Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる 作:空社長
ここから怒涛の展開が人類を待っています。
───その日、世界は分かたれた───
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ドーバー海峡上空
ロンドン・ヒースロー空港発、アレクサンドル・プーシキン空港着予定、ブリティッシュ・エアウェイズ航空236便。
エアバスA330-200型機の巨大な翼がヒースロー空港の滑走路から飛び上がる。
ランディングギアが収納され、上昇していく機体は管制塔の指示通り、他の航空機と被らない飛翔コースへ向かう。
「嫌な予感がするな」
「嫌な予感ですか、天候は快晴でしたが……」
「私もわからん、ただの予感、それだけだ」
機長と副機長が会話を交わす。
その嫌な予感は、上昇中でベルト着用サインが点灯中のブリティッシュ・エアウェイズ航空236便にて現実の物となる。
3月16日午前0時0分。
日付を丁度跨いだ時刻となった時、機体の眼前に突如として薄鈍色の壁が出現する。
最初の数秒は靄の状態であったが、その後ははっきりと見える形で完全に実体化する。
「なんで壁が!!回避だ!」
機長が操縦桿を握り、左に曲げる。
鈍重な機体がゆっくりと旋回する中、副機長が怪訝な目で計器類を見る。
「機長!こんな間近だと、衝突警報装置が鳴るはずです!」
「鳴ってない……レーダーは?」
機長が前方を見ながら、副機長に尋ねる。
副機長はレーダー画面を確認する。
だが、その表情は驚きに染まりつつあった。
「レーダーにも映ってません!!あれは幻覚なのでしょうか……」
「幻覚だとしても我々は最善を尽くすのみだ。しかし、厄介だ。彼我の距離が分からん!」
機長がそう言いつつ、操縦桿を必死に左に曲げ続ける。
しかし、戦闘機は言わずもがな、通常の軍用輸送機よりも巨大な双発ワイドボディ機であるため、その動きは遅い。
だが、それでも機長の必死の操作ですれすれのところで回避し、壁と平行になる。
「よしっ、後は少しずつ左に傾けるだけだ」
「一気に左へ旋回できないのがもどかしいですね」
「そんなことしたら、機体後部が激突するだろ……視界が悪くなってきたか」
壁面には大小様々な雲が出来始めており、濃密な霧も相まって視界を悪くする。
そして、ガキンッという激しい音が鳴ると共に機体は大きく振動し、乗客からは悲鳴と怒号が響き渡る。
機長らは知る由も無かったが、壁にあった突起部の存在に悪視界のせいで気づかずに激突し、右翼が根元から折れていたのだった。
機体はあっさりと安定した状態を手放し、左に90度傾いた状態まで横転し、壁面に機体底面を擦り続ける。
「くっそぉぉ!上がれぇぇ!!」
機長は副機長と共に操縦桿を右へ倒し続けるが、その効果は薄く高度をどんどんと下がっていく。
やがて、正面に忌々しい突起部が見える。
こうなれば、もう出来ることは何もなく、ブリティッシュ・エアウェイズ航空236便は強烈な破砕音を上げながら突起部に衝突し、機体はもげ破片をまき散らしつつ爆発を上げる。
ブリティッシュ・エアウェイズ航空236便がドーバー海峡上空でレーダーから消失したこと。
この事態にヒースロー空港管制塔、延いては
よって、CAAは空軍に捜索要請を行い、受諾された。
「もうすぐ目標地点だ!」
『エイジス2了解!』
イギリス空軍は待機中であったユーロファイター タイフーンFGR.4多用途戦闘機2機を
「エイジス2先行しろ!」
エイジス1の声に呼応してエイジス2はさらに加速させた直後、壁が目の前に現れる。
「壁!?…間に合わない、脱出だ!」
エイジス2は壁を回避しようとするも、衝突コースにあることを悟り、射出座席を作動させベイルアウトを行い、機体は壁に激突して四散する。
一方でエイジス1は比較的低速であった為にギリギリで回避することに成功し、周囲を見渡していた。
「あれは…!?やはり、この壁に激突して」
海面に浮かぶ236便の機体破片を目にし、墜落したことを確信する。
そして、彼は通信を入れる。
「エイジス1よりコントロール!236便の機体破片を確認!墜落要因は海上に出現した壁との衝突だと思われる。加えて、エイジス2が衝突し、パイロットはベイルアウトした!救助活動を要請する!」
「わ、わかった。すぐに派遣する」
航空管制官は予想外の事態に動揺を隠せない。
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イギリス首都ロンドン シティ・オブ・ウェストミンスター
ダウニング街10番地 イギリス首相官邸
「情報をまとめてくれ」
突然の急報に叩き起こされ、憂鬱な表情を浮かべるブレイス首相はそう言った。
「はい、まず言えることは、未曾有の事態に直面しているということです」
「未曾有?」
「ええ。正確な時刻は不明ですが、少なくとも日付を跨いだ直後、ドーバー海峡に壁と思われる高層構造物が出現しました。同時に、ロンドン・ヒースロー空港から飛び立っていたブリティッシュ・エアウェイズ航空236便がレーダーから消失。
空軍機の捜索で壁付近に多数の破片を確認したことから、壁との衝突事故を起こしたと思われています」
「生存者は?」
「不明です、現在捜索中とのことです。
また、まだ正確なことはわかりませんが、アッシュフォード国際駅からユーロトンネルへと進入した373系高速列車が消息を絶ち、トンネル内に浸水が確認できるとのことです」
ほぼ同時に起きた二つの事故、膨大な犠牲者数を脳裏に想像し、ブレイスはさらに憂鬱な表情を増す。
「壁についてわかったことは?」
「一切不明です。自然物でないことは一目瞭然ですが、あんな人工物があることも不可解です。少なくとも、この地球に存在する国がやったことではないでしょう」
明らかに落胆する表情を見せるブレイス。
だが、すぐにその表情を隠し、命令を伝える。
「そうか……この事態を緊急事態と判断し、適用条件を満たすとして、市民緊急事態法を施行する。枢密院勅令により緊急情況規例の制定も検討する。
すぐにユーロトンネル及び全ての空港、港を全面閉鎖して運行を停止。壁に関しては軍民協力の調査に乗り出せ。エンブレイスにも一応伝達しておこう」
「分かりました。236便及び373系の捜索及び救助活動も引き続き実施します。調査に関して、場合によってはホワイトエグマの力も借りることになるでしょう」
イギリス政府は2004年市民緊急事態法の施行条件を満たすとして、直ちに同法の施行を発表。
政府に大幅な権限が与えられ、上記の命令は直ちに履行された。
欧州各国政府は既に異常事態であることを認知しており、イギリス政府の判断に理解を示すと共に、自国にも緊急事態宣言に相当する命令を発令する。
_UTC3月16日午前1時06分_
アメリカ合衆国ワシントンD.C. ホワイトハウス地下
シチュエーションルーム
沿岸警備隊や在英米軍等各所から通報を受けたアメリカ政府は壁の現在位置把握に乗り出した。
沿岸警備隊のカッターや航行中の駆逐艦を転進させて向かわせた他、センサー等の偵察用装備を増設した長大な航続距離を有するB-52戦略爆撃機を複数機急行させた。
その後、アメリカ政府は主要メンバーを集め、
その場は緊迫した雰囲気に包まれていた。
「報告を頼む」
ギレット大統領は早速話を切り出した。
「はい、まず沿岸警備隊、海軍、空軍の探索により、我が国の通商に関わる地域でも壁の存在が確認できました。
そして、周回する人工衛星より撮影した画像をスキャンしてデータ化し、分かりやすくしたものがこちらになります」
アッシャー国防長官が口を止め、補佐官に目配りしてモニターに表示させる。
そこには、球体のホログラムが表示されており、それが地球を撮影した画像のデータであることはすぐに判明した。
そして、それはやがてメルカトル図法の地図へと形を変え、視覚的にも分かりやすく表示される。
「一応説明を、自然地形以外のレッドラインがその壁を表しています。そして、この壁の高さは推定1万メートルと分析されています」
アッシャーの報告に、主要閣僚らは事態の重大さに顔を青くしていく。
「太平洋のど真ん中にこれほどの壁とはな。強度はわかるか?」
「……調査を行ったわけでもないので、詳細は不明です。ですが、イギリス軍の報告によれば、大型旅客機が衝突しても、損壊している様子はないとの事です」
「相当な強度だな。だが、解体や破壊という手段を行わなければ運輸が途絶え、世界経済が干上がるだろうな。無論、確定でそうなると決まったわけではないが、最悪の場合だ」
グレン国務長官は悔しそうに言葉を吐き捨てる。
ギレットは眉をひそめ、険しい表情を崩さないまま、決断を下す。
「致し方ないな。国家非常事態を宣言する。空港及び港の閉鎖及び運航を停止し、離着陸、出入港を禁じる。この壁以外に安全を阻害する要因が出てくる可能性が否定できない以上、しばらくは市民及び外国民の移動の自由を制限する他ない。各国大使館にも通告せよ」
「分かりました」
「それとだ、このデータは各国に共有できるか?」
「……できますが?」
アッシャーは疑問形のまま返答する。
ギレットは決意を崩さずに話し続ける。
「これは我が国だけの問題ではない。まさに人類の危機だ。グレン国務長官、このデータを世界各国に共有してくれ。
そして、アッシャー国防長官、念のため作戦計画の立案をしてくれ。無論、破壊目標はこの壁だ」
「もちろんです、了解しました」
アメリカ合衆国政府は国家非常事態宣言を行い、アメリカ国民及び外国民の国内での海や空を介した移動の自由、海外との行き来を制限した他、特定戦略物資備蓄命令、国防優先物資配分命令、さらには将来的な経済恐慌の対策として、銀行資産の移動禁止命令も行われた。
アメリカ全軍はこの国家非常事態宣言に対して、もし大規模な国内暴動や蜂起が起こった場合に国民や重要施設を保護するため、厳戒態勢へと移行した。
また、破壊作戦の為に必要以上の兵力分配をやめ、必要外の任務から次々に撤収していく姿が見られた。
_UTC3月16日午前1時47分_
ロシア連邦首都モスクワ 大統領府庁舎
「来たぞ、何があったのだ」
「早いな」
大統領府庁舎の会議室にニコルシチャフ大統領の要請で主要閣僚、そして国内政治的には対立する側である二人の野党代表が集められた。
「当然だろう。本来は呼ばれないはずの我々二人がここに呼ばれたのだ。何かあったと判断するのは至極当然だ。それで、何かあったのか」
閣僚の誰もが険しい表情を浮かべるその光景に野党代表の1人は危機感を覚える。
「ああ、これを見てくれ」
ニコルシチャフがそう言うと、補佐官がコンソールを叩き、モニターにある物を表示させる。
「これは?」
「アメリカ政府から提供されたデータだ。この赤い線状の物は壁を表しており、その高さは1万メートルもあるとのことだ」
「すると……分断、本当なのか」
ニコルシチャフはその言葉を聞き、不満げな表情へと変える。
「ああ、近場の空軍基地及び駐屯地から偵察を実行し、確認させた。
結果はもちろんアメリカの分析が正しいことが証明された。我が国の国情からは耐え難いことにな」
「どうするつもりだ」
「もちろん、何もしないわけではない。完全に分断されていないとはいえ、既存の道路及び、シベリア鉄道は使用不能、国内経済に大きな悪影響を及ぼすのは目に見えてる。兵力配置の観点からも、迅速な対応が難しい現状も出ている。
ひと先ず非常事態宣言を出して、空港及び港湾を全面的に閉鎖し、空路、海路の移動を制限。陸上交通網にも規制を設けて移動を制限する。経済的に苦しい措置だが、既に一部の諸外国は同じように動き出している」
「わかった。それが妥当だな」
ニコルシチャフは野党代表の言葉に頷くと共に、ロスチヤ国防大臣に視線を向ける。
「国防省は壁を解体および破壊するための作戦立案を命ずる。幾日経てば調査が行われるだろうが…やって置いて悪いことは無い」
「了解です」
ロシア連邦政府は非常事態を宣言。
国民及び外国人の移動を制限し、加えて新規出入国も停止させる処分を下した。
連邦軍は警戒態勢へと移行し、各種道路には検問や規制が張られた。
同時に展開兵力が調整され、海外派遣部隊の即時帰還が命じられた。
_UTC3月16日午前2時04分_
日本国東京都永田町 総理官邸
日本政府及び気象庁は日付が変わる瞬間に起きた
しかし、それを壁の出現に結びつけることは不可能であった。
情報収集衛星を管理・運用する内閣情報センターは光学衛星4機、レーダー衛星4機しか展開しておらず、日本周辺のみならず、太平洋や欧州地域にまで目を向けることは難しいことであった。
アメリカの情報提供により、日本は現在起きている事態を正確に把握。
重要影響事態と判断し、国家安全保障会議を開催した。
「防衛省としては自衛隊に警戒態勢に当たらせております。ですが、現在のレベルではさらなる厳戒態勢に置くことが困難です」
「経済産業省として、アメリカとの貿易が寸断されるのが一番の問題ですが、空路や海路の安全が確保できないというのも問題です」
小原防衛大臣と、経済産業大臣がそれぞれ話す。
彼らや他の閣僚は眉をひそめ、苦悩した表情を浮かべていた。
「やはり、通常の法規には則られない措置を採るべきか。外務大臣は関係各国との調整を行ってくれ。防衛大臣は在日米軍との協議を。少なくとも、この壁は解体しなければならない」
「「分かりました」」
その言葉を聞き、会議にいる閣僚の面々を見渡した上で口を開く。
「では、空港、港湾の運行を全面的に停止し、現在飛行中の機体は近隣の空港に着陸させるなどの措置を取る宣言を出すことでよろしいか?」
「構いません」
「分かった。
時刻は深夜だが、説明せねばならない。
緊急会見を開くようマスコミに伝えろ」
会議は40分程で終了し、山井はメモを携えて会見場へと向かった。
「……ということで、日本政府と致しましてはこの未曾有の現象に対して、既存の空路と海路の安全が保証できない為、及び新たな現象発生の可能性が低くないため、災害緊急事態の布告を行います。
その内容は追って通知いたしますが、既に決定したこととして、空港及び港湾の運行を禁止する措置を行います。
現在飛行中の機体及び航行中の船舶は近隣の空港に着陸、港湾への寄港をお願いします。
従わない場合はしかるべき処置を行う事をご留意ください」
山井は会見を終えるとすぐに立ち去った。
記者たちは質問を行おうとするが、彼らが言葉を発する前に事務官が前に出る。
「急を要する事態なので、質問はご遠慮ください、連絡が遅れ申し訳ございません」
その誠実な連絡に記者達は質問する気をなくす。
具体的な波乱が無いまま、会見は速やかに終わる。
_UTC3月16日午前2時11分_
中華人民共和国北京市中南海
「報告を聞こう」
重苦しい空気の中、開口一番に国家主席の宋張偉がそう言い放つ。
「は、言うまでもなく重大な事態であることは明らかですが、詳細な報告を。我が国の衛星及び美国*1から提供されたデータによれば、壁のような構造物は上海、重慶を分断し、中国本土を南北に分断しています。また、チベット自治区、青海省の一部を囲うように存在し、三つの壁は青海省中央部にそれぞれの終端が存在しています」
非情な事実、それが会議室にいる常務委員や閣僚らに重く伸し掛かる。
「他にあるか?」
宋は外交部部長に向かいそう尋ねる。
それに反応したのは民政部部長だった。
「民政部からです。この報告には公安部と国家安全部、住宅都市農村建設部の協力を頂いており、私が代表して報告を行います。調査を行えたのは上海市内のみですが、壁について少し分かったことがあります」
「それは?」
「あらゆる物を通さないのです。壁が出現した地区はあらゆる建物が隣の建物とぶつかるなど、大きな被害を出しています。しかし例外として、水がその壁をそのまま通過するなど、我々の科学力では理解できない部分があるのが実情です」
重苦しい空気はその報告を受けても一向に改善せず、もう一人が報告を行う。
「交通運輸部としては、早急にこの壁を排除して貰いたいと思っています。現状、一部を除いて南北が分断状態にあり、道路も無い土地を介するか海上輸送するしかなく、このままでは中国経済にも大きな影響をもたらします」
「そうだな。国防部部長、立案は可能か?」
「問題ありません。相手は考える人が動かす国家ではなく、一歩も動かない壁です。どんなに硬くても、火力を一点集中すれば、破れないことは無いでしょう。お任せください」
国防部部長は自信満々に答える。
それを受けて、宋の顔は少し晴れ、すっと立ち上がる。
「では、任せよう。ひと先ず航空会社には路線の再設定を行うために一時的に運行を停止させよう。調査も継続するように。それでは解散」
_UTC3月16日午前3時01分_
トルコ共和国首都アンカラ 国営ホテル
トルコ政府によって数日分の料金が買われたアンカラ市内の国営企業が運営するホテル。
そこには展望の良いレストランがあり、二人の有名人が食事を摂っていた。
一人はトルコ共和国大統領のナレノダ・ムベルゲン、もう一人はサウジアラビア王国副首相のサーディク皇太子である。
「言い忘れておりましたが、ここの禁忌の食物は入っておりませんな?」
「ええ。言っておりませんが、私もムスリムですので、ご配慮は当然かと」
「そうか、質問の時機を逃したのでな。では、食べ終えたことだし、本題に入ろうか」
「分かりました」
彼らは速やかに食事を終える。
ウェイターが食べ終えた皿を片づけると、周りを両者の護衛が囲む。
「貴国も既に会議を終えて対策を考えたのだろうが、どのように」
「私も父もシリア、イラク、ヨルダンにて大きな混乱が起きるのは必然との見解を得ています」
「同じだな、そして周辺地域へと混乱が波及する可能性もある、それは我々も例外でなく、相当なレベルで治安が悪化する」
「可能性は非常に高いでしょう、そして我々は連携していかなくてはなりません」
「そうだな、今はあくまで大枠の話し合いだが、実現できることを祈っている」
ムベルゲンとサーディクは互いに握手を交わす。
これをきっかけとして、数年後の未来ではトルコとサウジアラビアは軍事同盟を締結し、中東条約機構を創設。
中東地域における重要なプレイヤーとして振る舞っていくこととなる。
_グリューネシルト暦2072年3月16日午前5時42分_
緑の世界【グリューネシルト】
統合軍本部 中央第一会議室
「妙だな。ウロボロスではなく、この壁が出現するとは」
統合軍大将のスコッティが開口一番にぼやく。
「もしかして……ノエリア様の予言が外れたのでは……?」
一人の佐官が疑問を呈する。
だが、スコッティはそれを否定した。
「いや、明確には外れていないだろう。しかも、最新の予言では1週間以内に襲来するという旨を預かっている。それに……私はこの壁がウロボロスとは無関係とは思えない」
「しかし、実害がありませんが」
「それは私たちの話です、大佐殿。地球人類にとっては今まで築き上げてきた経済構造が一気に破壊され、貧困に陥る可能性もあるものです」
少佐と言われた男性佐官の言葉にアゲハが冷静に反論する。
その様子を見ていたスコッティは早くも結論を出す。
「ひと先ず、我々統合軍の動きは決まっている。あらゆる分野で地球、しいてはロシア連邦を支援していく事だ。今できることはそれしかない」
スコッティの言葉に会議室にいる面々が頷く。
_EGMA標準暦3011年3月16日午前10時54分_
白の世界【システム=ホワイト=エグマ】
GARDEN
EGMAは地球からのデータを自ら分析した上で、GARDEN第一級緊急会議の開催を要請した。
しかし、その会議の冒頭はひと悶着あっていた。
それは感情を持つアンドロイドの一人が自分の予測とは大きく異なる結果にプライドが傷つけられ、喚いていたのだ。
「なんで予測と異なる結果となるのですか、私は変化を望まないのですよっ。私の対応ではあまりに非効率な行為となってしまいます」
「まあ落ち着いて、アリア」
「Dr.ミハイル、何が名案が?」
喚くアリアに対して突然提案するような口ぶりでミハイルは話しかける。
司会者の質問に彼女は大きく頷いた。
「そう。この壁の事だけど、あまりに不可解な事が多いです。そこで分析部隊を送りたいのですが……既にそういう部隊を編成してませんか?」
「……あなたの言いたいことはわかりました。そうですね、送ろうと思います」
「では地球に打診しますか?」
「それがいいと思います」
結果的に喚くアリアを落ち着かせる為に出した提案はすんなりと了承され、第一級緊急会議は終了する。
_UTC西暦2023年3月17日午前11時20分・現地時間午前6時20分_
アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタン区イースト川西岸
国際連合本部総会議場
異変の翌日、全ての国際連合加盟国の国連代表が総会議場へと集められていた。
これは安全保障理事会による全会一致の賛成投票による要請の元、事務総長が各加盟国を招集し、緊急特別会期として国際連合緊急特別総会を開催したためである。
議場内は各国連大使が総会の開催直前まで話し合うほどの緊迫した雰囲気に包まれていた。
そのような雰囲気の中で国際連合総会議長が開会宣言を行う。
その議題はもちろん突如として出現した壁についてである。
開催した直後から各国代表は発言を始め、自国の状況について詳細な報告を伝えていく。
全国連加盟国194か国や国際連合総会オブザーバーの内、およそ半数以上の国と地域の発言が行われ、その情報量は膨大となった。
それを下記にまとめる。
まず太平洋地域では、分厚い壁が太平洋を真っ直ぐ縦断し、海を東西に分断。
北米・ユーラシア航路だけでなく、南米・ユーラシア航路、オセアニア・北米航路等、これ以外にも多数の主要航路が存在するため、太平洋地域の封鎖は沿岸国のほとんどに手痛い経済的ダメージを与えており、長期化する事態は避けねばならない。
次に大西洋地域。
こちらも太平洋地域に匹敵する程の貿易量を抱える主要航路が多数存在しており、北米・アフリカ航路の修正を余儀なくされるのはもちろんの事、南米・アフリカ及びヨーロッパ航路が封鎖されていた。
そして、インド洋地域では幾何学模様に似た形の壁がインド洋中央部に跨るように存在していた。
ここはアジア諸国による原油の輸入及び、ヨーロッパとアジアの国々の船が行き交う主要航路が多く存在していた。
完全に分断されているわけではないものの、大陸沿岸近くの航行はLNGタンカーなどの大型船にとっては避けたいことであり、さらに航行海域が限定されるために海賊被害が増加する恐れもあった。
これら三大海洋地域以外でも、壁による危機的状況に瀕している国々があった。
まずヨーロッパ。
ここにはグレート・ブリテン島及びアイルランド島を三方向から囲う壁及び、バルカン半島西部に跨る壁が存在していた。
グレート・ブリテン島を囲う壁の内、特に南の壁は最重要航路の一つであるドーバー海峡に存在しており、その壁の存在は海峡自体を使用不能とさせてしまっていた。
さらにブリテン島周辺にも盛んな航路はいくつもある他、大陸とブリテン島の経済的繋がりは決して浅くは無く、両者共に甚大なダメージを与えていた。
バルカン半島西部の壁はわずか一日の内に政情不安を湧かせており、再び紛争の惨禍が繰り返される危険性が高まっていた。
次にユーラシア。
この広大な大陸には各所に壁が存在していた。
ロシアを4つに分断する壁、中国を3つに分ける壁、イランをテヘランを中心に二つに裂く壁、中東の複数か国を巻き込むように存在する壁の4つである。
ロシア、中国にある壁の存在は自国経済の分断が起きかねない、いや起きかけている最重要事項であり、決して貧困国でもない国の国力低下は世界的にも避けなければならない事態であった。
イランを含めた中東に存在する壁は上記事項以外にも原油という世界的に影響を与えかねない物が存在することが懸念事項となっている。
特に中東は政情不安が続く国が存在しており、それが爆発すれば原油の価格暴騰にも繋がりかねない。
そして、アフリカでは史上最大規模の壁が広がっており、アフリカ諸国は最大の警告をもって懸念と影響を伝えていた。
これに対して先進諸国はその懸念を真摯に受け止め、協力することを確約。
対処できなければ、史上最大の紛争という地獄が出現しかねない可能性がこの地域にはあった。
こうした報告を受けて国連は直ちに四世界に対して援助及び調査を依頼。
さらに調査及び解析、解体が出来なかった場合に備え、国連主導による壁の破壊作戦案を提案し、大多数の国々の賛成で採択された。
_UTC3月18日午前1時01分・JST午前10時01分_
太平洋上 海上保安庁巡視船「あきつしま」
「では作業始めるぞ」
船長がそう言い放つ。
彼らは国連の指令の元、壁の調査の為に派遣されていた。
あきつしまの周りには海上自衛隊の艦艇が配置されており、警戒に当たっていた。
「うーん、やるしかないかぁ」
「ではやりましょ」
また、「あきつしま」の船内にある独立したスペースには気だるげにする少女達の姿もあった。
彼女達は四世界の内、緑の世界【グリューネシルト】、白の世界【システム=ホワイト=エグマ】、赤の世界【テラ・ルビリ・アウロラ】から国連の要請により派遣されてきたプログレスであり、今回の選抜理由は調査作業に適した能力を持っていた他ならない。
「あきつしま」の作業用アームが展開すると共に、彼女達はエクシード、及びグリューネシルトのプログレスだけが持つ武器を召喚する能力リンケージを用いて作業を行う。
「うそっ、貫けない!」
だが、調査は最初から頓挫した。
その壁はどんなものも通さず、貫かせない圧倒的な防御を持っていた。
結果的に調査は失敗に終わり、国連は直ちに次の段階へと移行する。
壁の破壊作戦の実行準備へと舵を取ったのだ。
※次回予告
調査失敗により壁を破壊することに決めた人類。
あらゆる兵器を用いて、壁破壊に挑む。