暗い部屋に、机にうつ伏せる一つの人影が蠢いた。周りには大量のコンピュータと配線があり、床も所狭しと様々なパーツが散らばっている。部屋の中央には一際大きな人型の鎧のような物が鎮座している。
しかしそれ以上に多いのはゴミの溢れたゴミ袋と、大量のカラになったビールの缶だ。
その人影は女性であり、端整の取れた顔には隈ができ、その目は虚ろに泣き腫らしていた。
その部屋は研究室。山奥に作られ、たった十年前までは日本の最先端技術の開発を行っていた研究所の所長の部屋であった。
しかし研究所は十年前に現れた、一つの発明により政府からの資金援助も打ち切られ、職員も女性一人となっていた。
女性の名は
「うう…………莉奈ぁ…………」
だがある事件により、唯一残った家族を失い、絶望に打ちひしがれていた。
インフィニット・ストラトス、通称IS。
当時、約14の中学生が発明したそれは画期的な宇宙空間を活動できるマルチフォームスーツ。当時29であった奏は、その技術と発明に興味を持ち、そして宇宙に行きたいという理念に賛同した。
そして共同研究をしてみないかとスカウトを兼ねてコンタクトをとる。ISの技術を使えば医療面でもできることが増えるとも確信していた。そうすれば、妹の難病を治せる方法も見つかるのではないかと期待を込めて。
しかしコンタクトを取ってみれば、相手は体が大きくなっただけの子供という印象を受ける答えと態度。共同研究の話は早々に流れ、我儘なだけの厚顔無恥な、世間知らずで自己中心的な子供ということ以外、何も得ることができなかった。
そして彼女に不運が襲いかかる。
結婚していた夫は研究職として働いていた会社が倒産し、再就職先は見つからず家で酒に溺れ、奏に金をせびり続け、唐突に離婚を要求してきた。そしてある日、何も言わずに一人息子と共に姿を消した。
だが不運は終わらない。難病を患っている妹が治療法のある米国で治療を受けられるようになり、治療の為に給料から貯めていた医療費を注ぎ込み、妹を米国に向かわせた。だがその妹が米国に着くことは永遠に無かった。
『白騎士事件』と呼ばれる、約2300発以上のミサイルが日本に向けて飛来し、それをたった一機のISが全て撃墜し、その直後に条約も破って来た各国の戦闘機等を無力化した事件。
この事件での犠牲者は民間人、軍人共に0と言われているが、それは違う。
奏の妹、莉奈は飛行機で米国に向かう途中でミサイルが飛行機に当たり、欠片も遺さずこの世から去った。運悪くその時日本を飛び立った他の飛行機等も例外ではなく、日本国政府は口止めとして多額の金を遺族に払い、それでも止まらなかった者は『不幸な事故』で死亡した。
そして止めに、ISの軍事優良性を認めた政府は開発者の篠ノ之束にISコアの製作させた。金を注ぎ込むのは無駄だと判断した、奏にとって最後の居場所であったこの研究所を閉鎖させて。
奏は絶望のどん底に落とされた。
女としての宝と言える息子は居なくなり、心の支えであり、研究者でありながら倫理を外れない最後の楔がこの世から消えた。肉片も遺さず、人間らしい死に方も出来ずに。
元は妹の難病を治す術を見つける為に研究者になった。米国での治療法は前例も少ない為成功する可能性は低く、それを少しでも上げるために研究を続けていた。衛生発電技術など、奏にとっては資金を集める為のものでしかなかった。
そして挙句の果てには最後の居場所も封鎖された。
怒りに身を任せた奏は世界中のコンピュータをクラッキング。電話回線すらも使い、ありとあらゆる方法で完全なスタンドアロンである潜水艦を除いた全ての軍事施設にすら侵入し、ミサイル発射を行わせたのが誰なのかを調べた。
その答えは、ISを発明した篠ノ之束。奏はISの技術を見せつける為のマッチポンプとして、白騎士事件が起こされ、その巻き添えで妹が死んだ事を知ってしまった。
奏はIS開発者の篠ノ之束を憎んだ。だが無名の研究者にされてしまった自分に出来ることは無い。『天才』である奏には、楔を喪いながらも、どうにか保っている倫理によって、それを否定することはできなかった。倫理を捨て去り、狂人だと思っていた『天災』には、なりたくてもなれなかった。
奏に出来たのは逃避。アルコールに溺れ、虚しさと寂しさを薄め、紛らわせる日々。他の職員達は別の研究所に移って行き、結局残ったのは空1人であった。
奏がコンピュータの一つを点ける。そこにあるのは篠ノ之束が理想とするISの完成形の設計図。システムも全てが篠ノ之束の理想通りであり、女性にしか乗れないという致命的な欠点を払拭した、世界が認めるISであった。しかもそれに使われているISのブラックボックスは奏が一から作り上げたものだった。
その次に開いたのは全く違うコンセプトのIS。現在軍事力として優良性を認められているIS。つまりは兵器として存在するISの、言わば究極形の設計図だった。だがこちらはまだ完成していない。
攻撃力、防御力、推進力を同一エネルギーに依存しているISでは、初めにチャージしたエネルギー分しか使用できず、戦闘時間が限られる。衛星発電とマイクロウェーブによる送電を使ったエネルギー供給は場所や状況、環境によっては出来ない為に使用不可。追加バッテリーは使い切ってしまえばただ重いだけのデッドウェイト。ジェネレーターは現状では外付けするしかなく、狙われてしまえばお終いだ。
ならば残るは永久機関の搭載だが、それは現在見つかっている法則に喧嘩を売るものであり、その法則を覆せる何かが無い以上、作り上げることはIS技術を使っても困難だろう。
それ以上に、いくら兵器の質が良くとも、平凡が集まった量には叶わないことは歴史が証明している。
だが奏はこれを設計していく。
ISを以て、ISの理念を破壊する。
軍人だけでなく、一般市民からもISを軍事兵器として認識させる。
それがこれを設計し、開発する理由。奏が考えた、篠ノ之束への復讐であった。
だが設計が頭打ちの状態である事は紛れもない事実。大きな溜息を吐いて、奏は椅子の背もたれに身を委ねた。
「…………ん?」
だがそんな時、自分の後ろへ向かう風を感じた。
振り返って見れば、そこにあるのは黒い孔。それは自分を吸い込まんとしている。
「…………何コレ? まあなんでもいいわ。もう、どうにでもなればいい…………」
もう生きる理由も見失った奏は、静かにその身を委ねた。
アスティマータ新王国、その王城の中は騒然としていた。突如城の中庭に黒い孔が開いたのだ。そしてその孔を機竜を纏った警備隊が囲っている。
「……なあルクス、これは何だ?」
「さぁ? 僕にも何が何だか」
その前にはティアマトとワイバーンを纏ったリーシャとルクス。新王国上層部は少しでもルクスをかの『黒き英雄』がルクスであると露見するのを防ぐ為に、専用改造されたワイバーンを王城で使わせている。
そしてルクスの一歩後ろに少女が立つ。
「これ……まさか、あの時の…………?」
ヤマタノオロチの使い手、御祓一夏だ。
一夏はその孔に見覚えがあった。それはかつてこの世界に飛ばされた時に放り込まれた孔。それと同一のものだと直ぐに理解する。
ルクスが一夏に気づき、声をかけようとした刹那、孔から白衣を着た女性と、灰色の鎧が飛び出してきた。
「……………………あら?」
女性がまず放った言葉は、あまりにも素っ頓狂なものだった。
だがその言葉は一夏とルクスを除けば初めて聞く言語であり、警備隊の者達は一斉に機竜牙剣を構える。
「あらあら、天国は意外と物騒なのねぇ」
それを見てもマイペースを崩さない女性に、より警備隊は警戒を強める。
しかしそこで一夏が待ったをかけた。
「すみません、ここは私に任せていただけないでしょうか?」
「一夏?」
「主様、いつか私がお話した時の事、覚えていますか?」
「うん。確か異世界から来たって……まさか?」
「恐らくは。取り敢えず私が話しかけてみます」
そう言って一夏は女性も前に立つと、かつて話していた言語で話しかけた。
「いきなりの事ですみません。単刀直入に聞きますが、あなたは日本人ですか?」
「! よかったわ、話せる人がいたのね。ええその通りよ」
「この中では私だけですが。いくつか情報交換をしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
「ありがとうございます。では───」
目の前でコミュニケーションをとる一夏に、周りの人々は驚く。無理も無い。初めて聞く言語を、最近有名になり、過去最年少の特級階層入りを果たした一夏が話しているのだから。
「なあルクス、一夏は何をしているのだ?」
「取り敢えず話をしてみるとの事で……」
「皆さん! この方に敵意はありません!!」
リーシャの質問に答えるルクスだが、それは一夏の言葉に中断させられた。
「一夏、本当に大丈夫なのか?」
「はい。それと、情報共有をしたいそうなので、広い部屋を使わせて欲しいと。私が通訳をします」
「ふむ、わかった。掛け合ってみよう」
「それじゃあ、あの鎧はどうするの?」
「ああ、それはですね……」
ルクスに説明しようと鎧を見れば、女性がそれに触れ、光に包まれる。光が晴れれば、女性は鎧を纏っていた。そして再び光が放たれ、今度は指輪に変化した。
「あの様にアクセサリーとして持ち運べます」
「…………何だか凄いね」
「私からして見れば機竜の方がよっぽど…………」
その後、議事堂でアスティマータ新王国の女王、ラフィ女王立ち会いの下、一夏が通訳となって女性とルクス達は情報の共有を行った。当然孔の向こう側の世界の情勢も語られ、ISの話題は多くの興味を持った目線が向けられたが、女尊男卑という風潮には誰も彼もが呆れ果てていた。
そして一夏と女性が通った孔は
「それでは御祓一夏よ、あなたに問います。何故あなたは異界の民である事を黙っていたのですか?」
「…………私がこの世界に来た時は、誰かを信じることができませんでした。
ですが、主……ルクスさんとアイリさん、学園長のレリィさんとフィルフィさんは信用できると思い、誰にも言わないという条件で教えました。
そしてもう向こうの世界に関わることは無いと思い、これまで黙っていました。身の上を明かさなかった御無礼をお許しください」
「そうですか……わかりました。あなたには彼女の護衛と監視を命じます。また、我々に有用と判断した情報は直ぐに報告するように」
「仰せのままに」
結果、女性───空亡 奏は王城の一室で監視付きだが保護され、一夏が言語と文字を教え、より詳しい情勢を聞き出すこととなった。
空の知識欲は凄まじく、三日で日常会話と解読をマスターし、一夏の度肝を抜いた。かなりのショックを受け、落ち込み、ルクスに慰められていたのは別の話だ。
次の日には『扉』に入り、『扉』の状態を安定化し、維持する装置を開発。『扉』が開く理論は分からなくとも、分からないなりにどうにかすればいいとは奏の談だ。そして王城と研究所の両方にその装置を置いて行き来を出来るようにしてしまうという周りを置いてけぼりにすることまでやらかす始末だ。
「さあ! さあ! さあ! 次は何を見せてくれるの!? あなた達の纏っていたアレは何!? とにかく色々教えなさい!!」
「待って待って待ってください!! まずは落ち着いてください!」
「何言ってるの! 私は落ち着いているわ! こんな浪漫の塊、黙って見ていられる訳が無いでしょう!?」
「落ち着いていないじゃないですか!」
そして今は機竜に興味を持って暴走している真っ最中。流石にこれには一夏も困り果てている。しかし奏は男のロマンに理解を示し、共感する女。遺跡から発掘された、永久機関搭載の古代兵器など放っておけるはずもなかった。友人からは「ロボットを描かせればロマン兵器しか持たない変態機を描くヤベー奴」と言われていただけはある。
「うるさいぞ。全く、同じ技術者として気持ちはわからんでもないが、少しは静かにしろ」
「うっ……申し訳ありませんリーシャ様」
「落ち込むな一夏。寧ろお前の苦労は察して然るべきだ」
「うぅ……リーシャ様ぁ…………」
様子を見に来たリーシャは暴走している空に呆れ、一夏を慰める為に抱きしめた。
「あらリーシャ様? いつから?」
「さっきだ。それと義母上からの命令だ。
ワイバーン一機を貸すから解析し、レポートに纏めて出せとの仰せだ。それと、可能であればお前なりに修復、強化改修して良いとの事だ」
この命令には一夏も奏も驚愕する。
「…………よろしいのですか? いくらワイバーンと言えども、国家戦力となる
「女王がそう言ったのだ。構わんのだろう」
奏は下を向き、震えだす。そして…………
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」
窓が揺れる程の叫び声を上げた。何事かと王城のあちこちからざわめきが響き、窓の外からも「なんだなんだ」と人が集まってくる。
「こうしちゃいられないわ! 行くわよ一夏ちゃん!!!」
「「きゅうぅぅ…………」」
何故か窓から飛び降り、群衆を掻き分け、砂埃を上げながら機竜の格納庫へ突っ走る奏。その場に残ったのは奏の大音量に目を回して倒れたリーシャと一夏だけで、騒ぎを聞きつけたルクスが駆けつけるまで起きることはなかった。
その数日後、奏から