(な。なんでだ)
555は自分の不可解な行動に理解が出来ないでいた。
クリムゾンスマッシュを放った、その時。
ーーー精霊の、あまりに悲しそうな顔が見えてしまった。
瞬間、左足を右足に引っ掛け強引に着地地点をズラして瓦礫の山へと突っ込んだ。
そのまま大量の砂煙と瓦礫で上空の部隊からは精霊が視認出来なくなる。
「…逃げろ!!」
本能のまま、訳の分からないセリフが口から出てくる。
その直後、瓦礫の山が志道自身に降り注ぎ、激突する。
「ガハッ…!」
脳天、背中、足に大きな瓦礫を喰らい、変身も解除された志道はそのまま瓦礫の下で意識を失った。
なんとも自業自得である。
「…天国にしちゃ殺風景だな」
起き上がっての第一声がそれだった。
保健室のような白いベット。巻かれた包帯。そして。
「…起きたかね?シン」
目の下のクマが異様で、デカい谷間丸出しの服着て、側に座ってた知らない女がいた。
「…あんたがここに運んだんすか」
「私、というよりここのトップが空間震跡地のど真ん中で君を発見してね」
「…アンタら精霊となんか関係してる人達なんですか」
あんな跡地にすぐ来るのは、そういう人達だろう。もしくは先程見かけたパワードスーツの精霊討伐部隊らしい人達のトップとやらだろうか。
「ああ、君にはこれから話そうと思ってた。調子が良いなら付いてきてくれ」
女は立ち上がり、部屋のドアを開けた。
「…質問が3つある。答えてくれるなら付いていく」
「わかった」
女は再び志道の方を向いた。
「まず一つ。近くに女子生徒が倒れていなかったか?俺の高校の同級生だ」
「…少なくとも、我々が来た時にはもう姿を消していたね」
志道はほんの少しだけ安堵した。とんだ変態だったが死なれたら目覚めは悪い。
「次に。俺が腰に巻いていたベルト一式はどうした?」
「…何の為の物かは不明だがちゃんと回収してあるよ。ベットの下だ」
その返事を聞いて、志道はベットの下を見た。…確かにトランクがある。ベットから降りてトランクを取り、蓋をあける。ベルト、携帯、懐中電灯、カメラ。確かに抜けはない。
「ベルト以外はスマートブレイン製の家電だね。シン、君はセールスマンなのかい?」
「生憎サラリーマンは世界一向いてない人種だと自負してる。これは女子生徒からの借り物だ。ありがとう。…そして、最後の質問」
志道はためて、こう口にした。
「…シンって何だ」
「乙河志道だからシンだが」
「…1文字だけだろ。それと呼び捨ては嫌いだ」
「では、シンくんと呼ぼう。ああそう、私の名前は村雨令奈だ」
「…好きにしてくれ」
志道はしぶしぶトランクを持って立ち上がった。
「遅かったわね志道、頭打ってノロマの亀になったのかしら?」
「…中二病にしちゃはスケールがデカいな」
巨大空中戦艦、フラクシナスの司令室に通され、普段と全然違う口調の義妹を前に志道はそう返すしかなかった。司令室はまるでアニメでしか見ないようなコンピューターやパネルまみれであり数人の胡散臭い人達が集合していた。それだけで志道は息苦しかった。
気をまぎわらそうと志道はスカイツリーの床みたいな透けた地面を見る。真下には、ファミレスがあった。…こんなオチかよと志道はさらに息がつまる気分になった。
「で、お兄ちゃんとしてはこんな怪しいお友達紹介されても困るんだが?」
「はあ。これだから愚兄は。しょうがないわね家族だし許してあげるわ、ようこそ『精霊保護管理人類守護組織・ラタトスク』へ」
「志道ですら、この天空市を中心に世界各国に空間震が多発しその現場にはいつも精霊が現れていることぐらい知ってるわよね?私達はその精霊を『保護』、『管理』し人類を守る事を目的とした組織なの」
琴理がくどくどと説明を始め、志道ははいはいと適当に聞いていた。
人間の女の形をしており、空間震と共に現れる「精霊」。公的にはその存在は秘匿されているものの、このインターネット社会では情報規制など役に立たず暗黙の了解として国民は精霊を認知していた。汚れた世界を作り変える為に神から遣わされた巫女なんて言って担ぎ上げるカルト教団もあるらしい。
確認された精霊の種類は未公開だが、少なくとも違う個体がいる事も国民では常識だった。
「まあ組織が完成したのはまだ半年前だけど、ついに志道を我が組織に迎え入れる事で完成するプロジェクトがあるのよ」
「…俺を?」
志道は嫌な予感がした。この妹が兄に頼み事をする時は碌なもんじゃない。夏休みの宿題3分の2を最終日にやらされた時はさすがに殺意が芽生えた。
「ええ、『志道×精霊恋愛計画』は今この瞬間からスタートするのよ!!!!」
「はあ?」
思わず言ってしまった。
「つまり、志道。貴方にはラタトスクの解析により精霊の霊力を封印出来る特異体質である事が判明したの。そして精霊は精神を安定、陽の感情を表に出しておくと力が暴走する事はない。なので安定している霊力を封印すれば精霊は無害になる。そして…現在確認されている精霊は全員人間の女性型。精神を陽の方向に安定させるなら恋愛が一番!なので志道、貴方にはこれから精霊を会っては落とし会ってはメロメロにさせるプレイボーイ数股ゲス男になってもらうわ!」
「お前…身も蓋もないな」
志道は死んだ目で琴理の解説を聞いていた。
「そもそも恋愛に拘る必要があるのか?その理屈だと数が増えるほど精神が不安定になる可能性が高いと思うんだが」
「その辺は頑張りなさい、そもそもキス、もとい性行為などの粘膜接触しないと封印出来ないのよ、恋愛以外に方法はないの」
「…………」
志道は何だこの男に人権を与えないミッションは、と心底うんざりした。
「というわけで志道、明日から女子攻略の特訓を始めるわよ!!精霊を救うために命かけなさい!!デートして、デレさせるのよ!!!」
「やだね」
志道はそれだけの返事を返す。
「…は?」
琴理は思わず腰を抜かしかけた。
「な、なんでよ!あの精霊の子が殺されてもいいって言うの!私達は保護出来ない場合は容赦なくあの子…『プリンセス』を殺すわよ!」
琴理はモニターに映った精霊を指差す。
それは先程の空間震の一部を切り取った画像であり、555こそ映っていなかったもののコードネームno.10『プリンセス』と呼ばれる少女の形をした精霊が写っていた。
それを一目見ると、志道は吐き捨てるように反論する。
「自業自得だろ。空間震で何人死んでると思ってんだ。だいたい口説くとか馬鹿らしい。見た目は可憐でも中身は殺戮しか求めてねえぜ」
「なんでそんな事分かるのよ」
「会ったからだ。話はそれだけか?今日の飯はボルシチな」
志道はファイズギアのトランクを持って、そのまま司令室を後にしようとした。
「…何よ。おにーちゃんの馬鹿っ!!私は助けたくせにあの子は助けないの!!!」
「……」
返す言葉もなく、司令室から志道は出て行った。
志道には答える資格はない。
彼は妹を守ってなどいない。
ただ。
彼の目の前から消えなかった、たった一つの存在が妹だっただけだ。
フラクシナスから降ろしてもらった彼はその足でスーパーに行き、夕飯の材料を適当に買い自宅への帰路についていた。辺りには誰もいない。
琴理と顔を合わせるのすら気まずい上、嫌なことを思い出して志道の内心はぐちゃぐちゃだ。
(明日トランクを返して忘れよう、それでいい、いいんだ)
トランクを持つ左手が震えた。それで終わる、終わるのだ。
志道は13年前と同じぐらい同様を隠せなかった。
5歳の自分の目の前から、全てが消えたあの日がフラッシュバックする。
だから、気がつくのが遅れた。
『隊長、なんとびっくり、こんな道端でトランク持った奴見つけやしたぜ、奪っちゃってもいいですかい?』
『ええ、トランクは回収して下さい。泳がせるべきとボスは言いましたがそれは我々が目をつけたオルフェノクにやらせるべきです、トランクを確保したら再度連絡を』
『オーケー』
志道の背に、3本の爪が伸びた。
「…っ!?」
踏み込んだ足音でようやく気配に気がついた志道は、とっさに横に転がって爪から逃れた。
「おっと、よく転がるで、空気パンパンのタイヤかいな?」
右腕が灰色の怪物のようになっている男はヘラヘラと笑みを崩さない。
「…なんだ、化け物」
「ん?キミィこれ見て取り乱さないん?さすが一応ベルト持っとるだけあって肝っ玉はあるんやね」
「…これが狙いか」
志道は買い物袋を置き、トランクを両手で抱え込んだ。
「そうそう、大人しく渡してくれるんやったら命だけで勘弁したるで?運が良ければ生き返れるんやわ!…断ったら、身体中ぜーんぶぶっ壊して無残なオブジェにしたるわ」
そう言って男は、全身を灰色の怪物に変化させた。
彼のもう一つの姿、パンサーオルフェノク。
……自らを人類の進化種と呼ぶ、異形の存在である者達。
彼らは自身をこう呼ぶ。
『オルフェノク』と。
パンサーオルフェノクが右腕の鋭い爪で全力で志道の心臓を切り裂こうと懐に飛び込んでくる。
志道はなんとかその攻撃を必死で地面を転がり回りながらギリギリで避けていた。
「オラオラ、やんちゃな子やな!」
パンサーオルフェノクは更におかしそうに爪を振り回す。
「…ッオラッ!欲しけりゃやるよ!」
痺れを切らした志道は、トランクの中身を開け、なんとベルトをパンサーオルフェノクへと投げ渡した。
「なぬう!?」
さすがに予想外だったため咄嗟に爪を引っ込めるために人間の姿に彼は戻り、ベルトをキャッチした。
その時。
スキが出来たと志道は全力で飛び蹴りを彼の股にかました。
「ガハッ!?」
ふらついて体制を崩した彼の手からベルトを奪い取り、腰に巻きつける。
そして手に持っていた携帯、ファイズフォンを開き『555』と入力、エンターを押し高くフォンを掲げた。
「変身!」
そのままベルトにファイズフォンを装填し、志道は変身した。
変身が完了した555は、目の下辺りを親指でこすりつけた。
これは喧嘩した時の志道の癖だ。彼は中学時代に散々荒れていて、喧嘩は絶えなかったのだ。
「…テメエ!」
パンサーオルフェノクに再び変身した男は、大きく飛び上がり爪を回転させて落ちてくる。
「ハアッ!」
555は怯むことなく落ちてきたパンサーオルフェノクの顔面を狙って右ストレートを放った。
結果、555の左手に爪が掠ったが右ストレートはパンサーオルフェノクの顔面にしっかり命中した。
地面に転がるパンサーオルフェノクに555は左手を少し抑えながら猛追を開始する。
右足で思い切り蹴り飛ばし、ガードレールに激突。
更にもう一度顔面を蹴り、そのまま胸ぐらを掴んで何度も殴る。
「…ガハッア!」
パンサーオルフェノクは根性で振りほどき、555に頭突きをかました。
「!」
頭の怪我に響き、ふらつく555を更に爪で切りつけた。
「ぐあああ!」
今度ば555が逆側のガードレールまで吹っ飛ばされた。
「がっ……!」
何とか立ち上がろうとするも頭がぐらつく。
それを好機とパンサーオルフェノクはまっしぐらに555へと向かっていった。
555はまずい、と一瞬ベルトに恨みを向けた。
その時、左のカメラが目に入った。
(…説明書に書いてあったな!)
すぐさまカメラ、ファイズショットを取り出し、フォンからミッションメモリーを外してカメラに装填、素早くエンターを押した。
『Exceed Charge』
グランインパクト。
クリムゾンスマッシュと共に、555の必殺技だ。
555は目一杯体を低くして、パンサーオルフェノクの懐に飛び込んだ。
「ダラァ!!!」
爪よりもギリギリ、ファイズショットがパンサーオルフェノクの腹を貫くのが早かった。