Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる   作:空社長

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第零章最終編、開幕です。


第零章最終編
第1話【氷天黎明】


最終編

 

 

1つ運命歪められる分岐点】

 

 

「運命は1つしか選べない。しかし、選べる運命は無数にある」

「しかし、この世界が選べる運命の選択肢は1つしか無かった

 

<赤の世界 古代イレミュディア預言書の1文>

 

 

『連邦政府は、合衆国全域に発令していた非常事態宣言を一部州を除いて解除すると発表しました。

例外となる地域は、ハワイ州全域、カリフォルニア州全域、ネバダ州全域、ユタ州全域、コロラド州全域、カンザス州全域です。州政府の機能が果たせないユタ州、コロラド州に関しては連邦政府が行政を代行するとの意向を示しており、現在準備段階に入ってるとのことです』

 

『───デンバーについて、当時残っていた市民の生存は絶望視されています。捜索活動は難航、今も家族を探そうとする人々が押し寄せており、政府は立ち入り禁止措置を発表。報道ヘリからの中継───Oh,my god……失礼しました、続けます───これに際し、コロラド州代行政府はデンバー市民名簿を発行し、生存者の統計を取っていくと発表しました』

 

『昨日入った速報です。生活を取り戻すため、あらゆる法案を策定、大統領令を実施してきたアンガス・D・ギレット大統領が昨日付けで辞任しました。

その後任には、継承順位が最も高いウィリアム・B・モーガン副大統領が前大統領より直接指名され、本日未明就任を発表致しました。

未曾有の事態にも関わらず辞任したギレット前大統領の真意は不明ですが、モーガン新大統領がその使命を引き継いでいく事を我々も望んでいます』

 

 

≪政府よりヴラジーミル州、ニジニ・ノヴゴロド州、チュヴァシ共和国、マリ・エル共和国、タタールスタン共和国を除く、連邦統治可能な領域全てで発令していた非常事態宣言を即日解除すると発表しました。ただし、復興を最優先とする為、解除地域でも一部主要幹線道路の交通を制限するとの事です≫

 

≪解除地域から宣言地域への立ち入りを禁止する大統領令が発令されました、これは復興の遅れや二次被害をもたらさない為であると説明が為されており、違反の場合は逮捕する可能性があるとの事です。同様に宣言地域での用事無き外出及び指定時間外の外出禁止措置が発令され、違反の場合は同様に執行されます≫

 

≪連邦領土から分離した三地域について、ブラチーシェフ外務大臣は「再び災いを起こそうとする者であれば、断固とした対応を取っていく。敵なのか、何者なのか、正体を明らかにしていく。これはニコルシチャフ大統領の意志でもある」と声明を発表。現在、分離した三地域からの発表はありません≫

 

 

〔激突事故から既に10日が経過しました、ロンドン・ヒースロー空港を飛び立ってすぐに壁と衝突して墜落したブリティッシュ・エアウェイズ航空236便の乗員乗客276人の生存は既に絶望的となっています。

海軍と沿岸警備隊は懸命に捜索活動を行っていますが、機体内部は元の姿が分からないほどに粉々にされており、遺体の発見すら難航しています───

次に、ユーロスター373系の救助活動が始まって既に2日目となりました。最後尾の機関車を通り抜けた先には潰れた車両が広がっており、既に3両目の捜索が行われています。48名の死亡、重軽傷者2名が確認されています。残る乗員乗客971名の安否は未だ分かっていません〕

 

〔『ヴォークワイバーン』に受けた爪痕は未だ多く我が国に遺されています。政府は住宅地の復興を最優先に行っていくとの声明を発表。経済の問題よりも、まずは国民が戻ってこられるようにする、との事です〕

 

 

⦅「海軍臨時予算請求書第107号」、我々インド海軍はラッカディブ海の戦闘において砲台型ウロボロス『アビータリ』に対して戦力の半数が大きな損害を蒙る屈辱の敗北を喫した。今次予算は、損害の補填及び今後頻発するであろう海賊被害に対する海賊対処部隊の編成と訓練を目的としている。特に周辺国の情勢が緊迫化している現状では、治安維持部隊の増派は急務と考える⦆

 

⦅正直、私が渋るのはただ海軍が何も出来ず敗退したことへの感情的な怒りだけが理由ではないのですよ。我が国は一切被害を受けておりませんが、それでも世界経済の潮流からは逃れられないのです。既に貿易産業で影響が出始めている以上、政府としても別分野で大きな財政支出をしたくない、というのが本音です。

「ニュースに出演したインド共和国財務副大臣の発言」⦆

 

⦅───あの日以降、海に出るのが怖くなってしまったのが本音です。まあ仕事なので断るわけには行きませんが。私の友人がウロボロスと戦った海戦で亡くなりまして、その伝手で知ったんですが……あの化け物を軍では倒せず、ロシア方面のウロボロスを撃破した時に同時に消滅したんでしょう。壁も残ってる以上、もう一度出現する可能性もありますよね───「インタビューに答えた貿易会社の社員」⦆

 

 

【本日、山井総理は戦災地域である江戸川区松本町へと視察に訪れました。これで3日連続、3箇所目の戦災地域への訪問となりました。現場に到着した総理は捜索の末に発見されたご遺体に手を合わせた後、自衛隊の部隊幹部や工事関係者と話し合い、進捗状況等を尋ねていました。その後、避難所へと赴き家を無くし避難所生活を強いられてる戦災者の方々の話を聞き、「物資が足りていませんか」と聞く場面も見受けられ、家族が亡くなった者には一緒に手を合わせるなど、ご遺族に寄り添っている姿もありました】

 

【会見において、記者の「戦災地域への避難指示はいつ頃解除される予定なのでしょうか?」との質問に対し、山井総理は「残念ながらまだその時機は未定です。かの『ベフォート・スフィア』によって広い地域が被害を受けており、瓦礫も数多く残ってる場所があります。それらを最低限取り除くにもまだ時間がかかると思われます」との回答を行いました。また、防衛省・自衛隊より、「戦災地域には決して近づかないようにお願いします」との発表が行われました。これは戦災者の家族関係者、及びボランティアが無断で戦災地域へと入ろうとしていることを受けたものであり、自然災害と違って被害の実情が見えてこない以上、思わぬ瓦礫が降ってくる可能性があるためとしています。改めて、この戦災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます】

 

 

 

_UTC(世界標準時)西暦2023年3月24日午後1時24分・CET(中央ヨーロッパ時間)3月25日午後2時24分_

フランス共和国イル=ド=フランス地域圏パリ市

 

 視界が真っ白に染まる程の猛吹雪が吹き荒れ、普段は積もるはずの無い大雪が地面を埋めていく。

 3月とは思えない大寒波に異常気象を疑うだろうが、この事態は外敵によってもたらされたものだった。

 海すら凍らせるウロボロス『アヴァンミラン』の来襲を受けたフランスは死闘の末に撃破自体には成功するが、奴の気象操作によって膨大な量の冷気を流し込まれており、フランスの過去最低気温すら覆す、マイナス60℃の極寒環境に激変させていた。

 当然、フランス政府やパリ市政府は対策を講じるが、パリ市街に降り注ぐ膨大な積雪は既に行政の処理能力を飽和しており、加えてあまりの極低温状態なため碌にエンジンが起動する筈も無く、フランス政府がこれを一挙に解決できる術も無く、ただ寒波が晴れるのを待つしかなかった。

 出来たのは、冷気の影響が及んでいない地域の原発をフル稼働させ今後予想される電力需要の増大に対応すること、市民の外出自粛令を出すことのみだった。

 

 一面雪景色となった惨状のパリ市街を防寒着を着こんだ三人の親子が歩く。

 この情勢下で食料品店が空いているはずもなく、最も気温が高くなるこの時間で配られる行政からの配給を受け取った帰りであった。

 雪搔きを行い拓かれた道であるが、凍結による転倒に気を付けながらゆっくりと親子が歩く中で両親から両手を繋がれる幼い少年が口を開く。

 

「ねぇ……お姉ちゃんとまだ会えないのかな?」

「まだ言ってるの……今は忙しいだけよ、きっと会えるわ。そのストラップもちゃんと返せるわ」

 

 少年が首に掛けるネックストラップ。それは避難の最中に出会った見ず知らずのプログレスから預かったものである。

 舞台は1日前に遡る。

 

「冷たい……少し寒いけど、私はやるしかないっ」

 

 23日午前9時40分。フランス陸空軍による阻止失敗により、『アヴァンミラン』は段々と冷気を伴ってパリへと近づいており、パリでは既に季節外れの雪すら降り始めていた。

 段々と日の光も弱まっており、『アヴァンミラン』がパリに来襲した時には薄暗い分厚い雲によって覆われていることが予想された。

 道端に立つプログレスの少女は、両手を口元に近づけて白い息を吐く女の子らしい仕草をしながらも、フランス軍プログレス部隊の一員として強敵に対して戦う覚悟の心持ちでいた。

 

「お姉ちゃんも逃げないの?一緒にいこうよ」

 

 突然後ろから声をかけられ、少女は驚きつつも後ろを振り返る。

 そこには純粋な幼い少年と、その後ろから謝りながら少年を引っ張ろうとする母親の姿だった。

 

「私?私はさ……少しやらないといけない事があるから。お姉ちゃんもすぐに追いつくねっ!」

「えっ……でも、お姉ちゃんが危ない事をしそうで、怖くて……」

 

 少女は(察しがいいなぁ、そう私は今から戦いに行くよ)と内心ぼやきつつ、頬を掻く。

 

「うーん……じゃあさ、これを預かってくれない?」

 

 悩んだ少女の答えは、首にかけていたネックストラップを少年に預ける事だった。

 

「それは私の大事な宝物だから。ちゃんと預かってくれたら、私とまた会えるよ。落としたり失くしたりしたら、どっか行っちゃうかも」

 

 少年の首にネックストラップを掛ける。

 

「う……うん!お姉ちゃん、またね!」

 

 少年はキラキラした目をしながら大きくうなずくと、母親に連れられて手を振りながら去っていく。

 そのタイミングを境に、降雪は激しさを増し、少女の顔は険しさを増す。

 大事なストラップは既に首元には無い。それを気にも留めず、少女は軍基地へと走る。

 

 そして現在。

 少女達の命を賭した努力により『アヴァンミラン』は既に無く、ただその残照たる寒気だけが残る。

 ストラップは運命を引き合わせる、しかしそれが幸せな結末とは限らなかった。

 

 配給へと向かう際に通った道を辿るようにして帰路を進む。

 その終盤、家の近くを雪かきする兵士の姿を見かける。

 

「お疲れ様です」

 

 その兵士は、少年の父親が入隊していた時の同期であり、声を掛け合う。

 多少近況報告等で話が弾む中、少年は視界に映る雪かきで集められた雪塊の近くにあるものを見つける。

 

「お姉ちゃんだ!」

 

 第一声はそれだった。だが、その返答は無く兵士の「あ……あぁ」というたどたどしい声のみがする。

 少年が近づくとそれは間違いなくお目当ての少女だった。

 座り込む少女は既に髪が凍りついており、それを目にした両親は既にその異常に感づいていた。

 しかし、少年がそれに気が付くことなく、一切声を出さない少女の反応に首をかしげつつも、ネックストラップを渡そうとする。

 

「お姉ちゃん……?手が冷たいよ……?大丈夫?……!!」

 

 凍え切った手の冷たさに驚きつつも、少年はストラップを少女の手に渡す。

 だが、その手は力無く垂れ下がり大事な宝物であるはずのネックストラップが雪道に転がる。

 

「お姉……ちゃん……」

 

 その瞬間、少年はやっと事実を理解した。

 

「……彼女は?」

 

 自分の妻が口元を手で覆い泣き崩れる中、父親は元同期の兵士へと尋ねる。

 

「雪かき中に見つけたさ……雪ン中から掘り出した時はもう……」

 

 少女は大事な宝物を返されること無く、雪の中で息絶えていた。

 幸いなのは、苦しみの中で死んだのではなく、微笑みながら幸せそうに亡くなっていた事だった。

 

 『アヴァンミラン』によって生み出された極寒の環境は、プログレスである少女達にとって過酷そのものだった。

 少女の中には凍死した子も少なくなく、彼女らは寒さに凍えながら死んでいった。

 過酷な戦場は死闘を生み、アメリカ合衆国に次ぐプログレスの犠牲者数にまで膨れ上がっていた。

 ただ一つ言えるのは、この少女の結末はまだ幸せな方であることだけだった。

 

パリ市内 軍病院

 

「……なん、て……?」

 

 病院着に身を包んだ少女が聞き返す。

 病院の診察室にて、対面する軍属の医師から告げられた言葉は少女に衝撃をもたらした。

 聞こえていた、理解できていたはずなのに聞き返してきた事に、医師はイラつく事無く温かい目で言葉を紡ぐ。

 

「……あなたの左手は、重度の凍傷により、壊死しています。切断しなければいけません」

「……っ」

 

 少女はその言葉を理解したが、到底受け止めきれるものでは無かった。

 軽い凍傷で済んでいる右手で医師の胸倉を軽く引っ張ると、泣きながら言葉を発した。

 

「───だと言ってよ……嘘だって言ってよっ!まだ……使えるって……」

 

 医師は抵抗する事なく、椅子を動かして少女に近づくと心苦しそうな表情で告げる。

 

「……嘘ではありません。……あなたの左手は……もう」

 

 医師の視線が少女の左手に注がれる。

 それは包帯に完全に覆われていたが、皮膚が黒ずんでいるのが透けて確認できていた。

 凍傷の重度症状、もはや治療することは困難だった。

 

「なんで……せっかく生き残ったのに……」

 

 医師の胸倉を掴んでいた右手が力無く降ろされる。

 悔しそうな表情で大粒の涙を零す。

 

「友達や仲間が沢山死んでっ……みんなに託されたのにっ……こんなのって無いよっ……」

 

 少女の脳裏に戦場での光景が思い浮かぶ。

 寒さに耐えきれず息絶えた子、『アヴァンミラン』からの冷凍風を浴び氷漬けにされた子、銛状の武装に貫かれた傷が悪化して泣きながら亡くなった子。

 少女も仲間を救うのに苦心し、寄り添って互いの体温で温め合い、雪に埋もれた子を引き抜いて助け、傷ついた多くの仲間と共に敵を打ち破ってきた。

 両手には防寒具を身に着けていたが、激しい戦闘の中で左手袋を失くしておりそれを気にする余裕も無いまま、左手は素手のまま冷気に晒され続けていた。

 

 仕方の無い事ではあったが、少女にとってそれを仕方が無いと片づけるには荷が重すぎた。

 

「……なんで……なんで手を失わないといけないのっ!……こうなるなら、戦わなければ良かった……でも、それじゃあもっと仲間が死んじゃう……」

 

「───どうしたら、私はどうしたらいいの……うぅ、うわぁぁぁぁぁ!」

 

 少女にのしかかる重みは果てしなく、少女は受け止めきれずに自己嫌悪に陥ってしまう。

 咄嗟に看護師が少女の元へ寄り添い、頭を撫でて慰める。

 看護師の胸に少女は頭を押し当てて、思いっきり泣く。

 

「ここの仕事は私に任せて、彼女を見守ってあげてください。彼女には相談できる相手が必要です」

 

 医師は哀しそうな目をしながらも、優しい言葉をかけて看護師と共に少女を送り出す。

 パソコンのモニターへと視線を向け、診察リストを開く。

 そこには先の少女の他にも、プログレスとして戦った少女の名前が記載されていた。

 

 誰も見ていない中、医師は拳を握りしめると、デスクを強く叩いた。

 

「このカルテが嘘であってたら……!これが悪夢だけの出来事であったなら……!我が国はあまりにも多くの少女を不幸にし過ぎた……」

 

 唇がプルプルと震えだす中、医師は誰に向けるべきか分からない怒りの感情を吐き出した。

 

パリ市内エリゼ宮殿 フランス共和国大統領官邸

 

 パリに降り注ぐ大雪はエリゼ宮殿も例外ではなく、庭園の草花は完全に白く雪に覆い隠されていた。

 政府施設を護るフランス国家憲兵隊の衛兵らも、屋根から落ちてくる豪雪に圧し潰されるのを避けるため、宮殿内にて警備を行っていた。

 しかし宮殿内のミュラー・サロンという豪華な装飾と壁画の飾られた部屋にてフランス政府閣僚らが閣議を行っているこの時だけ、偶然にも吹雪は小康状態に落ち着いていた。

 

「パリ市街を優先した除雪作業ですが、概ね5割程度の進捗状況です。しかし、既に懸念されている通り、この寒波が晴れない限り我々は安心することもできません。『アヴァンミラン』の撃破によって一番厳しい段階は過ぎ去ったでしょうが……予断を許さない状況です」

「まずは生活できる環境へと戻すのが最優先だが、経済の問題もある。他国は復興作業にとりかかっているが、我が国はこの様、一歩遅れた形となっている」

 

 閣僚ら、そして傍に控える秘書や補佐官のほとんどが防寒着に身を包んで会議を行っていた。

 室内であっても、既存の暖房設備では対応できない程に気温が低下していたため、彼らに着込む以外の選択肢は無かった。

 

 会議中、フランス大統領であるロベール・シェブランは、誰が見ても憂鬱そうな表情をしながら閣僚らの言葉を聞いていた。

 先ほど自身も発言した通り、フランスは他国に比べ出遅れた形となっていた。

 アメリカが受けた被害に比べれば微々たるものではあったが、それでも『アヴァンミラン』の侵攻ルート上にあった街では建築物が薙ぎ払われる憂き目にあった事例が相次いだ。それは首都パリも例外ではなくパリの北側には破壊の痕跡が遺されていた。

 それに加え、『アヴァンミラン』から放出された冷気による寒波で復興作業の見通しは立っていなかった。

 莫大な経済効果を生むパリ市含むイル=ド=フランス地域圏の経済活動が再開できない以上、経済の低迷は明らかだった。

 

 さらにシェブランの憂鬱はそれだけが要因ではなく、家族の安否についても気掛かりとなっていた。

 『アヴァンミラン』のパリ侵攻前に家族から避難済みの連絡を受け取っていたが、猛吹雪による電波障害でその後一切連絡が取れていない。

 加えて、直接血を通わしてるわけではないものの、亡き兄の一人娘である姪について非常に心配だった。

 まるで自身の娘のように溺愛していた上、彼女自身がパリの防衛戦にプログレスとして出撃していたのだ。

 シェブラン自身もフランス軍の最高指揮官として防衛戦の対応に携わっていたため、ここ数日は連絡を取っておらず、プログレスの戦死者についても集計中であり未だ安否確認もされていなかった。

 

 心配事の多さに半ば上の空で会議に望んでいた中、部屋に大統領秘書官の訪問を受ける。

 

「大統領、お手紙です」

 

 シェブランが信頼を置く首席秘書官だったが、その言葉だけでは彼の気を引くことはできなかった。

 

「……部屋に置いといてくれ。後で読む、今は───」

「───親族からのお手紙です」

 

 シェブランの言葉を遮り、秘書官は強い口調で”誰からの手紙”なのかを強調して言い放つ。

 その言葉を聞いた彼はピタッと動きを止めた後、指示を出す。

 

「……持ってきてくれ。今読む」

 

 秘書官からシェブランに手渡され、封筒を開き中にある一枚の便箋を取り出して読み始める。

 それから数秒も経たない内に、彼は衝撃を受けたように動揺した表情を垣間見せると、手を震わせる。

 

「っ……すまない。首相、この会議について後は頼む。行かなければならないところがある。ヘリは……今の天候なら出せるな、出してくれ!」

 

 閣僚らの動揺を他所に、シェブランは足早に部屋から立ち去っていく。

 それに続いて複数の補佐官らが慌てて彼を追っていく。

 扉前には、彼らを背中で振り替えることなく見送った秘書官のみが残された。

 

「一体……何が起きたんですか……?」

「……大統領の姪が亡くなったと、お手紙に書いておりました」

 

 秘書官は当初言い渋るも、ゆっくりと口を開き事実を伝えた。

 その事実に閣僚らは沈黙するしか無かった。

 大統領が姪を大事にしていることは既知の話であり、誰もがその少女の冥福を祈った。

 

パリ郊外 大学病院

 

 暖機運転を行っていつでも飛び立てるようにしていた大統領専用ヘリが向かった先は、パリ北西部の大学病院だった。

 ヘリポートに着くとシェブランは急いで降り立ち、死体の安置室へと向かった。

 

「……くぅっ……!……なんでだ……」

 

 ベッドに寝かされた姪の遺体は特に大きな傷も無く、少し休めば目を覚ますのでは無いかと錯覚する程だった。

 しかし、霜焼けばかりの頬に手を触れると、氷に触れるかのように冷たい感触のみが伝わってくる。

 

「私が……私が……プログレスの出撃を命じなければ……!」

 

 実の娘のように溺愛していたからこそ、シェブランは家族の死を悼むように泣いた。

 いつの間にか彼は姪が亡くなった理由を自己批判へと繋げていた。

 ウロボロス、そしてそれがもたらした寒波によって亡くなったのは明白だが、人は実体無き者ではなく、実体ある者にその悔しさをぶつけたがる傾向にあり、シェブランも例外では無かった。

 

「ウロボロスから国土を護るため、国家を守るためと……!何が国家だ!民が存在しなければ、国は存在し得ないのに……!本来なら守るべき少女達を犠牲にして、体制を守った国家など滅んでしまえばいいっ!!」

 

 大統領の身でありながら、シェブランの言葉は国家への批判にエスカレートしていく。流石に政治家としてあるまじき発言であったため、補佐官らが諫める。

 

「大統領っ、それは我が国の為に貢献した兵士たちに失礼───」

「───本当に”国の為”か?そんなの詭弁に過ぎんっ。彼らの本当の思いは、家族を、育った地を守るために戦ったに過ぎないのだっ。……家族を持つ身でありながら、大統領として出した命令は本当に正しかったのだろうか……。何か、もっと命を失わずに済む方法があったのではないかっ……この子が助かる道は無かったのかと……」

 

 補佐官の諫める声を遮って、シェブランは反論を行う。段々と声色が小さくなり、泣きながら自分の行いを後悔していく。

 少女達の死を悲しむと同時に、彼は姪に生きていて欲しかったという気持ちに変わりは無かった。

 

「結果は……後悔しても変わりません。それに大統領、貴方が実の娘のように大事に育て愛した姪ならば、父親代わりの貴方が率いる国家を守るために、戦ったと思います。国家を守るため、というのは安っぽい言葉ではありますが、家族、友人、生まれ育った家という何一つ欠けてはならない全てを守りたいと思う人にとっては、相応しい言葉なのです」

「……っ……そうだな……君の言葉に慰められるとは、私も少し老いたかな……」

 

 補佐官の言葉はシェブランの心に沁み込んでいく。

 タオルで涙を拭くと、国民の多くがキリスト教徒の国家らしく死後の幸福へ祈りを込める。

 気が済んだシェブランが退出しようとドアに手を掛けると、外から先にドアが開かれ2人の少女と対面する。

 

「えっと……あの子のクラスメイトです……」

「……!」

 

 シェブランと補佐官らは言葉を失い、少女達も言葉が出ず沈黙が続く。

 それを破ったのは他ならぬシェブランだった。

 

「……すまない、あの子を死なせてしまって……。そして、ここからは大統領ではなく、父親代わりだった叔父の一人として聞いてほしい。あの子は、どのように戦ったのか、どのように亡くなったのか、そして死ぬ瞬間、私をどう思っていたのか、聞かせてほしい」

 

 シェブランは頭を下げ、そうお願いした。

 

「っ……あの子は──────」

 

 数十分後。

 シェブランの姿はヘリ機内にあった。

 普段は着ける姿を見ることが無い程に珍しいサングラスを掛け、座席を倒し沈黙を保っていた。

 強い日光が照らさない薄暗い曇り空、サングラスは遮光する目的で使われていないのは明白だった。

 

 一筋の水滴が頬に垂れる中、シェブランはこれ以上の犠牲を出さないという強い決意をしていた。

 

 一面雪景色のパリ。それが元の姿を取り戻すまで、時間は必要だった。

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