【織斑一夏の場合】
セシリア・オルコットの見事な演説に対する拍手が収まり、次に自己アピールしなければならない一夏が立ち上がるまでのわずかな空白の隙間に、担任教師でもある姉の千冬から一夏に声が掛かる。
「織斑、次はお前の番だが、その前に一つ、教師として言っておく事がある」
「なんだよ、千冬姉」と素で返しそうになった一夏だが何とか踏みとどまり、自分も生徒として無難に「なんですか」と問い返す。
「お前は今の状況を『自分が望んだわけじゃない』などと後ろ向きに捉えているだろう」
「うっ、そ、そんなこと」
「下手な誤魔化しならするな」
「…………はい」
図星な上に不器用な一夏は悪あがきせずに大人しく引き下がる。
「お前がどんなに目をそらそうと、現状お前が世界に三人しかいない男性IS操縦者である事実は変わらない。卒業後の進路も間違いなくISに関わるものになるだろう。しかしその関わり方はお前の努力次第で、この学園での三年間で何を成すかによって、より良いものに変えて行ける。都合良く、嫌でも比べられる相手が二人もいるんだ。腐ってないで切磋琢磨してより高見を目指せばいい。十代の青春としては悪くないシチュエーションだろう?」
挑戦的な千冬の笑みから「私の弟ならやって見せろ」と暗に言われている意図を汲み取り、シスコンな一夏のやる気に火がつくと、自然と返事にも力が入る。
「…………はいっ」
「もう知っているとは思うが、来栖と明智はクラス代表にそれぞれ選ばれている」
「昨日聞きました」
「そうか。それで? お前はどうするんだ?」
「俺も、俺もクラス代表になります。一人だけ置いて行かれるわけにはいきませんから」
一夏の答えに満足したのか、ブラコンな千冬の笑みが優しいものに変わる。
「ふん、少しはイイ面構えになったな。では、まずはその意気込みを聞かせてもらおうか」
「はいっ」
勢い良く立ち上がって振り返った一夏を見るクラスメイトの視線は、値踏みするものと面白がるものが半々。
しかし大好きな姉に背中を押された一夏は、そんなものには目もくれずに突き進む。
「俺は小学生の時に剣道を、中学生の時はバイトで体を動かしてたくらいで、特に他人に誇れるような何かがあるわけじゃない。世界に三人だけだの、ブリュンヒルデの弟だのって肩書きばっかり大仰だけど、俺自身は何処にでもいるただの15歳の男だ。だけどこんな俺でもちっぽけなプライドや矜持ってもんがある。みんなの積み上げてきた努力を蔑(ないがし)ろにするつもりはこれっぽっちもないし、勉強じゃ逆立ちしたってかなわないけど、やっぱり男として荒事では負けたくない。俺がISに関してズブの素人で、相手が代表候補生だったとしてもだ。でも、どんなに威勢のいい事を言っても何の実績もない俺の言葉じゃ説得力がない事くらい分かってる。だから、みんな頼む。俺にチャンスをくれないか。そして見ていて欲しい。俺が、織斑一夏がどこまでやれる人間かって事を」
そんな一夏の熱のこもった演説が終わると、一拍おいて黄色い歓声が響き、次いで拍手に混じって応援する声が教室を飛び交う。
その盛り上がりはオルコットの時の比ではない。
「このまま多数決に持ち込まれては結果は火を見るより明らかですわ」そう歯噛みするオルコットは、最後の悪足掻きに出る。
「織斑一夏さん」
特に大きな声ではなかった呼び掛けだが、対立候補である人物が立ち上がった事で、教室の喧騒が波のように引いていく。
「なんだ、オルコットさん」
「あなたの演説、男性にしては悪くはありませんでしたわ。彼岸の差を認めながらも負けたくないと思う反骨精神には好感が持てます」
「それはどうも」
「ですが、言葉ではどうとでも言えます。実際に身を切り、血を流し、銃口を向けられてなお、その意志を貫く事があなたに出来ますか」
「あぁ、男に二言はない」
「勇ましいお返事ですが、証拠を見せていただけなれば、こちらとしても承伏しかねます」
「証拠?」
「そうです。織斑先生」
「なんだ」
「多数決を取る前に、わたくしと彼で模擬戦をさせていただくわけにはいきませんか」
「ふむ」
「別にわたくしに勝てと言っているわけではありません。代表候補生たるわたくしが素人の彼に負ける可能性など万に一つもありません。わたくしの勝利は確定事項です。ただ彼の矜持というものを見せていただきたいのです」
「そうか。私は悪くないと思うが、山田先生はどう思いますか」
「クラス代表戦は月末ですからまだ余裕がありますし、いいと思いますよ」
「織斑はどうだ」
「やります」
即答だった。
織斑一夏という少年は短気で浅慮、直情型で猪突猛進型ではあるが、しかし考え方は保守的な傾向が強く腰も重い方なのだが、一度火がつくと即断即決の男なのだ。
良い悪いは別として、この行動力と意志の強さが少年の持ち味と言える。
「よし、では来週、早ければ月曜日に模擬戦を行う。アリーナの調整もあるからな。決まり次第連絡する。多数決はその後だ。いいな」
「「「「「はいっ」」」」」
こうして話はまとまったが、時間は一時限目に食い込んでおり、速やかに授業へと移る事となった。
午前中の休み時間、一夏は自分に用意される専用機が来週の月曜日に搬入される予定であるため模擬戦に間に合うかは微妙であることを聞き、それまでのISの訓練ついて教師に相談するも訓練機の貸し出しは全て埋まってしまっているとのことで断念せざるを得ず、どうしたものかと頭を抱えていると「考えなしに突っ走るからそうなるのだ」という箒からの罵倒と一緒に放課後剣道場へ連行される旨を押し付けられてしまった。
わずか一週間という短い期間で、全くの素人である一夏が一国の代表候補生に勝てないまでも、せめて一矢報いなければ格好が付かないという厳しい状況で、幸先は正直良くない。
しかし啖呵を切ってしまった手前、引き下がるという選択肢は一夏にはないわけで、一人で無理なら恥を忍んで手を借りようと、昼食に学園で唯一気兼ねなく接することが出来る来栖淳と明智博光を誘うのだった。
ちなみに明智とは昨夜は結局話しておらず、これが初対面だったために挨拶と自己紹介から入り、気絶したあれこれに関する謝罪と感謝を告げてから誘っている。
こういう事には律儀なのだ、一夏は。
さておき、時間も限られているため食堂で席に着くなり掻い摘んで事情を説明する。
「――――――――――というわけなんです」
「さっすが金髪ロールのお嬢様は上から目線が半端ねぇな」
「来栖、そう言ってやるな。彼女にも立場というものがあるんだ。相手が男だからといって簡単に代表の座を譲るわけにはいかないんだろう」
「そういうもんすかねぇ。代表候補生様も大変だ」
「それで、俺はどうしたらいいと思いますか」
「訓練機が借りられないってのは痛いよな」
「そうなんだよ」
「いくら教科書読んだって操縦が上手くなるわけじゃねぇし」
「無駄ではないだろうけど、こう、イメージがな」
「一夏のお姉さんって、あのブリュンヒルデなんだろ? 伝手(つて)とかないのかよ?」
「いや、あんまり俺の事で千冬姉に迷惑かけたくないんだよ」
「気ぃ使ってんだな」
「まぁな」
ISに関して全くの素人である一夏と淳はそれで話が止まってしまい、自然と視線は明智に集まる。
「それなりの犠牲を払えば、訓練機を用立てる手がない事もない」
「本当ですかっ」
「マジっすかっ」
「あぁ、訓練機が使えないのは何も訓練機がないわけじゃなく、誰かが使っているからだ。だったら事情を話して貸してもらえばいい」
「おぉ!」
「さすが明智さん!」
「ただ6月にある学年別トーナメントと9月にあるキャノンボール・ファストで進路がほぼ決まってしまう操縦科の三年生はもちろんのこと、二年生だって訓練機に乗れる機会は貴重なはずだ。それに見合う対価がなければ譲ってもらうのは難しい」
「うっ、確かに」
「まぁ逆にタダより怖いもんはないって言いますもんね」
「そうだな。だが金銭での交渉は学校側が許さないだろうし、そもそもそんな金ないだろう?」
「はい…………」
「だからそれ以外の、織斑が出せるものを使う」
「た、例えば?」
「俺たちが言うと自信過剰と取られそうだが、少なくない可能性として、俺たち男性IS操縦者とお近付きになりたい女子生徒は多い。そこを利用する」
「ん? どういう事ですか?」
「バッカ、デートするって事だよ」
「はぁっ!? ちょっ、そういうのは恋人同士でするもんだろ」
「いやいやいや、お互いが意識した時点でそれはデートになるわけよ。なんだよ、した事ないのか、デート」
「…………ないけど。悪いかよ」
「悪くはねぇよ? ただ」
「ただ?」
「なぁ一夏、女子と二人で買い物に行ったり、食事に行ったりした事くらいあんだろ?」
「そりゃあ、あるけど」
「お前が意識してないだけで、相手はそのつもりだったかもしれねぇぞ?」
「そんなわけあるか。告白だってされた事ないのに」
「マジか」
「ダウト」
「「え、」」
思わず横槍を入れてしまった明智。
明智は入学前の更識との会合で、他の男性操縦者の人となりについて話を聞く機会に恵まれたのだが、一夏の中学時代のモテってぷりを聞かされていれば、ついツッコミを入れてしまった彼を誰も責める事はしないだろう。
「いや、何でもない。まぁそう堅苦しく考えるな。食事と買い物に付き合うくらいの軽い気持ちでいればいい。それに他にも候補はある」
「それは?」
「織斑先生のプライベート写真」
「千冬姉の?」
「織斑先生はIS業界ではカリスマと言っていい。だが、意外にもそのプロフィールやプライベートなどはマスコミに公開されていない。しかも個人単位で上がる情報も即座に削除される始末だ。まぁ誰がやっているかは簡単に想像がつくわけだが」
「あ、俺にも犯人が分かりました」
「いや、俺は置いてけぼりっすよ?」
「知らないに越した事はない。忘れてくれ」
「何かヤバそうっすね」
「あの人はなぁ」
さすがに天災にわざわざ突っ込んでいくのはお勧めできない。
立場的に無関係でいられるかは微妙な所だが、知らないで済むならそれに越したことはない。
「話を戻すぞ。そんなわけで織斑先生のプライベート写真なら間違いなくプレミアものだ。弟の織斑が渡すなら問題も少なく済むだろう」
「少ないって事は、あるにはあるって事っすよね?」
「そうだな。バレたら即没収は当然として、後は織斑がどんな目に遭うかは姉弟間の関係による」
二人の視線が一夏に向かうと、青ざめた表情の一夏。
「ヤバいですってっ!! 千冬姉怒らすとマジでシャレにならないんですから。乱取り稽古100本とか言われたら軽く死ねますよ」
「ブリュンヒルデ爆誕とか」
「笑い事じゃねぇぇぇぇ!!」
一夏の叫びが食堂に木霊する。
「と、まぁ織斑が用意できる交渉材料はそんな所だろう。後は交渉の仕方だが、自分で注目を集めながら上級生の教室や寮に足を運んで地道に個別に当たって行くか、俺と来栖を食券辺りで釣ってさらなる注目を集めながら回るか、クラスの女子に俺たちよりも色を付けた見返りを用意して手伝ってもらうか、生徒会に借りを作って代理を頼むかだな」
一つ一つ指を立てながら一夏に選択肢を示す明智。
「ちなみに生徒会というのは」
「俺も入学前から世話になっているが、ここIS学園の生徒会は普通の学校と比べて権限が強いらしく色々と自由が利く。しかもメンバーには国家代表や学年主席といった才能がありながら努力も惜しまない本当の意味での優秀な人材が揃っている。生徒会に任せれば今日は無理でも明日から毎日訓練機に乗れるかもしれないな」
「でも、そんな人達に頼み事なんてお高いんじゃないですか?」
「そ、そうだな。そこん所はどうなんですか?」
「確かに借りが高く付くのは覚悟するべきだが、多分織斑が生徒会に入れば済むんじゃないか」
「まぁ♪ なんてお買い得」
「お買い得、じゃねぇよ。俺、生徒会なんて柄じゃ」
「何か部活に入る予定でもあるのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃ、ありませんけど…………」
「いいんじゃねぇの? 来年辺り織斑生徒会長とか」
「淳、てめぇ、他人事だと思って」
すっかり冷やかし要員になっている淳。
一夏は基本天然ボケで、意図したボケは寒いという残念な定評があるので、先にボケてツッコませる淳とは相性が良いかもしれない。
「まぁそこは交渉次第だが、行事への積極的な協力くらいで手を打ってもらえるように働きかけるのが落とし所じゃないか」
「そ、そうですよね」
「ヘタレめ」
「うるせぇ」
そんな話し合いの末、一夏は放課後、生徒会に頼みに行く事に決めた。
紹介を頼まれた明智も同行し、淳は冷やかしに付いて来るとのこと。
まさに飛んで火に入る夏の虫とはこの事だろう。
一夏だけに。
お後がよろしいようで、チャンチャン。
一夏のボケレベルってこんな感じですよねって感じで最後まとめてみました。
シスコン一夏、姉の一言でコロッと逝きますww