IS──暴竜に仕える八首竜の巫女──   作:樹矢

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新年あけましておめでとうございます。
これからもコツコツと完結目指して投稿していきますので、よろしくお願いします。

今回は番外編。これからも偶に番外編を投稿するかもしれません。


番外編
番外編:ある日の


「…………よし」

 

 珍しくアスティマータ新王国王都を中心にに雪が降るある日、一夏はクッキーの焼き具合を見て満足そうに頷いた。既に厨房の台には紅茶の茶葉を使ったスコーンやドライフルーツを使った棒状の菓子などが乗っている。そして一夏が焼いたクッキーはチョコクッキーだった。

 とは言っても、それは一夏の来たIS世界にあるようなチョコレートを使った物ではなく、ファンブリーク商会とアイングラム財閥が見つけた、カカオに近しい品種を使い、一夏が可能な限り再現した物を使用している。

 当然、ファンブリーク商会の支配者が機竜世界には無いチョコレートに興味を示さない訳が無い。一夏がチョコレートの再現に着手したと聞いた途端、マギアルカは一夏にチョコレートの再現のバックアップをすると言い出した。結果、まだ一夏の知るチョコレートには程遠いものの、この機竜世界においては高級品となる嗜好品が誕生した。おかげで一夏の懐は温まる一方である。

 

 話を戻そう。一夏が作っているのはルクスをはじめとした、普段から世話になっている者達への礼だ。

 

「早く持っていかなきゃ」

 

 カートに乗せて茶菓子を運んだ先では、ルクス達が談笑していた。

 

「というわけで少し一夏を貸すがよい」

「流石にそれは困るんですが…………」

「何じゃ、いくら欲しいんだ?」

「お金の問題じゃないです!」

「なんで私が貸し出されそうになってるんですか」

 

 思わずツッコミを入れる一夏。それに返したのはリーズシャルテだった。

 

「一夏が作ったチョコレートとやらがあっただろう?」

「はい。それがいかがしましたか?」

「いや、それを使ってもっと金儲けをしたいとあれが言い出してな。数ヶ月程借りたいから寄越せと言うマギアルカに、ルクスが必死で抵抗している」

「…………流石に主様と数ヶ月は離れたくないのですが」

「貸し出されるのはいいのか…………」

「主様が行けと仰られるならばの話ですが」

「お前のルクス第一は相変わらずだな。聞いての通りだ。ルクス、早く決めてやれ。折角一夏が用意してくれた菓子が無くなるぞ」

「兎に角! 一夏は貸し出しません。買い取らせません。いいですね?」

「…………ここらが引き際かのう。仕方ない、今回は諦めよう」

「これからも諦めてください」

「お茶が入りましたよ」

 

 

 

「ん、いーちゃんのお菓子、美味しい…………むぐむぐ………………」

「ありがとうございますフィーさん。紅茶もどうぞ」

「ありがとう……もぐもぐ………………」

 

 誰よりも早くお菓子を手に取ったフィルフィは、頬袋に木の実をためたリスのように一夏のお菓子を味わう。そんなフィルフィに向く視線は相変わらずやら、マイペースで呆れたものやらと幾つもある。

 そんな中、褒められた一夏は頬を綻ばせた。

 

「ふぅ、また紅茶を淹れるのも上達したんじゃないかしら?」

「そうだな。そういえば個人に合わせて淹れるものも変えようとしているのだったか?」

「はい。その時にお出しするお菓子にもよりますが、基本的には皆さんそれぞれに合わせた茶葉や風味のものをお出しできるようになれたらいいなと考えています」

「…………一夏、お前はどこを目指しているんだ」

「好きこそ物の上手なれ、という言葉がございます故に。それに主様や皆様のいらっしゃる手前、その域を目指すのも悪くは無いかと」

「そこまで上達したら、うちの使用人達が泣くわね」

「城の者達の心も折れるぞ」

 

 クルルシファーとリーズシャルテは一夏の紅茶を淹れる腕が上がったことを褒める。そして語られた一夏の目標に呆れを示すも、それはそれで楽しみにしようと内心で思う。

 

「あら、これは羊羹ですか?」

「羊羹?」

「古都国の菓子の1つですわ、主様。一夏のお話を信じるなら、一夏の生まれた場所とは幾つも共通点があるのかもしれませんわね」

「夜架さんにはこちらを用意しました」

「あら、緑茶ですか?」

「はい。先日、紅茶の茶葉を作る茶畑に行く機会がありましたので、その時に少々頂いて来ました」

 

 羊羹と共に出された緑茶に、夜架は珍しく目を輝かせる。そんな夜架を見て微笑むルクスは、一夏に聞き慣れない緑茶について質問する。

 

「一夏、紅茶と緑茶の違いって何なの?」

「紅茶は茶畑で摘んだ後、しばらく発酵という段階を踏ませます。それにより様々な風味を味わうことができるのですが、緑茶は発酵をさせず、そのまま茶葉として使用します。こちらも緑茶ならではの味と風味があって美味しいですよ。

 更に言えば、淹れる際に湯を使うか水を使うかでも風味が変わりますし、少し加工すれば抹茶という、菓子にも使えるものとして使用できます。独特の味や香りと特徴的な苦味もございますが、美味しさは保証致します。

 本日は夜架さんの分しかご用意出来ませんでしたが、次は皆さんの分もご用意致します」

「その時は楽しみにしているよ」

「ありがとうございます、主様」

 

 ルクスの質問に一夏が答えている間も夜架の手は進み、既に最後の1口にまでなっていた。

 そしてそれを見た全員が気づく。夜架の手が震えていることに。

 

「…………夜架さん? お口に合いませんでしたか?」

「いいえ、とても美味しいですわ。美味しいのですが………………」

 

 次第に声が萎んでいく夜架。チラリ、と一夏を見ると、そこにはどこか不安げな表情の一夏。

 

「(このままでは一夏が勘違いして落ち込んでしまいますわね…………。でもこれを言うのは少々恥ずかしく…………。いえ、でも一夏を無駄に悲しませる訳には……………………)」

 

 内心でそんな葛藤をする夜架。ついに一夏が気落ちしそうになったのを見て、夜架は決意し、本当のことを告げる。

 

「………………恥ずかしながら、この一口が最後だと思うと」

「…………ああ、成程」

 

 要はもっと食べたかったということである。夜架にとっては、古都国が亡国となって久しく、羊羹などといった古都国の菓子──IS世界での日本の和菓子類はとても懐かしいのだ。

 それを今日、久しぶりに味わうことができた喜びであっという間に食べてしまったのだが、ここには夜架の過去を知る者しかいない。だから夜架の気持ちはすぐに全員が察することができた。

 それは一夏も例外ではなく、夜架に1つの提案をする。

 

「ならば、これからも何か作りましょうか?」

「!? いいのですか!?」

 

 喜色満面な食い気味に反応を示す夜架に、一夏は驚きながらも頷いて肯定を示す。

 他のメンバーといえば、お菓子に夢中になっているフィルフィと「夜架ってこんな顔もできるんだ」と珍しいものを見たと言いたげなルクスを除いた全員が「誰だコイツ」といった視線を向けていた。

 

「流石に砂糖は高価ですし、材料が市場に出る時期もあって1ヶ月に1回程度ですが、材料とリクエストさえあれば作りますよ」

「是非!」

 

 この日から月に1度、一夏が夜架に和菓子を作るようになったのだった。そして夜架の大好物の中に、一夏の作った羊羹が追加された。

 

「ルクス君? 最近は忙しいようですが、体の調子は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよセリスさん。最近では一夏とアイリに食生活の管理どころか、偶に実力行使で寝させられるので」

「お勤めやご公務が忙しいのは熟知しておりますが、それでも寝る時には寝るべきです。そうでなければ、お身体に障ります!」

「こうやって心配してくれてるから、無下にできなくて…………」

「一夏の言う通りですわね。一夏、わたくしにも手伝えることがあれば遠慮なく言ってくださいな」

「はい。その時は頼らせていただきます」

 

 最近のルクスの多忙さに心配したセリスティアだったが、一夏とアイリがいるのなら大丈夫だろうと安心する。そして一夏に力になると言ったものの、その時に手伝おうとして逆に手伝われることになるのでは無いかと内心で冷や汗をかきはじめた。

 

 お茶の時間は過ぎていく。仕事も、戦いもなく、平穏な一時が過ぎていく。

 

「一夏」

「いかがなされましたか?」

「いつもありがとね」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」

 

 このまま平穏な時間が過ぎればいい。一夏はただそう思った。




2021年もコツコツと更新していく予定です。
今年は良い年になるといいですね。


年明け前に投稿したかったですが、思い通りにいかないものですね。

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