【完結】Fate/stay night -錬鉄の絆-   作:炎の剣製

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第001話 『プロローグ』

…私の最初の記憶の始まりは突如として燃え上がる大地、一面の焼け野原……

そう、私の慣れ親しんだ町が一瞬にして地獄の業火という名にふさわしい大火災に飲まれてしまった。

見渡す限り廃墟、廃墟、廃墟……人であったものも今では黒い固まりに成り果てている。

さながら映画のワンシーンのようで、もしかしたらこれはなにかの撮影かもしれないとまで思った。

だけど、それは私の周りから次々と聞こえてくる怨嗟や悲願の声で現実だと認識することしかできなかった。

私はその声に反応できても助けることが出来ない……なんて、無力。

だからその声が聞こえてきても私は素通りすることしかできなかった。

そして次第にその声達は聞こえてこなくなって、

 

『ああ、この人も死んじゃったんだ……』

 

と、いうことしか考えられなかった。

私もいつかあの人達と一緒になるんだ、と心の片隅で考えたけど、すぐに否定した。

私は生きなければいけない。

それは最初に私のことを助けてくれた、代わりに炎に飲まれてしまった兄さんと呼んでいた人との約束、

 

『お前だけでも生きて……幸せになって……!』

 

その言葉だけを胸に秘めて、兄さんのためにも、生き延びたのだから生きなければと重い足を動かした。

だけど、それもどうやら限界のようで私はとうとう仰向けになって空を見上げた。

そこで目にしたのは黒い太陽……それが、なにかはわからないけど、とても恐ろしいものだと思った。

でももう自分という自分は尽く壊され、ただ死を待つばかりだったので私は気にすることもなかった。

だけど、そこで足音が聞こえて、

 

「生きて、生きていてくれているんだね……ああッ!」

 

どうやら男性のようだったらしいけど、私はそこで今まで保っていた意識をとうとう手放した。

 

 

 

 

 

 

次に眼を覚ましたのは真っ白な天井がある一室。

体中には包帯が巻かれていて少し呆然としていたが意識が完全に目覚める前に、

 

「先生! 女の子が眼を覚ましました!」

 

看護婦らしい女性が涙を流しながら受話器を片手に私の元へと駆け寄ってきた。

 

「私……助かったんですか?」

「そうよ。でもよかったわ。二日は昏睡していたからもう目を覚まさないかと思ったのよ。それよりお嬢ちゃん、一つ聞いてもいいかな?」

「…なんですか?」

 

ふと、気づいたんだけど看護婦さんはさっきの笑顔とは一転して表情に影ができていた。

それで、なにか言おうとしているのだろう。言葉を濁しているようだが決心した顔になって、

 

「自分のお名前、わかるかな?」

「え?」

 

私は一瞬、何を言っているのかわからなかった。だって自分の名前なんて誰だって……

でも、

 

「あ、れ……? わからない…」

「そう、なの。それじゃ他にはなにかわからないことはないかな?」

 

看護婦さんが必死な目をして問いかけてくるので私は必死になって思い出そうとしたんだけれど、まったくなにも思い出せない。

いや、まったくというわけではない。一つだけ、助けてくれた兄の『■■』という名だけは覚えていた。

そのことを伝えると看護婦さんは沈黙してしまった。

なんでそんな悲しそうな顔をするんだろう?

そうこうしているうちに後からやってきた先生に看護婦さんは私の言ったことを伝えた後、涙を流しながら病室を出て行った。

それから先生に色々教えてもらった。

私はどうやら記憶喪失なのだという。

そしてあの大火災での数少ない生き残りだとも。

それを教えてもらったときの私は薄情なのかもしれないけど、特に絶望とか喪失感といった、そんな感情はいっさい浮かんでこなかった。

ただ、「そうなんですか…」と相槌を打つだけだった。

 

 

 

それから数日、私は個室のベッドの上でただ外を眺めていることしかしていなかった。

だって、何もする気が起きなかったから。

名前もわからなかったためか病院内を時たまに検査で出歩いても『お嬢ちゃん』としか呼ばれることはなかった。

ただ、腰まである赤髪が目立ったのか“赤毛のお嬢ちゃん”と次第に呼ばれるようになっていた。

 

 

 

ふとした日に扉がノックされいつもの先生なのだと思って「はーい」と招き入れるとその人は先生ではなかった。

ぼさぼさとした髪に乱れたしわくちゃな背広を着た男の人だった。

 

「やあ。君が……えっと」

「あ、大丈夫です。名前がないのは特に気にしていませんから。それよりおじさんは誰ですか?」

「お、おじさん…」

 

あ、なにか傷ついているみたい。おじさんは悪かったかな?

だけど男の人はすぐに立ち直ってこちらに顔を向けてきた。

思えばあの時に聞こえた声の人だった。

 

「率直に聞くけど、このまま孤児院に預けられるのと、初めて会った僕―――おじさんに引き取られるのと、君はどっちがいいかな?」

 

おじさんは自分を引き取ってもいい、と言う。

親戚なのかも思い出せないから一応聞いてみたが、紛れもなく赤の他人と返された。

第一印象からして少し頼りなさそうな感はしたけど、孤児院とおじさん、どちらも知らないことに変わりはない。

だから、それならと思っておじさんについていくと私は返事を返した。

 

「そうか、なら善は急げ。早く身支度を済ませちゃおう。新しい家に一日でも早く慣れなきゃいけないからね」

 

それから、おじさんは慌しく私の少ない荷物をまとめだした。

しかし、その手際は子供だった私から見ても決していいものではなかった。

私も手伝うと言ったが「大丈夫」の一言で片付けられて結局最後まで一人で荷物をまとめてしまった。

そして荷物を持って部屋から出る前におじさんは立ち止まって、

 

「おっと、大切な事を言い忘れていたね。うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないことがある」

「なに、おじさん?」

「僕はね、魔法使いなんだ」

 

おじさんは私に向かって真剣で、だけどどこか砕けた表情をしながらそんなことを言ってきた。

 

「わぁ、おじさんすごいね!」

 

私は冗談を言っているのかもと思ったけど本当だったらすごいな、と思って率直にそんな言葉をいった。

 

「そうだろう?と、そうだ。それより紹介がまだだったね。僕の名前は衛宮切嗣。

そして君の名前だけど、勝手だとは思うけど君のお兄さんから取らせて考えさせてもらったんだけど、いいかな?」

 

私はとくに否定はしなかった。

兄さんの名は私にとって唯一の思い出。

それを少しでも名乗れるのはある意味誇りでもある。

そして、それどころか真剣に私の名前を考えていてくれた切嗣さんに感謝したいくらいだった。

 

「それで名前なんだけど、お兄さんの名前を少し変えて女の子らしく『志郎(しろ)』ってしたんだけど、どうだい?」

「シロ、しろ、志郎(しろ)……うん! ありがとう切嗣さん!」

「よかった。気に入ってもらえて。正直不安だったんだよ」

「ううん。いいの。これで兄さんといつまでも一緒にいられるから」

 

私は多分、今は満面の笑みを浮かべているんだろう。

自分でも顔がほころんでいるのがわかる気がする。

だけど切嗣さんはどうしたんだろう?急に顔を赤くしている。

 

「志郎…それは、その笑顔はあまり他人に見せない方がいいよ?」

「どうして?」

「いや、わからないなら別にいいんだ。さ、それじゃ今日から君は『衛宮志郎(しろ)』で僕の娘だよ」

「うん、お父さん!」

「ぐはぁ……!」

 

だから、どうしたんだろう? 今度は頭を抑えている。

それから私とお父さんは大きな武家屋敷で暮らすことになった。

最初は大きくて広いお屋敷だと思ったけど、一ヶ月もすれば住めば都というように勝手知ったる我が家のようになにがどこにおいてあるのか把握した。

そしてお父さんになんで魔法使いなの?と聞いてみたらまるでしまったという表情になり、

 

「ほんとはね、僕は魔術師っていうんだ」

「そうなの。ね、それって私でも使えるの?」

「え……そ、そうだね。でも魔術師になるってことは常に死と隣り合わせの世界に入るという事だよ?」

 

 

と、いって最初は断られたが、私もお父さんのように人を助けられるような人になりたいといって何度も頼み込んだ。

そしてとうとうお父さんは「負けた」といって、私に魔術を教えてくれるようになった。

最初は魔術回路(マジックサーキット)の回路生成。これは魔術を習い始めた初日に難なくクリアして、自身の属性などを身に付けていった。

1年ほど魔術の訓練に時間を費やし、私の属性が解明される。

お父さんが言うには私の魔術は剣に特化したもので決して魔術師にはなれないそうだ。

だけど、頭の中にあるイメージと基礎的な知識から回路は全部開いていないことに気づいてお父さんに問いただしてみたところ、

 

 

「基礎的な知識とイメージだけでもう気づくとは。すごいね、志郎は」

「あー! やっぱし! 私には中途半端に教えるつもりだったんでしょ!? 私は騙されないんだからね!」

「…はー、志郎は頭がまわるんだね。しかたがない、でもほんとうにいいのかい?」

「うん。それにお父さんは内緒にしているみたいだけど……お父さんの部屋に隠されている銃火器、これも私を魔術師にしたくない一つの理由なんでしょ?」

「志郎!? どうしてそれを…!」

「私の使える四つの魔術には解析が含まれているのは知っているでしょ?

それでつい最近私の魔術回路の調子を調べてみたら本当は1本だけじゃなくて最高27本はあることがわかったの。

そしてさっきいったことはたまたまお父さんの部屋を解析したからわかったことなの」

「27本も!? それに、そうか…ばれちゃったのか」

「お父さん…なにを隠しているの? 私には真実を教えてくれないの?」

「しかし、すべてを知ると志郎は本当に後戻りできなくなるんだよ? それでもいいのかい?」

「ええ。覚悟は出来ているわ」

 

 

そして、お父さんは渋々ながらすべてを話してくれた。

あの大火災の真実。

聖杯戦争。

聖杯の中身。

英霊と呼ばれるサーヴァント。

令呪。

御三家のアインツベルン、遠坂、マキリ(間桐)。

娘のこと。

自身が聖杯の泥によって死の病にかかっていること。

私の体には私を助けるために彼のアーサー王の聖剣の鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』が埋め込まれたこと。

そして、お父さんの目指していた『正義の味方』の本当の素顔。

 

………私は、様々な知識を頭で並べるように記憶した。

 

 

「……驚いただろう? 僕は正義の味方を目指しながらも、その実、魔術師殺しとまで言われるようになった人殺しなんだ。それに志郎のお兄さん達を殺してしまった原因も……」

 

お父さんは後悔するように顔を両手で覆い今にも泣き出しそうな顔をしていた。

まだ小さい私にはお父さんのすべては理解できないかもしれない。だからどんな言葉をかければいいかわからない。

だから、私は言葉の代わりに精一杯お父さんの顔を胸に抱きついた。

そしてお父さんはその場でまるで懺悔するかのように泣き続けた。

 

 

………

……

 

 

しばらくしてお父さんは泣き止み、

 

「…はは、恥ずかしいところを見せたね」

「ううん、いいの。でもそれなら余計私は魔術を習わなくちゃ!」

「…え? どうしてそういう結論に至るんだい?」

「だって、私が強くならなくちゃお父さんの本当の子供、年にするとお姉さんを助けることが出来ないでしょ?」

「え、で、でも…とっても危険なことなんだよ! もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?」

「平気よ。私には兄さんとの約束があるから。必ず生きて幸せになるって…それにさっきのことで私も正義の味方になるって」

「それは…」

「うん。わかってる…すべてを救うことができなかったからお父さんは聖杯にまで願おうとしたんでしょ?

でも、正義の味方は決して一つじゃないでしょ?

私はお父さんの『すべてを救う正義の味方』はきっと継げそうもないから、かわりに『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』になるわ!」

「は、ははは……! 志郎は本当に僕を驚かすことをたくさん言ってくれるね。

そうか、『大事な、大切な人達を護れる正義の味方』……それなら実現できるかもしれないね。

僕も、それに早く気づいていれば…いや、もう過ぎたことをいってもしょうがないね。それじゃ志郎、僕も覚悟を決めたよ!」

「うん!…それとね、私はお父さんのことは恨んでいないからね。それどころか大好き!」

 

 

笑顔を浮かべて私は抱きついたらお父さんはなぜか倒れてしまった。理由はわからなかった。

それからお父さんは率先して私に魔術を教えてくれるようになり回路もすべて開いてもらって、

魔術鍛錬と同時に戦闘訓練で体を鍛えることも怠らずにやった。

戦略や銃火器類の使い方も教えてもらったのは、まぁ傭兵家業だと知ってからだ。

そして私の投影は本来ありえないものだということに気づいたお父さんは「志郎は投影魔術師なんだよ」と教えてもらい、学校が休みになれば一緒に世界も旅するようになった。主に刀剣巡りがほとんどだったけどとても充実した毎日だった。

 

 

 

 

 

……そして五年後のある月が綺麗な夜のこと、

お父さんは布団に横になり辛そうな顔をしていた。

 

「お父さん…」

「うん、もう駄目みたいだね…自分の体は一番自分がわかっているから。…ごめんね、志郎。君にはとても重いものを背負わせてしまって…」

「いいの。私はきっと後悔しないから。きっと姉さんも助けるからね」

「ありがとう、志郎…僕は志郎と過ごしたこの数年、後悔や懺悔もあったけど、同時にとても楽しかったよ。

だから僕のいくつか最後のお願いだけど、いいかな?」

「うん…」

 

お父さんはもうまともに動かない体を起こしたので私は咄嗟に支えてあげた。

 

「まず、無茶はしちゃ駄目だよ?」

「うん、わかっているわ」

「そして決して挫折しちゃいけないよ。僕のようになっては駄目だよ…」

「うん…」

「最後に…」

 

お父さんはそこで一度言葉を切って、

 

「笑っていてくれ、志郎…志郎は笑顔が一番似合うから」

 

そういってお父さんは私の頬を、目じりを拭ってくれた。そこで私は初めて泣いていることに気づいた。

私はすぐに涙を腕でゴシゴシとふいて笑顔をお父さんに向けた。

 

「うん、やっぱり志郎は笑顔が似合っているね…幸せになるんだよ、志郎…」

「うん…っ!」

「…ああ、安心した…」

 

ただそれきり、お父さんは最後に幸せそうな顔をしながらその生涯に幕を閉じた…。

 

 

 


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