Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる   作:空社長

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チェチェンの真実《12》【到達】

_モスクワ標準時(MSK)6月1日午前3時半頃_

ロシア連邦北カフカース連邦管区チェチェン共和国グロズヌイ都市管区

 

 ロシア連邦の連邦構成主体であるチェチェン共和国の中心地グロズヌイは激戦地と変わり果てていた。

 奪還を試みるロシア連邦軍とあくまで維持を続けるCLFとの戦闘は、最初に想定された非正規戦とは思えない規模にまで拡大していた。

 空軍のSu-27SM2戦闘機らが防空に徹する中、CLFのT-72Mが側面にRPG-29携帯式対戦車ロケット擲弾発射器から発射された対戦車ミサイルを撃ち込まれ、火柱を上げながら沈黙し、傍にいた歩兵戦闘車が反撃しようと砲塔を旋回させるが、Ka-52"アリガートル"攻撃ヘリからのロケット弾攻撃によって炎上し沈黙する。

 

 グロズヌイ奪還へと赴いたのは第178独立親衛自動車化狙撃旅団である。

 それは最初の作戦時に損害を負った第8、17、18旅団を統合、再編した旅団であり、グロズヌイの奪還に伴い兵士たちの士気は相応に高まった。

 航空支援が継続している最中、旅団司令部は第320独立戦車大隊に前進命令を下し、T-72B2"ロガートカ"で構成される部隊は前進を開始する。

 

 ロガートカが遭遇するのは、基本的にT-72Mを中心とする旧式戦車であり、正面戦闘ならばロガートカに叶うはずもなく、125㎜滑腔砲2A46M-5から放たれるAPFSDS弾によって粉砕される。

 相対するのがLeopard2A4戦車となると話が違ってくるも、仮想敵国の戦車を研究していたロシア連邦軍と、複製しただけの戦車を玩具として使いまわしているCLFとは雲泥の差があり、弱点や隙を見せた時にAPFSDS弾を送り込まれて撃破されていく。

 

「こちらモロトク1、障害となる敵戦車の撃破は順調、中隊はさらに予定地点まで前進する」

『司令部了解。Удачи(幸運を)

 

 グロズヌイ市街を進撃するのは、ロシア連邦陸軍第512戦車中隊『モロトク』*1であり、ロガートカによって抵抗を排除していく。

 

「だが、不安要素が無いわけじゃないんだよなぁ……」

 

 モロトク1車長のダヴィート・ロジオーノヴィチ・ユリエフ大尉は呟く。

 その脳裏に映るのは、CLFとの最初の戦闘時に別中隊の軽装甲車両がエクシード・リグラのレーザーによって撃破される様子。

 実際の戦場で目にした事により、より大きく不安要素として印象付けられた。

 

(だが、ここで挫けるわけにはいけないな、最初の戦いとは違って、こちらにもエクシード・リグラがいる。負ける要素などない)

「中隊長、まもなく予定地点です。敵戦車確認!」

「一発で決めろ、モロトク2は死角になってる方を頼む」

『モロトク2、了解!』

「よし、撃てぇ!」

 

 ユリエフの命令により、モロトク1の125㎜滑腔砲から放たれた砲弾が向かいとなっている道路の左側にいる敵戦車を撃破し、モロトク2は先行しモロトク1からは死角になっている道路の右側にいる敵戦車を撃破する。

 だが、先行していたモロトク2はその直後、レーザー光線を喰らい履帯の一部が破損し走行不能になってしまう。

 

「ちっ!やはりか!」

 

 ユリエフは舌打ちしつつも、モロトク3と共にモロトク2のカバーに入るために車両を前進させる。

 ユリエフは車内から前方を見る。そこには四階建てのマンションがあり、少女らしき小さな影がそのマンションの二階に位置する部屋のベランダに確認できた。

 

「殺すことはできん、だが奴らもそれを分かっている、それが一番の難題だな」

「ですが、ここで足止めされれば……」

 

 ユリエフの言葉に副官が作戦の事を心配するような発言をする。

 

「そんなことはもちろん分かっている」

 

 ユリエフがそう言った直後、目がくらむほどの眩しい光によって視界が遮られる。

 その光が収まった後、ユリエフの視界には少女の周りに浮かぶ紫色に光る6つの球が見えた。

 

 光の球は激しく明暗と、膨張収縮を繰り返し、不安定な状態なのは一目瞭然だった。

 

「あれは撃つ気か、あんなものを撃たれてはどうにもならん、機関銃で威嚇射撃をして視界を妨げろ!」

 

 リモコン式の12.7 mm重機関銃NSVTと、7.62 mm同軸機関銃PKTがマンションの3階の外壁に向かって撃ち続けられ、生じた小さな埃が煙となって少女の視界を妨げる。

 それでも少女の撃つ意思は変わらず、煙を晴らすかのように6つの光球からエネルギー光線が発射され、傍の住宅が粉砕され、激しい爆炎が生じる。

 そして煙が貼れた後、二回目のエネルギー充填を開始し、ユリエフは再び威嚇射撃を繰り出すも、確実にこちらを狙っていることを確信し、顔を歪ませ諦めの表情を浮かべる。

 その直後、後方からロガートカの集団を飛び越え、薄橙髪セミロングの少女が正面に立つ。

 

Затухающий экран(減衰盾)!」

 

 少女はその言葉と共に六角形の形状の板が何枚も繋がった盾が出現し、再び発射されたエネルギー光線を受け止める。

 多くのエネルギーをその盾で受け止める一方で、その他のエネルギーを跳ね返し、その先にあった住宅を粉砕していく。

 一度目のエネルギー放射が終わると、6つの光球は一つの大きな光球となり、莫大なエネルギー光線を吐き出した。

 その膨大なエネルギーに少女は押され、地面には彼女の足の大きさ程の押された足跡ができていた。

 少女は盾をさらに増やすも、それはマナをさらに消費することになり、疲労は蓄積していく。

 

「耐えて……耐えてっ!!」

 

 エネルギーを受け続ける中で盾は限界に近づき、ひび割れが少しずつ大きくなっていく。

 その時だった。

 エネルギー光線を放っていた少女のいる住宅から銃声が聞こえ、その数秒後にはエネルギー光線が消え、盾を持っていた少女は力を使い果たしたかのように、反動を受けて前に倒れる。

 

「大丈夫か!」

「あ、はい……疲れただけで、大丈夫です」

 

 降りたユリエフが声をかけると、少女は疲れ切った表情で返事する。

 住宅の2階では、白髪ロングテールの少女を使役させていた男を突入してきたロシア連邦陸軍の歩兵部隊が射殺し、その少女を保護していた。

 しかし、少女は泣き叫んでいた。

 

「私は……私は……ごめんなさい、ごめんなさいっ!私なんかが……!」

「おい、落ち着いてくれ!、どうしてそんなに謝るんだ……」

 

 一人の兵士が落ち着かせようとするも、少女はその言葉が聞こえていないのか、謝り続ける。

 それは外にいたユリエフにも聞こえ、ユリエフは少し思案した後、傍にいた薄橙髪の少女に声を掛ける。

 

「あの住宅に部隊長はいるか?通信機を借りたい」

「あ……はい、分かりました」

 

 薄橙髪の少女は疲れた表情で素っ気なく応え、部隊長に通信を繋ぐ。

 

「こちら第512戦車中隊中隊長ダヴィート・ロジオーノヴィチ・ユリエフ大尉だ。少し彼女と話がしたい」

『え……あ、分かりました。ですが、あまり時間を掛け過ぎないように』

「わかっている」

 

 部隊長は「話したい相手がいるそうだ、代わってくれないか」と話し、通信機を手渡す。

 

『あの……』

「名前は聞かない。もし言ってしまったら、互いに依存してしまう可能性があるからな」

『はい……』

「……あの攻撃、俺には見覚えがある……同僚はその攻撃で戦死した」

『!……ご、ごめんなさい……』

 

 ユリエフの言葉に白髪の少女は罪悪感がこみあげてきて、再び謝りだす。

 

「だが、あなたが謝る必要もない」

『え……!ど、どうして……!』

「俺だって同僚だって軍人という人を殺すことを命じられる仕事だ。あなたは我々を殺すことを無理強いされた身。恨みなんて持っていない、恨むならそう命じたものを恨むのが当然だろう」

『でもっ、実際に殺したのは私ですよっ!』

「罪悪感を捨てるんだ、この戦いは不合理な悪の意思で生み出されたもの、乗り越えろ。そして、幸せになれ」

『はいっ……でも、一言だけ言わせてくださいっ……本当にごめんなさい……』

「……気は済んだか?」

『……はい、ありがとうございました……』

「では通信機を返してくれ」

 

 少女は部隊長に通信機を返す。ユリエフも「感謝する」と言い、薄橙髪の少女に通信機を返し、戦車に乗りこむ。

 

「モロトク2、履帯の方はどうだ?」

『こちらモロトク2!一部が破損しただけで修理に問題なし!走行可能です!』

「分かった。これより前進を再開する。モロトク全車前進!」

 

 T-72B2"ロガートカ"の集団が街路を進む。

 その様子を白髪の少女と薄橙髪の少女が見送っていた。

 

_モスクワ標準時(MSK)6月1日午前4時半頃_

ロシア連邦南部連邦管区ロストフ州ロストフ・ナ・ドヌ

南部軍管区作戦・戦略司令部(OSK)

 

「第136独立親衛自動車化狙撃旅団はコシュケリディを含めたグデルメス地区の6割を確保、第205独立自動車化狙撃旅団はシェルコフスカヤ地区の大半を占領。第178独立親衛自動車化狙撃旅団は先ほどグロズヌイを完全に制圧したと報告が入っている」

「黒海艦隊の尽力により、黒海沿岸地域で蜂起した勢力は軒並み鎮圧、カラチャイ・チェルケス共和国での蜂起も第34独立自動車化狙撃旅団と第47独立親衛自動車化狙撃旅団が撃破しています」

「カバルダ・バルカル共和国には第68独立親衛自動車化狙撃旅団が警戒態勢を継続中で、攻撃は確認されませんでした。北オセチア及びイングーシには第146独立親衛自動車化狙撃旅団が展開中です、チェチェン共和国西部は第65独立自動車化狙撃旅団が制圧しています」

 

 眼下にある地図でニキーチン大将や参謀らが各部隊の展開状況を確認し合う中、ニキーチンが強い口調で口を開く。

 

「もはや奴らの本拠地は明白だ。このヴィノグラドノエという地にある、この工場棟ひしめく大規模な工場施設、作戦は最終段階へと移行。首謀者2名を拘束し、囚われの身にある少女たちを救出する」

「SNSでの住民の協力も助かりましたし、感謝しなければならないですね、しかしこの工場は一体」

「数年前に廃棄されてからそのままのようですが、それを調べるのは我々軍人ではありません。では閣下」

「ああ、シェルコフスカヤ地区(ラヨン)ヴィノグラドノエ周辺に第205独立自動車化狙撃旅団及び、第45独立親衛特殊任務連隊、第10独立特殊任務旅団、CCO(ロシア特殊作戦軍)を派遣する」

 

 ニキーチンが持つ指揮棒がヴィノグラドノエとマークされた場所を力強く叩く。

 それには絶対に落すという意気込みが込められていた。

 

_モスクワ標準時(MSK)6月1日午前5時頃_

ロシア連邦北カフカース連邦管区チェチェン共和国

シェルコフスカヤ地区チェルヴリョンナヤ

 

 ヴィノグラドノエとはテレク川を挟んだ場所にある町。

 ここには第205独立自動車化狙撃旅団の自走榴弾砲大隊が展開しており、渡河作戦の支援砲撃を開始していた。

 架橋車両が展開し仮設の橋が掛けられてその橋の上をT-72B2"ロガートカ"やT-72B3"ズ二ーミャ"が渡っていく。

 さらにヴィノグラドノエの東西及び南からは独立戦車大隊やその他戦闘部隊が展開され、ヴィノグラドノエを完全に包囲する。

 

 空の上からはSu-35S戦闘機が停止している戦車や警戒中の戦車、攻撃に気づき移動を始めている戦車を狙い、KAB-500L誘導爆弾を投下し、戦車の最も薄いとされる天板に吸い込まれるように着弾し、次々に火柱を上げる。

 攻撃ヘリ中隊も展開し、稼働する一部の対空砲目掛けてロケット弾を乱発し、悠々と飛び去って行く。

 だが、油断もあったのか、1機のMi-24"ハインド"攻撃ヘリが偶然にもテイルローター部分をレーザーで撃ち抜かれて操舵不能に陥り、乾いた大地に墜落するが、搭乗員は救出され事なきを得る。

 

 ここで気づいた者もいると思うが、CLFはなぜ"攻撃に気づいたのなら早急に迎撃行動を取らないのか"。

 そもそもその前提条件自体が間違っており、CLFは攻撃が行われるということには気づいていない。

 ヴィノグラドノエ周辺に展開する部隊それぞれに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()遮蔽領域という魔法を発動できるエクシード・リグラを配置していた。

 ただし、ヴィノグラドノエ上空には展開できなかったために、ヘリが攻撃を受けたのだ。

 

「全員搭乗、行けます!」

 

 そこには、GAZ-233114"ティーグルM"装輪装甲車や、KamAZ-63969"タイフーン"装甲兵員輸送車、BTR-80やBTR-90装輪装甲車といった雑多であり、軽装甲な装輪車両が集められていた他、Mi-26大型輸送ヘリコプター数機も離陸態勢に入っていた。

 それに搭乗している兵士の中には、第45独立親衛特殊任務連隊も含まれていた。

 

「では行くぞ!第186分隊と第191分隊は救出優先、できるだけ戦闘を回避しろ。戦闘の役目は他分隊に任せろ」

『了解です!』

『了解!』

「まさか、私自身が陣頭指揮を取るとはな。まあ今更降りれまい、むしろ責任として作戦が終わるまで監督しなくてはな」

 

 サンダーク大佐は自ら"タイフーン"装甲兵員輸送車に乗り、直属の連隊司令部を引き連れて陣頭指揮を取る。

 

「では、作戦開始だ」

 

 遮蔽領域魔法が展開され、姿が見えなくなった後に、車両は前進を開始し、ヘリは離陸して工場上空に入っていく。

 "タイフーン"が先頭となって施設に入る障害である塀をなぎ倒し、後続車両がそれに続いていき、分散していく。

 この廃棄された工場施設はかなり広大で東京ドームの1.2個分程の広さがあった。

 分かれた車両は前進できるところまで前進していった後、遮蔽領域を扱うエクシード・リグラと運転手を残し、降車する。

 

「では、Удачи(幸運を)

「こちらこそ」

 

 イエヴァは運転手と敬礼をし合い、車両が中継地点とされた場所に向かっていくのを見送った後、分隊全員に指示を出す。

 

 第186分隊は進んでいく中で、激しい且つ少し遠い銃撃音を耳にし、他の分隊が戦闘していることを把握する。

 少し立ち止まり、イエヴァは戦術マップ情報を開く。

 そこには、各分隊の情報が位置情報が載っており、戦闘が起きている場所も把握されていた。

 

「イエヴァ、私たちはどう進めばいい?」

 

 傍にいたリリーヤが尋ね、イエヴァは少し逡巡するも答えをしっかりと出す。

 

「私たちは、囚われてる子たちがいると思われる場所に直接向かう」

「危なくない?」

「……危ないけど、敵は味方が引き付けてくれてると思う。だから、私はそれに応えたい」

 

 イエヴァはそう言うと、リリーヤは何も言わずにイエヴァを抱きしめる。

 

「うん。戦場にいる間は私の命はイエヴァが預かってて」

「……分かった」

 

 第186分隊はイエヴァの言う通り、収容所とされる場所へ進む。

 推測通り、警備兵の姿はいない場合が多く、いたとしても、

 

Небесный масштаб(天の秤目)

 

 発射された銃弾が警備兵を撃ち倒すなど、身体能力以上の力を発揮する彼女らに一人、二人の相手は問題なかった。

 そうして、辿り着いた収容所とされる場所には実際に多くの少女達が囚われていた。

 

「そうだ……ここって……ここはっ……」

 

 その時、第186分隊に付いて来ていたニーナは膝をついて泣き出し始める。

 隊員の少女がニーナに訳を聞くと、答え始める。

 

「ここは……私が囚われてた場所です。さっきからわかってはいたんです。けど、実感が無くて、でもこれを見て……分かりました。あ、そうだ、カティちゃんを探してくれませんか……?」

「イエヴァ、どうする?私たちには救出の義務があると思うけど……」

「その前に報告させて」

 

 イエヴァはそう言い、無線機を取り出し、回線を繋げる。

 

「こちら第186分隊、収容所に到着。予測は的中でした」

『連隊司令部、了解した。後続部隊を送ろう。幸いにして生起した多くの戦闘はこちらの勝利に終わっている』

「私たちは?」

『そうだな……警戒監視を続行……いや第86中隊がもうすぐ現地に到着する。そちらに任せよう。お前たちは……あの少女の幼馴染でも探せばいい』

「え!?いいんでしょうか?」

『構わん、ただし敵兵がいるのは承知しているように』

「分かりました」

 

 無線機を切り、イエヴァはリリーヤやニーナと振り向く。

 すぅーと息を吸い、呼吸を整えてから喋り始める。

 

「……第86中隊がまもなく到着するから、警戒監視はそちらに委託。私たちは……カティを探してもいいって」

「え!?」

 

 リリーヤは先ほどのイエヴァと同じ反応を見せる。

 

「あ、ありがとうございます……!」

「敬語はいらないよ、それとニーナは私の傍にいて、私たちはカティの顔を知らないから」

「はい……!」

 

 彼女達はカティの捜索に入る。

 だが、捜索している途中で、彼女らは罠にはまっていた。

 それは、一人の少女が教えてくれた土手を登った先へ向かおうとしていた時。

 

「!……カティ?」

「!!」

 

 ニーナが呟いた時、イエヴァは視線の先に少女を見つけると共に、猛烈な嫌な予感に襲われる。

 

「ニーナ、今は誰もいないから……早く……助けて……」

「カティ!」

 

 ニーナは一足早く連れ出したいという衝動に追われ、駆け出し、分隊はそれを追う。

 だが、その進路を塞ぐ者が現れる。

 

「ふんっ、罠にかかったな、バカなメスどもが」

 

 レンゲノ・ザルヴィチ・アポロフ、CLF総指揮官としてロシア軍に指名手配されている男である。

 イエヴァはその顔を知っていたが、

それよりも注目を浴びたのは男が両手で構えるベルギー製のFN P90短機関銃*2が20m先のニーナへ向けられていた事だった。

 アポロフが薄気味悪くニヤけながらトリガーを引く直前、イエヴァは意を決して、ニーナをどかして自分が前に出る。

 そして、銃口からは数秒の間に大量の5.7㎜弾が吐き出され、そのほとんどがイエヴァの腹部に当たる。

 何度も襲われる激しい痛み。

 鈍る手の感覚。

 そして、横転する視界。

 

 5.7㎜弾は容赦なくボディアーマーを貫き、目標をどれほど行動不能とさせるかというストッピングパワーに優れるという弾丸特性を持つ。

 その為、イエヴァが感じた現象はすべて事実であり、彼女は小高い土手の右斜面を転がるように転落する。

 

「に、ニーナ逃げて!」

 

 迅速に反応を示したのはリリーヤであり、ニーナを連れて土手から飛び降りると、イエヴァの落ちた場所へ近づき、容態を確認する間もなく、引き摺って土手の陰に隠れる。

 だが、アポロフは咄嗟に弾倉が空になったP90からレミントンM870散弾銃に持ち替え、引き摺られる彼女に向けて40mの距離で撃ち、左足を傷つけた。

 

「あ…がはっ!」

 

 イエヴァは口から大きく吐血し、意識はあるものの、痛みに耐える苦痛な表情をしていた。

 大量の弾丸を撃ち込まれた腹部は弾丸の多くが貫通せず体内に残っていることも合わさり、言うまでもなく血だらけであり、加えて左足には散弾によって受けた大きな傷が生じ、彼女の髪は血と砂埃で汚れていた。

 

「ご……めん、間に合わ……なかった……」

 

 痛みに苦しむ中、イエヴァはそう言い、腹に添えている右手の親指と人差し指の間の空間に緑色の板状の物を形成する。

 それは絶対防護という魔法の一つ。

 役目を果たすことができれば、弾丸は簡単に防ぐものだった。

 

「喋らないで!じっとしてて!」

 

 リリーヤはそう声を上げ、イエヴァは頷くそぶりを見せて、魔法を解除する。

 

「イエヴァ、無線機借りるね」

 

 リリーヤはイエヴァの無線機を掴み、回線をつなぐ。

 

「こちら第186分隊!聞こえますか」

『こちら連隊司令部、その声……何かあったな?情報を伝えろ』

 

 サンダークは声の主がイエヴァでないことに違和感を示し、情報を求めた。

 

「はい…捜索途中でカティを発見したんですが、罠だったみたいでアポロフが現れてニーナを殺そうとして、イエヴァが……!重傷を負いました……!助けて……ください……」

 

 リリーヤは泣きながら情報を伝え終わる。

 親友であるイエヴァの死の危機、なのに何にもできない無力感に襲われ、悔しさで気持ちがいっぱいだった。

 

『アポロフだと……!分かった。救援を送る、だがどこに来るかは秘密だ』

「ですが、それは……」

『状況に応じてこちらで全て対応する。任せてくれ。それと、関連して命令を伝えたい。合図したら、奴を引き付けてくれ、数十秒だけだ』

 

 その言葉を聞き、わずか数秒の間、誰も声を出せなかった。イエヴァという死の危険に直面している者がいる現状、一部の者に至っては体を震わせ目尻に涙を浮かべていた。

 だが、それもわずか数秒であり、リリーヤが声を出す。

 

「分かりました。ですが、必ず助けに来てくださいよっ……!」

 

 リリーヤは承諾する。だがその目には涙を浮かべ、怖さで体と声を震わせていた。

 

「当然だ。合図したらすぐに頼む。あまりに多いと的だろう、3人もいれば充分なはずだ。無論、これは()()()()のみと考えた人数であるので注意しろ。では通信終了」

 

 その声に答えるかのように、サンダークは力強く肯定した上で助言を伝え、通信を終える。

 

「アリーナ、どう周りは?」

 

 アリーナ・エフィモヴナ・プルシェンコ伍長。

 ロシア人としては珍しい黒髪ショートモブの少女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()ができる透視というエクシードを駆使して、周りを警戒していた。

 

「うん、大丈夫。周りにはいないよ。これなら私たちだけでもやれそう…だよっ……」

 

 普段は快活な性格で、苦しい時も周りを元気にしていたアリーナだが、この時ばかりはイエヴァが死の淵を彷徨っていることから、彼女も死の恐怖を感じ、大丈夫だと上げて見せる右腕も震えていた。

 

「無理しないでいいから。みんな同じ、普段のアリーナを知ってるから、アリーナが泣いたって誰も責めない」

 

 リリーヤはその腕を両手で掴み、そう諭す。

 その言葉でアリーナの目は決壊し、涙が溢れ頬を垂れる。

 

「……うん、でも大丈夫。絶対に成功させるよ……!」

「うん!」

「はい!」

 

 その時、リリーヤの持つ通信機が反応する。

 皆、遂に来たと覚悟を決めかけるが、その内容は違っていた。

 

『こちら連隊司令部、合図ではないが、質問がある。エーリン伍長、プルシェンコ伍長はいいとして……彼女もか?』

「はい、本人が希望したので」

『まあ、こちらは何も言わない。準備しろ。無線は3人に繋いでおけ。カウントダウンする』

「了解ですっ!」

 

 3人は銃の調整を行い、準備を整える。

 3人が付けてる耳の通信機に、サンダークのカウントダウンの音が入る。

 

『10秒前』

 

『9、8、7、6』

 

『5秒前』

 

『4』

 

『3』

 

『2』

 

『1』

 

『0』

 

Идти(Go)!!』

 

 3人は物陰から飛び出し、走り出す。

 アポロフは散弾を撃つも、それは大きく外れ、地面に埋まる。

 

「ちっ!」

 

 ニーナが先頭を行き、アポロフのいる土手を右周りで迂回するように走る。

 ショートカービンであるAKS-74Uを手に持ち、ハンドガードに片手を置かずトリガーを引き続ける。

 両手で持ちながら走ることに慣れていない彼女だからこそであり、命中率は格段に落ちるが、目的が引き付けるだけな為、特に問題は無かった。

 その後ろには、アリーナが続き、工場内にある遮蔽物を使いAK-12アサルトライフルを動きながら撃つ等、能動的な動きをする。

 最後尾のリリーヤは逆に遮蔽物に身を隠しつつ、止まってAK-12の激しい弾幕を加える。

 

「くそったれが!」

 

 アポロフは散弾が当たらないことに苛立ちを隠さず、散弾銃を傍に置き、P90短機関銃をニーナに狙いをつけて発砲する。

 

「がっ……!」

 

 ほとんどの弾は外れるも、数発が左腕と左足に突き刺さり、突然の鋭い痛みに倒れ伏す。

 咄嗟にアリーナがニーナの体を引き摺り、遮蔽物へと身を隠す。

 

「やるしかないっ……!」

 

 リリーヤはニーナが撃たれたのを見て決断し、足の進む向きを変える。

 アポロフへの方向へと走り始め、一度遮蔽物へと身を隠した上で銃撃を加えてアポロフのトリガーを握っていた右腕を銃弾で貫き、P90を落とす。

 その隙を狙って、走りながら撃ってアポロフの元に迫るリリーヤ。

 だが、アポロフは咄嗟に左手で散弾銃を掴み、支えが無い不安定な状態のまま20m先のリリーヤへ発砲する。

 ほとんど狙いの定まってない状態の射撃だったため、リリーヤの直前での回避により散弾のほとんどが外れるが、たった1発だけが彼女の右頬を僅かにえぐる。

 

「いっ……!?」

 

 激痛に喘ぐが、彼女は涙目となりながら止まってアポロフの左腕に激しい弾幕射撃を加えて、その手を使い物にならなくさせる。

 最後の抵抗として、アポロフは彼女に突っ込むが、その足搔きは失敗に終わる。

 

『総員、遮蔽物へと身を隠せ!』

 

 3人の通信機にその声が聞こえた直後、アポロフの頭上にヘリが姿を表す。

 そこから飛び降りた一人の男が圧し掛かり、アポロフに抵抗する間も与えず腕を強引に縛り拘束する。

 ヘリからは他にも数人の男がロープを伝って降りてきて、アポロフの拘束から逃れようとするその動きを完全に妨げる。

 

「少し黙ってて貰おうか」

 

 輸送ヘリが着陸後、搭乗していたヘリから降り立ったサンダークは開口一番にそう言うと、アポロフに対しノイズキャンセリングが施された何も繋がっていないヘッドホンを付け、ガムテープで口と目を覆う。

 

*1
ロシア語で槌を意味する単語

*2
個人防衛火器ともされるPDWにも分類される。




※次回予告

チェチェンの真実《13》【終幕】

ヴィノグラドノエのCLF本拠地へと至った彼女達。
傷を負った者、仲間を救おうという者、最後の敵に挑もうとする者それぞれの戦いが終わりを告げようとしていた。
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