放課後、一夏が向かったのは夜架のいる3年生の教室だった。
「切姫さん、少々お話があるのですがお時間はよろしいでしょうか?」
「ええ。少し待ってくださいな」
夜架は談笑していたクラスメイトに一言断ると、一夏と共に屋上へ向かう。
「それでお話とは?」
「主様の王位継承についてです」
夜架もその話はステラから聞いていた。一夏も夜架も、疑問に思うことは無かった。寧ろ、「ああ、遂にこの時が来たのか」と納得していた。
しかしルクスの側室となる気満々な夜架と違い、一夏は胸の奥で足元が急に消えたような感覚を感じた。
ルクス達と共に過ごす度に
思い返すのは、ステラとの会話だった。
『主様が、王となられる、と?』
『はい。女王陛下も議会も、当初はリーズシャルテ殿下への王位継承の方向ではありましたが、国内外でフギルを討ち取ったルクス様────《黒き英雄》への支持が高まりつつあることと、一部の国がルクス様を手札として迎え入れようとする動きがある事を知り、女王陛下と議会が決定を下しました。次の王には、英雄こそが相応しいと。ルクス様も、玉座に着くことを了承なされ、次代の王はルクス様に決定したと断言してもいいでしょう。当然議員の一部には、ルクス様を利用しつくそうと考える輩もいるでしょうが………………。
ですが、新王国建国に大きく関わり、そして動乱を止めた《黒き英雄》。私見ではありますが、これ程までに次代の王に相応しい存在はどこにもいないかと。国民も、その英雄の正体が何者であれ、ルクス様という英雄が王となられても反対する者は少ないでしょう。
また、不確定情報ではありますが、その国内外への発表と共に、リーズシャルテ殿下がルクス様の妃となられることも知らされるのではないかとの見方も強まっています』
『…………当然ですね。黒き英雄たる皇子と、新王国の姫。これ程までに相応しい組み合わせはありませんし、国内外へのアピールにはもってこいでしょう。クルルシファーさんも、内心不満はあれど、流石に納得はしてくれることでしょう』
一夏にとって、それは喜ばしいことだということに変わりはない。ルクスとリーズシャルテの婚姻も、予想していなかった訳では無い。
なのに何故かリーズシャルテが羨ましくて。
なのに何故か、ルクスが遠い存在になってしまったような気がして。
まるで、死ぬまで仕えると決めた主までもが、いなくなってしまうのではないかと考えたくもない考えが浮かんでしまう。
「…………夜架さんは、寂しくはありませんか」
だから、答えが欲しい。この寂しさを埋めてくれる答えが。
「…………そうですわね」
自分の心の言葉を告げるように目を瞑り、夜架は自分の言葉を告げる。
「寂しくないと言えば嘘になりますわ。主様は旧帝国の咎人、私は元帝国の暗殺者、そしてあなたは後ろ盾も実績も無かった従者。それらの制約や枷はあっても、これまでの苦楽も、共に過ごす日常も、これからも続いて欲しいとは思っていますわ。
主様が王となられる。それは心から喜ばしいことですが、それはこれからも続いて欲しい日々には戻れなくなると同義。
我々は新王国に監視される者達という縛りから開放される代わりに、王とその従者として相応しい振る舞いを強いられます。主様のお世継ぎが玉座を継ぎ、主様が王の座を退き、静かに隠居なされるその時まで、我々はその日々には戻ることはできないでしょう。
…………それは、少し寂しく思いますわ」
夜架の答えに一夏は沈黙を続ける。確かに夜架の言う通りだとも思っている。しかし、それだけでは一夏の心の寂しさはまだ埋まってくれない。
「…………その様子だと、あなたの求める答えにはならなかったようですわね」
「………………はい」
「ならば主様にも問うべきでしょう」
「…………主様に?」
「あなたの望む答えを得るには、主様のお言葉こそが鍵になると思いますわ。
そしてその答えは、あなただけが出せる、あなただけの答え。それを見つけるために、主様のお言葉を賜る必要があると思いますわ。
無理に見つけろとは言いませんわ。ゆっくり、あなただけの答えを見つければいいのですよ」
そっと抱きしめる夜架に、一夏はそのまま抱きついて甘える。夜架は一夏が落ち着くまで静かに一夏を撫で続けた。
夜架と別れた一夏は予約をとっていたアリーナへと足を向ける。セシリアと鈴音には先に遅れると伝えてある。これから向かうと連絡を入れれば、先にシャルルと共に訓練をしていると返ってきた。
「やあ一夏君」
「……ロランディーネさんですか」
「ロランで構わないよ。これからアリーナかい?」
整備室から出てきて会ったのは、つい先程話題に出てきていたロランであった。
「ええ、企業から届いた装備を量子変換していたので」
「それは丁度よかった。私も共にしていいかな?」
「先客がいますがよろしいですか?」
「当然さ。人が多ければより楽しいからね」
2人がアリーナへ飛び立てば鈴音達が迎えた。
「遅かったわね……そっちは?」
「3組代表、ロランツィーネ・ローランディフィルネィ。ロランで構わないよ」
「先日一夏さんにプロポーズして振られていた方ですわ」
「ああ、あの時の」
「……見ていたんですか」
「紛れもない事実だが覚えられ方が……」
事実ではあるがあんまりな覚えられかたに、ロランはどんよりと落ち込む。一夏は制裁として鈴音とセシリアに、毎朝行っているセリスティア式訓練を厳しめにしようとしていたことを思い出す。セシリアと鈴音は突如悪寒を感じた。
そこへシャルルが驚きの声をあげた。
「えっ? ロランツィーネ・ローランディフィルネィって、オランダの代表候補生で、オランダの数々の劇団の中でもで一番人気な女優ですよね!?」
「私を知っているのかい?」
「母が何度か連れて行ってくれていました! それ以来ファンなんです!」
「そうだったのか! こんなところでファンに会えるとは!」
女優とファンが盛り上がる中、セシリアと鈴音はそれを呆然と眺め、一夏はそんな事は知らんと新武装の大剣を取り出す。それが作り出した影が4人にささり、何事かとその正体を見れば、シャルルとロランツィーネはギョッとした。
4人が見たのはインフィニット・ワイバーンを纏った一夏の全高と同じ長さの大剣を構える一夏だった。
「…………何よそれ」
「斬艦刀です」
4人を代表して鈴音が問いかければ、さも当然のことを言うかのようにそう帰ってきた。更にその大剣の機構が動き、折り畳まれていた部分が展開。実体ブレードの刃にレーザーの刃がコーティングされ、実体剣とレーザーブレードを両立させた物になる。
畳まれていた時の約2倍の長さになったそれを持って一夏は飛翔、ブンブンと音を鳴らせながら軽々と振り回し始めた。
「…………とんでもない物が出てきましたわね」
「…………対艦隊戦も想定されてるのかしら?」
セシリアと鈴音がどうにか言葉を発する。シャルルとロランは目を点にしながら見ていることしかできない。
気が済んだのか一夏が展開を解除して降りてくる。
「悪くはないですね」
「……なんか、すごいね」
「……しかし使い所は無いのでは?」
ようやく声を出せたシャルルとロラン。
そしてロランの言葉に一夏は言い放った。
「そうですね、使えるタイミングは限られるでしょうけれども、長距離からの斬撃は効果はあります。それに実体剣でもありますからね。振った勢いで折り畳めば相手を挟み込んでしまえるでしょう」
絶句。エグいやり方を提示した一夏に4人は引いた。よりにもよって相手を物理的に切断しかねない使い方を示したのだから余計にだ。
「そういえば、模擬戦をするんでしたよね?」
振り向きながら告げられたその言葉を聞いた瞬間、セシリア、鈴音、ロランの3人はそそくさと後退する。
残るのは哀れに取り残されたシャルル・デュノアただ1人。
「(えっ、………………僕? このタイミングで? さっきエグいこと言ってたよね? まさか実験台に!?)」
などとシャルルは困惑する。思わず振り向いて3人を見る。残りの3人は静かに合掌を送っていた。
そしてシャルルはこの世の無情さを思い知った。
「そこっ!」
シャルルのアサルトカノン《ガルム》が放たれる。即座にアサルトライフル《ヴェント》に切り替え、シャルルは弾幕を張る。
「ふぅっ…………」
それを一夏は
「っ! 二段瞬時加速!?」
ラファールの近接ブレード《ブレッド・スライサー》を一瞬で展開し、振るう。しかしそれを左手に持ち替えた機竜牙剣でいなし、空いた右手に持ったそれを撃つ。
「くぅっ! …………スナイパーライフルなんてこんな至近距離で撃つ物じゃ無いよ?」
「何分射撃は苦手なので」
クルルシファーの神装機竜《ファフニール》の
冗談も休み休み言えと、観客となっている鈴音、セシリア、ロランは思わず叫ぶ。弾幕を弾きながら、防ぐか避けなければ直撃コースの射撃を平然と撃っているのに苦手などと、信じられる訳がない。
シャルルは自分のISを見る。スナイパーライフルで穿たれたのか、装甲の1つが砕け散っている。さらに左手は装甲と装甲の僅かな隙間に
恐らくスナイパーライフルに撃たれたことに気を取られている間に刺されたのだろうと理解する。
「(ああもうっ! 切り返しも、次の一手を打ってくる判断も早すぎる…………! 完全にこっちの数手先を読んで動いてる! 無名だったのがおかしいくらいだよ!? 実力だけなら国家代表でも通用するって!!)」
しかしあまりの実力の差にシャルルは思わず冷や汗を流す。まるで戦場を経験してきたかのようだと思わずにはいられなかった。
何より、シャルルは多くのダメージを食らってSEが減っているいるのに対し、一夏はわざと対処しなかった攻撃しか受けておらず、さほどSEは減っていない。
「…………相変わらずね。と言うより弾丸を剣で切って弾くのね、あいつ…………」
「…………これでまだ上がいると仰ってもいますし」
「…………あの彼女より強い人物がいるのか。私はもうお腹いっぱいだよ…………」
鈴音、セシリア、ロランの順に感想を言う。
何時ぞや壊してしまった斬艦刀の改修型を一夏は引っ張り出し、展開せずに振るう。距離を取ろうとすれば刀身が展開され、リーチが伸びて斬撃を受ける。逆に接近して懐に潜り込もうにも、刀身が折り畳まれたそれを盾の代わりに使って剣戟をいなし。ハンドガンなどで銃撃しようにも、角度をつけることで弾丸を滑らせることで武装へのダメージを抑えながら防ぐ。
「君本当に企業所属!? 日本の国家代表ってオチじゃないよね!?」
「ご安心を。普通の企業所属のIS操縦者なだけですので」
「普通の意味を辞書で調べて?」
「調べましたよ。私の師達に比べればまだまだ普通の範疇にいると理解できましたから」
喋りながらもシャルルはIS操縦の高等技能の1つである『ラピッド・スイッチ』で、唯一マトモに使える右マニュピレーターの銃火器を素早く切り替えながら銃撃していく。しかし一夏は折り畳まれたままの斬艦刀で弾丸を防ぎ、弾き、シャルルの〈ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ〉の手から銃火器が切り替えられる前に弾き飛ばし、無力化していく。
「ではお終いです」
振り下ろされた斬艦刀の質量と切れ味が作り出すダメージによって、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡのSEは枯渇した。
「…………もう一回聞くけど、本当に国家代表じゃないんだよね?」
「興味ありませんので」
その時、ピットに1つの黒が現れた。
「ドイツの第3世代だね…………」
「でもまだトライアル中の筈では…………」
「完成していたってことでしょ。あたしの国やイギリスも似たようなものでしょ?」
「そういうことですか」
シュヴァルツェァ・レーゲンを纏ったラウラを見ながら、ロラン、セシリア、鈴音は小声で話し合う。それを横目に、ラウラは開放回線で箒といた秋一に言った。
「お前も専用機持ちらしいな。私と戦え」
「嫌だね、戦う理由が無いよ。それに、いきなり挑んでくる野蛮人に構っていられないからね」
「ハッ、姉の威厳を借りなければ威張れない雑魚が。こんな弟のいる教官はさぞかし苦労していたであろうな」
それは秋一の怒りに触れた。まるで、かつて自分が『出来損ない』と呼んでいた者と同じだと言われたようで。
「はあ? まさかさ、僕をあの『出来損ない』と同レベルだって言いたいの?」
秋一が言った出来損ないの一言。それを聞いたシャルルとロランは首を傾げ、鈴音は秋一に怒りを向け、セシリアはそんな鈴音の心情を察し、一夏はただ無感情に万が一に備えながら成り行きを眺める。
「それが誰かは知らんが、私から見ればお前は教官の出来損ないの弟だ」
「はっ! 姉さんも1年間何してたんだか。ドイツで無駄な時間を過ごしていただけじゃないか。
こんな無能を育てていたなんてさ!」
「……貴様、死にたいならばそう言え。お望み通り殺してやる」
「出来るものならやってみなよ。絶対防御があるんだから無駄だろうけどさあ!」
「正しく無知だな。そんな簡単な事もわからんとは」
突如火薬の炸裂する音が響き、シュヴァルツェァ・レーゲンの右肩にある武装、パンツァー・カノニーアの砲弾が発射される。
しかしISの操縦に慣れていなかった箒はISを解除していた。ISを纏っていない人間がISの攻撃を受ければ、どうなるかは想像するまでもない。
故に一夏は
それに箒は思考が追いつかなかったが、秋一が文句を言った。
「お前! 余計な事をするな!」
「それは篠ノ之さんの状況を見てから言いなさい。
それとボーデヴィッヒさん、最悪彼女は死んでいましたが、どうするおつもりだったので?」
「だから何だ? 所詮その程度の対応もできない無能だっただけだ。そんなものはISに乗るな」
とは言うものの、アリーナの閉館時間も近づき、ISを解除し、撤収作業を始めている者も周囲に多く居る。そんなところでISの戦闘が起きれば、惨劇は免れなかっただろう。
「……はあ、そんな物に乗って選ばれた者気取り、まるで玩具を貰ってはしゃぐ子供ですね。
そんな事する前に常識を学びなさい」
先程まで共に訓練をしていた者達の場所へ一夏は戻ろうとする。それに対してラウラは待ったをかけた。
「待て。貴様、ISをそんな物を言ったか?」
「言いましたが何か?」
「ならば貴様はISを否定的に見ているのか?」
「特に何も。必要だからここにいる、必要だからこの機体を使う。それだけですよ。あなたにとってのISが道具だろうと兵器だろうと、私にはどうでもいい」
そう言って一夏はシャルル達の元へと今度こそ戻った。その背中を、ラウラは睨みつける。
「そこの生徒! 所属クラスと名前を答えろ!」
放送室から響く教員の声にラウラは舌打ちすると姿を消す。
「その、ありがとう御祓。おかげで助かった」
「礼は要りません。あの状況であなたが咄嗟に打鉄に飛び乗っても、負傷は免れなかったでしょうから」
切り刻んだ砲弾の速度からレールガンの技術を利用した砲撃だと判断した一夏は、箒が打鉄に飛び乗っても大きな負傷を負うのは変わらなかったと判断する。
そして自分よりも先に箒を守れたであろう秋一に告げる。
「挑発に乗るのは結構ですが、少しは周りに気を使ってくださいね、織斑さん?」
「………………ああ、そうさせてもらうよ」
忌々しさを隠しきれない声でぶっきらぼうに返す秋一。一夏は鈴音達に一言断り、一足先に寮へ足を向けた。
IS学園のとある整備室。そこでラウラは与えられた特命に従い、シュヴァルツェア・レーゲンにひとつのカプセル型のパーツを組み込み、それを使うためのシステムをインストールしようとしていた。
「これが、極秘開発されたシステムを使用するための………………」
シュヴァルツェア・レーゲンに組み込むカプセル型のパーツを見ながらラウラは呟く。ちゃぷちゃぷと液体が入っている音がする。その中に更に別の物体が入っているらしく、カプセル型のパーツの内側からそれが当たる音も聞こえてくる。
「まあいい。命令ならば従うだけだ」
そう言ってラウラはそのパーツを取り付け、専用のシステムのインストールを開始する。
それが完了するまでの間、ラウラには御祓 一夏の顔がチラついていた。
「(あの一瞬で、レールガンと液体火薬による多段加速された砲弾を切り刻むだと…………? 馬鹿げていると思いたいが、現実に起きた以上、認めざるを得んか…………)」
しかもラウラから見た限りでは、箒のみならず、あの時に周囲にいた他の人間達への被害を想定して動いたようにすら見えた。
「(状況把握も早い。そしてISの高等操縦技術である瞬時加速を2連続で実行できる。私の放った砲弾を爆発させずに切り刻んだことから見ても、技量は相当なもの…………。
────ならば奴はどこでそれを手に入れた?)」
専用システムのインストールが完了した音が響く。ラウラは沈みかけていた思考から意識を覚ますと、後片付けを始めた。
「(ともあれ、奴は警戒するべきだろう)」
ラウラの中で、一夏への評価は決まった。
ラウラは気づかない。たった今自分が何をしたのか。
ラウラは気づかない。特命と告げられたシステムとパーツによって、自分がどうなるのかを。
或いは誰かが見ていれば気づいたかもしれない。或いは専用システムのインストール中に思考に入っていなければ気づいたかもしれない。
だがそれらは既に終わってしまったこと。故に彼女の結末はここに決まった。
ラウラの組み込んだパーツから血管のように広がる赤い線に、インストール画面に表示されていた文字に、ラウラは気づくことは無かった。
『
『
もっと更新ペースあげたいけど思い通りにいかないなぁ…………。
幕間コソコソ話
ロランツィーネにプロポーズされた一夏が夜架に見捨てられた時に、用意しておいた羊羹を渡しませんでしたが、それはステラの栄養となりました。
ステラ「お姉様、これは?」
一夏「夜架さんの為に用意しておいたお菓子です。ですが私を見捨てて愉しんでいたのであなたにあげます」
ステラ「ありがとうございます」
夜架「………………嫌な予感がしますわ」
一夏の相談後
夜架「……………あの、反省しましたので頼んでいた羊羹を…………」
一夏「それはステラの栄養になりました」
夜架「(´・ω・`)」
一夏「(あ、固まった)」
夜架「(´;ω; `)」
一夏「(………………やりすぎましたか)
……………ごめんなさい。次は2種類作ります」
夜架「……………はい」(シクシク……………)
一夏「(心が痛い………………)」
後日、前回のリクエスト通りの羊羹と砂糖菓子と飴細工が夜架に振る舞われました。(全部一夏の手作り)