Muv-Luv*Vierge 護世界の少女達 血潮染む運命に導かれる 作:空社長
_モスクワ標準時5月30日午後8時頃_
ロシア連邦チェチェン共和国グデルメス
チェチェン共和国とダゲスタン共和国との国境から西に約5km。
「
『
暗闇の街で突然炎が上がる。
CLF軍政地域の街の、光一つない暗黒の空にCLFの軍用機は一つも確認できない状況で、ロシア連邦航空宇宙軍は絶対的な航空優勢を確保しており、制空担当のSu-27SM2のパイロットは徒労に終わったことを愚痴る反面、内心交戦しなかったことに安堵する。
航空優勢の確保直後、MiG-29SMT戦闘機12機*1、Su-35S戦闘機8機*2がコシュゲリディ上空に飛来。MiG-29SMTの2機小隊は路上にいたT-72M戦車*3に狙いをつけKAB-500L誘導爆弾を投下、それはレーザー誘導によって吸い込まれるように天板に突き刺さり、暗闇で一際目立つ火柱を上げる。
「なんだ今の音は!」
「分からん!だが、おそらくロシア軍の襲撃だ。全員を叩き起こせ!戦車も稼働させろ!」
爆発音に気付き、CLFは部隊をただちに展開、迎撃態勢に移ろうとするものの、既にロシア連邦軍が
だが、それは無意な国民資産の破壊禁止を連邦軍参謀本部から定められていた連邦軍に攻撃の機会を与えることになった。
絶対的な航空優勢の元、悠々と飛ぶ第300独立ヘリ連隊第53ヘリ中隊所属のKa-52"アリガートル"攻撃ヘリ12機*4は、9A4172ヴィキールM対戦車ミサイルの照準の暗視装置によって姿が丸わかりになったT-72Mを捉えていた。
直後、1機の”アリガートル”パイロットが発射ボタンを押した瞬間、ヴィキールM対戦車ミサイルのブースターが点火し、亜音速で飛翔する。目標へと向かうヴィキールMを捉えることは難しく、迎撃手段を有しない戦車に対し容赦なく着弾し、無様に炎上する。続けて他のT-72MにもヴィキールMが着弾し、次々と何も出来ずに撃破されていき、CLFの部隊指揮官は恐怖を覚える。
さらに、街の入り口に設けられた簡易的な防衛陣地に、152㎜榴弾が着弾。郊外にいる10両の2S19ムスタ-S 152㎜自走榴弾砲*5から次々と集中砲撃を喰らい、複数の防衛陣地はあっという間に崩壊する。
『こちらコロヴォフ、道は開いた』
「感謝する」
それに呼応し、第136独立親衛自動車化狙撃旅団は複数両のT-72B2"ロガートカ"*6、BMP-3M歩兵戦闘車*7複数両が中心となる先行隊を先頭に突入を開始。
崩壊した防御陣地をロガートカの履帯で容赦なく踏みつぶし、CLFの兵士は主砲同軸の7.62㎜機関銃PKTで蹴散らされる。今のロシア軍に捕虜を取る余裕はなく、そもそもCLFという反人道的なテロ組織に捕虜を取る必要も無い。
CLFの戦車を含む部隊が殺到するも、彼らは連携がとれておらず、T-72Mが視界確保に「ルナ」赤外線投光器を使用するのに対し、ロガートカ複数両はデータリンクが無いものの、赤外線暗視装置で振り分けと照準入力が完了しており、先手を打つ。
ロガートカの55口径125㎜滑腔砲2A46M-5から放たれたAPFSDS弾は容赦なくT-72Mの均質圧延版を貫き、続けて放たれた砲弾はT-72Mの隣を並走していたBMP-1を粉々に破壊する。
その後続からはBMP-3M歩兵戦闘車が9M117バスティオン砲発射式対戦車ミサイルを放ち、一両のT-72Mを大きく損壊させ、先行隊の近接航空支援に当たる第53ヘリ中隊も次々にヴィキールM対戦車ミサイルを放ち、戦果を重ねる。
わずか10分で橋頭堡が築かれたとともに、旅団司令部が後続の展開を命令。
複数両のBMP-2歩兵戦闘車*8、BTR-80装甲兵員輸送車*9が左右より市街地へと迅速に展開し、歩兵を降車させた上で掩護のため、T-72Mの散発的な抵抗を連装ミサイルランチャーより発射された9M113コンクールス対戦車ミサイルによって沈黙させ、歩兵にはBMP-2とBTR-80の30㎜機関砲2A42とKPVT14.5㎜機関銃で歩兵陣地と共に蹴散らしていく。複数のブーメランクK-16*10は先行隊に合流した上で歩兵を展開し、橋頭堡をさらに固めた。
そして、旅団司令部は制圧の本命となる部隊展開を開始した。
先行隊を除く第627独立自動車化狙撃大隊及び、第97独立戦車大隊を橋頭堡から突出させ進撃を開始。
T-72B3"ズニーミャ"*11を擁する複数の戦車中隊からなる第97独立戦車大隊は、街の各所より駆けつけてきた旧式戦車や古臭い装甲車からなる防衛線と正面から対峙。一人の歩兵のRPG-7から放つ弾頭を爆発反応装甲コンタークト5によってその威力を無効化し、反撃とばかりにT-72M戦車を精密射撃によって一撃で撃破。わずか数十分でこの防衛線を崩壊せしめ、第627独立自動車化狙撃大隊による街の完全制圧に伴う散発的抵抗の完全殲滅戦へ移行する。
補給を行い再び飛来したSu-35S戦闘機8機よりKAB-500L誘導爆弾が投下され、次々と着弾する。
CLFの兵器は次々に補足され、攻撃に晒される。捕虜を取る必要も無い、と判断された彼らは第53ヘリ中隊のアリガートル12機の30㎜機関砲2A42の銃弾の雨で蹂躙され、機関銃弾で穴が開けられた舗装路を血の海で染めていく。
その最中をT-72B3ズニーミャで構成される一つの戦車中隊、ロシア連邦陸軍第208戦車中隊『マーチ』*12は道路を爆走する。
「敵車両を確認!T-72Mです!」
「
マーチ1車長であり中隊長のニキータ・チェレンチヴィチ・クプチョフ陸軍少佐はそう告げ、ハッチから顔を出す。
砲塔が敵戦車の方を向いた瞬間、
「シャローフ、撃て」
クプチョフは砲手のエルモライ・マトヴェーエヴィチ・シャローフ中尉に言い放ち、操舵手の巧みな旋回操作の下、125㎜滑腔砲から放たれた砲弾で至近距離の敵戦車を撃破する。
その後、数分程度進み、クプチョフは視線の先に"何か"を見つけ、急停止を命じる。
クプチョフは路上の隅で見つけた物、それは少女のようにも見えるうつ伏せになって倒れている人の体であった。
「各車全周警戒を。前方に倒れている人影を発見した。この街の住民という可能性があるが、私には別の予感がしてならない。マーチ2、一時的に指揮権を委譲する」
『マーチ2、了解』
T-72B3/マーチ1は慎重にその倒れてる者に接近し、クプチョフとシャローフが降車して近づく。
「やはり……女の子か」
「どうします?」
シャローフは訊ねるが、クプチョフの答えは決まっていた。
「どちらにせよ、生存確認が最優先。生きているのなら助けるべきだ」
と答え、少女の体に触れようとした時、その少女の手が僅かに動き、
「……ぁ……ぐぁ……」
声を発する。
クプチョフはこの動作に
「救護活動を開始する。ルミャンシェフはクッションを持ってきてくれ、彼女を寝かせたい」
「了解しました」
ルミャンシェフは降りる際にAK-74J自動小銃を担ぎ、クッションと救護袋を持って降車する。
クプチョフはルミャンシェフがクッションを敷いたのを確認し、うつ伏せになってる少女をシャローフと共に抱え、クッションの上に仰向けで寝かせる。
クプチョフはその時、彼女の体調の異変にいち早く気付いた。
「軽いな。正確な体重は分からないが、この世代の子供にしては体重が軽い、元々であればいいのだが……体の表面に複数の痣があったり、服に血が付着しているのも疑問が残る」
その言葉にシャローフも反応する
「しかも、この季節にしては汗をかき過ぎかと。脱水症状なのかもしれません」
その答えにクプチョフは頷く。
「意識はあるが……呼吸がわずがに上昇しているようにも見えるし、何より言語不明瞭だ。軽・中度の脱水症状の典型例と推測できる。経口補水液の摂取が必要だ。救護袋に入っていたはずだ」
「はっ、こちらに」
クプチョフの問いかけに、ルミャンシェフは救護袋から500mlの経口補水液が入ったボトルをだし、クプチョフへ手渡す。
「確かこの経口補水液は日本産だったな……全く便利なものだ」
クプチョフはそう言いながら手袋を外し、経口補水液のキャップを外して少女の口元に近づける。
「半日手を洗えてないが、少し我慢してくれよ……」
手で強引に口を開かせ、開いた箇所に水を流し込む。
少女の意識は混濁していたが、その体は必死に水を求めていて、流し込まれた飲料で喉を潤す。
クプチョフが何回か同様の動作を行っていくにつれ、少女の意識ははっきりとしはじめる。
「ありが……!」
彼女は感謝の言葉を言おうとしたが、その直前意識を失う前の記憶を思い出す。
それは男達に何もかも蹂躙された記憶。
彼女にCLFとロシア軍の違いを区別できるわけはなく、だからこそ彼女は恐怖した。
「やめて……触らないでいやいやいやいやぁ!!!」
クプチョフは少女に振り払われたボトルを眺めつつため息をつく。
シャローフとルミャンシェフは困惑し、どうにか少女をなだめようとする。だが。
「二人とも、無駄だ。彼女は
「……おとなしく待つか、もしくは……」
クプチョフは自問する。その間にも少女は自分の中でクプチョフらを自分を嬲ってきた男達と思い、心は恐怖に陥っていた。
だが、突然、彼女の動きが一変する。
「い‶っア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ア‶ッ!!!痛い‶いいいいい!!」
少女は激しい痛みに言葉もでないような悲鳴を上げる。
クプチョフは先ほどの状態とは一変した様子に疑問を抱くが、少女が首元を抑えてるのを見つける。
自分が持っていた懐中電灯を灯し、少女の首元に光を当てる。
「首輪…どこから電流が流れてるか知らんが、あまりにも酷いな」
そう言うと、クプチョフは通信機を口元に持っていき、声を張り上げる。
「第一小隊各車に告げる。現在暗闇の為、若干救護活動が難航している。投光器で光を当ててくれ」
『こちらマーチ2了解。全車、全周警戒のまま車体旋回!』
その通信を合図に三両もの"ズニーミャ"が一斉に車体を旋回し、順次投光器を起動する。
眩いばかりの光で照らされ、その場は昼にも間違うぐらいの明るさとなる。
「
クプチョフは通信機でそう言い切り、少女の元へ近づく。
痛みに喘ぐ首元に手を近づけた途端、彼にも痛みが伝わる。
(高電圧電流……こんなの喰らい続けてたら死ぬぞ)
「聞こえてるなら顔をこっちに向けろ!一つだけ尋ねる!"死にたいのか"、"この首輪を外して生きたいのか"、どっちだ!!」
少女の悲鳴にも勝る大声でクプチョフは叫ぶ。少女はクプチョフらへの恐怖心は変わらなかったが、その声を聞こうと顔を向ける。
「生……き……た……い……」
少女は力なくその言葉を零す。
「ッ……わかった、必ず助ける」
少女の願いを聞いたクプチョフは険しい表情を崩さず、厚手の手袋をつけて首輪を外そうとする。
だが、厚手の手袋でも、首輪から流れる電流はそれを通り抜けて手にダメージを与えていく。
「くっ、ルミャンシェフ!!電工用ハサミを持ってきてくれ!思ったより硬い!……少しばかり耐えてくれ……」
「……はい」
首輪だからと見た目は軟そうに見えたが、なかで鉄が仕込まれているようで簡単に引きちぎれない。それがわかると、クプチョフにはさらに憔悴する。
ルミャンシェフから電工用ハサミを受け取ると、少女に言う。
「すまないが、少し動かないでくれ。俺らの何十倍もキツイだろうが、体を傷つけたくはない」
クプチョフの言葉に少女が頷くと、彼は刃を進める。薄い鉄程度なら簡単に切れるハサミで、首輪を断ち切り、引きはがした。
「ゴホッゴホッ……ケホッ……」
「上着を脱いでくれ、首輪から細い銅線が服の中に繋がってる」
起き上がった少女はクプチョフの言うとおりに上着を脱いで渡すと、長袖の軍服を投げ渡される。
「え?」
「現在時刻は20時頃だ、これからさらに冷えてくる」
クプチョフはそう言うと、無線機を取り出す。
「こちら第208戦車中隊、大隊司令部へ」
『こちら第97独立戦車大隊司令部。進軍が止まっているがどうした?』
「は……報告遅れて申し訳ありません。エクシード・リグラと思われる少女の救護活動をしておりました」
『何……?それは本当か?そうだとしたら、二人目となる』
「そうでなかったとしても、民間人の幼い女性として保護しております。対人恐怖症を抱えているばかりか、首輪の様なものをつけられ、その操作者が随時に遠隔で電流を流せる仕組みであったことを確認しました。もしや、エクシード・リグラのみを選別して保護する意図はありませんな……?」
『そんなことはない、では保護部隊を送るとしようか』
「いえ、現在の戦況を考えるに、応援は必要ないと思われます。むしろ、後続の兵力に十分な展開を行わせるために我々は引いた方が良いかと。その際に彼女も護送させればいいと小官は考えます。所詮この作戦は陽動であり、我々は居座る必要性もありませんし」
『わかった……貴官が保護した女性は基地に帰還するまでの間、貴官が護送せよ』
「はっ!」
_モスクワ標準時5月30日午後8時20分頃_
ロシア連邦チェチェン共和国シェルコフスカヤ
暗闇を、森林を複数の人影が音もなく進む。
その上空を酷い騒音を巻き起こすはずのヘリが耳を澄ませば風を切る程度の音を起こしながら旋回する。
「消音魔法の効果消滅まであと5分です」
後部座席に座る軍服の少女がパイロットに声をかける。
「分かっている、そろそろ敵に対する遮蔽魔法を切れかけている。外の人間から見れば朧げな影ではあるがヘリであることは一目瞭然だろう、全く……暗闇で良かった」
その頃、グレベンスカヤの北では、暗闇の中を戦車や装甲車の大群が現れた。
その大群は騒音を発さず、且つ一切の投光器を点灯させてなかった。
__いや、
CLFがエクシード・リグラの力を使役して、ロシア連邦軍に勝利したという事実は動かず、それ故にロシア連邦軍もエクシード・リグラの力を利用した。
あくまで
「攻撃開始!」
その一声とともに、砲火が放たれた。
Ka-52攻撃へリから放たれたヴィキールM対戦車ミサイルが標的となったT-72Aの側面装甲をぶち破り砲塔をふっ飛ばしたのを先着とし、第205独立自動車化狙撃旅団第321独立自走榴弾砲大隊2S19M2自走榴弾砲「アカーツィヤ」からの152㎜榴弾砲から迫撃砲まで攻撃が行われ、暗闇の中を満足に戦闘行動ができないCLFを初手で翻弄していく。
攻撃が苛烈になっていくにつれて、グレベンスカヤやシェルコフスカヤにいたCLFの部隊はその喧騒な音に北へと移動を強制された。
その動きに呼応し、南側に少数の歩兵部隊が展開された。
「
少女がAK-12自動小銃のドットサイトを覗き見ると同時に、突然魔法陣のようなものが右目の前に現れ、少女は動じもせずに目標に照準を合わせ、トリガーを引く。
単発モードで発射された5.45x39㎜弾1発は寸分くるわず標的とされた兵士の頭部を貫き絶命させる。
普段なら消音器付きであっても風を切る音ぐらいは聞こえている筈だったが、爆発や破壊の喧騒にかき消された。
彼女ら、いや人数差を見れば男の方が多いその部隊は、ロシア連邦軍スペツナズの最高位に位置し、
2000人程度の隊員を有するその部隊は2013年から活動を始めており、暗殺、強襲、偵察等多岐の任務をこなしており、
『こちらアルファ小隊!敵戦車の破壊を確認、続けて破壊工作を継続する』
「では、我々ベータ小隊は捜索任務と行くか」
無線を受けて、ベータ小隊長と思われる男が口に出す。
その顔は機密の為か黒く覆い隠されその表情を現在の姿では窺い知ることはできない。
「はい……!やっと私達と同じ子達を探し出すことができます」
先ほどの狙撃を行った少女がドットサイトを覗いていた表情とは打って変わって、若干綻んだ表情をしていた。
「だが、まだ
「分かっています。ですが、捕まってる子達に希望を見せてもいいのでは……と」
ふむ、と男は呟く。
「検討はしておこう。
少女と、男達は走り出す。CCOで鍛え上げられた足によって、
彼らは一糸乱れぬ、戦うことに迷いが無い動きで突入する。
_モスクワ標準時5月30日午後9時50分頃_
ロシア連邦チェチェン共和国シェルコフスカヤ
凄まじい爆音とともに、銃撃音が鳴り響く。
ヴォスクレセンスコエ南東部の森で、第45独立親衛特殊任務連隊及び第33独立自動車化狙撃旅団第550大隊が接敵し、大規模な交戦へと発展した。
CLF歩兵部隊及びロシア陸軍の両者が察知できなかった不意の遭遇戦であり、混乱が生じた。
混乱が生じたものの、ロシア陸軍は夜間索敵装備に身を包み、暗視装置を身に着けている事から、統率が取れた後の戦闘は有利に進む。
だが、第45独立親衛特殊任務連隊第186分隊等の少女達
「うぐ……!」
「痛い痛い痛いっ……」
弾幕に晒される少女達。
反撃できるのは一握りの勇敢な者のみで、多くは負傷したのにもかかわらず、死の恐怖等によって立ちすくみ、男性隊員によって強引に物陰へと引きずられる始末だった。
戦死者はいなかったが、戦傷者の続出した要因、それはやはり実戦経験不足だった。
通常の戦闘ならば、初の実戦経験者を前線で戦わせることは無く、後方にて補給や警備に当たらせるのが普通だが、今回の
「これが……戦争……」
「これが全てなわけじゃないが、そうだな、常に死と隣り合わせの戦場さ。一つ選択を間違えば命を散らす事になりかねない…戦場さ」
第550大隊の隊員と言葉を交わす第186分隊長のイエヴァ・ロスチヤ軍曹も落ち着いてる様に見えるが、その隊員からは見えない位置にある片手をわずかに震わせていた。
その手を咄嗟に金髪の少女が掴む。
「リリーヤ…?」
「やっぱりイエヴァでも怖がるんだね……私だけと思ってたけど……良かった」
リリーヤは既に掴んだイエヴァの手をぎゅっと握り締め、不安がる彼女はさらに体をイエヴァに密着させる。
「イエヴァが怖いなら、私だって怖い。なんなら、みんな同じだと思う。だから、隠さなくていいと思う……強がりだなんて思うけど、こんな怖さを味わった私達にもう怖いものなんてない。私はそう思いたい」
その言葉を聞いたイエヴァは、突然リリーヤを抱きしめる。
彼女も怖くて仕方が無かったのを、リリーヤの言葉によってさらけ出したのだった。
わずか2秒足らず、短い時間だったが、イエヴァから不安がる表情は消え、安堵した。
「怖いものなんてないっ……だから、私は助ける」
イエヴァは改めてそう誓う。
こうしてロシア連邦軍が各所で行動し作戦を展開している間、海外、特にアメリカ軍も動き始めていた。
_
ギリシャ共和国クレタ
ギリシャ共和国海軍の管理下であり、NATO海軍の指揮下におかれているクレタ海軍基地に2隻のアーレイバーク級駆逐艦が暗闇から港へと姿を表す。
軍港であるため、民間船の出入りはない。そもそもこの時間に出入港する民間船がいるはずもなかった。
タグボートの先導を受け、停泊予定の埠頭へと2隻は誘導され、最後は桟橋へと接続された。
「やっとつきましたな、どうします?半舷上陸許可出しますか?」
艦橋にてそう副長は艦長へと尋ねる。
「いや、いい。もうこんな夜中に外出するバカはいないだろう。明日の朝からだ」
艦長は以前いた夜間外出者のことを思い出し、内心呆れながらも拒否する。
「了解です、では今夜は船内で宿泊となりますか」
「いつものことだろう……まあ飽き飽きしてくるのも理解できなくは無いが」
自分も船内泊には飽き飽きしてきていると実感し、内心苦笑しつつ
"我々は敵の意中の外から突き刺す剣だ、来たるべき時に備えなければ"と自室へと向かいながら思う。
_
イギリス連合王国イースト・オブ・イングランド地方サフォーク州 レイクンヒース空軍基地
ブリテン島南東部にあるこの基地は、イギリス空軍が所有する基地でありながら、在欧アメリカ空軍が運用し、第48戦闘航空団のみが駐留している。
滑走路を淡い朝日が照り付ける中、6機のF-35A戦闘機*13が着陸する。
それらは第48戦闘航空団の機体ではない、
そして、6機の内4機は通常の単座型であり男性パイロット1名ずつが搭乗しているが、残り2機は複座型であり、コクピットから降りて来たのは少女だった。
バージニア州ラングレー空軍基地からレイクンヒース空軍基地まで5時間の飛行の為、点検と整備の為に6機は牽引され、パイロットも休憩へと入るように隊長から命じられる。
「では、私は航空団司令と話してくる。各員は次の飛行までは自由時間とする。無論、基地内のみだ」
オーブリー・バース少佐はそう言い、対Gスーツの上から空軍士官服を纏い、基地司令部へと歩く。
「__というわけで、航空団司令。我々にこの空軍基地での優先権をお願いしますね」
場面は変わり、バース少佐は第48戦闘航空団司令と面会していた。
「既に
「イギリスが行ったブラックバック作戦*14よりはましでしょう?」
「ハハハッ、確かにそうだな。では我々は貴隊が完璧に任務を遂行できるよう、点検に全力を尽くそう。貴官も疲れてるだろう、ゆっくり休んでくれ」
航空団司令は立ち上がり敬礼し、バース少佐もそれに倣う。
その頃、バース少佐以外のパイロットは休憩室にいた。
当然、男女で部屋を分けられており、4人の少女はロッカーと椅子しかない簡素な部屋にいた。
少女達は対Gスーツを着ていたが、それぞれ緩ませたり脱いだりする等、楽な格好をしていた。
「なんか簡素だね……窓もないし」
緑髪ストレートヘアの少女、チェルシー・ウェイン少尉は呟く。
外を見ながら読書するのが好きな彼女にとって、閉塞的な空間はあまり好ましくないと思った。
「でもさ、私達は元々本土にしか居場所が無い
「そもそも私は外なんて見たくないから……外の視線なんて気にしないで話せるほうがいい」
すると、青髪セミロングの少女、マリオン・ペイリー少尉と、茶髪ミディアムの少女、アイリーン・マクニール少尉がそれぞれ答える。
前者はカナダ・ケベック出身とアメリカ出身の両親が生んだハーフで、自身の境遇からネガティブな性格で、後者は黒人差別の激しい州で生まれ育った黒人の少女で、ポジティブなもののやはり外からの視線を気にしてはいた。
そして、その3人が椅子に座っている中、まだ椅子が空いてるのにも関わらず、壁に背中を持たれかけ、スマートフォンを操作している少女がふと口を開く。
「ねぇみんな、あのニュースは見た?」
その橙色ストレートロングの少女、リラ・カヴィル少尉は返答を待たず話し続ける。
「私は許せない……親を殺すばかりか、体を汚すなんて……!」
その言葉にははっきりと怒りが込められていた。
「わ、私もです!!私も……同級生のように平和に暮らしていたのを壊した奴らが……許せないし……なんで助けられなかったのが悔しい……!」
チェルシーは気弱な性格ながらも、なんでもかんでも自分の責任にしてしまう性質があり、今回も自分の責任を感じてしまい、泣き出した。
「チェルシー……私はあなたのせいじゃないと思ってる。それよりも、私達はこんなことを引き起こした奴らを叩き潰すことに専念しよう」
その言葉にチェルシーは涙目ながらも「はい…」と頷き、その他2名も無言で頷く。
ロシア同様アメリカ軍も、CLFが
だが、事態はさらに想定外な事に広がっていく。
※次回予告
チェチェンの真実《5》【蠢動】
ロシア軍が反攻へと歩みを進める中、CLFは驚くべき行動を起こす。
その行動を跳ね返し、反攻への準備はついに整う。