Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる 作:空社長
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ロシア連邦北カフカース連邦管区ダゲスタン共和国
ホシュゲリジオタル近郊 テレク川東岸
川岸で迷彩服姿の少女が、無線機のスイッチを入れる。
「こちら、第191分隊。連隊司令部応答願います」
『こちら、連隊司令部。要件はなんだ?』
連隊司令部の通信士官が対応する。が、少女は断る。
「連隊長につないでください。通常の報告ではないんです!」
『……わかった。連隊長、第191分隊からです』
通信士官は連隊長のダヴィ―ト・マルコヴィチ・サンダーク大佐に無線機を渡す。
『要件は?』
「……川岸で二名の、私と同じくらいの子が引っかかって……」
サンダークはこの報告に疑問を覚え、言葉を遮る。
『そんなことは警察に引き渡せばいい……我々の任務「妙なんです」何がだ?』
「おかしくありませんかっ……こんな時に事件を起こし、しかもわざと逃がすなんてことは考えられませんよ!」
サンダークは眉を顰め、少女の憔悴する声を感じ取る。
『それはともかく二人の状態を教えろ。状態で判断する』
「!……二人とも意識はありませんが、命に別状はないと思います……ですが、一人の右腕が欠損していて……たぶん古くない傷です。後、2人とも身体中が痣だらけです」
少女は同年代とみられる二人にの状態に焦りを覚え、歯ぎしりする。
『わかった。ババユルトまで移送しよう、その傷は軍病院でしか直せそうにないからな。近くの輸送車を有する部隊に要請を行う。第191分隊は合流地点まで運べ』
「ありがとうございます……!」
『一つだけ言っておこう』
その言葉に少女は息をのむ。
『こういうことはあまりやることの無いようにな。シェスチナ軍曹』
_5月29日午前4時30分_
ロシア連邦首都モスクワ 大統領府庁舎
大統領府の会議室で連邦政府閣僚らが集まり、そこには重苦しい雰囲気が漂う。
「簡単な事情は聞いているが、詳細な報告を求める。国防大臣」
ニコルシチャフが口を開き、イサレフの方を向き、他の閣僚も彼に視線を向ける。
「は、報告します」
イサレフは憂鬱になりながらも平静を装い告げる。
「結果から見れば、我々は敗北しました。損害総計ですが、展開部隊のチェチェンからの撤退完了後、南部軍管区OSKより送信されたものがあります」
イサレフは敗北と明言し、モニターにその損害総計のデータが表示される。
「損耗率は約4割強。これは今までの対テロ紛争において前例の無い損害で、我々も驚きを隠しきれません」
イサレフはそう言い顔を俯かせる。
「……政治家として『予想しておくべき』と言っておくのが普通だろうが、この結果は予想すら出来ん」
ニコルシチャフは頭を抱え、その言葉に他の閣僚は頷く。
「国防大臣、ところでこれはどういうことなのだ?なぜ、我々が敗れた事が報道されている?」
通信・マスメディア省大臣がイサレフにスマホに映る画面を見せつけながら尋ねる。
そこにはロシア民間放送のニュースキャスターがニュースを伝える動画が流されていた。
「それに関してですが、この情報社会です。裏工作等ならともかく表立った軍事行動等防諜のしようがありませんよ。それに加え、
モニターに、チェチェン解放戦線の指揮官と思われる男が映る無音声の動画が表示される。
「即座にGRUで削除致しましたが、それでも数万人規模で情報が流れている為阻止が出来ませんでした。しかし、この声明から
「総指揮官は、レンゲノ・ザルヴィチ・アポロフ元陸軍大佐。チェチェンとは全く無関係な純粋なロシア人です。彼についての調査で、決して無能だった訳では無いようです。ただ……」
「ただ?」
「ただ、戦闘地域での民間人への婦女暴行や、軍内の女性兵士への性恐喝行為で問題になっていたらしく、除隊処分が下されたようです」
「次に、部隊指揮官と思われる男は同じ純粋なロシア人であるミハイル・セルゲーヴィチ・アニシモフ元陸軍少佐、こちらも能力的には無能でもなかったようですが、性格面での問題行動があったようで、一言で言うならサディストと言った方が良いでしょう。軍内ではあまり目立った行動はしていませんでしたが、民間人への暴行、敵兵士への残虐行為が問題となっており、除隊処分が下されています」
国防大臣は報告を終えると、ニコルシチャフはあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「これで分かった。CLFはチェチェンの事情には全く関係がないテロ組織だとな」
「経済発展省としても北カフカース連邦管区の開発事業を進めていただけに納得が行きませんね」
経済発展省エルブネン・ヤーノヴィチ・コルツネフ大臣が口を挟み、ニコルシチャフは同感とばかりに頷く。
「ところで、奴らの軍備についての情報は入っているのか?」
「……理解できる範疇ならば」
ニコルシチャフの問いにイサレフは顔を俯かせ答える。
「そうか」
「戦闘報告によれば、T-72初期型やT-72A、T-72Mというモンキーモデルが確認され、BMP-1歩兵戦闘車、RPG-7いった対戦車火器が確認されました。また、今回もレーザーによる攻撃があり、他に光弾が直撃した、突然雷撃が降ってきた等の報告を受けています」
「……レーザーのみならず、なんだその現代科学力では再現できないものは……」
ニコルシチャフが額に手を当てて俯く。
「その事ですが、我々はエクシード・リグラの関与を疑っています。詳細はGRU隷下のスペツナズによる調査結果を待つばかりですが」
国防大臣の報告に、ニコルシチャフは席を立ち、官僚らに背を向ける。
「そうか……その件は任せる「それと……」なんだ?」
だが、イサレフに口を挟まれ、顔を振り向かせる。
「あくまで
その一言で、官僚らには驚愕が走り、ニコルシチャフは眉を顰める。
「突然だな、理由は?」
「一言で言えば作戦失敗の責任です。本来なら軍人ですが、大統領の意を作戦に反映させたのはあくまで私なので、4割の損失についての責任を取らなければならないと思われます」
なるほどな、とニコルシチャフは頷き、言葉を返す。
「後任は誰だ?」
「規定通り、ロスチヤ国防副大臣を後任に置きます。なお、事前に承諾は得ています」
「ふむ……だが、責任は取らなくていいのか?作戦失敗ではなく、
ニコルシチャフは目を細め、イサレフの目を凝視し、彼は表情を暗くする。
「それは─」
「まあ良い。国防大臣の職務を辞めることだけは認めよう」
イサレフはその言葉を聞きホッとした反面、疑問を思った。
「"だけ"とは?」
「単刀直入に言おう。ロスチヤ新国防大臣の補佐へと回れ」
その命令にイサレフは目を丸くする。
「いいのでしょうか?作戦失敗した事実が公に出ている以上責任を─!」
そこまで言ったところで、イサレフは気づく。国防大臣を辞職したという事実で責任問題は落ち着き、補佐官に関してはあまり注目されない。
辞職後も責任を追求する事は逆に問題と言えた。
「気づいたか。所詮責任等のその職務内の話だ。大臣職を辞め、政権から抜けるだけで十分に理由が出来る」
イサレフはその言葉に納得した表情を浮かべる。
「確かに……それならば責任を果たしことにはなりえます」
「戦いを終わらせる責任を果たす心づもりは出来たか?返事を聞きたい」
イサレフは一息呼吸を整え、ニコルシチャフの目を見て、返事をする。
「やらせて頂きます」
_5月29日午前5時12分_
モスクワ アルバート地区
ロシア連邦軍参謀本部
国防省と同じ建物に属する参謀本部会議室ではロスチヤ国防大臣、イサレフ補佐官含めた軍高官による会議が行われる。
「この報告書にある損害と、CBP等のエクシード・リグラの調査結果を鑑みるに、少女達が関わってるのは間違いない」
「近隣諸国がCLF等という大義名分も何も無い組織を支援するメリットが無い。そもそも支援した程度で我々の圧倒的優勢は覆なかったはずだ」
将官クラスの高官らがモニターに映る作戦報告書と調査報告書を見ながら話し合う。
その中で、参謀総長*1のアレクサンドル・ルキーチ・ウリンソン空軍上級大将は目を細め、一言も話していない。
「ウリンソン参謀総長、大丈夫ですか?」
他の将官が彼の様子を気にかけ声をかける。
彼は即座に振り向き、言葉を返す。
「大丈夫だ。少し考え事をしていた」
彼の右目と眉の間に傷跡があるが、それは戦傷ではなく、若い頃に同年代からの暴力に遭った為につけられた傷。彼が空軍であるのも、集団でいることがトラウマとなった為、1人でいることを好んだからである。
「ノーソフ大佐、報告を続けてくれ」
将官の1人が、会議の進行役に声をかける
声を掛けられたノーソフはウリンソンの事を一瞥して口を開く。
「はっ、この作戦報告書以外に、GRU統制下の第45独立親衛
ノーソフは机の端の方で席に座っている当人、クラヴジー・レオンチェヴィチ・ジェブロフスキー陸軍上級大将に視線を向ける。
「ああ、その通りだ」
ジェブロフスキーはただ一言を放し肯定する反応を見せる。
「その情報ですが、サンダーク大佐らしからぬ内容です。テレク川東岸ホシュゲリジオタル近郊で第191分隊が二名の女性、外見から未成年者という推測がありますが、川岸で引っかかっていた所を救助したようです。その時のテレク川が今年の多雨の影響で水量が増大していて、運良く助けられたとの事ですが、二名の状態が単なる川の事故とは考えられないようです」
ノーソフは一度、話を止める。
「どういう状態だ?」
ある将官が話を促す。ウリンソンは一言も話さず黙っていたが、いつもとは違い、ただノーソフの目の一点を見つめ、1字1句逃さないという思いが表情から感じられた。
「まず、二名とも救助された時に
報告を聞き終え、ウリンソンは自身の経験からその方の知識に詳しいことから、ある一つの答えに辿り着く。
「
ウリンソンはノーソフへ意見を求める。
「状態から見て、男性に暴力を振るわれていたことはわかりますが……それ以上の事は……」
ウリンソンは、やはりそうか、と呟く。
「ふむ……サンダーク大佐は何か求めてるか?」
「二名の少女への対応とともに新たな指示を求める、との事です」
ウリンソンは一時黙るが、一つの推測を出す。
「性暴力を受けて逃げ出し、逃げてる間に撃たれ、川へと転落した、という事か……?状態を繋ぎ合わせただけだが……実際にあるとしたら、私でも吐き気がする」
その言葉にジェブロフスキー含め、頷く。
「参謀総長、そろそろ結論を」
ノーソフが促す。
「ああ。サンダーク大佐に伝達、第45独立親衛特殊任務連隊第186分隊に対して、二名の事情聴取を命じるように伝えろ」
「事情聴取!、なぜそこまで?」
「テレク川の上流は、チェチェン共和国領内であり、CLFの想定支配地域内だ。関連があるとは思いたくは無いが……もしかしたら、な。第186分隊に関しては理由は明白だ、2人と同性であり、同年代が多く配属しているからな」
「連邦軍の配置はどうする?参謀総長」
ロスチヤはウリンソンへと尋ねる。
「防衛と再侵攻の用意を進めておきましょう。4割の損耗とはいえ、残り6割の部隊の再編成が終わり次第、展開していく予定です。それと共に情報収集を急がせましょう。さらなる特殊任務連隊の増派を行います」
※次回予告
チェチェンの真実《4》【告白】
少女の口から語られる事実。
その事実に多くの者が怒りを露わにする。