「エッチなのはいけないと思います」
真耶の両手にしっかりと握り締められた右手から伝わる押しつけられた胸の柔らかさも気になってはいるが、それよりも身長差約25cmによって生じる下から睨みつける様な上目使い、その上気した真っ赤な顔の眼鏡越しに見える興奮して潤んだ瞳が博光の胸を高鳴らせる。
しかし冷静さを残している頭の片隅で、初対面の相手にいきなりこんな人聞きの悪い事を言われる理由について思考を巡らせる博光に、普段表情の変化に乏しい葉月のサムズアップしているドヤ顔が浮かんできた事で妙に納得してしまい、胸中でため息をこぼす。
おかげで早まった心臓の鼓動は収まったが、その隙に目の前の女性は神聖なる学び舎で教師が口にしていい事では決してない言葉を並べ立てていた。
「葉月から色々、本当に色々聞かされてるんですからねっ!! いくら××を飲んでるからって×で何回も ――――― 目隠し ――――― 縛りあげて ――――― ローター ――――― バイブ ――――― その映像を使って言葉で責めながら ――――― ロッカーやシャワールームで ――――― 海や山で ――――― ハロウィンやクリスマス、お正月には ――――― 一度に何人も入り乱れて ――――― メイドやナース、チャイナに ――――― 犬耳や猫耳 ――――― で、でもまさか×××ストッパー付きの尻尾なんて ―――――」
幼さを感じさせる可愛らしい外見の真耶の口から、ディープでアダルトなプレイの数々が暴露されていく。
気絶している織斑と性教育の知識に明るいと思われる養護教諭の彼女はともかくとして、真耶は気付いていないが保健室にはもう一人、篠ノ之箒という15歳の多感な少女がいる。
女性のコミュニティーは男性のそれよりもずっとその手の情報が広く深く共有が迅速に行われるため耳年増が量産されているわけだが、そんな少女が当事者を目の前にして暴露話を聞かされてしまえばどうなってしまうか。
リアリティを持って語られる行為の数々はしっかりと理解され、脳内で妄想という名の映像化、しかも恋する乙女フィルターを通す事によって登場するキャストは自分と恋する相手に変換されてしまい、こちらはこちらで勝手にヒートアップ。
普段の篠ノ之ならピンクな妄想も古風な彼女らしいいたってノーマルなプレイなのだが、現在耳から入ってくる情報はハードなものからアブノーマルなもの、パーティーグッズの延長線上にある様な色物まで各種ずらりと取り揃えられており、知識はあっても実体験は皆無、そして恥ずかしがり屋な彼女の許容量は早々に限界を迎えてしまい、耐えきれずに頭を振って妄想を追い払ってみれば、目の前には直前まで妄想の中で自分にあんな事やこんな事をさせていた想い人がベッドで無防備に横になっている。
彼女のヤカンの水が全て沸騰して空焚きになってしまった様な頭では、最早自身の感情を抑える余裕は微塵もなく、羞恥心に耐えきれずに奇声を上げながら保健室を飛び出して行ってしまったのも仕方のない事だろう。
「え、あ、し、篠ノ之さんっ!?」
横を猛然とした勢いで走り抜けられた事で、こちら(山田真耶23歳処女彼氏いない歴=年齢だが戯れ程度のソフトなレズ経験ならあり)も我に返るが、時すでに遅し。
自爆した篠ノ之の内面など知る由もない博光は、僅かに言葉を交わした彼女の『時代劇に出てくるような武士になろうとしている剣術道場の一人娘』という印象から、羞恥か嫌悪に耐えきれなくなって逃げ出したくらいにしか察する事ができず、頭痛を誤魔化す様にこめかみに指を当て、今度こそため息をついて首を左右に振った。
そんなカオスな室内から一旦視線を外に向けてみれば、たむろする女子生徒がちらほら。
いくら噂好きの女子高生と言えど、さすがに気絶した患者のいる保健室で騒ごうという非常識な者はいなかったが、話題の男子が二人、しかも片方が気絶したもう片方を担ぐという腐っている者たちにしてみればご馳走以外の何物でもないシチュエーションが興味を引き、保健室の外から中の様子を窺っていたのだが、突然飛び出して行った女子生徒と扉が閉まるまでの僅かな間にチラリと見えた顔を赤くした女教師と渋い顔をした年上の男子生徒に、少女漫画や恋愛ドラマにありがちな妄想を膨らませるという厄介な事態に…………。
「山田先生」
「は、はひっ」
「とりあえず、なかった事にして色々とやり直しませんか」
「そ、そうですね。それがいいですね。私ったら何口走ってるんでしょう。い、嫌ですね」
走り去った篠ノ之の事も野次馬な外野の事もひとまず置いておく事にした博光は、目の前の問題から一つ一つ対処するべく仕切り直す。
「それでは改めて、3組の明智博光です」
「い、1年1組副担任の山田真耶です」
「生徒会経由で織斑先生に連絡をしましたが、織斑一夏の件でよろしいですか」
「はい、織斑先生が会議で手が放せないので、代わりに私が様子を見に来ました」
「分かりました。教室での事はお聞きになっていますか」
「はい」
「では続きを報告します。保険医の方には経緯を説明し、診察してもらった結果は単純な打ち身で問題なしとの事です。湿布を貼られた織斑はあちらのベッドでまだ寝ています」
「はい、報告ありがとうございましゅ…………あ、後はこちらでやっておきますから大丈夫でしゅ…………よ?」
まずは本来交わしているべき事務的な会話を終わらせようと取り繕えば、最後に台無しにするのが真耶クオリティ。
赤くなって照れている表情は年上とは言え博光には非常に可愛らしく見えるが、ここは触れないのが優しさだろうと話を先に進める。
「最後に一つ、個人的な話をさせてもらっても構いませんか」
「は、はい、なんでしょう」
「お互いに葉月さんから色々と聞かされている様ですが、その情報の真偽も含めて確認しておくべきだと思いますが、どうでしょう」
「そ、そうですね。片方からの情報をそのまま鵜呑みにするのは良くないですよね」
先ほど真耶がまくし立てたプレイの数々に実は嘘は全くないのだが、他に何を言われているか確かめると共に、真耶が公衆の面前で先ほどの様にまた暴走しない様に話し合っておく必要があると博光は考えていた。
「では連絡先の交換…………携帯でいいですか」
「は、はい、よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ?」
「えっと、あははは、お、おかしいですね」
真耶の混乱は続いているようだが、とりあえず博光の無地でモスグリーン一色の携帯と、真耶のオフホワイトにピンクの花びらが舞っている絵が描かれた女性らしいセンスの携帯を合わせ、通信を交わす。
「教職の方は忙しいでしょうし、都合はそちらに合わせます。校内で話すような内容ではありませんし、夜にどちらかの部屋でというのも外聞が悪いでしょうから、出来れば休みの日に外で会いませんか。入学祝いで知人から譲り受けた車も走らせてあげたいですし、スポーツカーですから見栄えは保障しますよ」
「ス、スポーツカーでドライブデート…………お、落ち着くのよ、真耶。いくら見た目も声も好みで、冷静で頼りになりそうな所にちょっといいななんて思ったからって彼は生徒で私は先生なんだから…………あ、でも個人的にって言ってくれてますし、彼はもうテストパイロットとして就職してる社会人で、今年で19歳だから結婚もできる…………け、結婚っ!? わ、私ったらそんないきなり…………で、でも結婚は早いとしてもその場の勢いでって事もありますし、葉月はそうなったら彼に任せておけば優しくしてくれるって言ってましたけど…………あ、でも私としてはちょっと強引にされる方が好みと言いますか…………いやんいやん」
自分の妄想に浸って暴走する真耶。
博光はダダ漏れな妄想に耳を傾けながら『誘い受け』という単語が頭を過ぎるが、葉月から事前に真耶のこの妄想癖については聞かされていたため「これが天然か」と呆れるのを通り越して半ば感心した心持で落ち着くのを見守る。
真耶と数年来の付き合いのある葉月いわく、女子から見た場合『あざとい』と取られがちな真耶の行動や言動は、これはむしろ『痛い子』や『残念な子』であり、全て『天然』の成せる業だとか。
ISに乗れば射撃をメインに冷静に計算高く相手を罠にはめて落とすのを得意とする頭脳派タイプらしいのだが、プレッシャーに弱いため候補生止まりだった事からも分かる通り、その本性は『優秀だけどドジっ子』『一流になりきれない一般人』だそうだ。
人となりは明るく社交的で陰険な部分がなく、前向きで責任感が強く面倒見もいいのだが、天然なドジっ子でイジられキャラ、だと言うのになぜか影が薄く集団になると忘れられがち。
総合すると『存在自体が面白いタイプ』という、言われた方としては憤慨する様な評価だが、事実を基にしているため撤回は求められても訂正は求められそうもない。
ちなみに『一流になりきれない一般人』と言う評価は別に真耶に限った話ではなく、日本人のIS操縦者にありがちな傾向で、そもそも日本人は銃火器に馴染みがない。
しかも憲法で軍隊を否定し、災害救助にばかり駆り出される自衛隊のニュースを見て育てば、軍隊が国を守っているという意識も薄くなろうと言うもの。
これは戦争、ひいては命のやり取りを想定しづらい環境にあるという事で、頭ではISは兵器だと知ってはいても、他国と比べて操縦者としての覚悟に違いが出るのも仕方のない事だろう。
そんな中、世界大会で愛機『暮桜』を纏い、シールドバリアを無効化する凶悪な単一仕様能力『零落白夜』で並み居る強敵を斬り伏せて優勝した織斑先生ように、シールドバリアが意味をなさないと分かっていながら全力で剣を振り切れる人間は、日本人の感性からしてみれば言葉は悪いが異常としか言えない。
ISが生身の人間相手なら痛みを感じる暇も与えずに殺害できる大口径な兵器を使いながらも建前とは言え平和的にスポーツとしての体裁を守っていられるのは、どんな攻撃でも防いでくれるシールドバリアの存在が大きく、その先にある絶対防御はあくまでも『命だけは絶対に守る』最終ラインであり、骨折や脳震盪などの直接命にかかわらない負傷や、それによる後遺症まで防いでくれるわけではないのだから。
その辺を踏まえて見てみると、葉月はそれこそスポーツ競技らしく射撃部門の選手であり、博光はレース競技である機動部門を目指しているのは日本人として適切な選択と言える。
さておき、
「山田先生、彼が困ってますよ」
と言う養護教諭の助け舟によってひとまずその場は収まり、寮の部屋の事で織斑に用があるため少し残って行くと言う真耶に「連絡待ってます」と告げ、博光は保健室を出る。
が、扉を開けた先には得物に群がる鮫のように好奇心旺盛な女子生徒たちという次の問題が待ち受けている。
放課後、それも一年生にしてみれば入学式当日だと言うのに、ざっと見ただけで広くもない廊下に学年を示す3色のリボンが勢揃いで10名を超える生徒がいる辺り、女子高生の野次馬根性の凄さがうかがえるというもの。
この状況、博光には無言で立ち去ると言う選択肢もあるが、それは最後に残された真耶に問題を押し付ける行為であり、真耶の対応次第では噂の放置や、ましてや助長する恐れがあるとあっては逃げるわけにはいかなかった。
博光は覚悟を決め、パンパンと手をたたき意識を集める。
「色々気になっているとは思うが、中には意識のない生徒もいるうえに保健室の前を占拠しているのもいただけない。かと言って、このまま解散させられては皆も収まりがつかないだろう。ここはお互いに譲歩して、手短に何があったかだけ話す事でこの場は納得して欲しい」
同意を確認するために視線を合わせて行けば、慌てて目をそらす者もいるが、大半がしっかりと頷きを返してくる。
「織斑一夏が気絶した経緯については他の生徒から聞いてもらうとして、保健室で何があったかだが、期待している所で悪いが何の事はない。山田先生が俺との共通の知人から、俺の今までの不純異性交遊の話を聞かされていて、多くの女子生徒を親元から預かっている教師の立場から、問題を起こす前に必要な注意をした。それ自体は注意された側の俺としても妥当だと思うが、ただ山田先生が軽率だったのは、注意する際の内容が微に入り細に入りとまでは言わないが、行為の具体的な内容まであげつらったために卑猥な想像を掻き立てるには十分なものだった事と、保健室に他に女子生徒がいる事に気付かなかった事で、結果として不可抗力で聞かされる羽目になった多感な15歳の彼女は、途中で耐え切れなくなり飛び出して行ったと、それだけの話だ」
納得してくれたかと博光が再度見渡せば、今度はほとんどの者が顔を赤らめて目をそらす。
その反応に「これで噂が立つにしても俺が見た目よりもお盛んだって事くらいだろう」と、篠ノ之と真耶を巻き込んだ変な噂が立たないで済んだ事に博光は胸を撫で下ろす。
博光は堅物そうな見た目に反してこの手の話は割とオープンなタイプで、自分から話を振る事は滅多にないが聞かれれば普通に答える。
さすがに相手が年下の女子ではオブラートに包むくらいの配慮は見せるが、リップサービスや空気を読んで隠す事はほとんどない。
それにちょっとした打算もあったりする。
今この場には高校一年生から三年生までの女子がいるが、倍率10000倍とまで言われる超難関校であるIS学園に入学できる様な子たちは、小・中と勉学と己の能力向上に真面目に取り組んできた子たちで、それは入学してからも変わらない。
それに加えて女尊男非の象徴たるISに携わる、携わろうという女子は、今のご時世、残念ながら男子に敬遠される傾向にある。
つまり恋愛をバラ色に例えるなら、彼女たちは今まで灰色の学生生活送ってきたことになる。
そんな彼女たちが同い年の異性が経験者だと聞かされ、あまつさえ彼の能力が自分たちよりも劣っていたりなんかすれば『遊んでる』『チャラい』『不良』『不真面目』『だらしない』などの悪感情を抱く可能性が大いにある。
しかし、それは博光には当てはまらない。
博光はこの学園の生徒たちの中で唯一の最年長者で、本来なら大学一年生と『同い年』ではなく『年上』、それを否定する事は自分が博光の年齢になるまでにそういった経験をしないという未来の可能性を否定する事になってしまう。
そして学力でも遜色はなく、搭乗時間と専用機に関してはむしろ圧倒的に格上。
しかも女子には『年上の男性に優しくエスコートされたい』という願望がありがちなので、むしろ『経験者』というレッテルを博光は求められる立場にあると言っても過言ではない。
潔癖な子には避けられるだろうが、そういう子はそもそも男子が苦手なので接する機会も少ないと思われる事から、この手の噂が立っても博光には何の問題もないのだ。
それにもう一つ、来栖ではないが、きちんと異性が好きな事をアピールしておいた方が薄い本の被害が減るかもしれないと、希望的観測に過ぎないが、そんな儚い願いもあったりなかったり…………。
こうして真耶に続き、野次馬の処理も無事済ませた博光は、校舎から一旦外に出て寮へ向かいながら、最後に残った問題、走り去ってしまった篠ノ之へのフォローに思考を傾ける。
とは言っても、これは本来フォローするべきは真耶であり、羞恥にしても嫌悪にしてもその対象である異性の博光が出て行くのは逆効果になる恐れがある。
しかしわずかでも責任の一端を担っていて何もしないというのは収まりが悪いのも確かと、先程交換したばかりの真耶の携帯に電話をかけ、しどろもどろになって慌てている真耶から一言謝罪を入れておきたいからと篠ノ之の部屋番号を聞き出す。
IS学園の学生寮は学年ごとに分かれていて、一年寮は上空から見下ろせば真ん中に穴の開いた四角いドーナッツ、正面から見れば横に長い長方形、横から見た断面図は『し』の字の様に3階―1階―2階、正面入り口は2階棟の方で奥が3階棟、間の1階部分の屋上は中庭兼寮内を飾るための花を育てるスペースになっている。
1階には食堂、大浴場、寮長室、会議室、多目的室などの公共設備。
2階、3階部分は居住スペースで、朝日の入る東向きのツインベッドの2人部屋が、転入生や不測の事態に備えて1学年120名60部屋に少し余裕を持たせ、1つの通路につき21部屋の合計63部屋が並び、手前の2階部分と奥の2階部分は中庭を囲む様にして左右の突き当りにある外周通路で繋がっていて、そこには自動販売機、談話室、生徒用キッチン、奥の角にはハウスキーピング業者の使うエレベーター付きの用具室がある。
ちなみに地下1階は業者の使う搬入口と各種設備、地下2階は災害やテロ対策としてシェルターを備えている。
IS学園は寮制度を取っているが、これは別に『集団行動を身につけさせる』などの意味はなく、管理の利便性と安全確保、機密保持のためであるため、むしろ学生が学業に専念できるよう、部屋の清掃、ゴミの回収、ベッドメイキング、洗濯物の回収と返却などは専門の業者に任されている。
部屋の設備についても説明しておくと、シングルサイズのツインベッド、各自のクローゼットと大型テレビ、机の上の本棚は部屋が広く見える様に埋め込み式になっており、本棚の下には引き出し付きの温かみを感じさせる木製デスクに機能的な二脚のワークチェア、キッチン回りはお茶を楽しめるくらいの簡単な設備で火事の心配のいらないIHクッキングヒーターにシンク・レンジ・小型冷蔵庫、大浴場があるため風呂はシャワーのみだが、時間のない朝のために女子二人が並んでも大丈夫なサイズの洗面所兼脱衣所には自分でも洗濯できるように乾燥機付きの洗濯機があり、外国人が日本に来て驚くポイントとして有名なボタンの多すぎるウォシュレットトイレが備わっている。
さておき、博光は自分の部屋より先に篠ノ之の部屋へ直接向かい、扉をノックする。
「篠ノ之、明智だ」
「…………な、なんでしょう」
扉は半分だけ開けられ、篠ノ之は赤く染められた頬を隠すように俯き、案の定というか博光から目を逸らしている。
「さっきの事で一言謝らせてほしい」
「え、」
「すまなかった。俺が原因で君に嫌な思いをさせてしまった」
「そ、そんなっ、顔を上げてくださいっ。あれは山田先生が一方的にしゃべっていただけですし、べ、別に嫌な思いなどしていませんから」
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」
「い、いえ、私こそ急に走り去ってしまって、すみませんでした」
「それじゃあ、お互い様という事でいいか」
「はい」
異性間の性にかかわる微妙な機微を必要する問題は、早々に謝って終わった事として流してしまうのが良手。
頬にまだ赤みはさしているが篠ノ之の幾分和らいだ表情から、どうやら上手く行ったようだと博光は内心で胸を撫で下ろす。
「そういえば、お互い名前は知っていても、まだちゃんと挨拶をしていなかったな」
「言われてみればそうですね」
「3組の明智博光だ。よろしく頼む」
「1組の篠ノ之箒です。よろしくお願いします」
握手の習慣がないのか、博光の差し出された手に一瞬戸惑いを見せる篠ノ之だが、すぐに立て直ししっかりと握り返してきた。
「篠ノ之は、もう部活は決めているのか」
「はい、剣道部にお世話になろうと思っています。家が神職の片手間に道場をやっていたので、私も子供の頃から嗜んでいますので」
「あぁ、そういえば篠ノ之は剣道の全中優勝者だったな。悪い、これは愚問だった」
「な、なぜそれを」
「なぜも何も新聞で報道されていただろう。まぁ要人保護プログラム中のはずだというのに本名で大会に出ていた事が疑問ではあったが」
「え…………あ、言われてみれば確かに」
「本人の意思に関わらず篠ノ之がここIS学園に来ることは決まっていた事だろうから、おそらく姉のネームバリュー以外の所、君自身が培ってきたもので箔を付けさせたかったのかもしれないな」
「私が培ってきたもの…………」
そこでなぜか苦虫を噛み潰したように表情を歪める篠ノ之。
全国優勝という輝かしい経歴に対して、それに反するような態度に博光は引っかかりを覚え、少しお節介を焼くことにする。
「いらぬお節介かもしれないが、もし話して気が楽になるなら話くらいなら聞くぞ」
「え、」
「仮に自分の内面の問題だろうと愚痴を言うくらいのガス抜きは必要だ。俺なら教師のように正論を言わなければならない立場でもなく、クラスや性別も違うから顔を合わせる機会も少なく後腐れない。愚痴るなら最適な相手じゃないか」
「そ、そんな、悪いですし」
「一方的なことに抵抗があるなら、一度手合せをしてくれればいい。というより、それはむしろこちらからお願いしたいくらいだ」
「手合せ、ですか」
「あぁ、ただしルールなしの近接戦闘になってしまうが。篠ノ之と違って俺の戦闘技術は急場しのぎの突貫工事で身に付けたものだから、まだまだ素人に毛の生えた程度で経験も全く足りない。だからこそ、きちんとした型を長年の努力で身に付けた正当な太刀筋を見ておくことは今後の参考になる」
「わ、私の修めているのは正確には剣道ではなく、家に伝わる篠ノ之流剣術というもので、正当かどうかと言われるとむしろ実践的な分、現在では邪道に入ってしまうもので」
「構わない。俺が叩き込まれたのはCQC、軍隊で教えている何でもアリな殺し合いの技術だ。あいにくと人を殺す覚悟なんて微塵もないせいで詰めが甘いと叱られてばかりだったが、実戦的なのは望む所だ」
そこで一旦会話が途切れ、篠ノ之の様子を窺うと、難しい顔で悩んでいる。
ここまで交わした言葉を思い返してみれば、逃げ道を潰してしまっている感があるたため、少しフォローを入れておく。
「愚痴云々は今でなくてもいい。篠ノ之が思い悩むようだったら壁に話す代わりくらいの軽いつもりで声をかけてくれ。無理強いするつもりはないよ。ただ話し相手がいることだけは覚えておいてくれ」
「あの」
「なんだ」
「どうして、そんなに気を遣ってくれるのですか」
「そうだな…………程度の差はあるがISに振り回された者同士という俺の一方的な共感や同情に、同じ男性操縦者である織斑の関係者だからという気安さもあるが、単純に乗りかかった船というだけで特別な理由があるわけじゃない。愚痴を聞くくらい何でもない事だろう?」
「随分とお節介なんですね」
「周りに優しい人が多かったせいかな」
「…………羨ましいです」
「自分でも恵まれていたと思うよ」
姉がISを作ったせいで家族はバラバラになり、初恋の相手からも離れなければならなかった篠ノ之は、名前を変え、それ以降も転校を繰り返し、人付き合いが苦手な事もあって孤独な生活を送ってきた。
宇宙の研究がしたいと夢見ていた博光は小学生時代、ISの登場により元々下火だった宇宙研究自体が消滅するという憂き目に遭い、それでも自分が中から組織を改革していけばいつかはと挫折から立ち上がったが、男性IS操縦者となってしまったために周囲の安全を考慮して研究職に就く夢を諦めている。
「明智さんとは今度ゆっくりお話ししてみたいです」
「良かったら近いうちにう予定を合わせよう」
お互いの苦労を知っているわけではないが、それでも二人には何か通じるものがあったようだ。
「あ、訓練の方もお受けします。私も剣以外の相手というのに興味がありますので」
「それは願ったり叶ったりだな。よろしく頼む」
「はい」
白騎士事件は一夏が6歳、博光が9歳の年に起こっています。
ちなみに第一回モンドグロッソは10歳と13歳、第二回は13歳と16歳と3年おき。
という事は今年第三回があるわけですが、さて、どうしたものでしょうね。