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「……ただいまぁ」
重たい身体を引きずるように部屋に入った空羽は、ソファにダイブすると同時に大きな溜息をひとつ零した。
所謂ブラック企業へと就職してしまったがために、入社から5ヶ月経った今までまともな休みを一日たりとも与えられていない。
平日すら生きていくために必要な睡眠と食事が辛うじてできる程度で、土日も当たり前のように返上して働かされていた。
ゆっくりとした動作でテレビをつけ、録画リストからドラゴンボールを再生すると、画面にはまだ幼い孫悟空の姿が映し出される。
癒やしと呼べるその姿は、空羽の疲れ切った顔に色を戻し、口元には自然と笑みを浮かばせた。
「かわいい。……会いたいなぁ」
しかしポツリと零れた本音に空羽は思わず苦笑せざるを得ない。
アニメの世界の住人に会いたいなど、まだ幼い少年少女ならまだしも成人してしばらく経ったいい大人が情けないうえに恥ずかしすぎる。
そう思って頭を振るが、一度言葉にしてしまった想いはそうそう消えてはくれずに募っていくものだ。
切り替えるように今度は息を吐き出して、食事の支度をするために立ち上がった次の瞬間。
足が地に着かないような感覚にしっかりと立っていられなくなり、自身がどこにいるのかわからないままグルリと世界が反転する。
(あぁ…………)
体が打ち付けられる音をどこか他人事の様に聞きながら、真っ暗な闇へと意識を沈めたのだった。
(あぁ、全身が痛い……)
鉛のように重く動かない体と打ち付けられたような痛みを伴って、ゆっくりと開けた瞳と共に最初に思ったのはたった一つそれだけ。
少し前に意識が朦朧として倒れたことを思い出した空羽は、起き上がれない身体に溜息をつきながら首だけを動かして辺りの様子をみやった。
しかし、自身の部屋とは異なるどこも見覚えのない場所に、ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒し、訳の分からない状況ながら一つの仮説が浮かぶ。
(…………夢ね、これ)
働き過ぎたものと一人納得していると誰かの近づいてくる足音が耳に届いた。
段々大きくなるトタトタと鳴り響く足音に身を固くしたが、次いで聞こえた声に思わず驚きに目を見張る。
(……そんなはず、ないわ)
しかし、現れた姿に言葉を失うとはこういうことなのだと実感させられようとは思わなかった。
目の前に現れたのは、会いたくても会うことの叶わなかった相手、孫悟空その人そっくりなのだから。
暫くの間、お互いに見つめ合うだけの時間が続き、
「おっスッ、オラ悟空!」
しかし相手の発した言葉に泣きそうになりながら、もの凄く手の込んだご褒美だと乾いた笑みを浮かべた。
次いでこれが夢であれ失礼のないようにと、―身体は動かない為仕方ないが―視線を合わせて自身の名前も述べる。
「私は、空羽よ。よろしくね、悟空?」
満面の笑みを返してくれた目の前の悟空(仮)は、どこまでも悟空にそっくりだ。
(……よく出来た夢だわ、本当に。名前も声も姿形までそっくり)
もう直ぐにでも覚めてしまうのだろうか。
寂しい気持ちを抑え込み、最後の一瞬まで惜しむようにゆっくりと瞼を落とす。
しかし、いくら待っても自身が起きるいつもの感覚がやって来ない。
閉じていた瞳をゆっくり開けて、広がった先程と変わらぬ景色に困惑を隠しきれずに瞬きを繰り返した。
「……あぁ! 動けないんか!!」
空羽が一人考え込んでいた間に、悟空は何を思ったのかつかつかとあっという間に距離を詰め、かかっていた布団を剥ぎ取ると横抱きに空羽を抱き上げる。
ピシリと突然の出来事に固まった空羽は、その間に部屋から部屋へと運び出され背もたれのある椅子へと降ろされた。
目の前に広がる美味しそうな料理の数々に鼻をくすぶる良い匂い、そして優しげに微笑んだ老人。
空羽はとうとう認めざるを得なかった。
ここが、憧れ行きたいと願ったドラゴンボールの世界なのだと。
そして、何の効果か年齢が物凄く若返っているという不思議な状態だという事を。
老人改め、孫悟飯によると空羽は突然何も無かった空間からこの孫家に落ちてきたのだという。
そんな訳の分からない話を聞いて混乱していた事、何より不思議なくらい落ち着くこの空気感も相まって、空羽は淡々と今までの事とこの世界の未来を知ってることを洗いざらい話していて……。
理解できずに首を傾げる悟空に、全てを悟ったように笑みを湛える悟飯の姿に、本当にドラゴンボールの世界に来ているのだなぁと、自身の失態には目をつむりどこか他人事の様に思いながらも黙々と食事を続けた。
ご馳走様でしたと手を合わせる頃には、お腹に物が入ったこともあって随分と気分が落ち着いていた。
そうなると次に考えなければいけないのは今後の生活と言うことになる。
金銭面に関しては―どういう経緯かということを置いておけば―幸いなことに、元いた世界の貯金がこちらの世界のお金として使えるようになっていたため問題ない。
問題は年齢的に一人暮らしが出来る物件を紹介して貰えるとは思えないうえ、完全な一般人である空羽がこの近辺に暮らすのはアニメを見る限り戦闘力的な面で難しかった。
顔に出すことなく一連の結論を出した空羽がお世話になりましたと口にするよりも早く
「そんなに難しく考えずとも、ここに住めばいい。幸い、部屋も余っておる」
先ほどからずっと崩れぬ笑みを湛えたまま悟飯にさらりとこともなげに言い放たれてしまい、先手を取られた事に加え考えが洩れていた事に混乱のまま目を見開いて固まる。
(……幼さが社会人の私を上回っているのね。ポーカーフェイスだけは唯一褒められた特技だったのに…………)
ただ悟飯が空羽の纏う雰囲気から感じ取っただけだったが、アニメや漫画で知識として理解はしていても実際に経験のない空羽には分かるはずもない。
悩みに悩んだ末、うーっと唸り声を上げながらも頭を下げる。
「……………お世話になります」
悟飯が悟空に新しい家族だよと説明するのを後目に、空羽はどうせ直ぐに目覚めるだろうとつかの間の夢を楽しむことに決めるのだった。
悟飯さんの口調が迷子…
悟空が初恋だけど、もうアニメ見てたの結構前だから記憶が……
ちゃんと見直したら修正入れます