暗い廊下をただひたすらに走る。
体が鈍ってて最初は走りづらかったけど、今はトップスピードを維持できるくらいには慣れている。
不思議と息も上がらない。
隣にいるステルスをしていた勇者も同じようで、しきりに左手の紋章を見ていた。
……もしかして、勇者の紋章を持った人が近くにいると共鳴して体力が上がるとか?
元は1人の力を分割したものだって物語には描かれていたし、その線もあるのかも。
分かれ道に差し掛かり、どちらへいくのか聞こうと立ち止まるとステルス勇者が青ざめる。
「……!一旦隠れろ!お前はその岩の向こう!」
「っし!」
ステルス勇者は気配を消して壁に張り付き、ステルスができない俺は洞窟の岩の陰に身を隠す。
カシャカシャと鎧が動く音が聞こえる。
フルプレートの騎士みたいな感じではない。普通の一般兵か。このまま別の道に行ってくれるといいけど……。
……となると、もう一般兵が出るまで話が広がっている。
城から脱出しても、城下町で逃げ切れるかどうか……。
「…………そこにいるのはわかっているぞ。岩の向こうだな」
低い声で、言葉を投げかけられる。
ステルス勇者が「戦うか?」とこちらを見てきたので、首を振って答える。
バレている俺が戦う。その隙に、逃げろ。
「ッ、フゥ───」
深くため息をつき、覚悟を決める。
相手はただの兵士……推測だけれど、一般兵なら戦える自信はある。
連戦で厳しいけれど、ここで隠れてても仲間を呼ばれるだけだ。
岩陰から這い出す。
臨戦態勢を取った俺の視界に映ったのは、よく見知った顔だった。
「……お前」
「……ウィリアム」
「逃げ出したって話は聞いたぜ。一般兵にも御触れが出てる。捕まえれば報償金も出るそうだ」
「…………」
「悪いことは言わない。今のお前は、本当に犯罪者だ。おとなしく、出向して……ああくそッ」
くしゃりと顔を歪めたウィリアムは腰の剣を俺に投げた。
そしてそのまま分かれ道の、俺たちが向かっていた反対側の道へ歩いて行き、大声を上げた。
「こっちにいたぞォ!!」
ウィリアムっち……!
お前最高だよ!!
恐らく近くにいたであろう兵士たちが、全員見当違いの方向に進んでいく。
「遠目だけど見た限り、そっち側は分かれ道が多いみたいだ。他の勇者たちがそっちに行かなくてよかったな。捜索にも時間がかかる」
「よし。先を急ごう」
剣を……『兵士のつるぎ』を帯刀する。
兵士って、そういうことかよ。ありがたく使わせてもらうよ、ウィリアムっち。
背負った剣の重みで獲物が戻ったことに安心しながら走ると、ステルス勇者が足を止めた。
「どうしたねん!」
「魔物だ。俺はナイフがないからお前が相手してくれ」
「わかった。すぐに追うから先に行っててくれ!」
「……頼んだぞ!」
すらりと抜いた剣は程よい重さで、よく使い込まれていて体重が上手く沈み込む。
暗闇から出てくるのは……合計、五匹!!
「おりゃあっ!!」
一息に、スライムに剣を叩きつけ、直角に滑らせて返す刀でドラキーを両断する。
そのままバットのように遠心力を使って残りのドラキーを一掃した。
戦闘終了。一気に青い粒子になって消え去った。
「……強ぇ……」
「何笑ってんだ、早く行かないと……ん?」
「どうした?」
「いや、なんか新しいスキルを覚えたっぽくて……」
「どんな?」
ドラゴン斬り。
たぶん、ドラゴン相手に効果のある剣技なんだろうけど……あの、「とうこんうち」のようなものだろうか?
「ドラゴン倒すやつかな」
「へぇ。いいじゃないか。じゃあドラゴン出てきたら頼むぞ」
「城の地下にドラゴンって……いるわけないだろ」
「まぁ、それも確かに」
剣を納刀し、再び走り出す。
本当にこの勇者がいて助かった。入り組んだ道は、俺一人じゃ勇者たちを追えなかっただろうから。
やがて走っていくと、だんだん近くなっていると言う。
そのまま走るとやがて光が見えてきて……
「おわぁ……」
「すげえ光景だ……」
この洞窟は、どうやら王城の階段の横に繋がっていたらしい。
俺が王城に行こうとしていたときに、城下町を見下ろしていた階段だ。
人の流れが激しい。これなら人に紛れて逃げられるかも。
縁を掴んで腕力だけで体を引き揚げ、無事に階段に登ることに成功。
兵士が団体で走り回っている。捜索しているのか?
「痕跡がここで別れてる。俺たちもここで別れよう」
「わかった。捕まるんじゃねえぞ」
「そっちもな」
ステルス勇者と別れて、全力で駆け下りる。
持っているのは剣だけ。まずは外套のようなものを手に入れないと。
さすがに全員には顔が割れてないと思うけど……。
とにかく、できることは逃げること。
路地裏を通って、隠れつつ大通りの様子を伺う。
うーん、普通に兵士いるし、通るのは無理かもしれない。
ってことは、この国から出るには一度大通りから離れて、壁に梯子でもかけて行くしかないんだろうな。
酒場に向かいながら考える。
さてさて、どうしたものか……っと、あそこに兵士が。
あっこっちくる!どうしよう、どこに隠れ……もうこれしかない!
一番手近にあった扉……酒場の扉に手をかける。
なるべく迷惑はかけたくなかったんだけどなぁ……。
「おうにいちゃん!あいつならいないぜ!」
「あぁ、今日はアリアンテさんを探しに来たんじゃないので……」
「ほー、ってことは飲みに来たのか!!っし、一杯なら奢るぜい!」
「そ、それも違くて……」
店の中央まで行きながらどうにか隠れる場所を探す。
酒樽付近まで歩いたとき、酒場の扉が開かれた。
「おい貴様ら!ここに勇者は来なかったか!!!」
「…………あ?」
「城にいた勇者が脱走した!勇者は計13名!!1人でも捕まえたものには多額の報酬を払う!!」
体を縮こませる。
……あの人たちが、俺が勇者だってことに気付いていなければいいけど……。
「あんなあ、兵士のぼっちゃんよ」
「俺たちは傭兵みたいな仕事してるが、それでもプライド持ってんだよ」
「脱走されたってことは、そっち側に責任があんじゃないのかねぇ!?」
「な、何を言っている貴様ら!とにかく、勇者は来ていないんだな!?」
「知らね。勇者がどんなやつかもわからねえでな」
「……チッ」
た、助かったぁぁぁ!!!
この人たちが俺の正体に気付いてなくてよかった!
「どうやら安堵しているようだけれど」
「っ、ルイーダさん」
「あなたに相性ピッタリな仲間、今ならいるわよ?」
仲間。
俺は、仲間を連れて良いのだろうか?
きっと国からは追われるだろう。その仲間も、犯罪者扱いされるはず。
「ルイーダさん、俺、仲間は」
「いらないの?……でも、もう話を通しちゃったのよね。一度で良いから、話して見なさいな」
そうしてルイーダさんが指差した方向を見ると、そこには立派なトランプタワーが建てられていた。
その足元に、唇をかみつつ集中している女の子が一人。
は、話しかけづれぇ!!
いつ話しかけようか迷っていると、こちらの視線に気づいたのか顔を上げ、そこで集中が切れて、
「ああああああっ!?」
「ご、ごめん……」
美しく建てられた紙の塔は、無情にも崩れ去った。
涙目でトランプを回収する女の子の金髪が揺れ、麻のマント……ローブにかかる。
1番の特徴は、その金髪に似合わないウサギのカチューシャがぐっさりと刺さっていることだ。
……この子が、相性ピッタリの子、かぁ……。
「あの……」
「えっ、はい」
「相席してもいいかなぁ……?」
「……?あっ、ルイーダさんが言っていた!!どうぞどうぞ、ええ!」
ガタガタと椅子を持ってきた女の子に礼を言いつつ、女の子の真正面に座る。
「あ、遊び人……で良いんでしょうか……ピナって言います」
「あ……えっと、ヒロです。職業はなんと言えばいいのかな」
「…………」
「…………」
気まずい雰囲気が流れる。
気にもしないでがやがやと騒ぐ傭兵たち。
そんななか、俺がどうにかしようと口を開くと。
「ご趣味は何を……?」
そんな言葉しか出てこなかった。
お見合いじゃないんだから。
「ひ、一人遊びしてました……」
答えるのかよ。
「一人遊び?」
「はい。私、遊び人のくせに、その、はっちゃけることとかできなくて」
「遊び人ってそういうことするの?」
「……あ、うーん……しているイメージは、ありますけど」
なるほど、だからかろうじて遊び人要素が
まぁ確かに遊び人ってギャルっぽいイメージあるもんな。
いまのピナは遊び人ってよりも世間知らずのお嬢様って感じ。
「あ、あの」
「あっ、うん、なに?」
「よければ、パーティを組みませんか?ルイーダさんの紹介ですし、相性は……たぶん」
……それは。
「ちょっと、難しいかな」
「っ、なんで、ですか?」
「……これを見て」
左手の甲を差し出す。
光はもう治っていて、火傷のあとのように素の色に戻っている紋章があった。
ピナはまじまじとそれを見つめると、説明を求めるようにこちらに視線を上げた。
「勇者の紋章ってやつでさ。さっきの兵士が言ってた通り、今、逃亡者なんだよね。だから、ピナ……ちゃんも、犯罪者になっちゃう」
「…………」
「ルイーダさんがせっかく紹介してくれたけど、俺は……ピナちゃんのパーティメンバーには、なれないよ」
「………………」
「……あれ?ピナちゃん?もしもーし?」
ぽけーとしているピナちゃん。聞いてる?
「勇者」
「うん」
「すごいじゃないですか」
「うん?」
「ご一緒させてください」
「ちょちょちょ、ちょっと待って、話聞いてた?」
目をキラキラとさせ、こちらの手を握るピナちゃんが、テンション高めに語り出す。
「だって勇者なんですよね。御伽噺の世界の人じゃないですか」
「や、だから、国に追われてるんだって、勇者関係なく」
「でもそれって、ここの王様からの視点ですよね」
「っ」
「ここの王様は勇者様のことをよく思ってないかもしれませんけど、他のところは違うかもしれません。少なくとも……私は。だから、ご一緒させて欲しいんです」
何を言ってるんだろうこの子は。
うれしさと困惑がぐるぐると回り、とりあえず視線を机の木目に落とす。
確かに、この国の王様の偏見というか固定観念というか、とにかく勇者を悪と言っているのは王様───もっと正確に言えば、老人のみ。
「……害になると思ったら、俺を捨ててすぐ逃げること」
「はい?……はい」
なにいってんのコイツ、みたいな目で見られた。
まったくもって解せない。
「それじゃあ、パーティ成立ということで!!」
「……うん、まぁ……うん……」
この子、将来大丈夫だろうか。
悪い人に騙されたりしないかな……。