ラフィ・アスティマータは何度目とも知らぬ疑問を思い浮かべる。
―――何故、自分は今も女王として玉座に就いているのか。
答えはわかっている。いまの自分の状況こそ、この身が今も生きている最たる理由である御祓 一夏が己に与えた罰なのだと。
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しかし、同時に代償も大きかった。一夏は本来であれば自分が恩恵を受けるはずの能力をラフィに使用したことで、聖蝕に体を蝕まれた。そして生と死の狭間を彷徨う重体となった。それこそ、一命を取り留めても、二度と機竜に乗れなくなるのは明らかな程に。
そして、フギル・アーカディアとの決戦で、奇跡的に一命を取り留めた一夏はラフィを救った時と同じ装備で無理やり肉体と機体を動かしてルクス側に加勢、その身でもってルクスを守り抜き、フギルと決着をつける、最後の切っ掛けを作った。
―――
今ラフィが女王でいるのはフギルとの決戦でリーズシャルテという戦力が抜ける訳にはいかなかったと同時に、リーズシャルテが次期女王となるための引継ぎを行うためでもあった。その間、ラフィは女王としての仕事を全うし続けた。大臣たちからは何度も追及を受けたが、一夏から与えられた罰とは別に議会で決定された公式の罰を受けることで喧しかった大臣達は静かになった。
「………私が女王でいられるのも、あと少し」
一夏と奏が来た世界の暦で、7月の中頃に王位継承が行われる予定だ。つい最近向こう側、一夏と奏の生まれた世界で
本当の娘同然に愛しているリーズシャルテには心苦しいが、異世界の幻神獣の案件は任せざるを得ないと納得はしている。女王となって初の仕事が異世界に関わる案件など、なんと荷が重いことだろう。
「だとしても、だからこそ」
一つでも多く。次の女王へ。自分にできうる限りを尽くして、乗り越えてもらおう。
自分にはなれなかった女王となってくれることを祈って。
より誇れる国を作り上げてくれると信じて。
そう願って、ラフィは執務に再び目を向けた。
「………以上が私が確認できた限りでの情報です。現状は被害が出てはいませんが、今後も出ないとは言い切れません。よって直ちに対策班を結成、早急に原因解明及び討伐に当たらせるべきと提案致します」
執政院の議事堂にて、奏がラフィと執政官たちを前に調査結果の報告と提案を行う。議事堂には七竜騎聖として呼ばれたルクス、その隣の席に補佐官のセリスティア・ラルグリス、ルクスの後ろには奏と同郷の一夏が立っている。ラフィの近くには次期女王のリーズシャルテも同席している。
詳細に、それでいてわかりやすくまとめられた資料を見ながら執政官たちはざわめく。
奏の調査の結果、幻神獣はほぼ全種が確認され、疑似的なコロニーも形成されつつあるのも確認されている。コロニーの数は少なく、早急に神装機竜を二機投入すれば簡単にコロニーの破壊とそのコロニーを形成した幻神獣の殲滅は可能であるとの試算も出されている。
「ならば神装機竜を持つものが二人いれば良いのだな?」
「資料にも注釈しましたが、新王国に
なお、試算するにあたり、向こう側の政府や民間人などは考慮しておらず、幻神獣の正確な数も不明であるため、実際は更に戦力を投入する必要がある状況も出てくるでしょう」
だが質問をした執政官はそれを分かっていて聞いていた。奏のサポートがあれば向こう側での活動も楽だろう。だが、ここにも向こう側を知るものがいる。
「ならば御祓 一夏。君が向かってはくれないだろうか?」
そう、一夏だ。理由は奏同様向こう側の世界の知識を持っているから。そして戦力となる神装機竜も持っている。これほど好条件に当てはまる者もいないだろう。もう一人の神装機竜も適当に決めさせればいい。そんな考えと共に一夏を推薦する。
同時に、この執政官にとって邪魔者を排除する口実にもうってつけだった。この執政官は執政官としては優秀だが、重度の旧帝国嫌いでもあった。邪魔者が守る存在は言わずもがな。これまで正体を隠し、何度も闇討ちさせようと刺客を送り込んだが、その尽くを一夏に邪魔されていた。その一夏を排除し、旧帝国の生き残りを消せればいいと考えていた。
執政官の推薦に、次々と奏と同じ世界出身の一夏に白羽の矢が立つ。ほぼ言い逃れも断ることもできない状況に追い込まれた一夏はたった一言を言葉にする。
「………それが我が主の御命令とあらば」
しかし一夏はルクスの命令でなければ聞く気はないと言外に言う。
極論で暴論だが、一夏は新王国への忠誠など持ち合わせていない。あるのは変わらずルクス・アーカディアへの忠誠心だけ。ルクスが新王国に従っているから一夏も新王国に従っているだけだ。たとえ新王国が滅びようとも、ルクスさえ無事であれば自分が死のうと構わない。そのついでという名目で、恩人や親しい者たちも守るだけだ。
自分が歪んでいることを自覚しているものの、それでも一夏はこの在り方を変えたくても変えられない。一夏の心はあの時壊れ、今は多少はマシになっているものの、ルクス達に救われた時のままなのだから。
ルクス達はその歪さを放置することはしなかったが、それ以上に心に根深く傷が残り、今でも続く歪みへとなっていた。
今なお自らの主と定めた存在に依存し続ける自分を嗤いながら、己が仕える主の勅命を待つ。結局こうなるかと執政官の誰もが思い、ルクスへ目を向ける。
ルクスは「帰ったらもう一度注意しないと」と呟き、一夏に目を向ける。これまでルクスが何度も注意を繰り返し、あまり使いたくもなかった命令をしてようやく今の一夏の状態だ。その時に与えた命令が無ければ、今でも自分の命令以外の尽くを聞く耳を持たなかったという確信がルクスにはあった。改めて一夏の歪さの一端と根の深さを見たところで、己の従者に命ずる。
「一夏。奏さんと夜架の二人と一緒に『
「仰せのままに。我が主」
ルクスの命令に、躊躇いも無く、膝をついて拝命する。だが同時に不安も込み上げ、思わずルクスに問うた。
「しかし夜架さんも一緒となると、主様に危険が…………」
「大丈夫だよ。奏さんが作ってくれたこれのお陰で機竜が無くても対処ができるから」
そう言って見せるのは右手首に装着された銀色のブレスレット。ISのシールドエネルギーによる防護壁と、攻撃してきた相手への電気ショックによる自動反撃が可能な携帯武装だ。もっとも、奏基準で改良の余地が多くあるそうだが。同時に一つの考えもあってのことでもあるが。
だとしても一夏は不安なのか、表情は優れない。そんな一夏の頭を撫でながら、ルクスは続ける。
「大丈夫だから。ね?」
「…………はい」
同席していたリーズシャルテとセリスティアからの無言の視線にルクスは背中に冷や汗を流しつつ、一夏と夜架が奏と共に調査の先遣隊として向かうことが決まった。
二週間後、調査へ向けた準備は整えられ、出立が翌日に迫った夜。一夏は自分に割り当てられた部屋へ向かわず、その隣、仕える主であるルクスの部屋へ向かう。そして手慣れた手つきで音もなく開錠すると、静かに入り、鍵を閉める。
ベッドにはルクスが静かに眠っており、起こさないようにその隣へ入り込み、抱き着いた。
一夏がルクスの傍から長期間離れることになったとき、或いは最悪二度とルクスと会えなくなるかもしれない出来事が間近に迫ったときにする、一種の癖のようになってしまった行動だ。不安を殺すため。そして少しでもルクスに触れその温もりを感じてていたいという思いがそれをさせる。
今回はいつ帰ってこれるかもわからず、よりにもよって自分を迫害してきた者たちのいる世界。
そして、自分を捨てたあの女のいる世界。
思い出したくもない過去が目の前に現れ、尚更離れたくないと抱き着く力が強くなる。いくら心が安らいだところで、その心の傷は今でも深く残ったままだ。
恐怖で寒くもないのに震えだす。感じているはずの熱が、一瞬で消え去ったかのような感覚に陥る。ずっとこのまま抱きしめて、永遠に時間が止まっていて欲しい。そんな思いを抱く一夏を、そっと優しく抱きしめる存在があった。落ち着かせるように。慰めるように。その手は優しく一夏の頭を撫でる。
起こしてしまったと恥じ入るが、起きていたならば教えてほしかったと内心思う。何より、この状況でも手を出そうとしないルクスに多少の不満を覚えた。
気に入らない視線に晒されるのであまり自分の身体が好きではないが、胸は王立士官学園に居た頃より成長したフィルフィと同じくらいはあると自覚しているし、学園の同期や知り合いたちからも羨ましがられるスタイルをしているのも自覚している。だがそれでいて『お手付き』されないことが自信を無くすことに拍車をかけていた。
誰になんと言われようと、ルクスにならばこの身を捧げられると自信を持って言える一夏でも、ここまでくるとさすがに折れる。そして向こうから来ないならば自分から、とできないのが一夏の奥手なところでもあった。
そんな不満も主の温もりの前では彼方へ消え去り、一夏は静かに眠りに落ちた。
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ルクスは静かに寝息を立て始めた一夏を見て一息つく。これまで何度も同じことを繰り返していた経験から、今日は来ると予想し、寝たふりをしていたのだ。ましてや今回は一夏のいた世界。確実に来ると思っていたが、予想外だったのは思っていた以上に一夏が怯えていたことだ。
無理もないと思うと同時に、向こうに戻ることを選んだらどうしようという思いもある。向こうにはたった一人だけの友人がいると聞いている。その絆が自分に向ける忠誠心よりも大事だったら…………。
「………何を考えているんだ」
らしくもないと、胸の奥につっかかる思いから目を背ける。
一夏はその時の言葉を覚えているだろうか。
あれは最期になるだろうからと零した感謝だったのか。
それとも………。
「僕は………」
言葉にしたくてもできず、声にしたいのにできない思いが胸の中を漂う感覚を覚えながら一夏の寝顔を見る。時々甘えるように、猫が体を擦りつけてマーキングするように身じろぎする一夏は、先ほど怯えていたことが嘘であったかのように安堵の表情で眠っている。いつもならその押し付けられ、大きく形を変える胸や絡まってくる肢体に自分の『男』が反応し、それを理性で黙らせるが、今回はただ一夏を安心させたいという思いだけがあった。
時折、夢の中でも主を呼ぶ一夏は年相応の笑みを寝顔に浮かべる。それを微笑ましく思いながら、甘えてくる従者を優しく抱きしめ、ルクスは静かに眠りについた。