「でぇと、とは?」
「楽しい事だよ、多分な。ついてこい」
いい加減な答えを返して志道は歩き出す。
「あ、待て!」
『プリンセス』も困惑のまま後を追った。
そのまま多少森の中を歩いた所で、志道の足が不意に止まる。
振り向き『プリンセス』の目を見つめながらこう言った。
「おい」
「なんだ」
「お前の事、なんて呼べばいいんだ」
『プリンセス』なんて名前はこちらが勝手につけた識別名だ。
それで呼ぶのも忍びない。
「名、か。そんなものはない」
精霊は淡々とそう告げる。
「そうか、ならやっぱり『プリンセス』…あー、駄目だこっちがこっ恥ずかしい。考えるか」
志道はそこら辺の岩に座り、珍しく他人の為に頭を働かせる。
が、これっぽっちもアイデアなど出ない。
「…ペットも飼った事ない人間にはハードル高えな」
こいつに相応しい名前が残念ながら志道のボギャブラリーにはない。
何か検索してみるか?とスマホを取り出した。
「む、なんだそれは?」
「あ?あー、お金を払えば使える魔法の板だ」
「お、かね?」
「そこからかよ。要は便利な物を上げるから別の物をよこせって事だよ。んでお互いにとって必要の重要さは同じぐらい。等価交換、とでも言う、な……」
幼稚園の先生のような解説をしながら、志道はハッと何かに閃いた。
「…ちょっともじってこれでいいか」
「何がだ?」
『プリンセス』が疑問を顔に出して聞いてくる。
「お前の名前だ。「トオカ」。漢字は…後で考える、俺はそう呼ぶ」
志道がそう言うと、『プリンセス』は「トオカ…トオ、カ………」と名前を反復していた。
「それじゃあトウカ。デートだ」
女のエスコートなんざ一生する事はねえと思ったがな、と志道は心の中でぼやきながら街の方へと歩いていく。
「ま、待つのだ!おま、お前の名前は!?」
『プリンセス』、いや『トオカ』が慌てた様子でそう聞いた。
「志道。それでいいだろ」
今度は振り向きもせず志道は答えた。
「…シドーか」
思わず言葉が漏れる。
トオカは訳の分からぬまま、胸に宿る気持ちに従って志道の後を歩いた。
「シドー」
「なんだ」
「デート、とはこんなにも舌が踊る物だったのだな…!」
「せやなあはいはい」
志道は冷や汗と共に適当な返事をかました。理由としては、とりあえずなんかデートっつたら喫茶店だろと言う童貞の貧困知識で入った店のメニューをトオカは今、この時点で全制覇しようとしていたからだ。
このビューティーな面構えで胃袋はカー○ィかよ…と志道は人は見た目で判断出来ないと改めて思った。人じゃないが。
だが、志道は止める気にもならなかった。なぜなら。
「ん〜〜〜〜!」
…目の前の馬鹿みたいに飯を頬張る精霊を、もう少し眺めていたかったからである。
(でもそろそろだな)
店員の笑顔がドン引きで崩れかけてるし盗撮者も現れそうだ。
「おい、そろそろ行くぞ」
「む、何故だ?私はずっとここでいいぞ?」
「…それ以上食べると困る人がいるんだよ、またメカメカ団が来ちゃうぞ」
「そ、それは困る!早く行こう!」
「まあ待て、お金ってシステムを見せてやる」
志道はレジに向かい、クッソ長い伝票を出した。
「ご、合計23万6478円になります…」
店員さんは震える声で言った。
「領収書、ラタトスクでお願いします」
志道は堂々とした声で言った。
2人は町中の飲食店をしらみつぶしに回り、全メニューを食い尽くす旅に出ることにした。
ハンバーガー、カレースタンド、ファミレス、ラーメン屋、etc……。トオカの胃袋はどんどん食い物を飲み込んでいった。
「なあトオカ、一つ言いたいことがある」
「なんふぁしょれ、もぐっ、くちゅ、んっ、は?」
「食べ方が汚いぞ、もっとこう…感謝の念を一足一刀に込めろ」
「分かった、次のミセではそうする!さて次は何処だ?」
「わはは、5件目なのにまだ足りねえか、あの船破産確定だなこりゃ!」
だがまあ、所詮精霊も生き物。12件目で腹が膨れたというので旅はお開きとなった。
「シドー!食事とはこんなに素晴らしい物なのだな!特にきなこパァンという奴はいい、私は毎回あれを食べたい!」
「パン、な。精霊ってのは食事しなくても生きていけるとかヤバイな」
志道はおざなりに答えながら琴理にどう言い訳しようか考えていた。60万近くの出費なのだが払えるのだろうか。
「しかし不思議だな」
「何がだ?」
「何故食事を作ってる人間はあんなにおいしそうなのに自分で食べずに私や他の奴に渡すのだ?」
トオカの素朴な質問に志道は止まって、解説を渋々始めた。
「そりゃまあ、‥‥‥仕事だからだろ」
「シゴト?」
「そう仕事。毎日決まった時間に働いてお金っていう引換券を貰うんだ。それがないと食事も出来ない」
「何!?私はシゴトしてないのに食事をしてしまったぞ!」
「今回はデートだから特別だ。次からは自分で払え」
「う、うむ」
トオカはコクコクと首を上下に動かす。
(しかしこいつ、金や仕事の概念は知らないのに日本語は出来るしこっちの会話の意味も理解出来てる。…歪だ)
志道は精霊という存在がますますわからなくなってきた。
まあ、世界の災厄が自分ごときに分かってたまるか、と思い直し再び歩き始める。
「ところでシドー、もう一つ聞きたい事があるのだが」
「手短にな。なんだ」
「……何故あやつらは食事を作るシゴトを選んだのだ?」
志道の足が再び止まった。
「私にもわかる。周りの人間たちを見ればシゴトという奴はいくつも種類がある事は」
「……お前頭いいな。まあ、そりゃ夢だったからとか、じゃ……」
「シドー」
「夢、とは何だ?」
済んだ瞳で、トオカは問うた。
「夢、か……」
その言葉の綴りはもはや、志道とは縁が無いものである。
夢は失えば、皮肉なことに呪いのように縛られるのだから。
トオカは聞いたのは失敗だったと肌で感じ取っていた。
志道の手が震えている。口が凍り付いたように動いていない。
……拒絶されたのではないだろうか。あのメカメカ団のように。
シドーも、私を。
「……夢は」
「キャアアアアアアアア!!」
志道が絞り出したその言葉は、女性の悲鳴でかき消された。
「…なんだ!何が起きたのだ!?」
「ここで待ってろ」
「だ、だが」
「いいから!」
志道は怒鳴ってそのまま一目散に声の方向へ走り出した。
きっかけは些細な悲劇だった。
スリとサラリーマンの男性二人もみ合いの末、スリの方に自分の右手に持っていたナイフが心臓に刺さってしまっただけの不幸な事故。
それで終わりの筈だったのに。
オルフェノクとは、砂の器に死した命を黄泉帰りさせたモノ。
心臓の鼓動を止められたのは、刺してしまった方だった。
それからはもう止まらない。内なる殺戮の声に、人を殺したショックに溺れている男が抗える筈もなく。
辺り一面、砂場と化していく。
志道が100mも離れていなかった現場に走って駆け付けたその瞬間。
悲鳴の主は、志道の目の前で砂へと帰った。
砂に汚れた拳が震える。
目に熱き憤怒が灯る。
砂場の中央で泣き崩れる男に向かって叫んでいた。
「何被害者ぶってんだ‥‥…お前がやったんだろ!」
その叫びに、男は顔を上げ。
同時に、灰色の怪物へ変身した。
志道はカバンから555ギアを取り出し、ベルトを腰に装填する。
「う、うるさああああい!!!」
男は八つ当たりの叫びと共に光弾を周囲にまき散らす。
「うわああああああ!!!」
「キャアーーーー!!」
これで周囲の人間は皆、悲鳴と共に灰になった。
志道はこちらにも向かってくる光弾を見つめながら、ファイズフォンの変身コードを入力した。
『Standing by』
「変身!!!」
『complete』
赤いフォトンブラッドが全身を包み、眩い光が発される。
そのまま右腕で光弾を殴りつけ、かき消した。
光が収まる。
金属と電光の甲冑に身を包み。
志道は、三度555に変身した。