Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる 作:空社長
「燃え尽くす勢いで燃え広がっていく」という意味で使っています。
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ロシア連邦大統領府庁舎 大会議室
ロシア連邦の正式領土に三か国の樹立を許すという異常事態に、ロシア連邦政府は直ちに
政権を運営する全閣僚及び各主要機関の長、連邦軍参謀総長の他、各党代表も招集されておりその中には連邦共産党の中央執行委員長の姿もあった。
「報告を、ブラチーシェフ」
一人の男性、ユーリー・フリストフォロヴィチ・ブラチーシェフ外務大臣が立ち上がる。
テーブル上の戦場にて力を発揮する「盤上の鷲」は、その鋭い目つきを自分の部署には関係ないとばかりに退屈そうにしている職員へと向け、話を始める。
「はっ、報告を始めます。
まず連邦政府ならびに我々外務省より一方的に建国宣言を行った3か国に対して送った非難声明は、アルタイ正統帝国政府及びクラスノヤルスク中央社会主義共和国には黙殺を決められました。
東シベリア・ロシア国民共和国については別の反応がありましたので後述いたします」
ブラチーシェフが合図を出し、モニターにクラスノヤルスクについての情報が表示される。
「まずクラスノヤルスクについて。
これは連邦共産党の情報提供により明らかとなった、この社会主義国家で蜂起した首謀者一派、自称初代書記長となったスヴァトスラフ・ニコラエヴィチ・ブルスニツィンを中核とする復古スターリニズム派の情報です」
ロシア連邦共産党から提供された情報により、ブルスニツィンが現在の共産党上層部と対立する異端派な人物であることが明示される。
問題行動によってクラスノヤルスク共産党支部へと異動という名の左遷が行われるまでの動きも表示された。
「活動地域で賛同者を増やし先のウロボロス戦役にて分断された領土への簒奪を行ったと見られますが……推測の域を出ません」
「連邦共産党への容疑について、私自身はやったとは思っていない。
しかし、合同監査については正式な手続きを踏んでいる故、このまま続行させていただく」
ニコルシチャフはあからさまに中央執行委員長へと視線を向けながら言葉を紡ぎ、事情を理解する中央執行委員長は異議なしという意志を示す。
「外交姿勢としては、建国宣言より建前としてもロシア征服を目指している以上アルタイも含めて我々に敵対的なのは明らかです、壁が本格侵攻を阻んでいるとはいえ、戦争の仕方はいくらでもやりようがありますから油断は禁物でしょう」
ブラチーシェフの言葉にニコルシチャフ含めた全員が頷く。
「では次にアルタイ、正式名称はアルタイ正統帝国政府。
指導者の名前はラスプーチン二世として皇帝を僭称しています」
「あの怪僧の後継者だと……!?」
会議参加者らは面食らい、顔をしかめる、眉をひそめるといった表情を見せるなど、様々な感情を浮かべた。
「ロシア帝国を滅ぼした一因となった怪僧……の後継者とはな。とはいえその名前だけにも注目しても仕方が無い」
ニコルシチャフも同じく怒りを露わにした不満げな表情を浮かべるも、議題が進まないことを懸念して続きを促す。
「ラスプーチン二世については出自が全く不明であり、あの怪僧同様に謎に包まれています。
政治体制については建国宣言にてご丁寧に紹介していて、首相、
そして彼らですが、皇帝の傀儡に過ぎない、というのが我々外務省の予測です」
「あの怪僧は噂は絶えないからな。自ら自称しているということは、恐らくは……な」
相変わらず不満げな表情をしながらも話すニコルシチャフの言葉にブラチーシェフも首肯する。
「またラスプーチン二世が政治という名の茶番劇を行う場として、チュメニ州州都チュメニであることが明らかになっています。かの宮殿を直接弾道ミサイルで破壊できなくは無いかと思いますが、あの狂人の性質を考えると……あまり良い手段では無いかもしれません」
相手するにも面倒な相手だという感想を抱きつつ、議題が移り変わる。
「そして、最後に東シベリア・ロシア国民共和国について。
かの国については我々が非難声明を送った際に、別の反応を示してきました。
それが、こちらです」
モニターに現れたのは特殊な符号、しかしロシアの政治家が理解できるそれは、映像通信のキーコードだった。
会議室にざわめきが起こりだし、やがてその一部は怒号に変わり始めた。
ニコルシチャフはその怒りを理解しているのか制止することなく、───ふん、と悪態をつき顔をしかめる。
そのざわめきが自然に収まるのを待って、ニコルシチャフは口を開く。
「要件があるなら直接言え、か……ならば
相手の意図を理解したニコルシチャフは皮肉を込めて言い放つと、秘書に通信回線を繋げるように命じる。
そうしてモニターの映像に現れたのは、ニコルシチャフよりも10年以上年下の男だった。
『どうも。私に連邦政府より通信を下さるなんて光栄の至りとしか言いようがありません。幼少期は貧しく───』
「───さっさと要件を言え、反逆者。……いや、ハバロフスク地方知事ジェミヤン・クジミーチ・ユーギン」
男の言葉を遮ってニコルシチャフは怒号の籠った口調で話し、相手の名前を正確に呼ぶ。
『……ほう、私の名前を正確に言ってくださるとは。そうなれば自己紹介はいりませんね、ニコルシチャフ大統領。私共の要件は───の前に我々は反逆者ではありません』
「───ふんっ、
ニコルシチャフが言い訳だけは聞く姿勢を見せると、ユーギンは不敵に笑みを浮かべる。
『この連邦が三つの壁によって分断されるという未曽有の危機!アルタイとクラスノヤルスクのように、この東シベリアでも簒奪者が現れ連邦へと反逆するかもしれないと!そこで私は思い立ったのです、分断こそ回避できないならば他の行政区と協力し合い、連邦に従順し他の反逆者を認めない大きな自治区を作ろうと……!そして、私は今連邦からこの領土を任されたと信じる委任統治領たる東シベリア・ロシア民主共和国首相としてここにいるのです!』
自分が優れているから、自分が選ばれているから、と事実でない情報も混ぜている、ナルシズムを体現したかのようなあまりに自己陶酔した発言内容に表情にすら出して呆れかえる官僚すらいた。
別の見方をする者もいて、知事時代のユーギンを映像等で見ていた者は今見ている者と大きく違う事に困惑を隠せなかった。
「任せた覚えは無いのだがな?とはいえ、貴様が東シベリアの実権を握っているのは確固たる事実だろう。本当に我々の意志に逆らう事は無いのだな?本当に」
『……ええ。するはずがありません、この全能な私が───』
「───貴様の発言は不愉快だ、その言質が取れただけでも構わない。失礼する」
ユーギンの意志を確認したニコルシチャフだったが、やはり自分が優越しているというナルシストらしい態度に沸点が高まり、言葉を遮って通信を切る。
「やはり信用できんな」
ニコルシチャフが悪態をつく程に、彼の発言に疑い深くなっていた。
真面目な態度と誠実な発言こそ人間は疑い深くなる性質を利用して信用を得るためのあの態度だ、とニコルシチャフは指摘する。
「あの素顔にはまだもう一つ裏の顔があるように見える、対外情報庁で奴の身辺を探れ」
と、出席していた対外情報庁副長官に指示した上で次の議題へと移る。
「───カルジャレン朝についての報告は以上です」
アメリカ合衆国がカルジャレン朝についての情報を入手するのと同じで、ロシア連邦も対外情報庁の諜報網を駆使して情報を収集しており、政権の主要閣僚のみだった情報を広範囲に周知した形となった。
しかし諜報の成果が芳しくないのはアメリカと同様であり、閣僚らを納得させるには不十分だった。
「外務省としては国防省と協働した国民の救出作戦に切り替えています。現地住民についても彼らが気づかない最低限の人数であれば可能ですが期待はできません」
ニコルシチャフがその案に頷くと共に、彼は歯を嚙み潰した怒りの籠った声で口を開く。
「で……現地のプログレスが年齢の差別なく危険因子として処刑されてるのは事実か?」
「……間違いありません。その対応として諜報員を増派して救出活動拠点を───「やめておけ」───!?」
怒気の籠った声で対外情報庁副長官の行動と言葉を遮る。
「カルジャレン朝の諜報活動で何人失った?聞く限り奴らがプログレスの抹殺を狙っている以上、国外に逃がす事に限って見逃すことはありえない。今までの調査でも、長年の隠匿拠点が暴露されているんだろう?……残念だがこれ以上優秀な人材を無駄死させたくないのでな、認められない」
言葉には出さないが、拳を力強く握りしめて尚震えていることから、怒りと悔しさは相当な物が伺えた。
「……了解です」
大統領府 執務室
「やはり、来ていたのか」
執務室へと戻ったニコルシチャフは気配を感じてその方向を一瞥すると、そう口を開く。
───パチン、と指を鳴らした破裂音が聞こえ、緑髪の少女───ティナの姿が現れる。
しかし、統合軍制服の袖から伸びているはずの右腕は無く、袖口はひらひらと揺れる。
「!……そうか。あの戦いで……」
人は腕が片方無くなるだけでも不自由となる生物であり、ニコルシチャフは命じた戦いで少女が片腕を失ったことに辛く責任感を感じていた。
「っ……気にしないで。……あんなのっ、避けようが無かったから、大統領のせいじゃないっ。それに、片腕失うなんて怖く───」
「本当に怖くないのか?……痛くなかったのか?……それに、気にするなというのは無理な相談だ。大人は責任を取りたがるものだからな」
ティナは左手を右腕に添える仕草を何度もしており、右腕を失ったことにショックを隠しきれていなかった。
あの時の光景がフラッシュバックし、想像を絶する痛みと右腕を落とされた時に血をまき散らしながら倒れる自分の姿が脳裏に浮かぶ。
「っ……死にそうなぐらい痛かったよっ……痛いのが怖いから再生医術も受けられないっ……」
右腕に味わった壮絶な痛みを思い出して目から溢れ出した水滴が頬に垂れる。
涙に気づいたティナがタオルで拭き取ると、ニコルシチャフへと向き直る。
「……腕の事は後にしてっ。私が来たのはあのニュースについてだから……私達と同じプログレスが酷い殺され方してるのは見過ごせないっ……助けてっ……!」
ニコルシチャフが最も苦悩していた問題ではあったが、彼は既に決意を固めていた。
しかし、同時にチェチェンにて囚われた少女を救おうとする彼の行動を見ていたティナが期待するのも予想できていた。
「……そうだな。検討はしていたが……残念ながら我々は動くことができない……そして状況が大きく変化しない限りは、今後も動くことは無い」
「!?……え……なんで……っ」
それはニコルシチャフに期待していた彼女にとって衝撃的な告白であり、目を見開いて驚いた。
「犠牲がどの程度増えるのか不明な状態でこちらの部隊を突っ込ませるわけにもいかない。相手はまがい物ではない、自国民すら容赦なく殺す手練れだ。手を誤れば殺し合う戦争にもなる、そうなれば救出は叶わず犠牲の桁が増える。……
ティナの眼差しにニコルシチャフは何度も首を横に振って答える。
どれだけの悲劇であろうが、自国民優先の原則は変わらない、と告げるニコルシチャフ。
言葉の意味を理解していたティナだったが、やはり救出へと舵を切らない事には失望の目を露わにした。
「っいいよ……だったら私たち隠密が得意なプログレスで潜入して───」
ニコルシチャフの服を掴んで睨みつけるも、態度が変わらないことを悟った彼女は、
考えた末に、統合軍プログレスにとって本来は地球人相手に容易な潜入による救出案を導き出した。
「───やめろっ……!」
「───っ」
それに対する返答は普段のニコルシチャフの様子からは想像できないものだった。
ガタッという物音と共にティナが反応する暇も無く、元軍人という経歴の持ち主たるニコルシチャフの屈強な体から繰り出された両手はティナの両肩をがっしりと掴む。
「───もう一度言う、やめろ。それは、無理だ。お前たちは間違いなく殺される。
奴らの背景すら考えられぬ思慮浅さには腹が立つ……!
私が止めなければ、この想像が現実ならっ、お前達は貶められて彼女らと同様に処分される……いや、それ以上に下劣で無惨な末路が待っているだけだ……!異世界のプログレスであるが故に、人権無く徹底的に壊し尽くされる末路がな」
「……っ……」
それは統合軍で鍛えられたプログレスであるティナでさえ動けない程強く抑えられ、痛みを感じるほどだった。
更にニコルシチャフは怒気の籠った声で余りにも直接的な脅し文句に加え、普段なら対立する相手にしか使わない呼び方を使うなど、怒りが高まっていた。
だからこそなのか、ティナは彼が私たちの事を真剣に思って話していることを直感で理解する。
そして、その末路にティナは恐怖で身を震わせる。
「……すまない」
「……っ、いい。想像って……何」
ニコルシチャフは怒りを吐き出すと、ゆっくりと手を離して謝罪の言葉を告げる。
ティナはそれを気にすることなく、彼の言った言葉の意味を問う。
「……現地にいた諜報員の報告から、カルジャレン朝はリビアにて蜂起した後、わずか1週間以内で北アフリカの大部分を制圧した。
これはリビア軍はもちろん、我々ロシア軍やアメリカ軍でも制圧するのは非常に困難だ。
……できるとしたら空中展開戦力による完全無力化だけ、それには当然核爆撃も含まれる」
カルジャレン朝はリビアから政権を簒奪したリビア軍だと考えられているが、アフリカの軍事力で下位に位置するリビア軍が中堅国たるアルジェリア、アフリカで突出した軍事力を持つエジプトを撃破して北アフリカを制圧するという行為など、超大国たるアメリカですら1週間では困難という事実から眉唾物としか思えない異常な存在だった。
「加えて、急進的な政策に対して大規模な暴動、反乱が起きておらず、殺人事件程度のものしか起きていない。
あの政策に黙々と従うなど、正気を疑うものだ。
驚くしかないが、恐らく支配地域の人々の大部分に洗脳的処置が施されている。
行政、警察、軍隊、一定地域の住民1人毎に行えばプログレスの監視は容易。…全く見事な監視体制だ」
「でもそれをずっと続けるなんて……」
地球の歴史上、過酷な支配体制であった国など幾らでもあった。
しかし、どの国も反乱が頻発し、中には短命に終わる国もあった。
「だからもう少し考えろ。
これを可能としているのは……お前たちの方が馴染み深いはずだ。
闇堕ちだろう」
「!?…っ」
ティナの表情が驚愕へと染まる。
「ありえないッ!……だってあれは、プログレスにしか──」
「プログレスに出来るなら、ただの人間相手にも出来るだろう。
もしくはマナが通っていないから出来なかったのを、出来るようにしたか」
地球含めて5つの世界の敵、ウロボロス。
闇堕ちとは、”彼”の精神を転写してウロボロスに忠実となり、より攻撃的な性格へと変化させられること。
プログレスについて深く知るため、ニコルシチャフはグリューネシルトの知見を学んでいた最中にこれを知った。
「グリューネシルトじゃ、強いプログレスを闇堕ちさせて戦わせていた……」
これまで観測されていたのは闇堕ちさせたプログレスによる、プログレス同士による同士討ちしか無く、戦う力を持たない人間が闇堕ちした前例は無い。
だが、人間はプログレスに比べて人数の上で圧倒的に勝っており、それは滅びかけた世界であるグリューネシルトでもプログレスと人間の比率はほとんど変わらない。
故に最悪の想像がティナの脳裏に浮かぶ。
闇堕ちしたのが単一の強いプログレスではなく、無数の守るべき一般人だった場合、プログレスが本気で攻撃をすることもできず逆に人間たちが容赦無く集団で攻撃してくる展開となり、その結末が死となるのは容易に想像できた。
「っ……うぉぷっ」
ティナは脳裏に浮かんだ想像をカルジャレン朝によって殺されたプログレスの少女と重ね、仲間や姉が殺される想像を幻視してしまい、想像に対する嫌悪感の余りガクッと膝を床に落とし、催してきた吐き気に口を手で押さえる。
我慢して吐き気を無理やり抑え込んだティナは辛く息を吐きながらニコルシチャフに改めて尋ねる。
「……そんなのは嫌だ……でも、それは確かなの?」
「あくまで想像だ。それに過去にあって欲しくなかった事など、想像なんてするな。
結果的にお前たちは生きているのだ」
あくまで想像だと保険を付けるニコルシチャフ。
しかし、一般人を洗脳下に置いているのがウロボロスの闇堕ちならば、それを統率させているカルジャレン朝が人間だと大きな矛盾が生じるため、カルジャレン朝の上層部自体がウロボロスに絡む人外なのではないか、という推測が脳裏で警鐘を鳴らしていた。
加えて、通常では有り得ない支配速度から見ても、ニコルシチャフ自身はウロボロスの可能性が非常に高いと考えていた。
しかし、それを敢えて口に出すことは無かった。
「今は確かめることもできんのが惜しいな」
ニコルシチャフがそう呟いたところで執務室の受話器が鳴る。
それを手に取ると、受話器の先にいる相手であるロスチヤ国防大臣が憔悴した声で話始めた。
「何かあったか?」
『っ……は、大統領!隣国群を監視していた偵察衛星からの情報で、帝政アルタイに非常に大規模な軍事行動の兆候が見られます!!』
ロスチヤからの第一報に訝しげな表情をするニコルシチャフだったが、同室にいる存在を気にして、電話機をスピーカーモードに変更する。
『正確な規模は不明!ですが、少なくとも168時間以内にカザフスタン共和国へと侵攻する公算、大!!』
届けられた情報にティナは衝撃の余り固まってしまう。
対してニコルシチャフは表情を怒りに染め、悪態をつく。
「愚かな行為だな、たった1週間で経済が回らなくなったから周辺の弱小国へと略奪するつもりか?」
ウロボロス戦役後初の人類同士による戦争は、貧困に喘ぐ愚かな簒奪者によってその火ぶたを切られてしまった。