一向に目覚める気配のない空羽は、あの日から早いことで五年の月日を孫家の一員として過ごしていた。
薄々感じてはいたが、おそらくあの日に向こうの世界での空羽は死んでしまったのだろう。
(本当に、私は何なのだろう……)
陽射しの眩しさに目を細めながら、空羽は小さく溜息を零した。
二年前、祖父となった孫悟飯は大猿になった悟空から空羽を護った事で、踏みつぶされ命を落としてしまった。
原作通り亡命してしまった事実は残るが理由が違う上、そもそも男女の違いを知らない悟空のいる未来はもう来ない。
そのうえ原作には登場しない【孫空羽】という自分自身の存在がある。
そんな原作とのズレが何処でどのように影響を及ぼしてしまうのか、正直空羽は今から気が気でなかった。
「……悟空、今日もありがとう。でもその魚、家の中に入れないでね」
洗濯物を干し終えると同時に、巨大な魚を肩に担いだ悟空が修行から戻ってくる。
最初はサイズ感にドギマギしたものの数ヶ月もしないうちに―感覚がマヒしたとも言うが―慣れ、今では包丁一本で一分もあれば捌けるまでに成長した。
しかし料理のバリエーションも減ってきたのでそろそろ街へでて料理の研究をしたいと、最近では考えているのだが一人で行くには如何せん戦闘力が足りない。
形見のドラゴンボールに手を合わせ手洗いを済ませた悟空が、お皿を運ぶためにこちらに来てくれたのを気配で感じ取った空羽はなんとはなしに口にしてみようとしてはたと止める。
(そういえば、そろそろ原作始まるんじゃ……)
大切なことをすっかり忘れていた空羽は、内心パニックになりながらもいつもと変わらぬ顔で悟空に笑いかけるのだった。
ブルマを引き連れて悟空が帰って来たのは、それから二週間後のこと。
普段よりも凄い勢いで帰って来た悟空に何事かと問えば、妖怪が術がと言葉にならない言葉と身振り手振りで説明してくれるが、空羽はひとまず首を傾げる。
残念ながら何のことか分からず、しかしそう言えばとポンッと軽く肩に手をおいて緩く微笑むと、取り敢えずと口を開いた。
「……悟空、まずは深呼吸して。後、手洗いすましておいで」
従順に言われたまま行動に移した悟空を見送って、ひとまずパニックになってもしっかりともってきた魚を彼女が来るよりも早く捌ききる。
下処理を終えた頃、落ち着きを取り戻した悟空と前方から人影が見えたのはほぼ同時。
拭いきれない不安と彼の活躍の場への期待が一気に形となって押し寄せてくる。
そこにはやはりというべきか、予想通りの人物が立っていた。
向こうは空羽を見て言葉が通じると理解したのであろう。
自己紹介と挨拶から始まり、こういう玉を探していると見本を見せてくれた。
物語が目の前で動いているその事実ににやけそうになる口角を必死で押さえながら、その球ならと言葉を濁しつつとりあえず家に上げる。
すると入った途端に、悟飯の代わりと置いてあった形見の四つの星の入ったオレンジの球にひっついた。
それを素早く奪い返した悟空の頭を撫でながら、少し呆れた顔のまま空羽は口を開く。
「…えっと、とりあえず詳しい話を聞かせてくださいますか。それと、お腹空いていませんか」
「つまり、ブルマはこのドラゴンボールを探している旅の途中ってことでいいの?」
実際は知っているとも言えず、ご飯を食べながら詳しい話を聞いた。
もちろんその球がほしいといわれたが拒否し、悟空が死守している。
「…それなら悟空を旅に同行させてもらえないかしら?ついでに私も街まで連れて行って欲しいけど」
暫く物思いに耽り、名案をひらめいたというように空羽は少し大袈裟に言って見せた。
この後の展開が大きく変わってしまうことは避けたいし、かといって出しゃばりすぎるのも良くないと空羽が考え出した―何とか原作に沿おうとした―結果だ。
そんな空羽の提案にいち早く声を上げたのはなぜか悟空だった。
「それって空羽は一緒にこねぇってことか?だったらオラいかねぞ」
少し上目遣い気味に尋ねてくる悟空の可愛さに、ノックアウトされかけたのは言うまでもない。
ここ数年でお互い少しばかりブラシスコンになった気がするのは気のせいじゃないだろう。
もちろんそれは見ないフリであるが。
悟空にばれないように悶える空羽に、どこか冷たい呆れた視線がブルマから送られたがスルーすることにする。
「えっと、じゃあ。私と悟空も旅に同行させてもらえないかしら?」
そんな視線を払うようにコホンとひとつ咳払いをしてから再度言葉を重ねた。
ブルマは唸りながら顔を百面相させて考え込んでいるが、大体何を考えているかが筒抜けでむしろこちらが申し訳なく思っていると、気を取り直したように空羽達に向かって肯定の返事を返す。
かくして、ブルマと孫家姉弟の冒険が幕を開ける。
――はずだったが、日が暮れてきてしまい明日ということになったのだった。