一夏「……………(準備体操中)」
通りすがりの職員「(開発部門の連中また何かやらかしたな?)」
楯無が報告書を見てため息をつく。目の前にあるのは部下に調べさせた織斑 千冬の妹、織斑 一夏についての報告書。それなりに人間の悪意と社会の闇を見てきたつもりではあったが、人間はこんな事まで出来るのかと呆れを通り越して逆に感心してしまう。昨日に部下に調査を命令した翌日ではあるものの、更識にとっては日本国内の情報を集めるのは1日とかからず完遂させられるほどには容易いものであった。
「お嬢様、どうされました?」
「これを見ればわかるわよ」
楯無直属の従者である布仏 虚が報告書を見る。その顔は次第に嫌悪へと歪んでいく。
「これは……」
「ね? 言った通りでしょう?」
内容は織斑 一夏への周囲の評価を初めとした情報。どれもこれも個人という枠組みを無視するものばかり。『織斑の出来損ない』や『欠陥品』と呼ばれ、虐めを繰り返され、地域全体が寄って集ってたった1人を虐め抜く。何をやっても『千冬の妹』、『ブリュンヒルデの妹』として扱われ、出来なければ罵倒され、出来ればそれが当然と一蹴される。マトモな友好関係を結べたのはこの前IS学園に転入してきた凰 鈴音のみ。
織斑 一夏が出せた結果は中学1年の新人戦全国大会の優勝のみ。
2年前に第2回モンド・グロッソでドイツに姉の応援に行き、行方不明。
ドイツ軍の捜索により、発見された誘拐場所と思わしき場所はおびただしい量の血の池がいくつも作られ、誘拐犯が使ったと思わしきISは、現在の技術でも作ることが出来ない鋭い何かで刻まれたような断面を持って大破。その現場にあった1つの椅子とロープ、そしてその周囲にあった血液が織斑一夏のものと一致した。
出血量から生存は絶望的と判断され、織斑 一夏は行方不明から死亡とされた。
詳しく調べてみれば、虐め集団は兄の織斑 秋一が率い、織斑 一夏に対して強姦未遂まで起こしている。
そして織斑 一夏は物心つく前に蒸発した両親の代わりに育ててくれた姉に迷惑はかけられないと、いくつものアルバイトを掛け持ちしていた。凰 鈴音と出会ってからは彼女の食堂屋に絞り、手伝いとして働き、小遣いとして収入を得ていた。
「しかし何故これを?」
「ちょっと凰ちゃんの話を聞いちゃってね、一応と思ったんだけど、まさかこんなものが出てくるなんてね」
「…………」
正直言って吐き気がする。それが楯無の感想だった。しかも織斑 一夏に対する強姦未遂も法をくぐり抜けられるように綿密に計画が立てられており、教員や住人の一部すら加担していたことすらも判明した。
更に調査すれば虐めは小学校の頃から行われ、教員や地域の住民は虐めを知っていながら無視をしていた。
「よくもこんな……なんて思ってしまうのは私だけでしょうか?」
「私もよ。むしろ1人の女の子として褒めたっていいでしょうに」
妹を守るためとは言え妹を突き放す言葉を言い、「疎遠になっておきながらどの口が」と楯無は内心で自嘲するが、そう思わずにはいられなかった。
「それで、何かあったの?」
「簪様が御祓 一夏と接触していた件ですが、共に移動を開始しました」
「…………それは本当?」
「はい。ドラグーン日本支社に向かい、打鉄弐式の開発契約を正式に結ぶ為かと」
「………………」
楯無にとって、それは分からない話でもない。
そもそも打鉄弐式は、本来であれば完成している予定であった。
しかしその人員が全て織斑 秋一の白式の開発に回された為、打鉄弐式の開発は凍結されたのだ。
それが上層部の判断か、IS委員会の圧力か、はたまた全く別の何かによるものか。いずれにせよ、簪が本来の開発元──倉持技研を見限ったのは当然の結末だった。
そしてこれまで、文字通りたった1人で製作を進め、機体のガワだけだが完成に至っていた。
しかし武装とソフトウェアが未完成のまま開発は行き詰まっていた。そこへ完成させることができるであろう企業から、そこに所属する生徒を通じて接触を受ければどうなるかは言うまでもない。
ましてや、操縦者の技量もさる事ながら、理由があるとはいえ一部の機能を『封印』しなければレギュレーション違反となる性能を持つ機体を開発した企業からとなれば、断る理由などないだろう。本当はそのような機体だったと知らなくとも。
「…………あの子には悪いけど、ドラグーンへの監視と諜報は続けて」
「かしこまりました」
一方その頃、簪は奏に連れられてとある部屋の前に来ていた。
「はい、ここが技術棟206号室。主にISの整備・開発の研究をする場所よ」
「ここが………………」
奏がカードキーをスキャンさせて扉を開く。そこには白衣を着た数人の男女が集まっていた。
「空亡博士、彼女が?」
「ええ」
「まだ子供ですね。想像以上に若い」
「でも見かけには寄らないわよ?」
「ほう、それは楽しみですね」
「日本代表候補生、更識 簪です」
「改めてジャック・オーエンだ」
「アダム・ハワードだ。話は聞いているよ」
「シエル・コーナーよ。会えて嬉しいわ」
次々に自己紹介され、握手を交わしていく。しかしその動きはぎこち無い。
何故ならここにいる全員がその筋のスペシャリストであり、世界に名高い権威ですらあるのだから。
ジャック・オーエンは量子力学の最先端を突き進む人物であり、アダム・ハワードは物理工学の、シエル・コーナーは人工知能研究の権威である。奏は医学から化学と科学と幅広い分野に精通している。言うなればここにいる全員がそれぞれの分野に特化した『天才』である。そこに1人放り込まれた簪は自分が文字通り吹けば吹き飛ぶ塵芥も同然のようにすら思ってしまう。
「さて、早速だが君の専用機を見せてくれないか?」
「分かりました」
簪は専用機を展開し、技術者達は機体そのものからソフトウェアにいたるまで見ていく。
「…………更識君、だったね。これはどうしてこういう処理をしているんだい?」
「あ、それは………………」
一つ一つ質問が投げかけられ、それに答えていく。それを技術者達は否定をすることなく聞き入れ、頷く。中には手元でメモを取っている者もいた。
そして全員が見終わると、一人一人、良かった点と改善点を述べていく。同時にアイデアを出し、改善点に対するアドバイスや良かった点を更に伸ばすアドバイスをする。中には簪の考えつかなかったものすらあり、簪にとってこの上ない価値のあるもののように思えた。気づけば簪のメモ帳にはびっしりと文字が所狭しと書き込まれていた。
「…………皆、どう思う? 私は彼女に協力したいと思う」
「私もよ。ジャックの言う通りね。アイデアがどんどん湧いてくる」
「だから言っただろう! 有意義な時間の始まりだと!」
簪の専用機を見た科学者達が盛り上がる。彼らにとっては、拙くも努力をする簪の姿と結果は好印象に映ったようだ。
「…………最後に1つ聞いていいかしら」
「…………はい」
真面目な口調の奏に、簪は無意識に背を伸ばす。
「───あなたは、コレを完成させて、どうしたいの?」
「………………」
どうしたいのか。それは決まっている。
常に姉と比較され、何一つ、『更識 簪という個人』を見てもらえなかった。
苦痛だった。だから努力した。姉と同じ結果を出せば認めてくれるはずだと。
だが、それは姉の一言で終わった。
────あなたはもう何もしなくていい。
それは簪にとって努力を否定されたのと同義だった。
当時余裕の無かった簪にとって、それは無能のままでいろと言われたも同然だった。
楯無本人にその気は無くとも、簪にとってはそれが答えだ。
ただそれでもと足掻いて、その結果が今の代表候補生の座だ。
「────無能なままでいろと言った姉に、勝ちたい。この子と共に、見返してやりたい!」
「よろしい。なら私たちはあなたに力を貸すわ。あなたの姉が1人でISを造ったとか聞いてるけどね───」
「───1人で造った物に、数人が力を合わせて造ったものが勝てない道理はないでしょう?」
「───はい。お願いします、私に力を貸してください!」
姉の進んだ道を辿る。その殻を自分から破ろうとする第1歩を、少女はたった今踏み出した。
「「「任せなさい/任せろ!」」」
すぐさまこの場にいるドラグーンの技術者達が動き出し、必要な手続きを開始し、奏達が上層部に簪の専用機開発の受諾許可を申請する。元より奏が手回しを行っていたため、受諾許可はその場で認可が降りた。後は用意してある倉持技研へのカードを使い、打鉄弐式をドラグーンが開発できるように交渉した後、簪が必要な書類にサインするだけだ。
「ま、倉持技研の方は私達がどうにかするわ。あなたは自分の機体を完成させることだけに集中しなさい?」
「はい!」
簪がはっきりと答える。
直後、206号室の扉が開け放たれた。そこにいるのは一夏なのだが、簪には般若のようなナニカがその背後に佇んでいるように見える。
「………………ああ、ここにいましたか」
やけに声が冷たく感じるのは気の所為だと思いたい。しかし簪は冷や汗が止まらない。自分に向けられたものではないのにも関わらず、簪は一夏から放たれる圧力に背中が汗でじっとりと濡れていくのを感じた。
「…………この
一夏がタブレットを1つ見せる。それはここに来る前に、整備員と共に話していた一夏が見つけたタブレットだった。
直後、数人が逃げ出した。
部屋から出る前にあっさりと全員捕まった。
「説明を要求します」
正座させられた全員が口を揃えて叫ぶ。
「「「ロマンだ!」」」
「馬鹿ですか?」
一夏はバッサリと切り捨てた。
「ええ、馬鹿ですよね。でなければISに相転移炉を載せようだなんで思いませんよね」
「(相転移炉!?)」
「何を言う! それが無ければ主兵装が使えないじゃないか!」
「ISで戦艦1隻を丸々改造して造った超重力砲を連射させようとする馬鹿がどこにいると?」
「ここにいるぞ!」
砲撃音か、はたまた重量のある金属同士の衝突音のような音が響く。呆気なく1人が床に沈んだ。
どうやら拳骨が直撃したらしい。殴る側か殴られる側か。どちらにしても明らかに人間が出していい音では無い。
「(…………何でブーストチャージの音が出たの? というか戦艦丸ごと改造して撃つ超重力砲が主兵装ってどういうこと!? 霧の艦隊でも保有してるの!? ていうか相転移炉って作れるの!?)」
コミカルなたんこぶを作りながら沈黙した1人を見ながら、簪がそんなことを考える間も事態は続く。
「で、脚部を多脚戦車のソレにしたのは何故ですか?」
「タチ○マって可愛いよな」
「戦車を4分割したような物でできた脚部のどこがタ○コマだと?」
「安心しなさい! ちゃんと戦車脚にもなるわ!」
「そんな事を言っていないのですが…………!」
むしろ鴉や山猫などで呼ばれる傭兵たちの乗る兵器が近いのではと簪は思う。
「で、この明らかに撃ったら上半身が反動で千切れそうな武装は一体?」
「社長砲に決まっているだろう!」
「ISに載せていいものでは無い!」
また1人床に沈んだ。大艦巨砲主義は好みだが、ISでソレを使うのはどうかと簪は思う。せめて脚部を先の戦車型にしなければと改善点を脳内で提示する。が、言葉には出さない。薮をつつく趣味はないのだから。
「で、この嫌な予感しかしない丸い物体は?」
「私はアク○ビットとト○ラスが好みなの」
「ISにこんな物を載せて喜ぶか! この変態共が!」
土左衛門がまた1つ。
完全に
「(コ○マは…………まずい………………)」
次々と武装が挙げられ、それに答えた者から沈んでいく。
中には『紙同然の装甲しかない高機動機体に追加装甲とリアクティブアーマーをこれでもかと装備させた挙句、手持ち式に改造した社長砲を両手に装備させる』などという頭のおかしい物まで現れた。それを奏が熱弁し、数個乗せアイスクリームよろしく、たんこぶがバベルの塔を築き上げた。
「………………では最後に。
何故この
奏も含めた全員が一斉に逃げる。運動だけはモヤシと引きこもりにすら劣る技術者達が風となった。
一夏は確信した。
───こいつら全員グルだ、と。
そして竜に乗った修羅による人間狩りが始まった。
次々と狩られていく
しかしそれも慣れたもの。今ではこの研究所の風物詩のようなものになっていた。今ではこの騒がしさが無ければ逆に違和感を感じる程だ。
あまりにも毒されている。
「………………賑やかだね」
1人残された簪は苦笑しながら自分の専用機である打鉄弐式に語りかける。
それを肯定するように、装甲に反射する光が煌めいた気がした。
放置された一夏の言う
そして簪は元凶達の断末魔を聞きながら、そこに1つ追加した。
「(…………パイルバンカーは浪漫の代表。射突ブレードなら尚よし…………!)」
その後。一先ず狩りをひと段落させた一夏がそれを見つけ、簪に死んだ目を向けたのは余談である。
数十分後、簪はたんこぶの塔を増やした奏にドラグーン日本支社を案内されていた。
「もう、酷いと思わない?」
「或る意味やり過ぎだったのでは?」
「何よ簪ちゃんまで…………。増加装甲とリアクティブアーマーでゴテゴテにした高機動機の何が悪いのよ。アーマーパージしながら戦うのってかっこいいじゃない」
「それに手持ち型に改造した威力そのままの社長砲を両手に装備させようとしたからでは?」
「アレは反省したわ。後悔はしてないけど」
「御祓さんにまた怒られますよ?」
「もう慣れたわ」
「慣れてはいけないと思うのですが…………」
あれやこれやと話をしながら案内されたのは1つの巨大な空間。正方形に作られたその空間にそれはあった。
サーバールームと割り当てられたその部屋。そこにあったのは巨大な球体。ところどころから青白い光を出しているが、それは球体が放出している磁気による光の屈折によるものだった。
「ねえ、某ロボットアニメ知ってる?」
「はい。幾つか見たりしています」
「その作品群の1つに出てきた量子型演算処理システムの再現よ」
「…………何作ってるんですか」
「ちょっとした人工知能の研究をする為に作ったのよ♪」
「…………アメリカとかが黙ってませんよ」
「そうなのよねぇ。取り敢えず今は研究用と会社のデータベースとして使っているわ。使い方がもったいないけれど」
要は人造人間端末の無いヴ○ーダであった。1企業が保有するサーバーとしてみてもオーバースペックにも程がある。しっかりとセキュリティも頑強過ぎるほどに敷かれているため、そう簡単には情報漏洩はしない。
ついでに言えば、奏達が自分達でも突破できないようにすることを目的に作ったセキュリティなので、奏達もかなり時間をかけなければ突破できなくなっている。
「今はシエルが人工知能の研究に使ってるわ。彼女、SF系やゲームとかに出てくる自分で思考して行動するAIを作るのが夢だし」
あそこまで人間らしいAIを作るのには時間も技術も足りないけど、と奏は言う。とはいえ、奏も簪もそういったAIは興味はあるし、シエルの研究を否定する気は欠けらも無い。
さて、と奏は手を叩いて一言。
「折角だし、FPSする? ちょうどいいコンピュータがここにあるんだし」
「ごめんなさい。私頭がパンクしそうです」
ブレイクスルー待ったなしな技術の塊を俗物的な事のために使おうとする奏に、簪は思わず頭を抱える。
そして察した。一夏の苦労を。浪漫兵器を追加したことは謝らなないつもりだが、こんな奏の相手をしていたと知ればその苦労は察して然るべきだろう。
「(…………後で労ってあげよう)」
簪はそう決心した。
今回の大まかな内容
1.生徒会長、織斑 一夏のことを知る。
2.ドラグーン、打鉄弐式の開発受諾。それと一夏によるおふざけへの制裁。
3.奏「ヴェ○ダでゲームしようぜ!」簪「えぇ…………(困惑)」
臨時休日の話は次で最後。幕間を挟んで2人の転校生となります。
簪の登録した装備発見後
一夏「(……………元からでしたか)」
簪「(なんか悪いことした気がするけど、ヨシ!(現場猫))」
打鉄弐式「(何やってんだ私の操縦者(呆れ)……………)」
量子型演算処理システム
まんまガンダム00に出てくるアレ。
一夏曰く、「趣味に走って作った癖に、会社経営や各々の研究で大助かりだからタチが悪い」とのこと。
偶にリアルタイムゲームに使われる。ラグが無さすぎて超快適環境。1度この快適さを知ってしまったらもう従来の環境には戻れない。
ゲームサーバとして機能の一部を貸し出すサービスを経営陣は検討中。