いていた。それだけ無意識下で首ったけだったということか。
「前回だけじゃなかった?」
「前言撤回だ、俺はずっと見逃すよ」
「変な人」
そう言って彼女は森の奥へ帰っていった。それから会うことが増えた。文字通り劇的に。どうやら彼女───こいしの能力は『無意識を操る』能力へと変化しているらしく、俺以外には気付かれることなく職場によく入ってきた。始めはうるさく感じていたが、いつしかそれが当たり前になった頃、パタンとこいしは来なくなった。
いい加減飽きたかと思って過ごしていたけど、ある時からこいしの居る日々が恋しくなって───何百年ぶりに、恋をした。
「ねぇ、なんで翔弥は、私の近くにいるの?」
ようやく泣き止んだこいしが聞いてきた。確かに俺は「ずっと味方だ」って言ったことはあっても、その理由なんて全く教えて来なかった。つまるところ、怖かったんだ、この気持ちが本来正しいとされるものじゃなくて、こいしと離れてしまうことが何より怖くて、それなのにふと植え付けられた『常識』が邪魔をして、放り出そうとする。
「教えてよ、こんな、覚りの力で嫌ってほしくないだけで目を潰した私の側に、なんでいるの……」
声が弱々しくなっていく。答えを出したいのに、喉の奥で引っ掛かって出てこない。
どうしようもない苦しさを覚えながら、黙ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇
聞いた、聞いてしまった。答えてくれないなら聞かなければよかったのに、どうにも苦しくて、聞いてしまった。
ずっとずっと、不思議だった。ただの覚りに、ここまで近寄って、一緒に居てくれた。ありえないんだ、打算以上は、あるはずがない。それなのに『それ以上』の気持ちが欲しいと、思ってしまって。
最初は本当に道を間違えただけだった。そして私の姿を見ても罵りもしない人に初めて会って、ふと気付けばまた会いに行っていた。何度も、何度も、何度も。会いたいと思えば無意識の力が勝手に私を連れていく。「また来ちゃったっ」なんて可愛らしい言葉で飾るけれど、胸の奥にはいつ嫌いだと言われるかと戦々恐々とした自分がいた。
信じれなくて、信じてみたくて、でもどこか信じ切れなくて。矛盾した思いが無制限に駆け巡った。
何時か彼が、「俺は、幻想郷が敵になっても、こいしの味方だ」と言ってくれたことがあったけれども、実は彼が自分の意思で言ったわけじゃない。私に向けている感情が知りたくて、無意識を操って言わせた。それからは嫌われているかもしれないって気持ちは鳴りを潜めて、代わりにある想いがその穴を埋めるようになった。
───好き、好き、大好き。一緒に居たい、同じ景色を見たい、同じように歩きたい
そして、そこにひとつ、また私の弱さに起因する思いが加わった。
───嫌われたくない
彼は心から私を大切に思ってくれてる。それを知ってしまった。もっと大切にして欲しいと思ってしまう、もっと好きになりたいと思ってしまう、『先へ進みたい』と思ってしまう。
駄目だ、翔弥にそんな気持ちがあるわけがない。そもそも私が翔弥と関わっていることすらも、本来は許されないんだ。そんなことは、この数百年で知っている。
だから聞いた。この気持ちに決着を付けて、早々に離れるために。そのために、彼の腕の中から問うた。ただ怖くて、顔も見れずに彼の胸元に顔を埋めた。これくらいいいよね、最後なんだから────
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こいしの身体が震えているのが翔弥に見えた。何かを怖がっているのが手に取るように分かる。こいしとは長い付き合いななんだ、思ってることだって浅い所なら読める。
抱きしめた身体を少しずつ離して、両肩に手を置く。
止めてくれよ、そんな顔をしないでくれ。そんな最期の別れみたいな顔は止めてくれ。
「ごめん、答えを待たせちまった」
いつもなら目線を合わせているところだが、今回に限ってそれはしない。
────関係を変えたくて、でも嫌われるのが怖くて、どうしようもなく迷ってきた。真っ暗な山道を手探りで歩くように、棘に触れないように心に近づこうとした俺は
───一緒に居たくて、でも叶わぬ願いと決め付けて、矛盾を抱えて歩いてきた。優しい彼がその顔のままで居てくれるように、弱さを見せないようにしてきた私は
─────
こいしを優しい目で見下ろしながら、
「俺は、こいしが、貴女が好きです。いつまでも傍にいるから、一緒に来てください」
そう、告げる。
翔弥を涙目で見上げて、信じられないという表情をするこいし。
「………嘘───」
ようやく絞り出した声は、否定の言葉。
「嘘だ、嘘でしょ?そうに決まってる、じゃないと────わたしっ」
あり得ないと思っていた。一方通行だと思っていた。だから子供のように振る舞って誤魔化していた。それの筈だったのが
「そんな言葉聞いたら、、、一緒に居たくなっちゃうじゃんっ!」
涙が溢れる。嬉しいのに、喜べない。離れる結末しか用意されていない自分たちは、最初から会うべきではなかった。それなのに、ずっと一緒に居てくれと、初めて恋した人が言ってくれる。
「駄目なんだよ、わたしは下、貴方は上にいるべきなんだから!わたしだって翔弥のこと大好きだよ!でも、ううん、だからこそ、止めて、忘れてよ……!」
翔弥を突き飛ばして、どうにか『変わる』ことを拒もうとする。
「忘れてやるものか」
けれど、翔弥はその声を否定する。
「なんで想い合った二人が離れなければいけないんだ」
「それが決まりなんでしょ!」
こいしも、『変わる』ことを望んでいる。しかし
「決まりは決まり!わたしだって離れたくないよ!でも、でも!
どうせ翔弥だって、最期はわたしを捨てるんだから!」
翔弥より長く生きたことによる諦観。精神的には容姿相応の幼い少女が悟るには重すぎる。そして必死に否定の言葉を並べ、
「もう!嫌われるのは嫌なの!」
スペルカード『
────長く、苦しい時を生きた少女は、嫌われて嫌われて嫌われ続けて、恋した人との時間すらもあり得ないと否定する。
殺傷能力を持った実戦弾幕。錯乱状態のこいしはそれを用いてスペルカードを放つ。目の前に迫る弾幕に、翔弥は避けるどころかむしろ密度の大きい中央へ歩み出す。
「君が好きだから!君が大切だから───!」
翔弥の心に、桃色の波紋が広がる。
「俺は絶対に、君を嫌わない!」
─────ルールブレイカー
優しさだけでは、世界は変わらぬ。だが、
一人、孤独な少女を救うことは出来る。
翔弥の
傷だらけになり、血を流してなお翔弥は最奥のこいしに近づく。痛みを堪えながら進む。
──やや焼けた頬に切り傷が走る
彼は止まらない。
───全身に打撲の痕が踊る
少し顔をしかめても、また歩き出す。
────刀を振り回す豪腕が折れ曲がる
それでも彼は止まらない。
彼女をここまで狂わせた痛みは、これの比ではないと自身を奮い立たせた。
そして、最奥で踞って泣くこいしを見て、その肩に手を置く。
「………翔……弥…」
「可愛い…顔が……台無しだ」
激しい戦闘でもこうはなるまいというほどの傷を負いながら、それでも奇跡的に大きな傷のなかったその顔を、慈しみに満ちた表情に変える。
「ほら、おいで」
「わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛─────!!」
翔弥は折れた腕を気にも留めず腕を広げる。こいしは涙で濁る視界を拭いもせずにその腕に飛び込む。
「馬鹿、バカ、ばかぁ!早くそれ治してよ!治せるでしょ!」
指摘に対して、翔弥はけろりとして言う。
「こんな程度、こいしの傷に比べりゃ安いよ」
しかし抱き締めるのに不自由と思って腕を治し、ついでにこいしが汚れぬように止血する。
「それで?答えを聞いてないな、こいし?」
「分かってる癖に……」
「聞きたいんだよ、こいしから」
涙で濡れた顔で、こいしは答えを返した。
「どうか、ずっと一緒に居させてください───?」
それへの返答は、シンプルなものだった。
「勿論、幸せにする」
紆余曲折を経て、繋がった想いは、
ボロボロで、
血で汚れ、
涙に濡れた
けれど結び目だけは─────
─────真新しい色を、明るい桃色をしていた。
はい、終了です!
途中から主人公か変わった気がする……気のせいだな!
まぁ取り敢えず二人はこんな風にすれ違って来たよって話。そして勝手に翔弥がルールブレイカー解放しやがりましたが、この『本質』は能力を語る上で外せない言葉です。
設定『本質』
各人の原点、戦う理由を表す。本人の心の有り様に最も近い色を持つ。
次回の「東方黑剣士」は
第二十七話「寄り添って」
お楽しみに!また次回の前書きにてお会いしましょう!