書いてる内に筆が滑った!
それからの日々は、一見にして平和だった。
最後の亜種特異点の発見を待ちながら、訓練や勉強、親しんだカルデアでの日常を過ごす日々。
時折、「またか!?」という感じで極小特異点とかを発見してレイシフトしなければならない事もあったが、それ以外は至って平和な日々。
正式に交際を始めたマスターとノッブも、表向きは一緒にいる時間が以前よりも増えただけで、特に変わっていない。
しかし、それは表向きだけ。
裏向きはしっかりと変化していた。
「ふふふ……」
夜分遅く、マスターの部屋には今、恋人同士の男女がいた。
二人の肌には汗が浮き、互いに服を着ていない事からも先程までナニをしていたのかは明らかだった。
「我が背の君……」
余韻と疲労に息を荒げる恋人に、普段はノッブと言われている少女はうっとりとした目に艶やかな女の笑みを浮かべながら、ゆったりと彼の頭を撫でている。
母親や目上の人間がやるものではない、また別の慈しみを込めたそれに、マスターは気持ち良さそうに目を細めた。
「吉……大丈夫? 辛くなかった?」
「ふふ、貴方様も心配性ですね。サーヴァントなんだから、体力は私の方が上なのに」
未だ服も着ずにピロートークを語る二人は、極普通の恋人同士のようだ。
しかし、普段の二人を知る者がいれば目を丸くする事だろう。
普段は悪友とか戦友のノリな二人。
それがここまで恋人らしく、しかもノッブの方は普段は一切気取らせない高貴な女性らしい所作や口調をしている等、極親しい身内以外は知る由もないだろう。
「さ、寝る前に汗を流しましょう。このままじゃ明日には酷い事になってしまいますよ?」
「ん、そうだね、軽くシャワーでも……」
そうして、もそもそとツインベット(恋人になってからシングルより変更)から二人が起き上がる。
その時、ノッブもとい吉姫の美しい肢体についつい目が引き寄せられ、風呂場で第二ラウンドが開催されるのだった。
だが、二人が備え付けのシャワー室に移動する時、ノッブが天井とクローゼット、ベッドの下に優越感たっぷりの嘲りの視線を向けた事に、マスターは全く気付かなかった。
………………
「うーん……」
最近、他の人と話す機会が減ったなぁ、とマスターは思った。
まぁ、自分は現場で動く立場で、他の職員は基本バックアップ、サーヴァント達は思い思いに過ごしているので、会わない日も当然あるのだが。
「それにしたって少ないような…?」
今まではちょっと通路を歩くだけで、誰かしらと遭遇していたのに。
「ん、どうしたんじゃマスター?」
そこに、少しの間だけ別行動していたノッブが現れる。
いつもの様に上機嫌でハイテンションな、皆の知っているノッブ。
しかし、その瞳に茶々に向けるそれとはまた違った愛情が込められているのが、マスターには分かった。
「ううん、何でも。」
すっと手を差し出すと、満面の笑みでノッブは手を取り、すっとその身を寄せる。
その所作は既に先程までの奔放かつ豪胆、果断にして冷徹な戦国武将のものではなく、良家の子女の其れ。
こういった多面性に、知れば知るほど奥深く味わい深い恋人に、マスターはゾッコンなのだった。
「では行きましょう。」
「うん。」
仲睦まじく歩いていく二人。
不意に、ノッブはすっと後ろに視線を向ける。
そこにはマスターに声をかけようとした職員がいたのだが、その前に浴びせられた殺気に身を射竦められていたのだ。
まるで蛇に睨まれた蛙、否、龍に睨まれた蛙の様なものだった。
時代の寵児、戦国大名織田信長にとって、普段は戦う事は決してない職員など、視線一つでどうにでもできた。
その意味はただ一つ。
『邪魔をするな』
これに尽きる。
元より、彼女はこの第二の生というものが奇跡の上に成り立っているのを知っている。
次なんてない事も、もし召喚されても良い主とは限らない事も知っている。
実際、帝都に召還された際には召喚した魔術師を殺害している記録もある。
だからこそ、このチャンスを、この幸福を逃がさず、少しでも満喫するために行動する。
永遠なんてあり得ないけど、少しでも長くこの恋/夢が続きますように。
それだけが今の彼女の願いであり、それを邪魔する者は決して許さない。
他のサーヴァントらもその辺に気を配っているのか、以前よりもマスターに近づく事はない。
無論、子供系鯖とか例外はいるが、溶岩水泳部とかもいるので、気が抜けない。
なお、茶々からは「伯母上気にし過ぎ」とため息をつかれていたりする。
「ねぇ貴方様、今夜は水着を着てみましょうか?」
重い重い愛と執着を、しかしそうとは悟らせずに、かつて吉と呼ばれた少女は封じていた女としての幸せを噛み締めるのだった。
……………
「? 先輩、虫刺されですか?」
ある日、わいわいと変わらずの大賑わいの食堂で、不意にマシュがそんな事を言った。
同時に、食堂の喧騒が一瞬だけピタリと止み、しかし直ぐに元の喧騒を取り戻す。
明らかにその耳をこちらの会話に振り向けているのが分かる。
特に物見高い連中なんて顔が半笑いだ(特に槍ニキs)。
「あはは、多分昨日ついた奴だね。後で虫刺されシールでも貼っておくよ。」
「? 私の記憶では昨日は特にレイシフトやシミュレーションを行った記録は無かった筈ですが…?」
マシュの優秀さが今ここでは仇となった。
で、どんな言い訳すんの君?
そんな視線が四方八方から突き刺さっている気がする。
マスターの蟀谷を冷や汗が伝う。
く、こんな時に役に立ちそうな口の上手い連中は全員観客に回ってやがる…!
思考が空回りばかりして、上手く口が動かない。
えぇい笑ってんじゃないよ王様ーズ!
「ん、どうしたお主ら。」
そこに自分の食事をもらってきたノッブが現れる。
いや、そのニヤニヤした口元を見るに、マスターの困った顔を堪能していたのだろう。
完全にタイミングを読んでの登場だった。
勿論座る席はマスターの隣、マシュの向かい側に近い場所だ。
「信長さん、実は先輩の首に虫刺されがあるんですが、何処でついたか見当がつかなくて…。」
ここカルデアは年中雪と氷に閉ざされた僻地、というか極地にある。
そんな場所に普通の虫、それも人を刺すような虫は入り込めない。
レイシフト先なら話は別なのだが……無論、これは蚊の仕業ではない。
「あーそれなら簡単じゃよっと。」
「ッ!?」
一瞬にやりと口の端を歪ませてから、ノッブは隣に座っていたマスターの首、そこにある件の虫刺されの痕へと唇を重ね、かぷりと噛み付いた。
いきなりの飯時の暴挙に、流石のマスターもビクン!と体を震わせる。
が、いつの間にか伸ばされていたノッブの腕に体を抑え付けられていたため、それ以上動く事はない。
誰もが呆然と注目する中、ノッブは思う存分マスターの首筋に暴挙を続ける。
「ふふ甘露甘露。」
ちゅるり、と僅かに出た血をまるで極上の美酒の様に舐め取りながら、ノッブは漸く口を離した。
マスターの首筋には小さな歯型状の鬱血痕が残っており、件の虫刺され痕を完全に上書きしていた。
「ほら、これで虫刺されは消えたでしょう?」
その後の事は、マスターは思い出したくはない。
一言で言うなら、マスターlove勢VS聖杯7個持ちによるガチ喧嘩と言えば分かるだろう。
鎮圧と食堂の復旧に必要となった手間で、その日も疲労困憊になるのだった。
……………
始まりがあれば終わりもある。
そんな当たり前の事、最初から気付いていた。
気付いていても、それでも目を反らしていた。
織田信長という英霊は、少なくともこのカルデアに召喚された個体は、英雄としての側面で召喚されながらも、その内に若き日の側面と幼き日の側面を持っている。
その多くの側面を見て惹かれていったのがカルデア唯一のマスターであり、ひたむきで純粋な少年と青年の間にいる彼の旅路を見て惹かれていったのが信長だ。
だが、彼と彼女は互いにこの関係が死ぬまで続くものだとは思っていなかった。
英霊とは、サーヴァントとは役割を果たせば座へと帰る存在であり、人間とは未だ生き、しかし老いていく者だ。
即ち、別れは必然だった。
第四亜種特異点セイレムを解決した後、そして直後の恒例のクリスマス特異点を解決した後。
多くの英霊が既に座へと退去した頃、二人の恋人は今生の別れを惜しんで、最後の夜明けまで蜜月の時を過ごしていた。
「吉…。」
「んふふ」
幾度口吸いをしても、その肢体を掻き抱いても、欲望を吐き出しても、それでも立香の涙は止まらなかった。
かつて一度マシュを亡くしたと思った時と同じかそれ以上に、今の立香の胸には避け得ぬ別離への悲しみがあった。
「あぁ……貴方様、私の背の君…。」
その苦悩する様子を信長という英雄ではなく、最も幼き頃の吉という姫はうっとりと美貌を溶かし、しかし烈火の如き眼差しで見つめていた。
「離れたく、ない…っ!」
立香の腕の中で、苦悩と絶望、愛情と執着に染まった容貌を見て、その内心は歓喜に震えていた。
あぁこれだ、これが欲しかったのだ!
人類史にて最後にして恐らくは最大のマスター、ただ一人の自分のマスターに英雄としての己ではなく、一人の女としての自分を刻む事!
仮初の肉体でも、仮初の生であっても良いから、自分という女をその生涯に渡って愛させる!
他の誰でもなく、英雄としてのワシでもなく、女としての私を!
芯の強すぎるマスターなら、自分を抱えて歩いていく事もあろう、他の女人に愛される事もあろう。
しかし、彼の心にあるのは何時だって私だ、他の女ではなく私だけなんだ!
「大丈夫。いつかまた会える日が来ますから、ね?どうか笑顔で送り出してくださいまし。」
大よそ叶う可能性の低い約束。
しかし、この一途で凄まじい意志力を持つ立香なら、それは死ぬまで続く契約となる。
その間、自分と同じ程立香の心に入り込める女は出て来ないだろう。
(まぁ名探偵や大天才やらが何か企んでおるらしいし、そう間を置かず再会できるじゃろ。)
そんな打算を弾きつつ、吉姫は最後までマスターとの一夜を楽しみ、最後は穏やかに黄金の魔力光となって消えていった。
「ハ、まさかワシの男に手を出す小娘がいるとはな。」
半壊し、施設の半分近くが氷漬けになったカルデアに、その英霊はいた。
赤く、紅く、朱く、轟轟と燃え盛る紅蓮の炎を纏う女武将。
その名も高き織田信長。
ここカルデアで人理修復の旅に同行した最古参のサーヴァントであり、最後のマスターの恋人。
しかし、今ここにいるのはかつての彼女ではない。
七つもの聖杯を身に宿した結果、彼女は変性した。
最も強く、最も美しく、最も恐ろしく、最も賢く……
一騎の英霊でありながら、全ての「織田信長」の可能性と向けられた畏怖や恐怖、怨嗟等の業を内包した概念に近い存在。
大名であり、武士であり、天才であり、傾奇者であり、魔王である。
矛盾した多くの可能性を内包し、しかし、全ての信長が持っていた「愛情」という感情を軸に、その存在はこの世界のただ一人のために顕現した。
今の彼女の名は魔王信長。
化天を超え変生せし神仏衆生の敵、三千大千天魔王なのだ。
「…ま、さか、まだサーヴァントがいたとはね…。」
ごぽり、と血を吐きながら、白い氷の皇女が言う。
既にその四肢はズダボロであり、首を握られ釣り下げられた状態で今も出し続けている冷気は魔王信長には通じない。
そも、彼女は人の形をした炎にも例えられる存在、この程度の冷気は通らない。
「さて、我が背の君は何処かのう?あやつの事だから、どっかで生きてるじゃろ。」
皇女の首を握ったまま、魔王信長は先日まで友軍であった職員らの屍を踏み越えて歩き出す。
もしも状況が許すなら、それこそ鼻歌まで歌い出しそうな上機嫌で。
「やはり我と背の君の間には、真っ赤な糸が伸びておるようじゃなぁ…。」
うっとりと、艶やかに笑みを浮かべるその美貌は、アーチャーの織田信長の頃と一切相違ない。
ここまで変わり果てておきながら、彼女の芯は今も一切ぶれていない。
以前見た記録との余りの乖離に、氷の皇女は背筋に氷柱が入ったかの様にゾッとする。
(カドック、どうやら私達じゃ勝ち目は無さそうよ。)
心中での独白は勿論聞こえない。
例え聞こえていても、彼女の行動は変わらない。
「あははははははははははははははははははははははははははッ!!二度も奇跡があったのだ!我らが出会えぬ道理無し!」
上機嫌に哄笑し、破壊された施設内を無人の野が如く闊歩していく。
もう、彼女は誰にも止められない。
止めるべきサーヴァントは敵味方問わず既におらず、倫理観もこの漂白された世界では意味を成さない。
或いは、七つもの聖杯を身に宿す彼女なら、彼女こそが新たな異聞帯を作り出す事すら不可能ではない。
「今度こそ最後まで添い遂げようなぁ背の君。」
逃がしもしない、逃げられもしない。
そして彼も逃げようとはしないだろう。
こうして、真に魔王となった信長は胸に抱いたただ一つの思いのために、漂白された世界へと足を踏み出した。
なお、再会後は和服良妻ムーブに戻る模様
夜の生活では美幼女からモデル体型美女までの変身を活かして凄い盛り上がります。